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日本のハイブリッド車を世界から一掃する…英国が「完全なEVシフト」をゴリ押しするしたたかな狙い

プレジデントオンライン / 2022年12月5日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bee32

■COP27でEVシフトの加速を呼びかけた英国

英国が電気自動車(EV)シフトの先導を務めることにまい進している。英政府は11月16日、エジプトのシャルム・エル・シェイクで開催されたCOP27(第27回気候変動枠組条約締約国会議、会期は11月6日から18日まで)の場において、いわゆるゼロエミッション車(ZEV)の普及の促進に向けて、新たな取り組みを行うと発表した。

ZEVとは、温室効果ガスを排出しない自動車を意味する。具体的にはEVや燃料電池車(FCV)などが含まれるが、実態としては、主にEVを指す言葉といってよいだろう。英国はこの新たな取り組みの中で、EV/FCVシフトのためのプラットフォーム「ゼロ排出同盟への加速(Accelerating To Zero Coalition)」を組成すると表明した。

英国は2021年に開催されたCOP26のホスト国だ。そのCOP26で英国は新車販売のゼロエミッション化に向けた声明(ZEV声明)を発表した。この声明は、主要市場で2035年までに、世界全体で2040年までに、新車の供給をZEVに限定するという野心的な目標を掲げたものであり、130の団体(国、自治体、企業)が署名した。

今回のCOP27では、このZEV声明にフランスとスペインが国として署名したことが、一部の報道で大きく伝えられた。一方、日本やドイツは国として署名を見送っている。いずれにせよ、この声明に署名した団体に対し、英国が国連とともにEVシフトに向けた音頭を取るというのが、先に述べたプラットフォームの目的になる。

ZEV声明にはもちろん、法的な拘束力などない。したがって、政治的な判断から、とりあえず署名した団体も少なからず存在するようだ。英国が袂を分かった欧州連合(EU)もまた2035年までに新車の100%をZEVにすることを目指しているが、英国もまたEVシフトの先達として、世界的な議論をリードしようと躍起になっている。

■EV登録台数は前年から38.4%増

英国自販連(SMMT)のデータによると、2022年1~10月期の新車登録台数は累計134万2712台と、前年同期比で5.6%減少した(図表1)。半導体不足に伴う世界的な生産の低迷が、新車登録台数が前年割れした主因と考えられる。しかし登録車の内訳をみると、いわゆる「電動車」は堅調であり、特にEVが好調なことが分かる。

つまり、EVの登録台数は19万5547台と前年から38.4%増加した。またハイブリッド車(HV)のうち、通常のHVが15万8139台と前年から22.7%増加し、ガソリンのマイルドハイブリッド(MHV)が18万8479台と前年から9.0%増加する一方、ディーゼルのMHVとプラグインハイブリッド(PHV)は不調だった。

なおマイルドハイブリッドとは、ハイブリッド自動車の中でもモーターの出力が控えめである車種を指し、ヨーロッパで広く普及している。高出力のモーターを搭載するストロングハイブリッド車に比べると、車両単価が低く抑制される一方で、着実に燃費が改善し温室効果ガスの排出量が削減できるため、勝手の良い車種である。

【図表】英国の新車登録台数
出所=SMMT

EVやPHVの普及を促すため、英政府は自動車税などの税制優遇措置を継続しているが、新車購入補助金については6月に打ち切った。そのため、今年は一種の駆け込み需要が生じ、それがEVの堅調な伸びにつながった可能性も否定できない。現に補助金の打ち切り後、通常のHVやMHVの登録者台数は伸びの加速が顕著となっている。

英政府がEVやPHVの一般購入者向けに補助金を導入したのは2011年のことだ。以降、段階的に補助金は削減されてきたが、EVの普及は順調に進んできた。そのため政府は、一般購入者向けの補助金はその役割を終えたと結論付け、今後は充電インフラの拡充や商用車のEVシフトのサポートに集中する意向を持っているようだ。

