本当にデキる人は「51対49」で勝つ方法をとる…「はい、論破」で勝ったと思う人の根本的勘違い
プレジデントオンライン / 2022年12月11日 10時15分
※本稿は、鴻上尚史・中野信子『同調圧力のトリセツ』(小学館新書)の一部を再編集したものです。
■共感能力がないほうが「論破」向き
【鴻上】今は共感能力があるほうが生きる上で大切だと思われていますが、一方で、共感能力がない人は、「論破王」と言われることもあります。確かに共感能力がない人のほうが一文で相手に対して、勝利宣言はできますよね。
【中野】海外の元首までなさった人に失礼かもしれませんけど、論破王的なトランプ元大統領も一定の支持がありましたね。
【鴻上】論破というのは、相手とのコミュニケーションを切断することだとようやく気づいてきた人が増えてきたからいいですが、一時期はそれが目標みたいになっていました。
■「100対0」より「51対49」の勝利のほうがコスパがいい
【中野】論破することは、気持ちがいいことではあるんでしょうね。でも本当に有利な交渉とは100対0で勝つことではなくて、51対49で辛くも勝って相手に花を持たせつつ、恨(うら)みを残さないことです。
49も抱えるというのは、けっこう負担もあって大変ですが、一番仕事を進めていく上ではコスパがいいんです。そういうことをやっていくのが私たちの知性でもあります。
けれど、49も抱えることに疲れた人が、100対0をやりたがるようにも思いますし、100対0をやって論破している人をエンタメ的に消費して見たがる気持ちもわかります。ただ、その論破している人達も実際には「本当は論破をすることはそんなに得ではない」と言っていますね。
■ディベートは「論破」が目的ではない
【鴻上】日本では海外のディベート文化が間違った翻訳をされてしまっているのも問題ですよね。ディベートに勝ち負けの要素はありますが、実は論破が目的じゃないんです。
たとえば安楽死を認めるか、認めないかをディベートした後、安楽死を認めなかった側が、立場を変えて安楽死を認める立場に回ってディベートをする。物ごとを多面的に見るために、意見を発するための仮の立場でしかないんだから、論破とは真逆なはずなんです。
しかし、日本人は立場を変えることが不得手なので、日本的に誤解して、ディベートは論破しなきゃならないと思ってしまっているところがあります。
【中野】さらに、ディベートでは常に勝たなきゃいけないと思っているんですよね。相手の主張の面白いところを取り入れようという姿勢があまり育っていないのは残念です。
■実はトランプ前大統領は共感力が高かった⁉
【鴻上】一般的に、ズバズバ切り込んでいく人は、格好良くて賢いという文脈で捉えられていますが、「いやいや、共感力がないだけじゃないの?」という考えで見たほうがいい場合も多いと思います。
集団のボスだったトランプ元大統領でさえ、集団の身内に関しては圧倒的な共感力がありました。切り込むだけで、共感力が少ない人は、敵だけを作ると思いますね。
【中野】もし日常生活で論破することが優位ならば、みんなが論破できるように進化しているわけでしょう? そうなっていないということは、我々日本人はずっとあえて論破をしないほうを選んでいるんじゃ?
【鴻上】ところが、昔、『「NO」と言える日本』(光文社)という本がはやった後、今までニコニコしているだけだった日本人のビジネスマンが、海外で率先してノーと言い出しちゃって100か0にしてしまったことがあったんです。51対49で残す形で勝つほうが、のちのちの交渉に優位なはずなのに。
【中野】「本部に聞いてみます」と保留にする日本人と仕事をすると、なかなか進まないという人もいますが、それはやんわりとしたノーで、進めたくないということの意思表示だったりする。そういう曖昧なコミュニケーションをしてきた日本人が、形だけ欧米のまねをしてもうまくもっていくのは難しいですよね。
■ベスト、ベター、ワーストではなく「ワース」を目指せ
【鴻上】日本人の場合、ベストな結論ではなくても、ベターを探せと言われることが多いと感じます。そのためか、お互いがwin-winの関係になることが、とにかく目標とされがちです。
![鴻上尚史、中野信子『同調圧力のトリセツ』(小学館新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/6/1200wm/img_46cae86d3e85c1cb3cffeecafa946869258096.jpg)
でもベターでもなく、悪いほうの結論であっても、少なくとも最悪、ワーストではないところに着地するなら、全然構わない時ってありますよね。お互いが同じ分量だけ我慢をして、同じぶんだけ引いていて、お互いワーストではなく、「ワース」な結論というのがあると思うんです。
【中野】でも、はっきりさせなかったことで、その後の納得ができたり、関係を大事にできたりする時もありますよね?
