「就職すれば一生安泰」という心理が組織をダメにする…東芝の"進まない再建"は日本社会の縮図である
プレジデントオンライン / 2022年11月28日 10時15分
■多くの業界が東芝に手を差し伸べているが…
東芝再建に向けた取り組みは、徐々にではあるが動き始めた。銀行、リース、自動車、半導体、電力会社などが東芝に出資する方針を表明、あるいは検討している。それは重要な変化ではある。ただ、東芝に出資するアクティビストファンドの存在などもあり、今後の展開は依然として不透明だ。
それほど東芝はいかんともしがたい状況に追い込まれている。東芝の事業運営の歴史を確認すると、事業環境の変化にもかかわらず、組織は変わることができなかった。過去の大型買収に起因する巨額損失の発生など、負の遺産も積み重なった。東芝は縮小均衡に陥った。その状況下、雇用を削減して収益力回復への取り組みを加速させる選択も難しかった。東芝の経営体力は低下し、再建は難航している。
今後、再建への道のりはさらに長く、険しいものになると予想される。理論的に考えると、東芝は大胆にコストカットを進め、得られた資金を世界経済の先端分野に迅速に再配分しなければならない。それに耐えられる組織を構築できるか否かが、長期存続に決定的インパクトを与えるだろう。
■なぜこんなにも再建に時間がかかっているのか
東芝再建に、想定された以上の時間がかかっている。今後の道のりも長くなりそうだ。それだけ東芝には負の遺産が累積してきた。一つの要因は、環境変化への対応が遅れたことだ。かつて、東芝は総合電機メーカーとして世界的な競争力を誇った。ただ、1980年代の半ばごろから、過去の成功体験に、より強く執着するようになったと考えられる。時間の経過とともに、環境変化への対応を進めることは難しくなった。
例えば、メモリ半導体分野で、かつての東芝は世界の半導体産業を牽引する有力企業と目された。1980年代、東芝をはじめとするわが国半導体産業は一時、米国を上回る世界トップのシェアを手に入れた。東芝はパソコンなどのデータ一時保存に使われるDRAMの分野でシェアを獲得した。
さらに、同社は電源が切れてもデータが消去されないNAND型フラッシュメモリの製造技術を開発した。そのほかにも、テレビ、ノートパソコン、発電などの社会インフラ面で東芝は世界的な企業として成長を遂げた。
■世界で広がる国際分業体制を拒んだ結果…
しかし、1980年代半ば、日米の半導体摩擦が熾烈化した。東芝は米国企業に市場を開放しつつ、韓国のサムスン電子に技術を供与して間接的に世界シェアを維持しようとした。しかし、サムスン電子は東芝から急速にメモリ半導体の製造技術を吸収して世界トップクラスの半導体メーカーに急成長を遂げた。東芝の半導体分野における競争力は急速に失われ、市況の変化についていくことは難しくなった。
1990年代の初頭には、わが国で資産バブルが崩壊した。株価や地価は急速に下落した。不良債権処理も遅れた。わが国経済は長期の停滞に陥り、個人消費が伸び悩んだ。一方、世界経済はグローバル化し、国際分業が加速した。デジタル家電のユニット組み立て型生産など、設計、開発と生産が分離された。
しかし、東芝は総合電機メーカーとして設計、開発、生産、販売までを自己完結する体制を維持した。一時はノートパソコンのヒットなど東芝の強さが発揮された場面もあったが、長続きはしなかった。挽回を目指して2006年に東芝は米原子力大手のウエスチングハウスを買収したが、シナジー効果の発揮は難しかった。
![シリコンバレーの東芝アメリカ電子部品本部](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/e/1200wm/img_fec454c97d765ef9622591af5f8e3da41455765.jpg)
■経営陣をはじめ「内向き志向」が加速
リーマンショック後、東芝の内向き志向はさらに強まった。その象徴が不適切会計問題だ。2008年度から2014年度の4~12月期まで、東芝は不適切な会計処理を行った。根底には、かつての成功体験に基づき、これまでの技術力があるから業績の拡大は可能、という経営陣の強い考え(思い込み)があったと考えられる。東芝は買収したウエスチングハウスの経営破綻にも直面した。