しかしこの政府の決定に、SMMTは異議を唱えた。6月14日付の声明でSMMTは、政府が一般購入者向けの補助金を打ち切ったことが、政府が描く温室効果ガスの排出削減目標にユーザーやメーカーをコミットさせるうえで、誤ったメッセージを与えるとした。SMMTは補助金が打ち切りとなればEV普及は進まないと考えているようだ。

■世界的な国産ブランドがなく、失うものがない

ところで、英国はなぜ、EVシフトの先導を務めることにまい進するのか。

まず、歴史的な側面があると考えられる。18世紀の後半に世界に先駆けて産業革命が生じた英国では、首都ロンドンを中心に深刻な環境汚染を経験した。こうした経緯から国民の間で高い環境意識が育まれ、気候変動対策の重要性が理解されるようになったのだろう。

もちろん、覇権主義的な側面もあると考えられる。EUも同様だが、ヨーロッパ勢は気候変動対策の議論をリードし、その分野での国際的な主導権を確立したいと考えている。ジョンソン元首相が昨年のCOP26に注力したことも、その証左だ。EUと袂を分かち、国際的な指導力の回復を目指していることも、英国を気候変動対策に駆り立てる。

ビッグベンが見えるロンドンの景色
写真=iStock.com/johnkellerman
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/johnkellerman

革新を好む国民性も、EVシフトにマッチしているのかもしれない。ほかにもさまざまな理由が考えられるが、英国には純粋な意味での国産自動車メーカーが存在しないことも、大きな理由になっているのではないだろうか。英国にはさまざまなブランドの車があり、いずれも世界的に知名度が高いが、そのほとんどが外資系メーカーの傘下にある。

例えばロールスロイスやMINIはドイツのBMWの傘下にあるし、ベントレーはフォルクスワーゲンの傘下にある。またジャガーやランドローバーはインドのタタ・モータースの傘下にあり、MGは中国の上海汽車の傘下である。民族資本のメーカーとしては、高級車のアストンマーチンやスポーツカーのマクラーレン、モーガンがあるくらいだ。

極言すれば、英国には日本のトヨタや日産、ホンダがなく、ドイツのフォルクスワーゲンやBMW、アウディがない。本来なら守るべきナショナルブランドは、そのほとんどがすでに外資の傘下にあるわけだ。輸出産業としての役割も限定的であるため、地域の雇用さえ守られるなら、EVだろうとなんだろうと構わないというのが本音かもしれない。

■各国の事情を無視した一律目標は非現実的

既存のガソリンやディーゼルを主とする自動車生産に優位性があり、自動車が重要な輸出産業である日本やドイツが、国としてZEV声明への署名を見送るのは当然のことだ。最大の自動車消費国であり生産国でもある米国と中国も、EVへの完全シフトは現実的ではないため、国としてはZEV声明への署名を見送っている。しかしいずれの国も、気候変動対策そのものに消極的なわけではなく、EVの生産および登録は着実に増えてきている。

理想の実現のために高い目標を掲げること自体、悪いことではない。繰り返しとなるが、ZEV声明は、先進国が2035年までに、世界全体で2040年までに新車供給をEVに代表されるZEVに限定することを目指すものだ。とはいえ各国の自動車市場の構造は、所得水準や法制度、歴史的経緯などから多様性に富んでいるため、一律で目標を達成することなどまず不可能だ。

銀座の交差点を通過する車
写真=iStock.com/yongyuan
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/yongyuan

英国もそれは承知なところだろう。それはそうとして、議論をリードすることに価値を見いだしたというのが本当のところではないか。一種のソフトパワーの行使であり、英国が得意としてきた外交戦術の延長にも位置付けられる。それに英国の自動車産業が、守るべき輸出産業としての位置付けになく、日本やドイツのように失うものがないことも、この戦術を可能にしているはずだ。

EVシフトそのものは世界的なメガトレンドだ。とはいえ、それが一方向に進むかどうか定かではなく、路線に修正が入る可能性は高い。世界の市場を見据えた自動車産業を抱える日本の場合、そうした展開を十分に視野に入れる必要がある。英国とは事情が異なる日本が国としてZEV声明から一定の距離を置き、動向を注視するスタンスは、至極、妥当な判断といえよう。

(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)

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土田 陽介(つちだ・ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。

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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)

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