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気づいたらワンピースの地図を描くことに…タモリもハマった「空想地図作家」という不思議な仕事

プレジデントオンライン / 2022年11月30日 11時15分

架空の都市「中村市」の空想地図 - 画像=筆者提供

この世に存在しない「架空の都市」の地図を作り続けている人がいる。「空想地図作家」として活動している今和泉隆行さんは、7歳の頃から架空のバス路線図を作り始め、いまでも架空の都市である「中村(なごむる)市」の空想地図を作り続けている。「空想地図作家」という不思議な仕事をどのように成り立たせているのか。文筆家の佐々木ののかさんが聞いた――。(前編/全2回)

■“ありそうな場所”を描く「空想地図」

――今和泉さんはさまざまなメディアや美術館などで、制作されている「空想地図」を紹介されています。改めて、空想地図とは何なのか教えていただけますか?

【今和泉隆行】まったく実在しない架空の場所を描いている地図です。ただ、やみくもに描いているのではなくて、道路のかたちや密度から、その町がどのような町で、どんな人がどれだけ住んでいるのかを想像しながら描いています。地図上に「ありそう」なところがポイントですね。

――地図上で「ありそうなもの」とは、具体的にどのようなものですか?

【今和泉】たとえば、首都圏であれば駅の近くがいちばん賑わっていますが、城下町だと駅から離れた古くからの中心地が人を集める場合もあり、近年の地方都市だとバイパスやロードサイドが賑わいます。道路が密になるところは、沿道に建物や行き交う人が多いところなので、都市の賑わいは道路模様で表現できます。また、その町に住んでいる人が必要としそうな商業施設やチェーン店を想像し、配置していきます。

あと、道路が曲がりくねっているところは、道路をまっすぐ通せないくらい険しい地形だということなので、必然的に標高が高くなります。

――逆に、地図上に「なさそうなもの」ってありますか? 市役所の隣にドーム球場はあまりないんじゃないかと思うのですが。

【今和泉】そう言いたいところですが、私が住んでいる文京区には、東京ドームの隣に文京シビックセンターがあるんです。少し前の横浜市役所の隣にも横浜スタジアムが。起伏のある斜面より平地のほうが住宅地になりやすい、と言おうとしたんですけど、そうでもない場所も存在しますし、地図上に絶対にない法則を導き出すのは意外と難しいんですよね。

強いて言うなら、都会の中心には畑ができないとは言えるかもしれません。池袋ももともとは畑でしたが、人が集まってくると建物をどんどん建てざるを得なくなってきますから。

■「ドラゴンクエスト」には見向きもせず空想地図を作り続けた

――いつごろから、空想地図をつくり始めたのですか?

小学校5年生のときに作成した初期の中村市の空想地図
画像=筆者提供
小学校5年生のときに作成した初期の中村市の空想地図 - 画像=筆者提供

【今和泉】幼稚園の頃から架空の鉄道やバスの路線図を描き始めていましたが、空想地図をつくり始めたのは7~8歳からです。小学校5年生のころからは、転入生の「中村くん」を巻き込んで互いに地図をつくるようになり、空想地図づくりがヒートアップし始めます。このころつくり始めたのが「中村(なごむる)市」の地図です。

当初は地下鉄を入れたものの、地下鉄が走る都市にしては都市規模が小さすぎましたし、高速道路が都市の中心部に近い場所にあったり、小中学校がほとんどなかったりと、いま振り返ると欠陥が多いですね。他の都市も描きましたが、現在に続く「中村市」は、小学校5年生から高校2年生までの間だけでも第8訂まで描き直しました。

――めずらしい趣味だと思うのですが、親や友達の反応はどうだったんですか?

