「12時間睡眠」では少なすぎる…赤ちゃん知育に熱心な親たちが根本的に誤解していること
プレジデントオンライン / 2022年12月10日 15時15分
※本稿は、ポリー・ムーア『賢い子は1歳までの眠りで決まる』(日本文芸社)の一部を再編集したものです。
■子供の睡眠不足に気が付かない親たち
近年、わたしたちひとりひとりは赤ちゃんが眠るのはよいことだと思っているのに、わたしたちが暮らす文化のなかでは、赤ちゃんにたっぷり睡眠をとらせるのが難しくなっています。
子どもの睡眠障害は増えるばかりです。はじめて親になったたくさんの人々と接した経験からも、いつも睡眠不足の赤ちゃんが増えていることがわかっています。
わたしの講座の受講者から聞いた話のなかには、赤ちゃんが1日に12時間、さらには10時間しか寝ないという例や、抱っこされたまま泣きつづけ、ようやくうとうとしてきたと思ったら、あっという間に昼寝が終わってしまうという例もありました。
新生児は16時間以上眠らせるようにといわれていますから、10〜12時間ではかなり少ないといえるでしょう。
![【図表】わたしたちに必要な睡眠時間](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/e/1200wm/img_3e3b53789fcc15d4e32ed9deb69f2281365266.jpg)
また、赤ちゃんがまぶたを母親の肩にこすりつけているというのに、疲れきった母親は「うちの子は全然眠くならないみたいなんです」といいながら、赤ちゃんの顔の前でカラフルなおもちゃを振っているのを目にしたこともあります。
こうした例からもわかるように、親の多くは、子どもが睡眠不足になっていることに気づいていないのです。
■赤ちゃんのほとんどは13〜15時間眠る必要がある
2005年、アメリカ国立睡眠財団の委託により、4歳未満の子どもたちの睡眠習慣と行動について全国的な調査が行われました。
生まれてからの1年は、月齢によって赤ちゃんが必要とする睡眠時間に変化が見られますが、睡眠財団の小児科特別委員会は、新生児の段階をすぎた赤ちゃんのほとんどが24時間中13〜15時間眠る必要があるといっています。
しかも、これはあくまでも最低必要な睡眠時間です。16時間以上眠ってすくすく育っている赤ちゃんもいます。
ところが、睡眠財団の調査によると、アメリカの赤ちゃんの約半数は1日に12時間以下しか眠っていません。
これは深刻な問題です。
1日12時間しか眠っていない生後6カ月の赤ちゃんは、人生最初の1年間で合計数百時間も睡眠が足りなくなるからです。さらにこの調査から、睡眠不足の赤ちゃんたちの家族は、もっと寝てくれればいいのにと思ってはいますが、子どもが実際に睡眠を「必要としている」ことには気づいていないこともわかっています。
■刺激を与えるほど脳が育つわけではない
一般にわたしたちは、睡眠よりも活動のほうが大切だと思い込んでいます。
たとえその人が何歳であっても、活動こそが、さらには活動だけが、人間を賢くし、生産性を高め、人生を謳歌できるようにするというのです。
ここ10年ほど、とりわけ赤ちゃんの成長中の脳が正常に発達するには、常に刺激を与えなければならないといわれてきました。結果、多くの人々が、赤ちゃんにさまざまな色を見せたり、音楽を聞かせたり、おもちゃが大量に必要なのだと思うようになりました。そして、親になると、赤ちゃんにもっといろいろな活動をさせなければというプレッシャーにかられ、さまざまなことを試みるように。
ピカピカ光ったり、グルグルまわったり、ヒューヒュー音のするおもちゃや文字や絵が描かれたフラッシュカードを与えたかと思えば、親子のための音楽やヨガなどのクラスを受講したり、一緒にテレビの教育番組やDVDを見たりと、知育のための高価なおもちゃや学習環境を与えつづけています。
これは、刺激を与えれば与えるほど、赤ちゃんの脳が発達しやすくなると信じてやまないからです。
実はそれらが原因で赤ちゃんがよい睡眠を確保できなくなっているとは、まったく想像もしていないことでしょう。知育だけでなく睡眠の環境も整えてあげましょう。
これから詳しく見ていきますが、赤ちゃんの脳を活性化させるのは睡眠なのです。
■なぜ「刺激が脳を発達させる」と言われてきたのか
刺激が、赤ちゃんの脳の発達、つまりは認知力の発達を高めるという説がどうやって証明されたのか見てみましょう。
