日本一のメロンバウムは「規格外の土」から生まれた…茨城の“農家カフェ”に行列ができる納得の理由
プレジデントオンライン / 2022年11月29日 7時15分
■行列のできる農園カフェの秘密
茨城県鉾田市に、お客さんが絶えないカフェがある。メロンやイチゴなどをふんだんに使ったメニューが人気で、時に行列もできる「LE FUKASAKU(ル・フカサク)」だ。
広々とした駐車場があり、僕が取材に行った日には観光バスが入ってきて、降りてきた乗客がカフェに吸い込まれていった。日本広しと言えども、観光地化しているカフェは稀だろう。
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店に入ると、平日午後にもかかわらずほぼ満席。客席を見渡すと多くの人が半分にカットしたメロンにミックスメロンソフト、フルーツを盛り合わせたスペシャルメロンパフェ(2480円)を食べていた。
僕はフルーツパフェが好きでよく食べるけど、こんな大胆なメロンパフェは見たことがない。ゴクリとつばを飲み込んで、店員さんに「スペシャルメロンパフェください」と注文した――。
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メディアでもたびたび取り上げられるこのカフェを経営しているのは、意外な人物。江戸時代から続く茨城県鉾田市の深作農園6代目、深作勝己さんだ。彼は今年、農家を表彰する日本屈指の大きな賞をふたつも受賞している。
まずは今年2月、NHKとJA全中、JA都道府県中央会の主催で優れた功績をあげた農家や団体を表彰する「日本農業賞」の個別経営の部で大賞に選ばれた。
さらに10月には、農林水産省と日本農林漁業振興会が共催する農林水産祭の多角経営部門で、内閣総理大臣賞を受賞している。
■数々の受賞歴、売り上げは約10倍に
「個別経営」「多角経営」とあるから、なるほど、農家が始めたカフェが人気になって評価されたのね……という単純な話ではない。
約20ヘクタールの農地でサツマイモ、イチゴ、ミニトマト、メロンのほか、米、小松菜、ニンジンなどを栽培する深作さんは、野菜やフルーツ、その加工品を評価する品評会で、次々と受賞しているのだ。
例えば、野菜やフルーツを栄養価、機能性などの数値で評価する「オーガニック・エコフェスタ」ではサツマイモ(2018)、ミニトマト(2020)、メロン(2021)で1位。サツマイモは「第1回 日本さつまいもサミット」(2020)でも「Farmers of the year」と「SATSUMAIMO of the year」の2冠に輝いた。
農園の敷地内にはカフェのほかに自家製バウムクーヘンの専門店「ファームクーヘン フカサク」もあり、そこで作っている完熟メロンのピューレを使ったオリジナルバウムクーヘンは、4年に1度開催される国内最大の菓子の祭典「全国菓子大博覧会」(2017)で、最高賞の名誉総裁賞を受賞。海外でも、数々の受賞歴を誇る。
深作さんによると、大学卒業後の2004年に就農してから18年間で、売り上げは約10倍に達したそうだ(金額は非公表)。
■規格外の土づくり
こう書くと、やり手のビジネスパーソンのように感じるかもしれない。しかし、深作さんは「農業は嘘がない世界だから、基本に忠実に、誠実に農業と向き合ってきただけ」と語る。
実際、これまで彼が最も力を入れてきたのは、土づくりだ。その土は、規格外の力を持つ。
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メロンやイチゴの栽培では、地力の衰えや偏りを防ぐために、2、3年に一度は異なる種類の作物を栽培する輪作、もしくは休作するべきと言われている。
ところが深作農園ではメロンは60年、イチゴは40年、同じ農地で作り続けている。その土で育ったメロン、イチゴの味や栄養が評価されて表彰されているのだ。
「農家のやるべきことは物理性、生物性、化学性を最大限高めること」「新しいものは時が経つと古くなる。でも、土と人間は時間をかけると育つ」と語る深作さんの話は、日本の「食」の潜在能力を考えるうえで、大きなヒントになるだろう。
■農薬が身体に合わず、父は入院を繰り返した
深作さんは1981年、3兄弟の長男として生まれた。小学校に入る前から、父親に「お前は農業をやるんだ」と言われて育った。
思春期に入ると自分の将来が定まっていることに反発もおぼえたが、祖父母、父母が黙々と仕事をする姿を毎日のように見ているうちに、「やっぱり自分が継がなきゃな」と思うようになり、明治大学の農学部に進学。2004年、大学卒業と同時に父親のもとで修業を始めた。
最初に「土づくり」を始めたのは、父親だ。深作農園では、祖父の代にメロン、父親の代からイチゴの栽培を始めた。イチゴは苗を植えてから収穫まで1年弱かかる長期作物で、その分、農薬を使う頻度、量も多くなる。
