「毎日のように現場に行った」トヨタ出身社長が名古屋グランパスをたった1年で「J1復帰」させた驚きの方法
プレジデントオンライン / 2022年12月2日 9時15分
■処置と対策は切り分け、並行して進めるもの
※前回記事<「結論から先に書く」はやってはいけない…トヨタが報告書づくりで必ず徹底させる4大ルール>からつづく
処置と対策の話の続きです。
実はどちらも問題解決には必要なのです。例えば、火事が起こったとします。消防は何をやるでしょうか?
消します。何はともあれ消火です。それは処置。処置ですけれど、家が燃えている時に「これの真因はなんだ」と対策を考えていたら、消防が存在する意味はありません。つまり処置をやるべき時はやる。
加えて真因の追求です。追求は処置を行いながら考えます。そして、火が消えたら、住居の焼け跡を調査します。もし同じような状態の家があったら、そこもまた出火するかもしれないから真因の調査は不可欠です。
![【連載】「トヨタがやる仕事、やらない仕事」はこちら](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/d/1200wm/img_6dec1b2d14719b38689828e82241afc9162979.jpg)
漏電が真因だったとすれば、建築してから長くたった家には「漏電の検査をしてくださいね」と呼びかけなくてはなりません。再発の防止です。消防は処置と対策を同時進行でも行うのです。
このように処置と対策は並行して進めるのです。ただ、処置は誰にでもできるけれど、対策は真因を見つけないといけません。経験も必要だし、根性も必要だし、骨が折れる仕事なんです。
■トヨタの上司は部下の資料もカイゼンする
部下が上司に問題解決の書類を提出するとします。その場合、トヨタでは出てきたものを採否するだけではありません。
内容を見て、何度もブラッシュアップしていくのです。たとえ、ダメな書類であっても、上司が直接、手直しするのではなく、部下に何度も考えさせて直させます。一度で受け取ることはまずありません。
部下にとっては書類を直すことが勉強なのです。「ベター、ベター、ベター」がトヨタの考え方です。上司は少しずつでもカイゼンしていくことの大切さを部下に教えます。
Jリーグ名古屋グランパスエイトの社長、小西工己さんはトヨタの常務でした。広報の仕事を長く続けてきた人です。小西さんは2017年、名古屋グランパスの社長になりました。それは前年、名古屋グランパスがJ2に降格したので、再建を託されたのです。
その際、小西さんが活用したのがトヨタの問題解決、そして、書類の書き方でした。
小西さんはトヨタ時代から「問題解決の人」として知られる人だったこともあって、たった1年でグランパスをJ1に復帰させることができました。
では、小西さんに問題解決について、聞いてみましょう。
■部下にチームの予算書を作らせてみると…
小西さんの話。
「J1からJ2に落ちたことのあるチームはうちだけではありません。オリジナル10と呼ばれるJリーグが発足した頃から1部に在籍していたチームでも、降格したことがないのは横浜マリノスと鹿島アントラーズだけ。あとはどこも降格した経験があります。
そして、降格したらなかなか戻ってくることはできないんですよ。発足当時はジェフ市原だった今のジェフ千葉、元は川崎ヴェルディと言った東京ヴェルディもJ2のままです。それほど落ちたら大変なんですよ」
小西さんはサッカービジネスのプロではありませんでした。ですが、問題解決は得意です。トヨタにいた時と同じ考え方で指導することにしました。
まず最初に、J1へ復帰するための企画書と予算書を部下に作成するよう命じたのです。
小西さんの話。
「収入と支出を考えた予算書を作ってもらったのです。
プロのサッカーチームが売り上げを上げる場合、大きな要素が入場料収入です。何人のお客さまに入っていただきたいかということを計画に盛り込むのが重要です。
お客さまの数が多ければ選手もやる気が出ますし、またスポンサーを見つける時に説得力があります。ところが、チームがJ1からJ2に落ちると、それまでの常識では観客動員が3割くらい減ることになっていました」
■縮小再生産の計画では絶対に昇格できない
「それは対戦相手が横浜とか鹿島じゃなくて、選手名を知らないJ2チームになるからです。グランパスのファンは自分のチームは応援しますが、相手チームの選手をまったく知らないのでは面白くないわけです。また、J1のほうがコンペティションが激しいし、サッカーも活発です。試合の内容もJ1とJ2では違う。それで観客が3割は減るんです」
部下から予算案書が上がってきました。見ると、観客が3割減った状況での収入という前提で作成された書類だったのです。
トヨタの書類を作成する上でルールとなっている①「現状把握」のところに、「J2降格したので、観客は3割減る」とありました。ただし、②「目標設定」は「J1に復帰する」と書いてありました。
小西さんは部下を指導することにしました。どういった指導だったのでしょうか。
「3割減ることを前提として企画と予算が書いてありました。しかし、それは間違いだと言いました。お客さまが減ることを前提にしてしまったら、計画は縮小再生産になります。
目標は1年でJ1に復帰することですから縮小再生産では不可能なんです。3割もチケット収入予算を減らしたら、いい選手をとることはできません。何より、昨年の自分たちよりもさらに負ける計画ができてしまう。
そんなの許せませんよ。それで『これではダメだ、やり直そう』と指示したら、今度はマイナス15%の予算になって戻ってきました」