【今和泉】親は地図づくりをそこまで意義のあることだとは思っていなくて、ほどほど遊んだら勉強しなさいという感じではあったものの、わりと温かく見守ってくれるほうでしたね。

学校でも地図を描いていたので、クラスメイトの目に留まることもありましたが、「なにしてるの?」と聞かれて、実在しない場所の地図を描いているという状況説明をしたら「へぇ~」みたいな。それ以上突っ込まれることもありませんでした。

流行や協調性は気にしていなかったので、当時の男子の共通認識であろう野球とサッカー、ゲームの「ドラゴンクエスト」や「ファイナルファンタジー」なんかはまったくカバーしていないんですよ。『週刊少年ジャンプ』や『週刊少年サンデー』の存在は知っていましたけど、中身を見たことは一度もなかったですね。

■300以上の地方都市をまわる

――大学生のときに、47都道府県の300都市にも行かれたそうですね。

【今和泉】もともと地方都市へは、行ってみたかったんです。昔から地方都市に行きたいという現実逃避欲求みたいなものがあったのですが、中高生のときは1人で行けなかったので、リアリティーのある架空の地方都市を描いていたんでしょうね。空想地図づくりを目的としていたわけではありませんでしたが、いろいろな地方都市を実際に見てまわって土地勘をつけられたことは、結果的にその後の空想地図づくりにも役立ちました。

――「地方都市に行きたい」という気持ちが、空想地図づくりへのモチベーションになっていたのでしょうか?

【今和泉】おそらくそうだと思います。大学生になってからは、実際に地方都市に行けてしまったので、それから5年ほど空想地図づくりは止まっています。その後、地図とは関係のないIT企業に入るのですが、会社員として働き始めると地方都市に行けないことや会社生活への不満もあり、現実逃避欲求がまた出始めて空想地図づくりを再開していました。IT企業では2年くらい働いて2011年には退職しています。

会社を辞めてからつくった「中村市」の架空のコンビニやスーパーのロゴ
画像=筆者提供
会社を辞めてからつくった「中村市」の架空のコンビニやスーパーのロゴ - 画像=筆者提供

■デザインの仕事から徐々に地図関係の仕事が増え始める

――IT企業を辞めた後は、どのようなお仕事をされていたんですか?

【今和泉】2011年から2013年くらいまでは主に派遣やアルバイトの仕事をしながら生活していました。好きなことで食っていこうと思っていたわけではないので、勤め仕事と自営業を並行させていって、少しずつ自営業の収入が増えていったかたちです。当初の割合としては派遣が8、自営業が2くらいでした。

自営業で請けている仕事も、名刺やチラシのデザインをするDTP系の仕事が多くて、当時はまだ地図や空想地図に起因する収入はほとんどありませんでした。

――今和泉さんはこれまでに本を4冊書かれていますよね。最初の本の出版はいつ決まったんですか?

【今和泉】会社を退職した2011年のうちにお声掛けいただきました。空想地図の本なんて書いて誰が読むんだ? と思いながら引き受けたのを覚えています。

出版社内で決裁が下りるまでに時間がかかったので、書き始めたのは2012年。時系列で言うと、本を書いている途中の2013年5月に「タモリ倶楽部」に出演して、その後の2013年11月に本が刊行されました。2013年12月には「大竹まことゴールデンラジオ!」、2014年3月には「アウト×デラックス」にも出演しました。

■イベント出演がきっかけで、出版とテレビ出演が決まる

――さまざまなメディアにも登場されていますが、なにがきっかけだったのでしょうか?

【今和泉】最初は、2011年8月に、当時お台場にあった「東京カルチャーカルチャー」で行われた「マッピングナイト」という地図系のイベントに参加したことがきっかけでした。

当時、大学院生だった友人が、登壇者の一人だった渡邉英徳先生と面識があって、イベントに誘ってくれました。

そしたら、同じく登壇者の写真家の大山顕さんと、後に慶應義塾大学教授となる石川初さんもおもしろがってくれて、私の空想地図についてツイートしてくれたんです。そのときのツイートがきっかけで、本の出版の打診が来ましたが、「タモリ倶楽部」のディレクターさんも、ツイートのまとめ記事を見てくれたんじゃないかなと思います。

■発信力や営業力がなくても仕事を引っ張ることはできる

【今和泉】いま振り返ると、私の人生はすべてが受動的な状態で進んでいると言えるかもしれません。

積極的に発信していくのが得意な人は、TwitterやYouTube、noteなど、自分の媒体を持っていろいろなことを発信していけばいいと思うんですが、私は発信熱がそんなにないんです。本やテレビの機会をいただいたのは私のツイートではなく、大山さんや石川さんのツイートでした。発信熱がない人がいくら頑張っても発信熱がある人には勝てないと思うので、無理はしないようにしています。

――でも、自分からあまり発信しないのに、どうしてチャンスが舞い込んでくるんでしょう?

