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イェール大学名誉教授「世界インフレは本当にバイデン大統領の失敗が招いたのか」

プレジデントオンライン / 2022年12月2日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/aogreatkim

■10ドルだった朝食がいまでは20ドルに

私が住む米国の物価上昇は日本より深刻である。私は車の運転をやめたので、普段は散歩以外にほとんど出歩くことがなく、買い物は妻がするので、物価上昇を体験する機会は少ない。それでもかつては10ドルで食べられたような簡単な朝食が20ドルを超えていたりするので、インフレを実感する。

一方で、いま日本に旅行する米国人は、円安の恩恵を最大限に楽しめる。日本の物価も食料品を中心に値上がりし始めているが、米国に比べれば気にならない程度だ。

ここまでの物価上昇に至った原因の第1はコロナ禍にある。通常、物価は需要と供給の曲線が交わったところで決まる。しかし、コロナ禍は両曲線の間に縦方向に楔(くさび)を打ち込んだ。需要はあったし(例・人々はレストランで食事をしたい)、供給も問題なかった(例・人手も材料も十分にあった)が、公衆衛生上のロックダウンが両者のマッチングを許さなかった。需要と供給が出合って交易するのが不可能だったり、コストがかかったり(それが楔の長さ)するので取引量が減少するのである。

そうした状況が続くと、生産も減少し雇用も制限されて、国民経済はどんどん萎縮していくので、何らかの対策が必要になる。コロナ禍は2020年初頭から始まっているが、トランプ前大統領はコロナ禍を「心配しないでよい」と公言し、マスク、ワクチン接種にも冷淡で、疫病防止に反する政策をとっていた。

20年11月の選挙に勝利したバイデン大統領の民主党政権は、コロナ禍の影響をもろに受けてしまった。翌年1月に大統領に就任したバイデン大統領は、就任から約2カ月後の3月に1兆9000億ドルもの経済対策法案に署名した。共和党の金持ち優遇策のもとで、労働者や中流階級が相当に傷んでいたので、それを助けようという意図だったのだろう。大盤振る舞いにすぎるという批判は、民主党寄りのエコノミストにもあった。少なくとも物価に対する効果はてきめんで、消費者物価はそこから一気に跳ね上がった。

その上昇が一段落しかけた頃、今度はロシアによるウクライナ侵攻が始まった(22年2月24日)。欧米や日本はこれを許さず、ロシアに経済制裁を科した。ロシアは世界にエネルギーを供給する資源国だが、そのエネルギーの不買政策をとったので需給の逼迫から世界の石油・天然ガスの価格が高騰した。

■バイデンのせいかトランプのせいか

その結果、物流コストなどの増大が物価上昇をさらに一段、押し上げた。いわゆる「コストプッシュ・インフレ」だ。日本の卸売物価上昇も、これを理由に始まっている。どこの国民にとっても痛手だが、ロシアの軍事侵攻を許さず戦争を避ける道は経済制裁しかないと考えられたからである。当然、物価高の痛みは予測できたが、欧米や日本は目先数年の経済よりも民主主義と正義を守り抜くことを優先したのだ。

こうしたなか、共和党は今回の中間選挙戦で「バイデンが物価高騰を招いて、国民を苦しめた」という論陣を張っていた。だが、コロナ禍で停滞しかけた需要を財政出動で手当てする必要はあったし、ロシアに経済制裁を科したのもやむをえなかった。私はバイデン大統領を気の毒に思う。今回の選挙戦で共和党が圧勝すると民主制の根幹が崩れる可能性があり、インフレ批判を利用して専制政治が出現する恐れもあった。

なお、金融市場は期待込みで価格が形成されており、金融拡大の後に引き締めがあると、株式、債券価格が下落する局面がある。それを予期しないで、大損する人も出てくるかもしれない。金融市場の影響での景気後退が懸念されるが、現在はコロナ禍の回復過程で実物的な需要は不足しないので、国民経済全体の景気後退(リセッション)を心配する必要はあまりないと考える。

さて、ここからは日本の話である。日米のインフレ率の違いを図から見てほしい。日本の物価は22年1月以降に上昇傾向が始まったが、それ以前の横ばい期間があまりに長かった。物価が横ばいのときに企業がモノを売るには、コストを下げて価格競争力を維持する必要がある。そのための策の1つが人件費の抑制で、ゆえに日本では労働者の賃金がなかなか上がってこなかった。そして、背景にあるのが円高である。

日米両国の消費者物価指数の推移

1985年のプラザ合意で、米国の貿易赤字を減じる円高を半(なか)ば強(し)いられて以降、アベノミクス開始の13年まで、日本産業は30年近く円高を受容してきた。海外旅行にはいいが輸出企業には逆風で、メーカーは製造拠点を海外に移すなどして対処してきた。これが日本国内の技術開発を遅らせ、日本経済の生産力の停滞を招いた。

■50年前の状況に似ている

円高/円安の経済への影響を議論するには、何を正常あるいは望ましいレートとするかの基準が必要だ。それには、本連載でも紹介したが、ハーバード大学の故デール・ジョーゲンソン教授と慶應義塾大学の野村浩二教授が開発した為替レート換算の価格水準指数(PLI)が明確だ。

貿易相手国との生産費の差を各産業の大きさで加重平均するものだが、PLIが1より低いときには、日本の産業は平均して相手国より生産費が安く、輸出しやすい環境にある。逆に1を上回るようだと、コスト高になって産業は苦しみ、コスト節約のためデフレ圧力が生ずる。

1ドル=146円の為替レートだと、PLIは0.6近くにまで下がっている計算で、4割近くも円が物価水準の比較より円安方向へ過小評価ということになる。いままで円高で悩んだ輸出産業は生産コストが下がったことで、今後は国内での設備投資を徐々に進めていくだろう。問題は、趨勢(すうせい)として仮に方向はよくても動きが急すぎないかということだ。

黒田東彦(はるひこ)日本銀行総裁が「供給側の押し上げ要因が剥げ落ちて来年以降は、物価上昇率は2%を下回る」として金融緩和を続けるのは、長期のトレンドを重視するからだと思う。22年10月28日に日銀が物価上昇率見通しを前年度比プラス2.3%から2.9%に引き上げたのは、短期的には「消費者物価上昇率2.0%」という物価目標を達成するだけでなく、それを超過しつつあると読んでいると見るのが自然であろう。

PLIで見ると、いまと同じ程度の円安の続いた1971~72年のすぐ後には、福田赳夫元首相に「狂乱物価」と言われた73~74年のインフレが待ち受けていたことも念頭においてほしい。確かに、日本産業がいま円安で息を吹き返しているとみてもよいが、激しい円安が強いインフレを招く可能性も高いので、応急措置として早めに短期金利を高めるなどインフレへの警戒を始めたほうが安全のように思われる。

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浜田 宏一(はまだ・こういち)
イェール大学名誉教授
1936年、東京都生まれ。東京大学法学部入学後、同大学経済学部に学士入学。イェール大学でPh.D.を取得。81年東京大学経済学部教授。86年イェール大学経済学部教授。専門は国際金融論、ゲーム理論。2012~20年内閣官房参与。現在、アメリカ・コネチカット州在住。近著に『21世紀の経済政策』(講談社)。

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(イェール大学名誉教授 浜田 宏一 構成=渡辺一朗)

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