その多くはネズミを使った実験によってでした。
1960年代まで一般的に、ネズミで実験を行う場合、ひとつのケージに3匹ずつ入れ、おもちゃなどネズミが興味を持ちそうなものは与えていませんでしたが、その後、ある研究者がネズミの友だちを2~3匹と車輪やはしごなどを5~6個加えたところ、ネズミの脳の神経細胞がより複雑に結合することがわかったのです。これによって、脳がまわりの環境に応じて変化することがはじめて証明されました。
しかし、確かに脳を成長させつづけるには挑戦や変化(=刺激)が必要ですが、この発見を過大評価するべきではありません。
思い返してみてください。ネズミが与えられたのは、数匹の友だちとみんなで使ういくつかのおもちゃだけ。別にネズミをディズニーランドのような場所に連れていったわけではありません。
赤ちゃんにいくつかのカラフルで安全なおもちゃを与え、抱っこしたり、一緒に遊んだり、話しかけたり、歌ってあげたりして刺激を与えることはとても大切です。
しかし、秩序立てた活動をしたり、知育玩具を与えることが、赤ちゃんの認知力を高め、将来、学校の成績もよくするとはかぎりません。実のところ刺激が多すぎると逆効果になる可能性もあります。
■成人の睡眠不足は万病のもと
脳に睡眠が必要な理由を順に見ていきましょう。
眠っている状態は、見た目も感覚も、疲れきってちゃんと働けなくなり、休まざるを得なくなった状態にとてもよく似ています。眠ると人間はほとんど動かず、顔の力も抜けて、なにも考えていないように見えます。まわりの状況を感知する聴覚、触覚、視覚などの能力も低下します。ところが、体と脳は決して休んでいるわけではありません。
まだわたしたちが眠る理由を正確に説明できる人はいませんが、いくつかの生命機能が睡眠中に調整されることは明らかです。アメリカ医学研究所は、成人が睡眠不足になると、高血圧や糖尿病、肥満、うつ病、心臓発作、脳卒中のリスクが増えること、シカゴ大学は、健康な若い男性でも、11日間睡眠が減っただけで糖尿病前症が見られたり、ヒト成長ホルモンの分泌レベルが低下することを証明しました。
脳がもっとも効率よく働くのも、睡眠中であることがわかっています。睡眠不足の脳は書類が山積みの散らかった机のようで、今にも崩れそうな状態です。これでは一番大事な情報がどこにあるのかなかなか思いだせないだけでなく、情報が見つかってもタイミングよく活用できません。
脳は寝ているときに、起きているあいだの出来事をコード化し、整理して定着させます。よく眠った翌朝、頭がさえてすっきりするのはこのためです。1日分の情報が正しい場所に分類され、効率的に検索したり、利用できるようになるのです。
■学習に必要なのは刺激だけではない
さらに踏み込んで、睡眠と学習の関係について見てみましょう。
2002年、ハーバード大学の研究者、ロバート・スティックゴールドとマシュー・ウォーカーは、右利きの学生に左手でキーボードを使って複雑な数字を入力してもらい、入力時間を計るという実験を行いました。
まずは、入力の練習を行うことが、入力時間にどう影響するのかを調ベたところ、練習をしたあとの入力速度は、練習を行わない場合より、約60%も速くなることがわかりました。
![ノートパソコンを使用する手元](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/1/1200wm/img_3148e7c1cbd04e9d19413d490bfb1157325208.jpg)
そこで、練習を重ねるとスピードはどんどんあがっていくのか、同じ日に時間をおいて測定してみたところ、速度はまったくあがらないという結果になりました。
しかし、いったん家に帰ってぐっすり眠り、翌朝また測定すると、入力速度はさらに20%もあがっていたのです。再び測定を行うまで、まったく練習をしていなかったというのに。
この研究から、学習には刺激だけでなく、刺激を受けたあとに睡眠をとることも大切であることがわかりました。
そしてウォーカー博士は赤ちゃんが毎日たくさん眠る理由も明らかにしています。
「赤ちゃんは毎日集中的に新しいことを学習しているので、脳はその分たくさん睡眠が必要なのでしょう」と語っています。
■タスク自体は同じでも多くのリソースが必要になる
ウォーカー博士がいう、赤ちゃんは新しいことを学習しているからこそ、たくさんの睡眠が必要だというのは、具体的にはどうことなのでしょうか。
