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なぜリクルート出身者は行動が速いのか…Jリーグの収益を2倍にした村井チェアマンの説く「元リク仕事術」

プレジデントオンライン / 2022年12月4日 9時15分

村井さんは毎週1回朝礼を開き、年間を通じて34節34枚の色紙を書いた - 撮影=奥谷仁

W杯カタール大会、日本は優勝経験国のスペインとドイツを下し1位で予選通過した。日本サッカー躍進の原動力となったのが30年前に発足したJリーグ。そして2014年度から2021年度の8年でJリーグの営業収益を2倍以上に増やしたのがチェアマンを4期8年務めた村井満さんだ。元リクルート執行役員でもある村井さんの「仕事哲学」を、ジャーナリストの大西康之さんが聞く――。(第6回)

■スピードは「本気度の代替変数」である

――村井さんを筆頭に、リクルート出身の人たちは例外なく、決断と行動が速いです。パッと決めてパッと動く。何か提案すると、数時間後に「やりましょう」とか「明日、会えますか」とメールが返ってくる。そういうふうに教えられるのでしょうか。

【村井】大好きな彼女からメールが来たら、すぐ返信しますよね。新米社員が社長に言われたら、即行動しますよね。特に経営者本人の場合、スピードって本気度の代替変数だと思っています。大勢の人間がいる組織を預かる立場の人間の判断が遅れると傷つく人が増えたり、命に関わることがあったりします。遅れたばっかりに傷口が広がってしまうわけです。

「はやい」には「早く着手する」と「速く処理する」の二通りがあって、人は本気だったり大切なことに関しては早く着手するし、スピーディーに動きます。それの良いところは、早く着手してスピーディーに処理することで、やってみてダメだった時に何回もやり直しがきいたり、リカバリーできたりする点です。

■「クルーズ船問題」が出る前からコロナ対応を協議

――Jリーグチェアマンの判断も大勢の人に影響を与えますよね。

【村井】そうですね。例えば浦和レッズのサポーターが「Japanese Only」という人種差別を想起させる横断幕を掲げた事件の時、われわれは中4日で「無観客試合」という裁定を下しています。判断が遅れれば遅れるほど、選手、サポーター、クラブの中で傷つく人が増えてしまう。だから最善を尽くして判断を急ぎました。裁定を早く出すということが「Jリーグはこの問題を重大なことだと考えています」というメッセージにもなったと思います。

【連載】「Jの金言」はこちら
【連載】「Jの金言」はこちら

コロナ禍は「急ぐ話だ」と思ったので、2020年1月22日に第1回の実行委員会を開き、全クラブに連絡担当者を置いて情報共有を始めました。まだクルーズ船の問題が出る前、国内の感染者がまだ1人の段階でした。

リクルート時代に駐在していた香港の知り合いに連絡をしたら、すでに厳戒態勢を敷いているという。香港は2002年にSARS(重症急性呼吸器症候群=新型コロナと同じウイルス性の感染症)を経験していたので、対応が早かったんですね。上海の友人は、「上海で行われるアジアチャンピオンズリーグのプレーオフはすでに無観客試合になっている」とのことでした。

■拙速だと言われても急ぐべき時がある

【村井】気になってくると新聞記事も浮かび上がって見えてくる。1月27日、政府の厚生科学審議会感染症部会はこの新型コロナウイルスを「指定感染症」に認定していると小さな扱いの記事があった。そうした情報を受けて、この日、私はJリーグの幹部宛てにメールを出して「スポーツ界で最も早く、警戒レベルを高める責任がJにはあるように思います」と伝えています。

そのうえで、「Jリーグ全体を中断、中止する時はどの状況レベルか、個別試合を中止したり、無観客試合にしたりする時はどのレベルか、ジャッジ基準は何か」と問いかけています。すでにこの時期から検討を開始しているのです。この日の国内感染者はまだ4人の段階でした。

2020年の2月24日に政府から「今後1~2週間が瀬戸際」という発表があり、それを受けた2月25日の緊急ウェブ会議で「第2節からの中断」を即断しました。総理による大規模イベントの自粛要請が出る1日前、全国の小中学校に臨時休校の要請が出る2日前だったと記憶しています。

Jリーグは地域や社会のためにやっているのに、われわれの存在が社会に迷惑をかけてしまったのではとんでもない。拙速だと言われても「ここは急がなくては」と皆で考えました。

■パワポに時間を取られるなら「手書き資料」でいい

――組織マネジメントの要諦として、村井さんはJリーグ時代「PDMCA」という言葉を使われました。普通は計画(P)、実行(D)、評価(C)、改善(A)ですよね。

【村井】Mはミス、失敗です。「失敗を恐れない心をど真ん中に置こう」というメッセージですね。サッカーって手が使えませんから、プロがやってもミスの連続になります。あれだけ鍛え抜かれた選手が全力で90分間戦って、0―0で終わることがあるのは、ミスをするからです。それでもミスを恐れず、立ち上がってプレーするのがサッカーの本質ですよね。

