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「実家に誰も住まなくなったのに売却できない…」58歳ひとり息子がバカ高い"維持費"を払い続けるワケ

プレジデントオンライン / 2022年11月30日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kyonntra

「自分が死んだら、誰も住まなくなった自宅は相続するひとり息子が処分するだろう」。そう思っていた父親は遺言を残さぬまま他界。埼玉県在住の息子は、栃木県の実家を売却処分しようとした。ところが、法的にできなかった。なぜか。成年後見人を務める司法書士が実際に起こった事例を紹介する――。

■「要介護者の半数以上が認知症」で家族が早めにすべきこと

内閣府が作成した高齢社会白書(推計)によれば、2020年の65歳以上の認知症有病率は16.7%(約600万人)。高齢者の6人に1人が認知症の症状があることになります。

要介護認定を受け、介護保険によるサービスを受けている人の認知症有病率は当然さらに増え、約6割ともいわれています。要介護者の半数以上が認知症なのです。

「要介護の方が認知症になると、ケアをするご家族はさまざまな苦労を味わうことになります。意思の疎通ができなくなる精神的苦痛がありますし、徘徊(はいかい)などがある場合は心労も並大抵のものではありません。また、認知症になって判断能力がなくなったら、預貯金の引き出しなどの金銭管理ができなくなりますし、悪質な業者に騙されて高い買い物をさせられる心配もあります」

と語るのは首都圏近郊の市でケアマネジャーをしているYさん(48)です。

そして、そう遠くない将来、発生する相続の問題でも苦労するケースが少なくありません。相続する資産を持っている人や相続人が認知症になると、相続の手続きができなくなることがあるからです。

「にもかかわらず認知症は症状が出るまで放置されることが多いんですよね。ご本人もなぜか“自分は認知症にはならない”と思い込んでいるし、ご家族も親が認知症になることが想像できない。でも、認知症になってしまい、金銭管理や相続で苦労されるご家族をたくさん見てきているので、私は折を見て、成年後見制度について話すことにしています」

成年後見は「成人で判断能力が不十分になった人」を守る制度です。認知症などで判断能力が不十分になると契約等の法律行為ができなくなります。預貯金の引き出しも契約に基づいた行為ですし、公共料金の支払い、動産・不動産の管理や処分、医療や介護に関する契約の締結などあらゆる契約事項ができなくなるわけです。当然、相続もここに含まれる。

判断能力が十分あった時は当たり前にできていた、こうした行為ができなくなると当然、さまざまな困った事態が生じます。そこで、成年後見人になった人が本人の代わりに行えるようにする制度です。

意識が高いケアマネジャーは、担当する利用者や家族から、そうした相談を受けた時に備えて、成年後見制度の知識を頭に入れているといいます。なかでもYさんは、相談に対してより的確なアドバイスができるよう成年後見人としての経験が豊富な専門家の人脈を持っています。その一人が司法書士のKさん(45)です。

■父が他界し誰も住まない実家…でも売却処分できない

Kさんは、成年後見人を務めるようになって約8年。この間、一家の主が認知症になったり亡くなったりした時、しておくべき備えをしなかったばかりに、さまざまな不利益を被ったり、トラブルになったケースを見てきたといいます。

成年後見制度には、認知症になった時に備えて、信頼できる人をあらかじめ自分で選んでおく「任意後見制度」と、家庭裁判所に後見人を選んでもらう「法定後見制度(認知症になった後でもつけることができる)」の2種類があることや、それを決める複雑な決まりがありますが、それはおいおい述べるとして、まずはKさんが、経験した分かりやすい不利益事例を紹介します。

【実際にあった事例:亡くなった父親が遺言を残さなかったために、物心両面で多大な苦労を続ける羽目になったサラリーマン】

「これは遺言書がなかったために大変な苦労をしている方の例です。問題の主は、埼玉県川口市に住む会社員Iさん(58)。Iさんの実家は栃木県那須塩原市にあり、お父さんが一人で住んでいたのですが、一昨年の暮れに亡くなりました。Iさんは一人息子。勤務する会社は東京にあり川口に家も建てたこともあって実家に戻る気はありませんでした。お盆と正月には家族で帰省していましたが、そういう時に『親父が死んだら、この家をどうする?』なんて話はしにくい。自分は一人息子であり、相続でもめる存在もいないですから、亡くなったら実家は処分しようと勝手に考えていました。で、父親の四十九日が済んだ頃、売却しようとしたんですが、できなかったのです。実は、お母さんは健在なのですが、高齢者施設に入っており、要介護4で認知症患者でした」

木造の古い家の室内
写真=iStock.com/Wako Megumi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Wako Megumi

このケースでは、法定相続人はお母さんとIさんの2人。遺産分割は両者の同意があれば成立します。実の母子ですから、Iさんが不動産の売却を望めば、話し合いで同意は得られたはずですが、相続人に認知症などで判断能力が十分でない人がいる場合、法律上、遺産分割はできないのです。

