年間40万人の女児がなぜか生まれていない…異常なほど男児に執着するインド社会の「子殺し」という悲劇
プレジデントオンライン / 2022年12月6日 14時15分
■人口は13.9億人に激増…インドで広がる出産・子育ての歪み
今年11月、世界人口は推定80億人に達した。
なかでもインドの人口増加ペースは、世界的に見ても驚異的な水準にある。来年には中国を抜き、人口トップになると推定されている。
英ガーディアン紙によると、中国では現状、1日あたり約5万人の新生児が生まれている。対するインドはこれを7割以上も上回り、毎日およそ8万6000人が誕生している状況だ。
結果としてインドには、若年層が溢(あふ)れている。同紙によると年齢の中央値は29歳と非常に若い。しかしそこには、高齢化が進む日本とはまた違った問題が潜む。
教育の低さがさらなる多産を招き、結果として子供1人あたりに十分な教育費をかけられないという悪循環を生じている。もちろん子を多く育てることが一律に悪というわけではないが、無計画な出産は現地でも問題化しつつあるようだ。
■世界の望まない妊娠、7件に1件がインドで発生
インドでは望まざる妊娠が多発している。専門家はこれを「静かなる危機」だとみる。
インドのデカン・ヘラルド紙は、国連人口基金でインド代表を務めるアンドレア・ウォジャール氏のコメントを引用している。ウォジャール氏によると、「世界全体におけるこうした事象(予期せぬ妊娠)の7件に1件がインドで発生して」おり、表面化しづらい「静かな危機」になっているという。
背景のひとつに、生まれてくる子供の性別に関し、親たちが並ならぬえり好みをしている現状がある。
インドでは跡取りとして、男児の妊娠を望む傾向が非常に強い。ガーディアン紙は、跡取りを確保するため最低でも2人の男児がほしいと願い、結果として6人の子供を産んだという母親の話を報じている。
この母親は、「医者から家族計画について聞かされたのは、全員を生み終わった後のことでした」「子供が少なければ、より良い育て方ができたでしょうし、より良い教育もできたでしょう」と述べ、多産と教育に関する基本的な知識が欠如していた当時を悔やむ。
■10人家族、5歳の少女は飢えて死んだ…
2020年には、大家族の少女が餓死したという事件が報じられた。インド通信社のエクスプレス・ニュース・サービスは、北東部ジャールカンド州の州都ラーンチーの街において、10人家族の家庭で暮らしていた5歳の少女が意識を失い、死亡したと報じている。
この家庭では父親が2カ月間出稼ぎに出ており、学校からわずかな配給食を得ていたほかは、現金を入手する手段がほぼ途絶えていた。母親は通信社に対し、「家には食べられるものなど何もなく、そのため(娘の)ニマニは昨晩、飢えで死んでしまいました」と痛む胸の内を明かしている。
このような飢えは、首都ニューデリーを含む至る所で発生している。だが、ヒンドゥー紙は今年5月、「どの州でも餓死者は確認されていない――中央政府が最高裁に報告」と報じている。インド政府は、餓死者など一切出ていないとするスタンスを保ちたいようだ。
![自宅で勉強をしている少女](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/8/1200wm/img_5827ff4a790ba7c11af4a0d69391f02b346717.jpg)
■「男の子がほしいから」赤ちゃん殺しが横行する理由
男児を望んで6人を生んだ家族の例を先に紹介したが、さらに極端な執着を見せる家庭も多い。果ては、分娩(ぶんべん)直後に女児を殺すという「嬰児(えいじ)殺」にまで発展している。
米フォーブス誌は2020年、サイエンス・ライターのアヌラーダ・ヴァラナシ氏の寄稿記事を掲載している。氏はインド政府が出生前の性別検査を違法化したにもかかわらず、嬰児殺や堕胎行為が「インド全土で横行している」と指摘する。
インディアン・エクスプレス紙は2011年のインド国勢調査の数字を引用し、女児の出生数が男児に対して年間40万件ほど不自然に不足していると指摘する。多くの女児が性選択の犠牲となり、殺されていることを意味する。
この水準は、世界的にも異常な数字だ。バンガロールのメディアであるロジカル・インディアンは、世界で不自然に不足している女児の数のうち、実に半数をインドが占めると報告している。
現在はやや改善傾向にあるものの、2005年から2010年にかけてのインドでは、毎年160万人の女児の命が奪われていたと推計されている。
■同棲相手を35個に切り刻む事件が示す「女性軽視社会」
女児の命が軽視されているだけでなく、成人女性への虐待もインドでは横行している。女性への性暴力および物理的な虐待問題は絶える気配を見せない。
英BBCは11月、インドでのおぞましい「冷蔵庫殺人事件」を報じた。デリー在住の27歳女性が、3年間同棲していた男に殺害されたという事件だ。
男が女性を虐待している様子が頻繁に目撃されていたが、警察の調べによると男は5月に女性の首を絞めて殺害し、遺体を35個に切り刻んで冷蔵庫で保管していた。数カ月をかけ、森や池など市内の複数箇所に少しずつ棄(す)てていったという。
この事件はインド社会にショックを与えた。これまで半ば当然とされてきた女性への不当な扱いに関し、一件をきっかけに猛烈な議論が巻き起こっている。
インドの社会科学者であるプレム・チョードリー氏はトリビューン紙への寄稿を通じ、問題の殺害・死体遺棄事件は「女性への暴力に鋭いスポットライトを当てた」と述べている。事件には身近なパートナーによる「物理的、感情的、性的、そして精神的な暴力」が複雑に関与していると解説している。