その農薬が身体に合わず、毎年、冬になると入院するほどだった父親は1990年、農薬の使用をなるべく控えて、土壌中の酵母菌や乳酸菌など善玉菌を生かした土作りを始めた。深作さんはそれを徐々に進化させ、現在は有用な微生物80種類超に鶏糞や豚糞の堆肥、野菜の残渣などを混ぜた土を使うようになっている。
■かつて“自家製肥料”は当たり前だった
この特別配合の土が深作農園の「肝」になるのだが、そのベースになる土は、もともと日本全国の農地で当たり前にあったものだという。
「僕が子どもの頃、おじいちゃん、おばあちゃんがよく海岸の松林に行って、葉っぱを集めて自家製堆肥を作っていました。戦後に普及し始めた化学肥料は『金肥(かねごえ)』と言われていて、当初は高くて買えなかったそうです。その頃は農業と畜産も今みたいに分かれていなくて、家畜が野菜の余りを食べて、その糞を肥料にしてという具合に一体化していました。自然と有機的な循環ができていたんです」
深作さんによると、この循環が途絶え始めたのが、1950年代から1960年代にかけて。日本の人口が増え、経済が上向き始めると、生産者にも化学肥料を買う余裕が出てきた。
試しに使ってみたら、想像以上に収穫量が増えた。堆肥を自分で作る手間が省けるし、化学肥料は効率がいい! ということで、日本中の生産者が化学肥料を使用するようになったそうだ。
ここから少し、専門的な話になる。植物は、根っこを保護するために不溶性の粘液物質ムシゲルを分泌する。これは酸性多糖類、有機酸、アミノ酸、酵素などで構成されているため、土壌の微生物が栄養源として周辺に生活層を築く。
ムシゲルはネトネトしているので、その生活層は極小の土の粒のようになり(団粒化という)、空気や水、養分を土中にキープする役目も果たす。
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■復活させた微生物との共存関係
堆肥には微生物のエサとなる有機物が含まれているから、微生物が活性化し、生活層が広がる。それは微生物によって土がほぐされ、柔らかくなることを意味する。そうすると、植物は自由に根を伸ばせるようになる。
根っこから出るムシゲルに微生物が集まる。堆肥の有機物を食べて元気になった微生物が動き回って土を耕す。植物は根っこを存分に張ることができるというよくできた自然の仕組みが、ここにある。
一方、化学肥料には植物に必要な栄養はたっぷり含まれているけど、微生物のエサとなる有機物はゼロ。そうなると、土壌の微生物は活性化しない。土は徐々に硬くなり、引き締まっていく。そこに植えられた植物は、思うように根を伸ばせない。
お客さん(=微生物)がたくさん来て、テナントがどんどん増える活発な商店街と、お客さんが来なくなって縮小していくシャッター商店街をイメージすると、わかりやすいかもしれない。
「想像してみてください。毎日ファストフードばかり食べている人と、みそ汁とか納豆とか発酵食品を食べている人、どちらもエネルギーを摂取しているのは同じだけど、どちらが健康的ですか? 発酵食品は、人間の健康に大きな影響を及ぼす腸内フローラを整えると言います。植物も単体で生きてるわけではなくて、微生物との共存関係なんですよ。うちも一時期、化学肥料と農薬を使っていましたが、父の方針で1990年からできる限り使わないことにした。それが良かったんです」
■農業に必要な物理性、生物性、科学性
ここで、話を深作さんが就農した頃に戻そう。最初の2、3年は父親のもとで、種まきから機械の使い方までマンツーマンで指導を受けた。
ひと通り学んで余裕が出てきた4年目から日本各地にある有機栽培で有名な産地や団体を訪ねて回り、時には泊まり込みで研修を受けた。そこでふと、感じた。
「農業って感覚的で、科学的検証がされてない」
深作さんは、理想とする「生命力あふれる野菜」を作るために「物理性、生物性、科学性を最大限高めること」が必要だと考えた。
「物理性というのは、土の団粒化のことです。団粒化すると必要な養分、水がそこで保たれます。生物性は物理性とも絡んでいますけど、土は工業製品と違って微生物によって生きているので、居心地の良い環境を作ること。そのために必要なのが、土壌分析ですね。窒素、燐酸、カリ、pH(ペーハー)などの数値を測り、バランスを見ることができます。これが科学性です」
実家で就農した頃から、深作さんは自分が使うパソコンを自ら作るのを趣味にしている。マザーボード(主要な電子基板)、CPU、グラフィックボード(ディスプレイに画像や映像を映すための部品)など自分が求めるスペックの商品を個別に買って、組み上げていく。
それは無数にある選択肢のなかから、自分にとってベストの解を求めていく取り組みであり、曖昧さはない。
パソコンを自作するのと同じような感覚で、もっと農業そのものや栽培方法を突き詰めてみたいと思うようになった。