【今和泉】自分が受動的であることを心得ているので、つくった作品をとりあえずウェブページに載せていつでも見られるようにしてあります。よく言えば、「常設展」でしょうか。そのうえで、ウェブサイトにお問い合わせフォームだけつくっておいたり、TwitterもDMを開放したりと連絡しやすい状態にしておくことは心がけていました。

ときどきホームページやTwitterに「お仕事の話しか返信しません」と書いている方がいて、めんどくさい連絡が来て大変なんだろうなと思いつつも、私はいろいろとお話をもらえることで成り立っているので、それは書かない。よくわからない話に誘われても、会いに行くようにはしています。

■NHKドラマに登場する「存在しない場所」の地図を作ることに

――現在はどのようなお仕事をされているのでしょうか?

【今和泉】今はデザインの仕事を辞めて、地理に関係しない仕事は請けなくなりました。空想地図制作の他、記事執筆、ワークショップ、テレビ番組やゲームの地理監修・地図制作、新商品や新プロジェクトのメンバーとして関わることもあれば、グッズ販売の収入もあり、地図関係でも内容は多岐にわたります。

空想地図制作の大きな仕事で言うと、NHKのテレビドラマ『64(ロクヨン)』に登場する架空の地図を小道具としてつくりました。ドラマの舞台も実在しない場所なので、ドラマ内に地図が登場すると、どうしても0から作るしかなくなりますからね。

『64(ロクヨン)』の小道具として使用されたドラマの舞台の空想地図
画像=筆者提供
『64(ロクヨン)』の小道具として使用されたドラマの舞台の空想地図 - 画像=筆者提供

――そんな需要があるんですね。これはどういった経路で依頼が来たんですか?

【今和泉】ほとんどの空想地図制作の依頼に共通するんですが、つくらないといけなくなると、皆さんまずは自分でつくろうとするんです。でも、つくれないんですよ。どう検索するかは知らないんですが「存在しない 地図」といったキーワードで検索するんですかね。いずれにしても私の空想地図が出てくるので、うちのウェブサイトのお問い合わせフォームから連絡するというのが一連の流れだと思います。

ちなみに、空想じゃない地図だと、鎌倉や藤沢方面を走る江ノ電バスの路線図をつくっています。

■水道管ベンチャーや最大手の地図情報企業にも関わる

――地図制作以外ではどんなお仕事をされているでしょうか?

【今和泉】住宅地図をはじめ地図や地理情報を提供する「ゼンリン」やAIで水道管の劣化予測をする「FRACTA」のプロジェクトメンバーとして、企業の会議に定期的に参加する仕事をしていたこともあります。

ゼンリンでは、住宅地図や地理情報提供以外の新規事業を立ち上げる際に、「土地勘があってデザインもできて地図についてもわかる人」という各ジャンルを橋渡しできる人を探していたようで、私が外部アドバイザーとして週に一度の会議に参加していました。

地図を使ったステーショナリーの「mati mati」の試作や、現在は閉鎖されていますが、街を紹介するキュレーションサイトの立ち上げにも関わりました。

水道管ベンチャーのFRACTAでは、水道管の消耗具合を推定して、必要に応じて水道管交換のアラートを出す事業を運営していますが、「地図を見ただけで古い道が予測できるAIをつくりたい」という依頼でした。

■『ONE PIECE』関連の「空想地図」を作ることに

――ご自身でグッズも制作されていましたよね。

【今和泉】空想地図そのものや実在する場所の地図、市外局番地図や路線図などを「空想地図STORE」で販売しています。ほかにも「マニアフェスタ」というイベントや、マニアフェスタの東急ハンズ出張、gooブログ関連の「マルシェル」というサービスで販売していますが、意外と売れるものもありました。

