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製造業本社の「海外大移動」が始まった【2】

プレジデントオンライン / 2012年6月12日 13時0分

パナソニック調達・物流本部の移転先であるシンガポールに赴任するプロキュアメント社社長の松本誓之氏(写真奥)と、調達本部審議役の渡邉直樹氏(手前)。

「現地に住み、現地の人々と同じものを食べ、同じ空気を吸う。それが、実は今回のグローバルシフトの最大のポイントではないかと思っているのです」

パナソニック調達本部審議役の渡邉直樹氏は笑顔でこう語り始めた。

日本を捨てて海外へ行くのか――。2011年の移転発表後はそんな不安含みの憶測も飛んだ。しかし、同社で本社機能移転の話が持ち上がったのは2年前の10年のことだ。

直接のきっかけは2つある。1つ目は海外での調達比率が年々高まり、生産も海外にシフトしていることだ。海外調達比率は09年が43%、10年が53%、11年が57%となり、12年には60%に到達すると予測。海外が調達の主軸となり、販売先も海外が中心なので必然的に本社機能も移転するというもの。

2つ目はグローバル調達・物流の一元化を図るためだ。従来、同社内にはドメイン(社内分社)に部材を提供していたトレーディング社のほか、部材、原材料の集中契約に調達本部で取り組んできたが、いずれもトレーディング機能のみ、集中契約のみにとどまっていた。そこで両者をグローバル調達として統一して機能を強化させることになった。そのため、10年1月に専門のプロキュアメント社(以下プロ社)を設立した。

プロ社社長の松本誓之氏は「グローバルの貿易知識、物流知識を持ってひとつの組織となり、全社への貢献に努めていきたい」と意気込みを語る。10~12年で調達分野において約1.5兆円のコストカットを図り、原価低減を進めている。特に電気電子部品に最大限汎用性を持たせることを目指す。

しかし、社内で心配する声がないわけではなかった。

「発想がどうしても日本人的になってしまう。海外からモノを見ること自体に意味があるのだと言っても、受け入れられない人もいました」(松本氏)

松本氏自身はアメリカでのビジネス経験が長く、海外から日本を見ることや、海外企業の考え方を理解する習慣がついている。しかし一般的な日本人からは「どうして本社まで海外に移す必要があるのか」「日本が空洞化するのではないか」といったネガティブな意見、報道もあった。それでなくともリストラに脅える社員であればなおさらだろう。だから、「社員にはできるだけ丁寧に説明するよう心がけた」(松本氏)。

当然、すべてを移転するのではなく、原材料分野では素材メーカーと日本でコラボレーションしていく必要性があり、日本に残す部分があることもつけ加えた。とはいえ、口ではグローバル化を叫びながら、日常の仕事に支障がなければ、移転する意味をなかなか見出せないだろう。日系企業同士の「あ・うん」の呼吸でビジネスができ、日本語で会話し、かゆいところにまで手が届くこれまでの関係は、ある意味で心地よかったといえる。

しかし、その考えにあえてNOを打ち出したのが今回の決断だった。そうはいっても日系との決別を意味するのではなく、あくまでも発想そのものをグローバルに転換し、取引先の再編を図ろうというのである。

「海外のホテルでテレビの裏側を見るとビスの色がテレビの色に合わせた黒ではなく、バラバラなんですよ。日系メーカーはそんな見えないところにまで気を使ってきたが、多くの海外メーカーはこだわらない。その違いは小さいようでいて、非常に大きかった。結局、マインドが違っていたのだと思います」(松本氏)

海外にはそれぞれの国の文化や常識、生活様式がある。「求められてもいないスペックを『日本的な丁寧さ』でわざわざつけても、コストが上がるだけで外国人には理解されない」と松本氏も同意する。世界標準の“目に見えないグローバルスタンダード”を体得するためにも、日本を離れ、現地に居を移すことが求められたというわけだ。

移転先のシンガポールはアジア各国から距離が近いという地理的条件のよさに加え、税率が日本の半分以下の17%と低いことや、ホワイトカラー人材の豊富さ、港湾手続きがスムーズで中国向け輸出にかかる関税がゼロなどの利点がある。

同社は海外移転を機に、新規の顧客開拓も含めて取引先を見直し、汎用性の高い部材の一括認証に取り組むことにした。まずは固定抵抗器とねじから取り組み始め、コイル、コネクター、スイッチに広げていく予定だ。

これまでは各ドメインの要望に応じたねじなどをバラバラに調達していたため、無駄も多かった。今後はクオリティーに影響しないこだわりは捨て、できるだけ共通化した部品や部材を使用しコストカットしていく。

アジア、中国を中心に部材の集中契約の海外取引先は延べ300社を超えるが、移転に伴い取引先も再度精査していく。すでに新規取引先として、台湾の大手メーカーと接触しているという。