■「パズルよりも難しい」
そうして始めたのが、土壌分析だ。
「普通の農家は、毎年同じ肥料を入れちゃうんですよ。それで去年うまく育ったから、今年も入れちゃう。それは違うんですよね。例えば、メロンにしても何年も作っていると土壌の菌のバランスが崩れるんです。それで、連作障害が起きる。そこでうちは毎年土壌分析して、なにが必要なのか、その都度判断します。土のバランスを保つための肥料なので、むしろなるべく余計なことをしない、手を加えない勇気が必要です」
深作さんは、毎年変わる土の成分に合わせて堆肥などの有機肥料を調整し、そこに放線菌、納豆菌、乳酸菌、酵母菌など有用な菌を加える。それは「超複雑でパズルより難しい」と言う。
科学的な見地から、農薬も否定しない。特に栽培に時間がかかるイチゴやメロンに関しては無農薬で病虫害を防ぐのは難しいため、深作農園で農薬を使うこともある。ただし、土づくりによって病虫害が発生しづらい環境を整えることで、一般の生産者が週に一度使う農薬を、月に一度程度に抑えることができるという。
そのうえで、「残留農薬ゼロ」を徹底する。毎年、一回数万円の費用をかけて業者に依頼し、プールに一滴垂らしてもわかるレベルの精度で検査している。農業界で農薬を使う、使わないはポリシーの違いになりがちだが、そこからは距離を置き、お客さんが口に運ぶ時に安心して食べられることを重視しているのだ。
これは同時に、土中の菌を元気に保つことにもつながる。
■「土台」を固めて始めたバウムクーヘンづくり
この栄養、おいしさ、安心を兼ね備えた深作農園のメロン、イチゴなどの作物を売るのは、父親が建てた直売所だ。直売所があることで、深作農園の評価は高まっていく。
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通常は作物を地域の農業協同組合(農協)に卸し、農協が市場で売り、それを買った仲卸を通してスーパーなどの小売店に販売されるという流れなので、店頭に並ぶまでに数日かかる。そのため、熟したものは腐る可能性があり、熟す前に収穫してしまう。味よりも流通が優先されているのだ。
深作農園は自社の直売所があるため、しっかりと熟してから収穫する。熟す前に収穫したメロンと、養分をしっかり蓄えた完熟メロン、どちらがおいしいか、聞くまでもないだろう。それがさらに栄養満点で安心安全だから、消費者に支持されるのも頷ける。一時期、顧客にダイレクトメールを出していたそうだが、5万通を超えていたという。
この作物を「生」で販売するだけでなく、「加工しよう」と考えた深作さん。土づくりと同時並行で2009年頃から始めたのが、バウムクーヘン作りだ。
「父もイチゴとメロンを素材になにか相性がいいものを作りたかったみたいで、九州でカステラを見たりしてたんですよね。それである時、お茶菓子で食べたバウムクーヘンがおいしくて、どうやって作るのかなと調べているうちに、これだ! と思ったんですよ」
ここで、安易にバウムクーヘンを作れる職人をスカウトしたり、メロン、イチゴを使ったバウムクーヘンを作り始めたりしないのが、深作さん。
まずは全国のバウムクーヘン100種類以上を買い集め、軸となる味を決めた。それから半年間、農作業はスタッフに任せて、朝から晩までひとりでバウムクーヘンを焼き続けた。それは、「プレーンがおいしくないと、なにバウムを作ってもおいしくない。土台がしっかりしていないと意味がない」という想いがあったからだ。土台、そう「土」である。
■快進撃が始まる
プレーンのバウムクーヘンをいかにおいしくするかを探究するなかで、素材にもこだわった。鶏卵の生産日本一の茨城産で、ボリスブラウンという赤卵を一度に200個使うことにしたのだ。
ちなみに、大手の菓子メーカーがバウムクーヘンを作る際には、卵を割って使う部分だけ冷凍された「液卵」を業者から仕入れる。それを使ってみたところ、赤卵と比べて明らかに膨らみが悪かったため、即不採用になった。
赤卵を200個、ひとつひとつ割るのはコストも手間もかかるが、思い出してほしい。お金をかけて土壌分析を怠らず、「パズルよりも難しい」土づくりをしているから、いい作物ができる。深作さんにとって、プレーンのバウムクーヘンを究めるための投資は、土づくりと同じことだ。
満を持して、2010年にバウムクーヘンの専門店「ファームクーヘン フカサク」をオープン。2年目以降、深作さんが開発したレシピをもとに、イチゴやメロンを使ったバウムクーヘンの提供を始めた。
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その年から、快進撃が始まる。国際品評会「モンドセレクション」、国際高品質味覚審査会、世界で最も古い歴史を持つドイツ農業協会国際食品品質品評会で金賞を受賞。「食品のミシュランガイド」とも称される国際味覚審査機構では、2年連続で二つ星を獲得した。