2017年3月期、東芝の最終損益は9657億円の赤字と債務超過に陥った。一方、世界経済全体でデジタル化が加速し、“データの世紀”が本格化した。本来であれば東芝は新しい製造技術を生み出すことによってそうした変化を収益獲得のチャンスにつなげるべきだった。しかし、経営陣はすでに出来上がった事業運営体制を維持することに執着した。
■「終身雇用は当たり前」という風潮も再建の足枷に
こうして東芝の経営体力は急速に低下した。債務超過から脱するために東芝は家電や成長期待の高かった医療機器など資産売却を進めた。それでも収益力の回復は十分ではなかった。2017年11月には6000億円の第三者割当増資が実施され、複数のアクティビストファンドがそれに応じた。上場維持と引き換えに、東芝は安定株主と物言う株主など、多様な利害の調整に手間取ることになった。経営トップも短期間で交代した。再建は追加的に難航した。
また、東芝内部には、雇用維持を優先する考えも強かったはずだ。資産売却によって事業規模は縮小したが、同社は11万6000人を超える従業員を抱えている(2022年3月末時点)。わが国では、終身雇用は当たり前という風潮が社会に浸透している。大規模なリストラへの社会的抵抗感は強い。
そうした雰囲気も、アクティビストファンドをはじめとする利害関係者との協議を難航させた要因になっただろう。結果的に、東芝再建への道のりは一段と長引いた。資産売却などによって社会インフラ企業としての存続が目指されたが、収益力の回復は道半ばだ。一時検討された分社化も見送られた。
■変われない東芝はまるで「日本の縮図」である
このように考えると、ある意味、東芝は世界経済の環境変化に背を向けた期間が長引いた。それによって、東芝は能動的に自己変革に取り組むことが一段と難しくなったと考えられる。
特に、東芝内部には“就職すれば一生安泰”と考える人がかなり多かったはずだ。東芝は終身雇用と年功序列の賃金システムに加えて、病院や企業内学校も運営した。その裏返しとして、債務超過への転落などによって経営体力が低下しても人々の意識は簡単には変わらず、再建は難航したと考えられる。既存の発想に執着し、成長のための意思決定が先送りされた状況は1990年代以降のわが国の縮図にも見える。
主要企業の出資によって株式の非公開化を目指す兆しが出始めたことは、東芝にとって重要な一歩ではある。ただ、それによって、再建加速と収益力の回復、強化が目指されると考えるのは早計だ。むしろ、アクティビストファンドの出資が続く中で非公開化が目指されることによって、これまで以上に利害調整が難航する恐れがある。依然として、東芝の再建は前途多難、困難かつ長い道のりになるだろう。先行きは楽観できない。
■崖っぷちの東芝は変われるのか
東芝が事業運営の効率性を引き上げるためには、コストカットを強化しなければならない。それによって資金を捻出し、成長期待の高い先端分野に再配分する。東芝が一定の力を保っているエネルギー、量子技術、パワー半導体などがその対象になるだろう。
そうした要素技術に磨きをかけるためには、実力に応じた人員配置が不可欠だ。米欧などでは政府が半導体分野などに補助金を支給し、先端分野の技術開発を加速させようとしている。一方、中国経済の成長率低下、世界的な物価高騰など事業環境の不安定感も一段と高まっている。
東芝を取り巻く事業環境の厳しさは増しそうだ。生き残りをかけて、追加の資産売却が必要になる可能性は高まっている。変革を主導するために、東芝は企業再建の実務家を経営トップに招き、意思決定をゆだねなければならない。言い換えれば、出資者など利害関係者と東芝が一致団結し、覚悟をもって自己変革を実行できるか否かが問われる。
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多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)
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