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なぜ不登校の子は再び学校へ通い出したのか…"不親切な新担任"が家庭訪問で生徒に伝えた内容

プレジデントオンライン / 2022年12月3日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Toru Kimura

コロナ禍で小中学生の不登校者数は24万人を超えた。親や学校はどのような対応をするべきなのか。小学校教員の松尾英明さんは「不登校は決して問題行動ではなく、子供による選択の結果。それなのに多くの学校は、登校刺激を与えればいずれ学校に来る、不登校の子供が学校に来るようになることが善、という古い考えのままだ」という――。

■「不登校の子が学校に来るようになることが善」という学校の認識は正しいのか

小中学校の不登校の児童・生徒数が24万人を超えたということが大きな問題となっている。なぜ、これほどまでに増えたのか。教育現場がするべきことは何か。現場教師のひとりとして意見を述べたい。

あくまで私見だが、不登校は「問題行動」ではなく「選択の結果」だ。不登校自体が問題行為とみなされがちだが、その認識自体を改める必要がある。大人も子供も、人としてベストと思う選択をしている。よって、不登校という選択肢を奪うこと(何とか登校させようとすること)は、根本的な問題解決にはならない。

多くの学校や教師が陥りやすいのは「不登校の子供が学校に来るようになることが善」という認識である。しつこいほどに家庭への連絡と訪問を繰り返し、無理矢理にでも来させようと、教育委員会から学校、担任と一体になって奮励努力する。それらが成功するケースもあるだろうが、むしろ症状を悪化させる恐れがある。経験上、筆者には「ダメな不登校対策の典型」に映る。

効果がないと担任は「自分の努力不足だ」と自らを責め、疲弊し、さらに過密に対応を強めていく。学校側は「どうしたら来たくなるの?」と尋ねるが、子供からすれば「そもそも行きたくない場」と思っていることが多々ある。

現在の、特に公立の学校制度の在り方を見ると、子供がこのような認識になるのはおかしなこととは思えない。せっかくがんばって学校に行っても、やれテストだ、競争だ、コンクールだ、ああしろこうしろ次はこれだ、と急かされ続けた結果、疲弊し絶望してしまうこともあるのは理解できる(これは、教師の側の燃え尽き症候群にも通じる)。

今の学校が目指すべきは、過密日程を緩め競争を煽らず、多くの子供が来たくなるような学校制度に改革していくことである。それでもそこに当てはまらない子供は一定数存在する。だからこそ、今はオルタナティブスクール(フリースクールやホームスクール、無認可校も含め総称)のような存在が大きく注目されているのだろう。

■不登校状態の児童が再び登校した事例に学ぼう

近年、子供の不登校が増え続けている理由についてさまざまな要因が言われ尽くされている感があるが、どれも推論でしかない。コロナの感染拡大にせよ、社会や家庭の変化にせよ、ある程度の合理性はあるが、それが直接的要因とは断定できない(ただし、増え続けている以上、相関性があることはほぼ間違いない)。

社会の要請における学校のあり方自体、完全に変わってきているのだから、不登校の在り方にも変化があって当然である。今は強制ではなく選択の時代であり、子供が「学校に行かない」という選択肢を親も認める傾向がある。だから、子供も不登校という選択肢を取りやすい。時代に沿った自然な流れかもしれない。

ただ、教師を悩ますのは、なぜ学校に来ないのか、と本人に聞いても明確な答えが返ってこないことだ。「学校に行かない」という世間からすると不合理な行為の理由を10歳前後の児童が明確に言語化するのは難しい。その答えは「何となく」であり、それが本音である。

そこで、不登校状態の児童が再び登校した事例を挙げよう。以下の例は、筆者が担任してきた児童の事例と、全国の教員仲間によって共有されたもの、それらを混ぜた事例である(個人が特定されないよう、情報を一部加工している)。

鉄棒に座る子供
写真=iStock.com/Hakase_
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Hakase_

●事例1 仲間の励ましで登校できたAさん(高学年男子)