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■6900円のメロンバウムは3、4カ月待ちに
そして2017年、日本一の規模を誇る全国菓子大博覧会で最高賞の名誉総裁賞に輝く。
受賞したのは、メロンバウムプレミアム。これはメロンチョコ、メロンパイ生地、バウムクーヘン、メロン羊羹を使ったもので、メロン果汁1キロが含まれるという深作農園のシンボル的な商品だ。
「僕はなにがやりたいかというと、本質を極めたいんですよ。土づくりってなんなんだろうというのと同じ感覚で、バウムクーヘンの本質はなにかと気になる。だから、ドイツにあるバウムクーヘン発祥のお店『クロイツカム』にも行きました。なにごとも小手先でやっていると、土台が崩れる気がするんですよね」
ちなみに、ここに挙げた5つの大会で受賞している菓子メーカーは大小含めて日本になく、深作さんは農家の6代目でありながら、「日本一のバウムクーヘン職人」としてテレビ番組に取り上げられたこともある。
また、6900円もするメロンバウムプレミアムは受賞後に何度もテレビに取り上げられ、そのたびに注文が殺到して3、4カ月待ちになる。投資対効果でいえば、初期投資の何倍にもなってかえってきていると言えるだろう。
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■世界中を探しても見つからないものを作る
「なにごとも小手先でやらない」というのは、深作さんの基本的な姿勢だ。
2015年には、直売所のお客さんに「食べられるところはないの?」と聞かれたのがきっかけで、洋菓子販売とカフェを併設した「LE FUKASAKU(ル・フカサク)」を建てた。
このカフェは、農林水産省の六次産業化法の認定を受けており、自社の作物をより積極的に活用しようという意図がある。
「イチゴとメロンは洋菓子とも相性がいいはずだし、口に入れるところまでプロデュースするほうが面白いと思ったんです。始める前に全国の和菓子店、洋菓子店を訪ね歩きました。そこで気に入ったものをマネするんじゃなくて、うちだったならなにができるか、うちにしかできないことはなにかなと考えます」
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取材の日、注文したスペシャルメロンパフェが届くと、濃厚なメロンの香りが漂ってきた。スプーンをメロンに差し込むと、スッと抵抗なく入っていく。これが完熟の香りと柔らかさ! それを口に含むと、トロトロな果肉がスッと溶けた後、甘みが爆発的に拡がった。
こ、こ、これはメロンのビックバン!? それから僕は、無心になってメロンとソフトクリームにかぶりついた。
その日のカフェの店頭では、1日100個限定の特製メロンパンが、完売。
このメロンパンは、完熟メロンピューレを贅沢に使用した生地に濃厚なメロンクリームをはさんだもので、深作さんは「世界中探しても、ここまでメロンを使っているメロンパンはほかにないと思うんですよね」とほほ笑む。
「本質を極めるということは、まず徹底的にやってみるということです。もうひとつは、自分が食べておいしいと思うものを作ること。最初の1年、カフェの売り上げはバウムクーヘンよりも少なかったんですけど、あっという間に抜きました。今も毎年売り上げが伸びています」
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■6次産業化で成功した理由
深作さんが次に仕掛けるのは、ジェラート。取材に行った際には、直売所の隣にジェラート工房を作っているところだった。
いかにもジェラート向きなメロン、イチゴ、トマト、さつまいもなどを作っていて、「やらない理由がない」という。このジェラート工房にも妥協はない。
「イタリアには5社ぐらいジェラートメーカーがあるんですが、イタリアで一番売れていて、ジェラート業界のフェラーリと呼ばれているカルピジャーニというメーカーがあるんです。展示会で他社の製品と比較したうえで、世界ナンバーワンと言われているマシンの導入を決めました」
日本では、生産者が自ら加工、販売を手掛ける6次産業化を推している。しかし、実際のところ成功例があまりないと言われている。
それはなぜかという理由、そしてどうやったら成功できるかを考える時、投資を惜しまずしっかりと「土台」を作ること、小手先でやらないこと、「自分たちにしかできないことはなにか」を考えること、「やると決めたら徹底的にやる」という深作さんの姿勢はひとつの指針になると思う。
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■「農業が面白いところは、絶対に嘘がないこと」
