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日本一の映画興行収入を記録したのに…「鬼滅の刃」の監督をファンでもスッと答えられない納得の理由

プレジデントオンライン / 2022年11月29日 15時15分

大塚隆史、堀田孝之、フナヤマヤスアキ『アニメができるまで』より

実写映画にくらべてアニメ映画の監督はあまり知られていないことが多い。アニメ監督の大塚隆史さんは「宮崎駿監督、押井守監督、庵野秀明監督…一般に広く知られているアニメ監督は“作家タイプ”であることが多い。作品自体がどれだけ有名でも、商業アニメの監督は無名なケースが珍しくないが、これはアニメ作りの目的が違うからだ」という――。

※本稿は、大塚隆史、堀田孝之、フナヤマヤスアキ『アニメができるまで』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。

■絵コンテとマンガはまったく別物

Q 絵コンテって何?

【監督】これが『残光のキビカ』の絵コンテです。

【ユーリ】うおーーー、これがウワサの!

【シンジ】原作マンガでも名場面とされているところですね!

【ユーリ】うーん……でもマンガみたいにスラスラ読めない。

【監督】絵コンテはマンガではありませんから。

【ユーリ】でも、マンガみたいなものでしょ?

【監督】違う。

【ユーリ】え……冷たい。ツンデレ?

【監督】絵コンテは、カットごとに、どんなレイアウトの画面にするのか、どんな動きをするのか、どんなセリフを言うのか、どんな音楽や効果音が入るのか、どんなカメラワークをするのか……など、映像作りにおけるほとんどの情報が書き込まれている「アニメの設計図」です。

【シンジ】ほんとだ。絵以外にもいろんな情報が書き込まれている。

【監督】絵コンテを見れば、最終的にどんな映像になるかがほぼわかります。わかるようにしなければいけません。家や船を作るのには設計図が必要なように、アニメを作るのにも設計図が必要です。その設計図をもとに、アニメーターや美術さんなどの技術者が実際にアニメを組み立てていくわけです。

■絵がうまければ作れるわけではない

【シンジ】監督、僕も練習で絵コンテを描いてみたのですが、どうでしょうか?

【監督】予習ですか、関心関心。君は?

【ユーリ】私は復習で勉強するタイプなの! 比較しないで! グレるよ!

【監督】この絵コンテはよく絵が描けていますが、絵コンテで大切なのは絵のうまさではなく、完成形の映像をイメージすることです。どうすれば視聴者の心に訴える映像になるか、考える必要があります。

【シンジ】どうすれば、人の心に訴える映像になるのでしょうか?

【監督】絵や動きやセリフで訴えたり、間を使って時間で訴えたり、音響効果で訴えたり……など、ありとあらゆる手段を盛り込んでいくのです。そのためには、アニメ制作におけるすべての制作工程に精通している必要があります。

これから紹介する「作画」や「撮影」「編集」「アフレコ」「ダビング」などすべてのセクションを経験して理解していないと、本当の絵コンテは描けません。絵コンテは、絵が描ければ作れるほど、甘いもんじゃないんです!

【シンジ】甘くみてました。

【ユーリ】やーいやーい。

■なぜアニメ作家は絵コンテに命を懸けるのか

【シンジ】実は、実写の自主映画を作ったときに絵コンテを描いたことがあったんです。実写とアニメの絵コンテは全然違うんですね。

【監督】実写ドラマや映画も、撮影用に絵コンテを描くことがありますが、シナリオだけで撮影に入ることもあります。実写の場合はいくらでも余分な映像を撮れるから、100パーセント絵コンテを守って撮影する必要はないのです。

実写はアニメほど映像の完成形に近い絵コンテは作らず、さまざまなカメラアングルから芝居を撮って、編集でどうつなぐのかを決めたりします。

しかし、アニメではこれができない。アニメでは、絵コンテという早い段階ですべて決めてしまうのです。だから、難しい。絵コンテのカットが、そのまま同じ順番で並び、そのまま映像になります。絵コンテが失敗していたら、後から取り返すことができない。だから、アニメの演出家や監督は死ぬ気で絵コンテを考えるんです。

【ユーリ】一発勝負ってこと?