Aさんは家庭的にしんどい中で育った。親は夜勤でほとんど面倒を見られず、昼夜が逆転しており、生活習慣全般が非常に乱れている。その影響で、朝は起きられず、登校できない日が何日も続いた。

担任は家庭訪問や親や本人との面談、朝に直接本人を起こしに部屋へ迎えに行くなど、あらゆる手を尽くしたが、その成果は全く芳しくない。

ある日、Aさんの登校を後押ししようと、担任及び学級の全員で、Aさんが起きているであろう午前中の半ばに本人の家に迎えにいった。もちろん、事前にAさんに了解を取った上で、である。Aさんはその日、嬉しそうに外に出て公園をクラスの仲間と散歩した後、みんなと一緒に登校した。その後も休む日は多かったものの、徐々に登校ができるようになってきた。

この事例で考えられる要因は、仲間である。担任が何をしてもダメだったのが、クラスの全員で行動したところ、変化が見られた。たとえ何日休もうとも、登校した際にクラスの仲間全員が自分を受け入れてくれるという土台があれば、子供は登校するという選択肢をとる可能性があることを示唆している。

逆に言えば、せっかく登校しても、周囲に受け入れられないと感じられる学級の状態であれば、その後も子供は「不登校」を選択し続ける可能性が高いと考えられる。

■登校刺激をすれば、学校に戻ってくるわけではない

●事例2 親の愛情と機転で登校できるようになったBさん(低学年女子)

低学年のBさんは、朝になるとぐずり出し、学校に行かないと言い出す。母親が「友達のこと?」「勉強のこと?」とあれこれ聞いても、一向に原因がわからない。担任も手を尽くして調べてみたが、学級内にはBさんへのいじめもなく、仲良しの子もいて本人の居場所がないわけでもない。これまでの学習状況も良好である。

松尾英明『不親切教師のススメ』(さくら社)
松尾英明『不親切教師のススメ』(さくら社)

しばらく不登校が続いたが、母親が一緒に登校に付き添うことで、何とか登校できることがあった。ただ母親も仕事が大変忙しく、いつまでもこれを続けられない。

そこで一考を案じたのが「お守りクイズ大作戦」。お守りと称した折り畳んだ紙の中には、母親自作のクイズが書かれている。「これはお母さんの手作りのお守り。中にクイズがあるから、途中で開けて見ていいよ。学校に着くまでに正解できるかな? 帰ったらお母さんに答えを教えてね」と言って送り出した。クイズ好きの子でこれが大成功。やがて、一緒に通う友達とクイズの答えを考えながら登校できるようになった。

この事例は、母親の大変細かい配慮が功を奏している。この子供が不登校を選択した理由は「お母さんと離れたくない」である。低学年に多い「母子分離不安」が原因として考えられる。この不安を払拭するために、母親は「いつでもあなたを大切に思っているし、一緒にいるよ」というメッセージを「お守り」という形で子供に送った。

子供は母親から離れる不安が和らぎ、かつ「クイズをする」という課題によってあれこれ悩みがちな思考をそちらに使い、寂しいと思う気もちを逸らすことができたと考えられる。

つまり「離れていても親は自分を思ってくれている」という安心感を子供がもてない限り、外に出よう、登校しようという選択肢をとらない。これは多くの家庭にとってはなかなか悩ましいところだが、この事例のように家から出ること自体に不安がある場合であれば、学校側がどんなに努力をしても、ほとんど成果は出ないだろう。

■“不親切な新担任”に代わった途端、再び登校を始めた

●事例3 クラスが変わって自然と登校するようになったCさん(高学年男子)

前年度に不登校が始まり、ほとんど学校に来なかったCさん。原因は全く不明。前年度の担任は、毎日のように熱心に家庭訪問をして授業内容を伝えたりその学習プリントを渡したり、個別対応マニュアルを作成したりと、相当に努力をした。しかし、全く登校せずにその学年は終わった。