バウムクーヘン、洋菓子、ジェラートと加工品が増え、いわゆる「農家」の枠組みを超えて、独自の路線を歩む深作農園だが、深作さんのベースはあくまでも農業にある。
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「農業が面白いところは、絶対に嘘がないこと。手をかけた分、返ってくる業界なんですよ。もちろん、台風とかの災害で自然は残酷だなと感じることもあるんですけど、それも含めて、嘘がない世界で仕事をするのはいいですよ。これ、就職活動する学生に響きそうですよね(笑)」
深作農園はリクナビに求人を出していて、リクルートの担当者が驚くほどの応募があるという。そのなかには東京大学を含め、誰もが名を知るような有名大学の学生も多い。しかし、採用するのは100人にひとり程度。学歴で判断するつもりはないという。
正社員、アルバイトを含め、50名弱のスタッフのうち6割が女性。アルバイトは16歳から75歳まで幅広い。評価するのは、あくまでなにができるのかという能力だ。
「やる気と能力さえあれば、年齢も性別も国籍も学歴も関係ありません。うちは外国籍の方も働いています。女性が多いのも、理由があるんですよ。男はどちらかというと縦社会なんですが、女性は横社会で、人をまとめるのがうまいんですよ。あと、察知するのが得意でしょう。うちのような農業においては、なにかが変だ、なにかが変わった、雰囲気が違うと気づくことが大切なんです。だから、うちは女性が多いし、責任者も女性ばかりです。自然と多様性のあるメンバーになりました」
■土づくりと人づくりは、年々よくなる
農業界は人手不足に悩んでいるが、深作農園は誰を採用するか悩んでいる。そのギャップはどこにあるのか、考えてみると面白い。
高齢化と後継者不足が進む農業界は機械化、ICT化を進めることで仕事を少しでも楽にしようという方向に進んでいる。深作農園でも環境測定器を導入し、データを蓄積してさまざまな分析ができるようにしているが、機械化、ICT化に頼り切るのは危険だと語る。
「そもそも、日本の農業は楽をしたいなと思って化学肥料や農薬を使ってきたんですよね。楽をしたら、植物の質が良くなるって聞いたことがないんですよ。最新の機械、ICTを入れて先行者メリットがあるとしても、停電したら使えないものもあるし、そのうち平準化されるわけです。ずっと新しいものを買い続けるわけにもいかないでしょう。それって化学肥料と農薬の関係と同じじゃないですか。何百万、何千万もする機械を入れても、新しいものは必ず古くなる。だけど土づくりと人づくりは、年々よくなります」
■仕事に懸けるまっすぐな想い
深作さんには、忘れられない思い出がある。就農してすぐの頃、土砂降りのなか、車で農場の近くを走っていたら、祖母が草抜きをしていた。
![川内イオ『稀食満面 そこにしかない「食の可能性」を巡る旅』(主婦の友社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/8/1200wm/img_18e570b50721420d042cb15af796640d306721.jpg)
その姿を見た瞬間、「俺はまだまだだな」と思った。雨の日にあえて草を抜く必要はない。身体を濡らして、風邪を引くかもしれない。
祖母の行動が効率的かどうかを考えると、イエスと断言できない。でも、効率性、生産性、コスパとは別の地平に、仕事に懸けるまっすぐな想いがある。
深作さんは祖母の姿を胸に刻み、土づくりと人づくりに向き合っている。その成果が、お客さんで賑わう深作農園に表れている。
取材の終わりに、「今がんがん化学肥料や農薬をあげちゃってるところばかりだと思うんですけど、それでも未来を見据えて切り替えれば、いつか深作農園と同じように栄養いっぱいの作物ができますか?」と尋ねると、深作さんはフッと笑った。
「できますよ、それは。人間がいつでもやり直すことができるように」
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フリーライター
1979年生まれ。ジャンルを問わず「世界を明るく照らす稀な人」を追う稀人ハンターとして取材、執筆、編集、企画、イベントコーディネートなどを行う。2006年から10年までバルセロナ在住。世界に散らばる稀人に光を当て、多彩な生き方や働き方を世に広く伝えることで「誰もが個性きらめく稀人になれる社会」の実現を目指す。著書に『1キロ100万円の塩をつくる 常識を超えて「おいしい」を生み出す10人』(ポプラ新書)、『農業新時代 ネクストファーマーズの挑戦』(文春新書)などがある。
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(フリーライター 川内 イオ)
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