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インボイス制度の導入は増税地獄の布石である…「誰も得しない制度」を財務省が必死で通そうとするワケ

プレジデントオンライン / 2022年11月29日 13時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ijeab

2023年10月から始まるインボイス制度に、延期や中止の声が上がっている。ジャーナリストの小川匡則さんは「零細事業者を狙い撃ちにした増税だが、それだけでは済まない。財務省の本当の狙いは、その先の『消費増税』にある」という――。

■「500万人近くがインボイスの影響を受ける」

「インボイス反対」の声が日増しに高まっている。11月16日には党派を超えて国会議員が集まり「インボイス問題検討・超党派議員連盟」が発足。呼びかけ人代表の立憲民主党・末松義規衆院議員は記者会見で次のように声を張り上げた。

「500万人近くがインボイスの影響を受けると言われている。低所得の一人親方とか個人タクシー、シルバー人材センターの方々など細々とやってきた方がなぜかインボイスを通じて事務的な大きな負担を強いられる。さらには仕入れ税額控除の関係で取引から排除される。こんなバカなことはない。来年の10月から強行するなんてとんでもない」

来年10月から開始される予定となっている「インボイス制度」。しかし、それがどういう制度で、どのような影響を及ぼすかはあまり認識されていない。

インボイス=適格請求書であり、これまでと違い「適格請求書」でなければ仕入税額控除の対象とはならなくなるというのがインボイス制度だ。

事業者が支払う消費税は大まかに「(売り上げ)-(仕入れ)」の付加価値分に対して10%(軽減税率の場合は8%)である。この「仕入れ」に算入するためには従来の請求書とは異なり、インボイスの登録番号など必要事項が記載された適格請求書(インボイス)でなければならないというわけだ。

写真=国税庁・制度の案内用ポスターより
写真=国税庁・制度の案内用ポスターより

■年間売り上げ300万で、13万6000円の増税に

事業者がこの「インボイス」を発行するには「インボイス事業者」として登録しないといけない。ここでダイレクトに影響を受けるのが課税売上高1000万円以下である消費税の免税事業者だ。主にフリーランスや小規模事業者で課税売上高1000万円以下であれば消費税は免税されているが、インボイス事業者として登録した場合は課税対象となるからだ。

インボイス制度の問題点を国会で取り上げてきた立憲民主党の落合貴之衆院議員は語る。

「インボイス登録事業者からの仕入れでなければ仕入れ控除の対象にならない以上、インボイスに登録していない事業者は取引から排除されてしまうことが懸念されます。一方で、そうした免税事業者がインボイスに登録したら課税対象となり、フリーランスや零細企業に対する事実上の増税となります」

では、たとえば年間の売り上げが300万円のフリーランスがインボイス制度により課税事業者となった場合、どのくらいの税負担増となるのか。

11月2日の衆議院財務金融委員会で国税庁の星屋和彦次長は以下のように述べている。

「フリーランスで働くアニメーターや声優が簡易課税制度により申告する場合のみなし仕入れ率は、50%が適用されます。これを前提といたしまして、年間売り上げが税込み300万円であるアニメーターや声優の消費税および地方消費税を合わせた納税額を機械的に算出いたしますと、約13万6000円でございます」

事業内容や売り上げによって税負担の金額は異なるが、これまで免税事業者だった人がインボイス登録した場合には重い負担増となることは間違いない。

■免税事業者にとって「益税」だったのか

これに対しては「これまで払うべき消費税を払わずに『益税』としていたのだから払うのは当然だ」という意見がよく聞かれる。しかし、この批判は的外れだと言わざるをえない。

長年にわたり飲食店を経営してきた経験を持つれいわ新選組の多ケ谷亮衆院議員は語る。

「そもそも『益税』という指摘が見当違いです。益税とは『消費者から預かった消費税を納めずに儲けている』という意味ですが、そもそも消費税は消費者が支払っているわけではないからです。消費税は消費者からの『預かり金』による『間接税』ではなく、財務省も『預かり金的性質』だと言っている『直接税』なのです。事業者が支払う第二法人税的な性質の税金です。ただし、法人税であれば赤字企業は支払わずに済みますが、消費税は従業員の給料にもかかってくるので赤字企業でも支払うことになり、事業者にとっては『重税』なのです」

消費税という税制自体があたかも「消費者が納めている税」のように見せているものの、その実態は事業者が納税義務を負っている事業者税の性質なのである。国税庁の発表によると令和3年度の租税滞納状況では新規滞納額7527億円のうち53%が消費税であり、事業者にとっていかに重い税であるかがうかがえる。

消費税導入当初は「課税売上高3000万円以下の事業者は免税」としていたが、平成16年からはこれが「課税売上高1000万円以下」と課税対象が拡大されている。インボイス制度ではその「課税売上高1000万円以下」の免税事業者も課税対象にするというのである。

左手では電卓を使用しながら、ノートパソコンを使用する女性の手元
写真=iStock.com/rudi_suardi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/rudi_suardi

■財務省が進める「消費増税」への布石

インボイス制度の導入を進めるのは財務省だ。導入の理由の一つが課税事業者の拡大にあることは明白だ。財務省はこれにより2480億円の増税を見込む。事実上、零細事業者を狙い撃ちにした増税である。

ただ、これだけの大きな変化を伴う制度の導入をするためとしては得られるものが少なすぎる。今年度の本予算は107兆円、第2次補正予算だけで29兆円もの巨額に及んでおり、2000億円程度の税収増など焼け石に水だ。その点を考慮すると、本当の狙いは財務省の悲願である将来的なさらなる消費税増税にある可能性が高い。