それで同じ失敗をするなら、PDMCAをダメもとで10回回したほうが、成功の確率は上がります。確率が10%だとすれば、速く10回ミスした人が1回の成功にたどり着けるわけです。Jリーグの中にもパワポを使わず手書きの資料でプレゼンする人がいました。中身がしっかりしていれば、期日に間に合わないパワポより手書きのほうがずっといい。

村井さんが書いた色紙
撮影=奥谷仁

「どうしてもこれがやりたいんだ」という本気の提案なら、根回しに時間をかけるより、トップに直談判したほうがいい。実際、Jリーグでも僕のところに直接ねじ込んでくる人が多くいました。

話をサッカーに戻すと、これは足でやるスポーツだからどうしてもミスが出る。だったら予(あらかじ)めミスを予測して動く。それが戦略ですよね。

■大事なのは「生業」の本質を定義すること

――リクルート創業者の江副浩正さんは、自分に提案してくる社員が大好きでした。不平、不満を言っている社員のところにも寄っていって、「何が不満なの?」と聞き、社員が仕事や上司についての文句を言うと「じゃあ、君はどうしたいの?」と聞く。

社員が「僕ならこうしますけどね」と言うと、「さすが社長、経営者ですねえ!」と激賞してすかさず「じゃあそれ、君がやって」と予算と人員をつけ「いつまでにできる?」と詰めてしまう。社内の評論家を当事者に変えてしまう名人でした。

村井満さん
撮影=奥谷仁

【村井】求人情報からスタートしたリクルートという会社の「生業(なりわい)」は「メディア業」でした。メディアそのものも紙からネットに変わる、その中身のコンテンツも日替わり週替わり。日常の仕事そのものが変化に溢(あふ)れています。私は生業の本質を「変化」と置きました。会社が困難な状況であっても、「変化」を好む人を集め、経営のベクトルをすべて「変化」に合わせていけば、職場は天国にもなりえる。

今度は、人が介在する人材紹介事業の経営に携わってみると、同じリクルートグループでも何か空気が違う。仕事を探している人、転職をしたい人とキャリアアドバイザーが「どんな仕事がしたいのですか?」と対話をし、営業担当は、人材を求めている企業と「どんな人材を求めていますか?」と対話をする日常です。

紹介事業という生業が醸し出す文化の本質を「対話」と置きました。まるで昭和の企業のように毎月の「納会」や「社員旅行」など社内の会話を重視した経営をしてきました。

■ミスのスポーツだからこそ、スピーディーに対応できる

【村井】どんな業態にも共通して通用する経営手法があったり、どんな会社でも通用する万能な人材がいたり、人事制度があるわけではないと考えていました。Jリーグに来た私はサッカーという生業の本質を「ミス」と定義しました。「オウンゴール」といった言葉があるくらいです。ミスを恐れずどんどんチャレンジするのがサッカーなのだから、Jリーグもミスを恐れず失敗しよう。失敗したら改めればいい。

コロナ禍でわれわれは全クラブの対応の基準となるガイドラインを定めましたが、多い時は2週間に一回、改訂しました。2年間で40回くらい改訂したと思います。例えば、始めの頃は応援の太鼓も拍手も禁止だったのですが「太鼓や拍手でウイルスは出ないよな」となって解禁に、というような具合です。まさにPDMCAの連続です。

トライアルアンドエラーがすごく高速で回転していて、いつの間にか「Jリーグはスピーディーだ」というようなブランドイメージにつながっていきました。サッカーを支えてくださる人々や職員の皆さんのおかげです。

■何でも早ければいいわけではないけれど

【村井】中国の思想家の孫子はその兵法の中で「巧遅は拙速にしかず」と言っています。丁寧にやって遅いものは、出来栄えがいまいちだけど早いものに敵わない、という意味です。戦争のように人命に関わる場面ではスピードがすごく大事だったんでしょうね。

何でもかんでも早ければいい、というものではありません。例えば、浦和の自宅の近所に「むさし乃」さんという名店があるんですが、そこの鰻は注文してから出てくるまでに40分くらいかかります。大将が小骨を一本ずつ取ったり、蒸したり焼いたりで40分。鰻の匂いを嗅ぎながら待つ40分が、私にとってはたまらないサービスだったりするわけです。

ご飯を食べるとか音楽を聞くとか、自分に関することは、わりとゆっくりやりたいタイプなんです。ビジネスでも「このプロジェクトは10年かけて人を育てるんだから、信じて待とう」という場合もあります。「期待」という言葉には「待つ」という字が入っているくらいですから。

ただし大抵の仕事は、議論が始まる前に時間軸をセットして議論を始めるという習慣がとても大事だと思いますね。

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大西 康之(おおにし・やすゆき)
ジャーナリスト
1965年生まれ。愛知県出身。88年早稲田大学法学部卒業、日本経済新聞社入社。98年欧州総局、編集委員、日経ビジネス編集委員などを経て2016年独立。著書に『東芝 原子力敗戦』ほか。

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(ジャーナリスト 大西 康之)

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