まず、疲れていると、わたしたちはなかなか新しい情報を敏感にキャッチできません。それどころか、いろいろなことがどうでもよくなりがちです。
おそらくだれもが体験したことがあるでしょうが、神経画像検査による研究から、眠いときの脳は、普段より多くのリソースを使わなければならず、効率よく働けなくなることがわかっています。
これは、先ほどからお話ししている睡眠と学習についても同じことがいえます。疲れているとき、わたしたちがどうなっているか、改めて考えて見てみましょう。
疲れた状態になると、まわりに十分な注意を払えず、頭も固くなっています。込み入った問題を解決することなど困難です。これは、目の前のタスクに対する関心が薄くなってしまっているからです。
疲れているときに、なにかをなくしてしまったという経験をしたことがあるでしょう。よくいわれるように、これはものごとに対する集中力が散漫になり、注意力が低下している証拠です。
また、どうにもこうにもくたびれてしまって、体中の力を振り絞らないと、簡単な仕事すらできないという経験もあるのではないでしょうか。こういう状況にあっては、よく学んだり、人生を楽しんだりできません。
■生後1年目の脳学習が人生の基盤になる
赤ちゃんだって同じことなのです。
赤ちゃんが睡眠不足になったときでも集中力がどれほどつづくのか、その時間の変化を直接調べた人はいませんが、わたしは仕事柄、睡眠不足のために集中できなくなっている赤ちゃんを数えきれないほど見てきました。
そんなとき、赤ちゃんはどのような状態になっていると思いますか。
そうです、赤ちゃんは目の前のこと、ひいてはまわりの世界への関心が薄くなり、興味を持てなくなっています。
睡眠は、学習能力を高める手助けをすると見てきましたが、赤ちゃんが起きている時間を楽しみ、まわりの環境とよく触れあう手伝いもしているのです。つまり、まわりをよく観察しようとする意欲と集中力を高めてくれているのです。
これは、生後1年目の赤ちゃんにとって、決定的に重要な意味を持ちます。
なぜなら、この時期の赤ちゃんの脳はあとの人生のどの時期よりも速いスピードで日々学習し、これからの基盤づくりをしているからです。
■赤ちゃんが何よりも求めているもの
生まれたばかりの赤ちゃんを考えてみましょう。
食事を与えられて栄養をとると同時に、手足の動かし方を覚え、耳にする音や目にするものがなんであるのかを理解しようとします。やがて手足をじょうずに動かして、よく会う人を見分けられるようになります。
赤ちゃんは、成長するにつれていろいろな人々と交流して、まわりの環境をうまく活用できるようにならなければならないため、このようにたえず学習をつづけているのです。
この時期、わたしたち親は赤ちゃんの学習効果をあげたいと願い、愛情に満ちた、ほどよい刺激のある環境を与えようと考えます。これは当然のことです。
しかし、それだけではたりないのです。
![ポリー・ムーア『賢い子は1歳までの眠りで決まる』(日本文芸社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/f/1200wm/img_1fa19943fc668421f3fd4c9ab837f41f204144.jpg)
これまで見てきたように、脳を十分に発達させる学習意欲を高めるには、赤ちゃんができるだけたくさん眠れるようにしてあげる必要があります。
脳は眠っているときに新しい情報を分類して、学んだことをすぐに整理し、必要な際に必要なものを取りだすことができるようにします。
よって、わたしたちは赤ちゃんに多くの睡眠時間を与えなくてはなりません。
発達中の赤ちゃんの脳はなによりも睡眠を求めているのです。
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カリフォルニア大学ロサンゼルス校にて神経科学博士の学位を取得。専門は睡眠研究。イントラセルラー・セラピーズ社で臨床開発ディレクターを務めるかたわら、カリフォルニア州南部の複数の育児サポート団体および民間のドゥーラ(出産時や産後に母親に対する支援を行う人)グループのベビー睡眠コンサルタントとしても活躍。
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(博士 ポリー・ムーア)
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