消費税収は10%に引き上げられたことで令和2年度には20兆円を越す最大の税収源となっている。財務省が景気に左右されにくい「安定財源」となる消費税をさらに引き上げたいと考えるのは自然な発想だろう。その前にインボイスによって課税対象を拡大しておくということだ。その点で見逃せないのがインボイスと同時期に導入が決まった「軽減税率」である。

第2次安倍政権下で消費増税の延期が決定された。このときに出てきたのが、公明党が導入を強く主張した軽減税率である。これと同時に「消費税の複数税率制度の下において適正な課税を確保するため」という理由でインボイス制度の導入が決まった。

軽減税率を導入したのは日常生活に影響の大きい飲食料品の税率を低くすることで消費増税による家計負担を軽減するという目的がある。しかし、裏を返せば飲食料品の税率を8%に据え置くことで、それ以外の消費税を引き上げやすくなったとも言える。

レシートを確認する女性の手元
写真=iStock.com/LordHenriVoton
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/LordHenriVoton

■大手マスコミはほとんど報じてこなかった

また、もう一つ見逃せない要素が大手メディアの問題だ。軽減税率は飲食料品以外になぜか「定期購読の新聞」も対象になっている。大手紙や地方紙といった一般家庭で広く読まれる新聞のみが対象となっているのだ。前述のように、消費税は企業の付加価値に対してかかる税金なのでわずか数%の違いでも税率が低いことの恩恵は経営的に極めて大きい。

将来的に消費税がさらに増税されたとしても新聞も対象となる軽減税率の8%が維持されるのであれば批判的な報道も起こりにくいことは容易に想像できる。逆に、批判的な報道がなされる場合は軽減税率の8%も引き上げてしまえばいい。大手メディアは首根っこをつかまれた状態といえる。そのためなのか、軽減税率と表裏一体のインボイス制度についての問題点はほとんど報じられてこなかった。

しかし、インボイス制度の問題は免税事業者への影響だけにはとどまらない。ほとんどの人が何かしらのマイナスの影響を受け、社会全体を大きく混乱させる可能性があるのだ。

前出の落合議員は指摘する。

「例えば大手小売りチェーンであれば取引先も膨大になります。それら1社ごとに『インボイス登録しているか』を確認しないといけなくなる。会社員であっても、タクシーや居酒屋を使うにしてもインボイス事業者でなければ経費としては認められないため、いちいちインボイス事業者か確認して使わなければいけなくなる。こうした社会的コストは膨大で、国民の誰しも不利益を被る可能性があります」

■与党議員からも慎重論

インボイス事業者の登録は来年4月までとされているが、10月時点では課税事業者のうち法人(約200万者)では57%、個人(約100万者)では22%の登録にとどまっている。周知も不十分なまま来年10月に制度が開始されると社会的な混乱は避けられないだろう。

こうした批判の声を受けて与党内からもインボイス導入に慎重な意見も出てきている。

自民党の山田太郎参院議員は「政府はフリーランスや副業を進めてきた。それなのに現下の経済状況で消費税負担が上がるような制度はおかしい」と指摘した上で、「現在の区分記載制度で十分なのではないか」とインボイス導入の意義について疑問を呈する。

「まずはインボイス制度が本当に必要なのかという点を議論すべきです。そこで本当に必要だというならばインボイスは全事業者に導入するようにして、免税制度は残すようにする。そうした議論を重ねていくべきです。いまはインボイスと免税制度がリンクしているので、激変緩和措置をとることが検討されるなどいろんな形で制度に歪みが出てきてしまっている」

■「誰も得しない制度です」

現在、その「歪み」を埋め合わせようと小手先の対応がなされようとしている。「年間売り上げが1億円以下の事業者に対しては1万円未満の仕入れに対してはインボイスを不要とする」などの激変緩和措置の導入が検討されているという。これはタクシー料金などの少額領収書への対応をすることが目的だと思われるが、その場しのぎの対応では混乱に拍車をかけることになりかねない。

山田議員はこうした状況も鑑みて「2年間の延期」をして、再度議論をしていくべきだと主張する。ただ、実際のところ「2年間延期する」こともテクニカルな面では非常にハードルが高いという。

「法律を通すという話ならば反対で止めやすいが、このインボイスは2016年の所得税法等の改正で決まってしまっている。一度通った法律を止めるにはそのための立法をしないといけない。ただし、この問題はもっと合理的に考えるべきです。いま押し通さないといけない理由はないし、誰も得しない制度です」

書斎スペースで頭を抱える男性
写真=iStock.com/wagnerokasaki
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/wagnerokasaki

■岸田首相の「聞く力」が試されている

各業界からフリーランスで仕事をする人たちが反対の声を上げている。そして、与野党からも噴出する「インボイス制度」への疑問。明らかに増大する社会的コストと見えないメリット。それらを考えると、少なくとも数年間の延期は最低限必要なのではないだろうか。

しかし、現実問題としてインボイス導入の中止や延期を実行できるのは岸田首相しかいない。なぜなら、決まっていた消費増税を安倍首相が延期したように、首相の決断なくして法律で決まったことを凍結することはできないからだ。

岸田首相が自らの最大の武器だと語ってきた「聞く力」。岸田首相が耳を傾ける相手は財務省なのか、それとも国民なのか。

その点を厳しく注視していく必要がある。

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小川 匡則(おがわ・まさのり)
ジャーナリスト
1984年、東京都生まれ。講談社『週刊現代』記者。北海道大学農学部卒、同大学院農学院修了。政治、経済、社会問題などを中心に取材している。

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(ジャーナリスト 小川 匡則)

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