■それでも「こうやれ」とは指示しなかった
「私は時間をかけて一緒に考えることにしました。そこがトヨタ的です。こうやれ、こういう考え方にしろとは言わないんです。復帰するために何をやるべきかという本質は自ら考えなくてはいけない。
元トヨタの常務だった男が『こうやれ』と言ったら、その通りにやるでしょうけれど、彼ら彼女らは腑に落ちないです。仕事を部下のみなさんにちゃんと認識していただくために上司は力をフル動員しないといけません。そうでないと、部下は絶対に共感しません。共感してもらわないと経営はできません。上から指示するだけじゃダメ」
小西さんは部下に訊(たず)ねました。
「どうして15パーセント減の予算なんですか?」
すると、部下はこう答えたそうです。
「これまで降格したチームのなかでいちばん観客動員が減らなかったのがガンバ大阪です。その時はマイナス15%で済みました」
部下は予算を作るにあたって、ちゃんとベンチマークしていたわけですね。
ここで小西さんは③「なぜなぜ解析」を始めます。問題解決(J1復帰)の切り口として他チームの数字を参考にすることは果たして正しいことなのか、と。
小西さんは「最初から予算マイナスを宣言する限り、復帰はできない」と思っていました。それはそうです。弱いチームが補強もせずに縮こまったまま戦っても同じ結果が出るだけです。
![タブレット端末を用いて分析結果を共有するチーム](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/3/1200wm/img_435d4c324932744b139a1dd7c915b858335520.jpg)
■トヨタ式「問題解決」で部下に問い続けてみた
小西さんはもっと予算を増やすための切り口はないかと部下に問い始めました。
「なぜ、他のチームを基準にして予算を作成したのですか? それは復帰するための予算作成の基礎になるものですか?」
小西さんは部下との打ち合わせを通して、少しずつポイントを教えていきました。
「復帰するためのベンチマークであれば他のチームではなく、J1にいた時の自分たちにすればいいのではないでしょうか?」
J1にいたけれど、負けていたグランパスをベンチマークにすれば、それよりも大きな予算と計画を作ることになります。勝つにはお金もいるからです。
部下はやっと予算を増やす切り口を見つけました。
小西さんは言います。
「J1時代の負けていたグランパスから30%も予算を落としたら、絶対に勝てません。勝つためには負けて降格した時の自分たちよりも、むしろ、大きな予算でないといけないんです。観客動員も増やす計画でなければならないんです。
ただ、答えを私が言ってはいけないと思いました。そこで、部下が思いつくように私が話をするわけです」
■「自分で思いついたことは体にしみ込む」
「『ベンチマークするのは他のチームではないと思う』と伝えました。いろいろディスカッションしていくうち、『昨年の自分たちを超えます』という言葉が出てきて……。よし、その言葉を待ってたんだぞ、と」
何でもかんでも上司や先輩が教えてしまえば身につきません。一方、答えを自分自身で見つけた経験は自信につながります。上司の仕事とは部下に気づいてもらう機会を多く作ること。答えだけを教えることではありません。
また、「あなたのいいところはここです。ここをもっと伸ばしましょう」といった個人のキャラクターまで指摘するような細かい指導をすれば上司は仕事をした気にはなるでしょう。しかし、実際の仕事の場面では個人のキャラクターが大きく影響を及ぼすことはほとんどありません。
小西さんは「自分で思いついたことは体にしみ込みます」と言っています。トヨタの教育とはそういうものです。答えを教えるのではなく、問題の解き方に気づいてもらう。問題解決の切り口はいくつもあることを自覚してもらう。
そうすれば、どこの会社に転職しても、問題を解決することができます。
■J2で初めてJ1時代の前年の観客数を超えた
さて、ではグランパスがJ2に降格して、予算はどうなったのでしょうか。翌年は復帰できたのでしょうか。
小西さんは教えてくれました。
「予算は前年より増やしました。観客動員を増やすことに集中しました。私はあの年、毎日のように試合のみならず練習も見ていました。結局、観客動員は前年の104%くらいで、J2に落ちたのにJ1時代の観客数を超えたんです。Jリーグ史上初、始まって以来のことでした。
そして、J1にも復帰しました。ただ、J2で3位だったんです。1位、2位だと自動昇格なんですが、3、4、5、6位はプレーオフ。そのなかから1チームです。しかし、なんとか勝ち抜くことができました。
もうほんとに疲れました。最後の最後まで、ハラハラドキドキで。こればっかりはもう見守るしかないですから。選手ががんばるしかなかった。しかし、おかげさまでありがとうございました」
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ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。旅の雑誌『ノジュール』(JTBパブリッシング)にて「ゴッホを巡る旅」を連載中。
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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)
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