【監督】もちろん微調整をすることはありますが、基本的には絵コンテどおりの映像になります。

■重要な回だけ監督自身が描くことがある

Q それで、絵コンテは誰が描くの?

【シンジ】絵コンテって、そんなに大切なものだったんですね。アニメのことが全般的にわかっていないと描けそうにないな。

【ユーリ】今のシンジの実力じゃ無理だね。

【シンジ】いちいちうるさい。

【ユーリ】「今の」って言ったじゃん。含みをもたせてあげたのにー。

【シンジ】そんな重要なものだから、責任者の監督が絵コンテを描くんですね?

【監督】できれば全部自分で絵コンテを描きたい、と思っている監督は多いでしょう。でも、絵コンテを考えるのって、とても大変で時間もかかる。だから現実的には難しいんです。テレビアニメだと、初回や重要な回だけ監督が絵コンテを描く、ということはよくあります。

【ユーリ】それ以外は誰が描くの?

【監督】理想は、各回の演出家自身が描くことです。演出家の仕事は、各話の責任者として、絵コンテに準じて映像を作っていくこと。

■演出家は各回の「ミニ監督」である

【監督】演出家は、監督がOKを出した絵コンテを受け取り、絵コンテの意図を正確に汲み取り、アニメーターさんや美術さんと打ち合わせします。そして、あがってきた作画が絵コンテの求めるものになっているかチェックします。キャラクターの表情や芝居、動きのタイミングや構図などが、絵コンテの意図に沿っているか、効果的になっているかチェックし、必要があれば修正の指示をします。

演出家とは、絵コンテを設計図にして、絵や動き(芝居)、色やテンポや間(時間)、音楽や声を使って、その作品をおもしろく見せるショーマンです。監督と同じく、映像制作の全セクションをわかっていなければできません。逆にいうと、わかっているから、絵コンテを描くことができます。だから本来は演出家自身が絵コンテを描くべきなのですが、ここにも忙しすぎるという現実的な問題があり、分業も多く、絵コンテを描く人と演出家が別だということも少なくありません。

【シンジ】なるほどなるほど。だいぶ「演出」という仕事の全体像が見えてきました。

アニメの完成形の絵コンテを描いて、そのとおりの映像になっているかをチェックするのが演出の仕事なんですね。

【ユーリ】本当なら監督が全部やりたいところだけど、無理だから、各話に演出家がいたり、絵コンテだけ描く人がいるわけね。

【監督】そう。いわば各話の「ミニ監督」みたいな存在なんだ。だから、演出から監督になる人が多いんですよ。

木の背景にフィルムスレートや映画のクラッパーボード
写真=iStock.com/BrianAJackson
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/BrianAJackson

■1話分は300以上のカットが集まっている

Q シーンとカットって何?

【ユーリ】絵コンテで描いている絵って、何を描けばいいの?

【シンジ】確かにそれ迷った。絵コンテはアニメになる全部の絵を描くわけじゃないですよね?

【監督】1カットごとにキーとなる絵を描きます。

【ユーリ】そもそも「カット」って何?

【監督】カメラが切り替わるまでのタイミングが、カットです。同じ背景が続いていたら、それは1カットということ。たとえば、君を真正面から映しているカメラアングルから、横から映しているカメラアングルに変わったら、それはカットが変わったということです。テレビアニメだと、だいたい1話で300~350カットくらいになるのが標準かな。絵コンテでは、各カットのポイントとなる絵や情報を書いて、そのカットがどういう映像になるかわかるようにします。

【シンジ】そういうことか。

【ユーリ】監督、ついでに「シーン」って何だっけ?