――2019年には『ONE PIECE』に関係する仕事もされていますよね。

【今和泉】『ONE PIECE magazine Vol.7』(集英社)というムック本の企画で、劇場版『ONE PIECE STAMPEDE』の舞台である「デルタ島」の地図をつくりました。編集さんがなにかで私を知ってくださって、ご依頼いただいたようです。

■テレビに出まくってもあまりいいことはない

――「タモリ倶楽部」や「アウト×デラックス」などのテレビ番組にもご出演されていますよね。その後、反響はどうですか?

【今和泉】テレビに出ても、仕事はあまり増えたとは思っていません。視聴者の方の瞬間的な反応は最高値に達しますが、長期的には響かないと私は思っています。私がおいしい飲食店を経営していたり、節税のポイントを解説する会計士だったりしたら仕事を頼みやすいですが、一般の方が番組を見ても、どんな仕事を頼めばいいか分からないじゃないですか。

それに、テレビに出演することで得られる収入って、多くの人が思っているよりも多くないんですよ。テレビに出演すると「ご活躍ですね」と言われることが増えるのですが、なにをもって活躍なのかが分からなくなり、個人的には「ご活躍問題」と呼んでいます。

――テレビに出演したからといって、必ずしも仕事や収入が増えるわけではないと。

【今和泉】一方で、『みんなの空想地図』という本を出した後すぐに、アルバイトと個人事業の比率が2:8から8:2に変わったんですよ。空想地図に関する依頼かなと思ったら、デザインだったんですけどね。ただ、本を出したことによって、「この人は自営業者として長期的にやっていくんだ」という見られ方をしたから、仕事が頼みやすくなったんじゃないかなとは思います。

■多くの視聴者よりも、本を読んでくれる読者を大切にしたい

――今和泉さんが今後やっていきたいことはありますか?

【今和泉】自分は作家で食べていこうとは思っていなかったのですが、キャリアを振り返ると、執筆業や公立美術館での展示など、「作家」としての仕事が多いんです。これまでのキャリアを活かすのであれば、本の執筆をしたり、空想地図の新作をつくったりしていくべきですよね。

私はわかりやすい仕事をしていないので、仕事を依頼するには私が全国の土地勘があることや、地図が読めること、デザインができることなどの得意を掛け合わせて何ができるかという解釈が必要になります。本の読者はテレビの視聴者よりも少なくはなるのですが、私のことをより深く理解してくれる。

本を刊行して仕事につながったと実感できることが多いので、本を書くのは苦しいですが、積極的に書いていきたいですね。

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今和泉 隆行(いまいずみ・たかゆき)
空想地図作家
1985年生まれ。空想地図作家、武蔵野大学高等学校非常勤講師。埼玉大学卒業。7歳の頃から空想の地図を描き、大学時代には47都道府県300都市を回って全国の土地勘を身につけた。2015年には株式会社地理人研究所を設立し、現在に至る。著書に『みんなの空想地図』(白水社)、『「地図感覚」から都市を読み解く』(晶文社)、『どんなに方向オンチでも地図が読めるようになる本』(だいわ文庫)『考えると楽しい地図 そのお店は、なぜここに?』(くもん出版)などがある。「タモリ倶楽部」などへのメディア出演も多数。テレビドラマの地理監修、地図製作にも携わっている。

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佐々木 ののか(ささき・ののか)
文筆家
1990年北海道帯広市生まれ。筑波大学 社会・国際学群 国際総合学類卒。自分の体験や読んだ本を手がかりにしたエッセイを執筆するほか、新聞や雑誌の書評欄に寄稿している。2021年1月、北海道・十勝に拠点を移し、執筆を続けている。著書に『愛と家族を探して』、『自分を愛するということ(あるいは幸福について)』(ともに亜紀書房)がある。

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(空想地図作家 今和泉 隆行、文筆家 佐々木 ののか)

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