学年が上がってクラスのメンバーの顔ぶれが変わり、初日は登校できたものの、やはり来たり来なかったり。前年度ですっかり生活習慣が崩れており、朝起きられなくなっていたようである。

新担任は「来られる日には遅刻してでもいいから、いつでもおいで」と伝え、来ない日には電話してその日の様子を本人に聞く、という程度の淡々とした対応を続けた。

やがて、2日続けて登校する日が出て、また休むということを繰り返し、だんだんと登校できる日が延びてきた。そして、6月頃には普通に登校するようになった。本人に「何で来られるようになったの?」と聞いても、さっぱりわからない様子だった。

この事例は、「不親切教師」を自称する筆者が受け持った学級で最も多いパターンである。「不親切教師」とは、拙著『不親切教師のススメ』(さくら社)でも書いたが、手取り足取りの指導や親切すぎる指導をせず、子供に内在する成長の種や主体性を信じ、あえて見守るスタンスをとることを基本姿勢とする教員である。

よって筆者は、基本的に不登校を選ぶ子供に対し、あまり登校刺激(登校するよう促す行為)をしない。事例3の担任と同様「来たいと思ったらいつ来てもいい」というスタンスである。なぜならば、本人がそれを選択するには理由があり、強制しても仕方ないし、かえってありがた迷惑になると考えているからである。

デジタルトランスフォーメーション。
写真=iStock.com/metamorworks
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

クラス替えによって自然に解消したという場合は、原因の特定はしにくいが、前年度までに次のような問題があったことが推測される。

①学級内でのいじめなど、クラス内の人間関係に不安があった
②授業内容でわからない部分や、つまらない部分が多くあった
③担任との関係性が悪い

上記①~③は、学級担任の責任が問われる可能性のある事案である。もし学校側に不登校を減らす対策として努力できる点があるとしたら、ここである(ただし、ここが原因の場合に限る)。

学校の校内研修会では、学級づくりや授業に関する研究を重要視しているが、それだけでなくこの点を本質的に改善していく必要がある。

■子供ではなく、学校側が変わっていくしかない

学校側がまずすべきことは、不登校の原因を上記①~③どこにあるのか見極めることである。事例1は①の人間関係の改善で解決し得るし、事例3は担任交代によって②及び③が解消されたからこそ、改善されたのである。これらに当てはまっているのであれば、全力でそこへの対処が望まれる。

一方で、①~③どれにも当てはまらない場合もある。事例2のように子供が自発的に「家で親と一緒にいたい」と願っているような場合、学校が無理に引き剥がそうとすることは逆効果を生む。また、親が命に関わる重い病気にかかっているような場合もあり、そうなれば子供が親と少しでも長く一緒に過ごす時間をとりたいと願うのは当然である。

不登校がこれらが原因である場合、子供や家庭の願いを理解して、家庭を温かく見守るスタンスが求められる。満たされれば学校に来るかもしれない。それにはとても時間がかかるかもしれないが、焦らず、いつでも相談に乗り、来たくなった時にはいつでも受け入れるというポジティブなスタンスを保ち続けることが大切である。

繰り返しになるが、不登校はその時点の子供にとって「最善と思われる選択」である。その選択を無理に変えようとしてもいい結果にはならない。上記で触れたように、子供が学校に行くことが「最善の選択」と認識できるよう、学校側が変わっていくしかない。

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松尾 英明(まつお・ひであき)
公立小学校教員
「自治的学級づくり」を中心テーマに千葉大附属小等を経て研究し、現職。単行本や雑誌の執筆の他、全国で教員や保護者に向けたセミナーや研修会講師、講話等を行っている。学級づくり修養会「HOPE」主宰。『プレジデントオンライン』『みんなの教育技術』『こどもまなびラボ』等でも執筆。メルマガ「二十代で身に付けたい!教育観と仕事術」は「2014まぐまぐ大賞」教育部門大賞受賞。2021年まで部門連続受賞。ブログ「教師の寺子屋」主催。

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(公立小学校教員 松尾 英明)

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