【監督】シーンっていうのは、カットよりも大きな区切りで、1つの場面のことを指します。たとえば、教室の場面から、自宅の場面に変わったら、それはシーンが変わったということだね。

【ユーリ】なるへそ。シーンとカットの区別、曖昧だった!

■イマジナリーラインを意識せよ

Q 絵コンテの描き方を教えてください

【ユーリ】絵コンテにそれほど画力が必要ないなら、私も描いてみたいな。注意点を教えて!

【監督】いや、特にないよ。思うがままに自分の情熱をぶつけるがいい!!

【ユーリ】えぇ、いや、そういうのじゃなくて……。

【監督】作品は基本的には作り手の強い思いがあってのものだからね。別に間違ってても気持ちが伝わる映像になっていればなんでもいいんだけど、まぁ初歩的な注意点でいうと、イマジナリーラインを感覚的でもいいので理解しておくことは必須です。

【ユーリ】イマジナリーライン?

【監督】たとえば、会話しているAとBがいて、左向きでAが話したあと、Bも左向きで話すようなカメラアングルで絵コンテを描くと、映像を見ていてキャラの立ち位置が混乱するので絶対NG。この場合、上から見て並んでいる二人を結んだ線をイマジナリーラインと言って、カメラを置く位置はこのラインを超えてはならないんだ。

大塚隆史、堀田孝之、フナヤマヤスアキ『アニメができるまで』より
大塚隆史、堀田孝之、フナヤマヤスアキ『アニメができるまで』より

【シンジ】知らなかった。そんなお約束があるんですね。だったら俺の絵コンテ、無茶苦茶だ。

■アニメは有名でも監督の名前は無名な理由

Q どうしてアニメ監督ってあまり知られていないの?

【監督】絵コンテまでできあがったら、アニメーターさんや美術さんが、絵を描きまくる工程に入っていきます。設計図ができたら、あとは各工程のプロフェッショナルに力を発揮してもらうまでです。

【シンジ】そうしてできあがってきた絵を、監督や演出家がOKやダメ出しをしていくんですね。

【ユーリ】すごいなぁー! しっかりイメージを持ってみんなに指示して作品を作っていくのが監督……! でもアニメ監督ってどうして一部の人を除いてほとんど名前を知られていないの? 監督のことも、最初はただの盗撮魔だと思ったし(笑)。

【シンジ】僕も失礼ながら、監督の顔も名前も知りませんでした……。

【監督】無名だからね(笑)。

【シンジ】あ……で……でも作品はすごくおもしろいですよ!

【ユーリ】そう! だから自信を持って!

■作家タイプの監督はみんなが知っている

【監督】(笑)。えっと、まずアニメ監督には、作家タイプとエンターテイナータイプがいると思うんです。作家タイプは、宮崎駿監督、押井守監督、庵野秀明監督、細田守監督、新海誠監督など、強い自分の表現を持っている人たち、自分の色をしっかりと出すことを信条としている人たちです。一般の人が知っているのは、おそらく作家タイプの監督だけでしょう。

【シンジ】みなさん大好きな監督さんです。

【ユーリ】「『君の名は。』ゴッコ」小学生のときよくやったよねー。

【シンジ】……やってねえよ。

【ユーリ】なに恥ずかしがってんの、ウケる。

【監督】(笑)。一方、エンターテイナータイプの監督は自分発のアニメではなく、商業アニメの仕事をしてる場合が多く、そういった作品では強く自分の色を出すのではなく、作品のターゲットに向けて楽しませることを大切にします。なので、その手のタイプの監督は世間ではそんなに有名ではない場合が多い。でも、本人が無名でも作品が有名だったりします。

【ユーリ】え? どういうこと?

■作品づくりの目的が違う

【監督】たとえば『ドラえもん』や『ドラゴンボール』『セーラームーン』『プリキュア』『アンパンマン』の監督って誰だか知ってる?

【ユーリ】えー……知らない。

【シンジ】俺も知らない。

【監督】でも、これらのアニメを知らない人っていないでしょ?