「国籍とか、日本語が通じるかどうかとか、過去のつながりは関係ない。一定の環境基準とグローバルスタンダードの製品づくりをしている企業なら、国内外どことでも取引していきたい。もちろん、こちらが選ぶのではなく、選び選ばれる関係が理想。目指すは共存共栄です」と渡邉氏は語る。

一方、パナソニックと好対照なのが日立製作所だ。12年3月期決算で2000億円の黒字となり、パナソニックとは明暗を分けた。同社もまた、アジアビジネス強化のため、12年4月に本社機能の一部を中国・北京に移転した。森和廣副社長が日立グループ中国・アジア地区総裁として自ら北京に乗り込み、調達担当3名、戦略担当3名も着任した。

日立製作所執行役社長
中西宏明

リーマンショック後に、約7800億円という巨額赤字を計上した日立だが、その後見事復活、電機業界の決算で一番の勝ち組となった。業績回復の立役者である中西社長は、この2月、中国・北京への本社機能の一部移転を発表した。

「中国という環境に身を置いて、そこから市場環境を見ないと最適な事業戦略を打つことはできない」という中西宏明社長からのトップダウンの命だった。

同社も海外売上高比率は43%と高く、なかでも中国の比率は13%と最大。このほど策定した「中国事業戦略2015」では15年の中国での売上高を約1.6倍の1600億元(約1兆9200億円)にまで拡大したいと意気込んでいる。

中国で同社の中心的ビジネスとなっているのは消費財ではなく昇降機、建設機械、高機能材料など。これらについて、今後北京を拠点に現地の視点で市場分析や戦略立案を行い、事業拡大を図る予定だ。調達担当者も一部移転することにより、総コストの5%削減をできるだけ早い段階で実現したいとしている。海外調達比率も現行の36%から15年度をメドに50%にまで引き上げる予定だ。

同社によると、中西社長が海外移転を決意した背景には、こんなエピソードがあるという。

同社が03年に米IBMのHDD部門を買収して設立した子会社、日立グローバルストレージテクノロジーズがあったが、その立て直し役として現職に就く以前の中西社長が米国で陣頭指揮を執っていたことがあった。そのとき、日本で優秀だとされていた人材を連れていっても、米国では意外にも思うように本領を発揮できない面があったのだという。

「環境が変われば人間も変わり、臨機応変に戦略も変えなければいけない。そうした社長の実体験が『現地に身を置いてみて考えることの重要性』につながったのではないかと思います」(同社広報)

こうした背景もあり、真のグローバル化を目指して、2011年から「グローバル人財マネジメント戦略」も開始した。今春入社した新卒社員の5~6%が外国人だが、基本的に日本人もすべてグローバル要員として採用している。

今年度から2年間、約2000人の若手社員を対象に、1~3カ月間、新興国の語学学校や顧客先などに派遣することにしており、「数カ月で海外事情がすべて理解できるわけではないが、皮膚感覚で海外を知ることに意味がある」(同)。

人材のグローバル化については、パナソニックも1990年代から力を入れてきた。09年には国内での採用人数をグローバルの採用人数(海外での現地採用)が上回った。特に営業、マーケティング、技術に特化した人材を多く採用しているのが特徴だ。その背景について、同社グローバル採用チームリーダー、柿花健太郎氏はこう説明する。

パナソニックでは、1990年代からグローバル人材採用に力を入れてきたが、その流れはますます加速していると、グローバル採用チームリーダー、柿花健太郎氏(写真左、左側)、とグループ採用センター所長、今岡正行氏(写真左、右側)は語る。

「たとえば中国で富裕層が台頭してくると、『中国には中国人に合った冷蔵庫がほしい』という欲求が高まってくるのは当然。日本からの輸出だけでは現地の方々のニーズに合った商品が提供できない。日本人よりも現地の方がつくったほうがよいということになります」

かつての「海外進出=現地工場での生産=日本への輸出」という構造は180度変化し、現地調達、現地販売が基本となった今、現地発で物事を考え、現地発でモノづくりをしていくためのグローバル人材が必要となってきたというわけだ。同社には世界約400カ所に拠点があるが、拠点間同士での人材の転勤も増えており、本社には外国人の役員も2名いる。

「外国人役員は今後も増えていくでしょう。どんな部署であれ、日常の仕事が海外抜きには語れなくなってきた。100社以上ですでに外国人が社長となっており、現地化は着実に進んでいます」(グループ採用センター所長、今岡正行氏)

同社によると、海外では同社を含めて日本企業の「ブランド力」は総体的に低く、サムスンやLGなどに大きく水をあけられているという。そこで各拠点がバラバラに人材募集するのではなく、一国で統一した採用セミナーを実施して認知度を高める努力をしている。また、アジア各地の大学内に冠講座を設け、優秀な人材の囲い込みにも必死だ。

※すべて雑誌掲載当時

(フリージャーナリスト 中島 恵 小林禎弘=撮影)

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