「認知症になった人でも、その方の資産管理などを代行できる成年後見人(この場合、法定後見人)を立てることはできます。法定後見人が家庭裁判所に申し立てをすれば、相続の手続きをすることも可能なのですが、不動産の場合、相続できる遺産は半分半分ということになり、Iさんは土地と家のすべてを売るに売れない状況になってしまったのです」

亡き父親が実家の処分を含め、財産をどうするか遺言書を残していれば問題はなかったのですが、Iさん同様、「自分が死んだら息子が相続して好きにするだろう」と軽く考えていたのか、残していなかったのだそうです。

結局、Iさんは実家を処分できず固定資産税を払い続けることに。その額は年約10万円。川口市の家のローンも残っていますし、母親が亡くなるまで(法定相続人が自分一人になって不動産を売却できる時)毎年10万円ずつ払うのは、かなりの負担だと感じています。

「その出費以上に、Iさんを悩ませたのが実家の管理です。昔の家なので庭がけっこう広いんです。夏になると、その庭に雑草が生い茂るわけです。当初はお盆に実家に戻って、お父さんを偲びながら草刈りをするのもいいか、と自分を納得させていたそうですが、それが今後も続くと思うと、夏が来るのが憂鬱(ゆううつ)になりました。また、実家へはクルマで行くそうですが、3時間近くかかるし、ガソリン代や高速代もバカになりません。しかも1年分の雑草取りは重労働。日頃、体を動かしていない身には堪えるというのです」

■簡単にできる2020年7月導入の自筆証書遺言保管制度

加えて実家に雑草取りで戻った時、周辺の住人の視線が冷たくなるのも感じたそうです。

「人が住んでいない家はあっという間に老朽化します。そんな空き家が町内にあるのは見苦しいものですし、強風でも吹けば家の一部が崩れる危険もある。防災・防犯の観点からも空き家があることは迷惑なわけです。周囲の人たちとお父さんは親しい関係を築いていましたし、ひとり息子のIさんの顔見知りの関係にあったそうですが、放置された空き家があるという目の前の問題の前では、そんなものは吹っ飛んでしまうのです」

父と息子が将来起こることについて曖昧にしてきたばかりにIさんは、これからも膨大な金銭と労力を費やすことになり、愛着があるはずの生まれ故郷から疎まれてしまうという負い目まで抱えてしまったのです。

「こんな事態にならないために重要なのが相続内容を明記した遺言書を残しておくことです。遺言書というと“正式なものを作るのは大変だ”というイメージがありますよね。われわれのような司法書士や弁護士などの専門家に依頼して、公証人に立ち会ってもらって、費用もかなりかかる(数万円から十数万円)から、と。

確かに、遺言書の当事者が資産家で、相続人も沢山いて、というような相続でもめるのが確実な場合はそうした手続きを踏んだ公正証書遺言が必要になりますが、一般の家庭でIさんのように相続人がお母さんと一人息子だけといったもめる要素が少ない場合は自筆証書遺言で十分です。文字通り、自筆で作る遺言で、過去にはその遺言が有効なものか、家庭裁判所のチェック(検認)が必要だったのですが、2020年7月から導入された自筆証書遺言書保管制度を利用すれば、比較的簡単に有効性のある遺言を作ることができるのです」

法務省「自筆証書遺言書保管制度」サイトより
出所=法務省「自筆証書遺言書保管制度」サイトより

この制度は遺言者本人が遺言書を作成し、管轄の法務局に申請すれば、原本とその画像データを保管してくれるというものです。法務局に保管された遺言書があれば、遺言が有効であるか確認できる、遺言の紛失や改ざんなどの心配がない、家庭裁判所の検認が不要といったメリットがあり、遺言書情報証明書を交付してもらうことで、速やかに相続の手続きができるのです。

なお、この制度を利用するには、いくつかのルールがあります。

自筆証書遺言はA4の用紙に日付と氏名、全文を自書し押印があることです。相続人が多い場合は誰に何を相続させるといった目録をつける必要がありますが、Iさんのように相続人が一人の場合は、「財産すべて」でいいわけです。

また、申請する時は、遺言者本人が法務局に予約をしたうえで出向き、指定の様式の申請書を書き、免許証などの本人確認できるものと住民票の写しなどを持参すれば申請できます。

「自筆証書遺言書保管制度の申請にかかる手数料は3900円です。この手続きには確かに面倒に感じる部分があります。お父さんが自筆で遺言書を書き、法務局まで出向いて申請しなければならないのですから。でも、これから払い続けることになる固定資産税や草刈りなどの空き家管理にかかる膨大な労力を考えたら安いものですよ。Iさんと似た状況にある方は、親御さんを説得して、自筆証書遺言を書いてもらっておいた方がいいと思います」

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相沢 光一(あいざわ・こういち)
フリーライター
1956年生まれ。月刊誌を主に取材・執筆を行ってきた。得意とするジャンルはスポーツ全般、人物インタビュー、ビジネス。著書にアメリカンフットボールのマネジメントをテーマとした『勝利者』などがある。

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(フリーライター 相沢 光一)

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