【鴻上】演劇プロデューサーの知り合いには、スタッフのこの人もあの人も不満を言っていて、とにかくその場で結論を出さなきゃいけない時に、時間が経てばなんとかなるからと言う人がいたりします。
確かに不満を言うことが目的の人もいますから、言ったことで納得する場合もあります。しかし、不満を言って何も解決しない場合は納得しない人も間違いなくいるんです。だから、ベターな解決方法がない場合、当事者同士がワースでもお互いがマイナスを引き受ける結論を出した方がいいと思うんですよ。
■「そこをなんとか」が通用するのは日本語だけ
【中野】そんな場面によく使われて、しかも英語に訳しにくい日本語の言葉の1つに、「そこをなんとか」がありますよね。
【鴻上】そもそも英語には「そこをなんとか」みたいな言葉がないですものね。
【中野】そうなんです、ないんですよ。でも日本だとけっこう使われる言葉で、とても日本的。でも、西洋的な価値観でこれだけ破綻(はたん)してきている世の中ですし、日本を何の吟味もせずただ米国やヨーロッパに合わせようという論には疑義があります。
■誰かが「同調圧力」に悲鳴を上げていないか
【中野】自分は日本で育ち、長く住んできましたから、日本で暮らすのがいいなとやはり思います。閉塞(へいそく)感があると思うことも、難しいと思うこともしばしばですけど、自分なりのやり過ごし方を見つけたいなと思うんですよね。
【鴻上】そもそも、日本的、西洋的という以前に、本人がどう感じているか、苦しんでいる度合いが大きいかどうかが大事なことですよね。
体育会系の絆(きずな)が一番で、いつも集団を作っているのが大好きな人たちがいて、構成員の誰もそれに重圧を感じていなかったり、負担になったりしていなければ、それはありだと思います。でも誰かがすごく無理をしていて、その「同調圧力」の強さに悲鳴を上げているなら、そのままじゃいけないんです。
■言葉は通じないのが当たり前
【中野】日本人は欧米との比較が好きすぎるところがあって、ちょっと辟易(へきえき)してしまうこともありますが、あえてそれを承知でいうと、欧米人のコミュニケーションのいいところは、はっきり言っても怒られないことかな?
コミュニケーション自体は日本人のほうがハイコンテクストな分丁寧で輻奏(ふくそう)的でもあるし、洗練されている部分があります。
欧米の国の多くは、移民排斥運動も激しいし、離婚率も日本より高く、治安も悪い。欧米のコミュニケーションをまねしろ、という論はいつもあるのですが、無理にやってもあまりメリットはない気がします。
■気持ちが通い合う美しい瞬間
【中野】私が海外の研究所に行って学んだことは、そもそも言葉は通じないもので、通じないのが当たり前と思っておくほうがいいということ。
日本人同士でも通じるようで、通じないことってありますよね。考え方も違うし、単純に「コーヒー」という言葉からイメージするものも、フランス風の濃い味なのか、アメリカンなのか、熱いのかほどよくさめているのか、まったく違っていることがある。
それでいて、何かが通じ合って、コミュニケーションを取れてしまっているというのも結構面白いことだし、そんな中で気持ちがもし通い合うことが一瞬でもあったら、本当に素敵で、美しい瞬間だなと思うんです。
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作家・演出家
1958年愛媛県生まれ。早稲田大学法学部卒業。作家・演出家・映画監督。在学中に劇団「第三舞台」を旗揚げ。94年「スナフキンの手紙」で岸田國士戯曲賞、2010年「グローブ・ジャングル」で読売文学賞戯曲・シナリオ賞受賞。現在は「KOKAMI@network」での作・演出を中心としている。人生相談の名手。著書に『世間ってなんだ』(講談社+α新書)、『鴻上尚史のほがらか人生相談』(朝日新聞出版)、共著に『同調圧力のトリセツ』(小学館新書)などがある。
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脳科学者、医学博士、認知科学者
東日本国際大学特任教授。京都芸術大学客員教授。1975年、東京都生まれ。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。2008年から10年まで、フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務。著書に『サイコパス』『不倫』、ヤマザキマリとの共著『パンデミックの文明論』(すべて文春新書)、『ペルソナ』、熊澤弘との共著『脳から見るミュージアム』(ともに講談社現代新書)などがある。
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(作家・演出家 鴻上 尚史、脳科学者、医学博士、認知科学者 中野 信子)
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