【ユーリ】たしかに!

【監督】僕の理想の監督像はまさにそれ! 自分の作ったアニメが誰かの記憶に強く残ってくれるようなことがあれば、とってもうれしい。

僕は最初の頃、自分がどちらのタイプなのか区別がついていなかったのですが、でも経験を積んでいくうちに、また自分の好きな映画を改めて検証してみると、自分の色を出すよりも、お客さんのニーズに応えて喜んでもらうことを得意としていることがわかったんです。

僕の場合は、観てくれる子どもたちが喜んでくれるアニメにしよう、子どもたちがおもしろいと思う表現にしようと、考え抜いた結果、僕はエンターテイナータイプだとわかりました。

【シンジ】作家タイプとエンターテイナータイプは、作品づくりの目的が違うんですね。

【監督】そう。これはどちらが上でどちらが下という話ではなく、それぞれ自分が信じているものがあり、アニメ作りをする目的があるということです。

■日本一の映画興行収入記録を持つ監督すら…

【ユーリ】そういえば、あれだけ大ヒットした『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』の監督も誰か知らないなあ。

大塚隆史、堀田孝之著『アニメができるまで』(飛鳥新社)
大塚隆史、堀田孝之、フナヤマヤスアキ『アニメができるまで』(飛鳥新社)

【監督】外崎春雄監督ですね。今の日本一の映画興行収入記録を持つアニメ監督ですよ。『鬼滅の刃』も、作品のビジョンを明確にし、お客さんのニーズに応えることを徹底したから大ヒットしたんだろうね。

【ユーリ】『残光のキビカ』も負けられない!

【シンジ】アニメ監督って、作家にもなれるし、エンターテイナーにもなれる、不思議なポジションですね。

【監督】作品が公開されて、ねらいどおりの反響があると、快感ですよ。

【ユーリ】これからは、好きなアニメを監督してるのは誰なのかも意識してみよっと。もしかしたら、その人の別の作品も好きになるかもしれないし。

【監督】そうしてくれると、うれしいですね。

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大塚 隆史(おおつか・たかし)
アニメ監督
1981年生まれ、大阪府出身。専門学校卒業後、アニメ制作会社で動画を経験、その後東映アニメーションで演出助手に。『ふたりはプリキュアMax Heart』で演出家デビュー。『映画 プリキュアオール スターズDX1~3』『スマイルプリキュア!』を監督として手掛けた後フリーランスとなり、2019年に『劇場版 ONE PIECE STAMPEDE』、2021年にテレビアニメシリーズ『三代目 JSB キッズアニメ KICK&SLIDE』を脚本・監督。2022年には映画『ハケンアニメ』内の劇中アニメ『運命戦線リデルライト』の監督を務めた。

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堀田 孝之(ほった・たかゆき)
ライター、編集者
1984年生まれ、山梨県出身。横浜国立大学中退、日本映画学校卒業後、いくつかの出版社を経て独立。著書に『気がつけば警備員になっていた。』(笠倉出版社)、共著書に『「鬼滅の刃」に学ぶ絶望から立ち上がるための27の言葉』(笠倉出版社)、『交通誘導員ヨレヨレ漫画日記』(三五館シンンャ/フォレスト出版)がある。本書では、アニメ初心者代表として構成を担当。好きなアニメは『天気の子』『ウマ娘 プリティーダービー』。

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フナヤマ ヤスアキ 漫画家、イラストレーター
1987年生まれ、山形県出身。モノ・トレンド情報サイト『GetNavi web』にて漫画「エレクトロジー」を連載中。SF・ホラー・オカルト・妖怪など目に見えない世界に興味がある。ネコ好き。好きなアニメは『となりのトトロ』『ゲゲゲの鬼太郎』。

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(アニメ監督 大塚 隆史、ライター、編集者 堀田 孝之、漫画家、イラストレーター フナヤマ ヤスアキ)

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