さらにこれは、インド社会で当然のように横行している「児童婚、強制的な結婚、持参金という暴力、(中略)『名誉の殺人』、(劇物を顔にかける)アシッド・アタック、そしてレイプ」など、女性が受けている広範な不利益に再考を迫るものだとチョードリー氏は述べる。
持参金とは、妻側の家庭を経済的不利に追い込む悪しき風習を指す。インドでは結婚にあたり、妻側の一家が夫側の家族に対し、金銭や家財を貢ぐ習慣がある。1960年代から法で禁止されているものの、現在でも風習として残る。間接的に、子供に男子を望む動機ともなっている。
名誉の殺人も、女性への不当な待遇を指す用語だ。女性の親族が「本人の名誉を守る」名目の下、婚前交渉などを行った身内女性を殺(あや)める風習を意味する。
![ガンジス河で沐浴する人々](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/5/1200wm/img_b5e3b314da76b4e1030772b238ac75d8424761.jpg)
■一部地域では半数が近親婚
家族計画に関しては、教育の浸透する南部では改善しつつある。
ヒンドゥー紙ビジネス版は、1000人あたりの年間出生率が南部州で15人前後となっており、北部の20人以上と比べて大きく改善したと報じている。
だが、その南部ではまた、別の問題が持ち上がっている。近親婚の割合の高さだ。
同紙は、インド政府による国家家族保健調査のデータを引用している。それによると南部5州においては、依然として非常に高い割合で近親婚が行われているようだ。
最も割合が高いのは、バンガロールの位置するカルナータカ州だ。その割合は実に48.4%となっており、全体の半数近くが近親者と結婚している計算となる。
同州も含め南部5州ではいずれも約15%以上と、近親者同士の結婚が無視できない割合を占める。インドでは、見合い婚の風習が今も色濃く残る。信頼できる身内同士を結ばせた方が安心だという親側の心情が強く影響しているようだ。
ヒンドゥー紙は、インドのデータサイエンティストであるニラカンタン・RS氏による著書『South vs North: India's Great Divide(原題)』から、近親婚は悪ではないとの立場を紹介している。
著書を通じて氏は、「血縁者との結婚に関しては、女性が一家と面識がある場合、より熱心に尽力するということが文献により明らかになっています」と述べているという。
だが、近親者同士の遺伝子は類似していることが多い。互いの遺伝上の弱みを補い合えないことから、近親婚による子供は特定の疾患や体格上の異常を生じやすいとされる。
本人同士が望んだ結婚であれば意思は尊重されるべきだが、周囲が近親者同士をあえて夫婦にさせる風習は、夫婦と子供に一定の不利益をもたらしているとも言えそうだ。
■首都は「最も汚染された都市」に…多産と貧困の悪循環
インドのとくに農村部においては、避妊の概念や少数の子供を設け十分な教育を与えるメリットが浸透していない。このため、多産と貧困にあえぐ構図が続いている。
教育の行き届かないこれらの地域で爆発した人口は都市部へと流れ込んでおり、各都市のインフラは需要に対応できていない状況だ。住居も足りず、粗末な小屋が並ぶスラム街が各地に誕生している。現地の人々の経済的状況は厳しく、ガーディアン紙によると若年層の失業率は23%を記録している。
インドにおける人口爆発は、地球環境にも一定の悪影響を与えるのではないかと懸念されている。気候変動対策のキーは人口抑制にあるとの指摘もあるなか、インドの状況は抑制とは正反対だ。少なくとも現状で「最も汚染された都市」といわれるデリーは、都市部への人口流入によりさらなる環境悪化の危機にあると言えるだろう。
もっとも、世界的な気候変動には、欧米の一部富裕層が排出する二酸化炭素が強く影響しているとの指摘もある。プライベート・ジェットの多用による温暖化ガスの排出はしばしば問題視されるところだ。
だが、同時に、いまや80億に達した世界人口の2割弱(17.4%)を占めるインドも、国全体としてもたらす影響は無視できない。ガーディアン紙は、現在インドには13億9000万人が暮らしており、これはアメリカの4倍、イギリスの20倍に相当すると指摘している。
![デリーの街並み](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/9/1200wm/img_5958830a91ab9b2f580ca642e803288b371649.jpg)
■人口増加にひそむ「不都合な真実」に目を向けるべきだ
インドに生を受けた新生児たちを責めることはできないが、人口抑制に向け、インド社会の古き習慣は見直しを迫られている。際限なく増加する人口の背後には、跡取りとしての男子のえり好み、女性の命の軽視、止まらないレイプ被害、家族計画の教育の不徹底など、複数の不合理な社会習慣が影響している。
インド政府は餓死者の存在を認めるべきであり、これが現状を正しく認識する出発点となるだろう。人口問題への取り組みにより、都市部の生活水準の向上だけでなく、世界的な環境維持の観点でも好影響が期待されている。
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フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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