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老人支配の香りがする組織には近づかない…超難関「東工大の新設女子枠」が女子高生に不評なワケ

プレジデントオンライン / 2022年12月7日 11時15分

東京工業大学 高校生・受験生向けサイトより

東京工業大学は2024年4月入学の入試から、総合型選抜および学校推薦型選抜で「女子枠」を導入する。24年度入試で58人分を設け、25年度入試で85人分を追加。女子枠の募集人員は計143人で募集人員1028人の約14%となるが、医師の筒井冨美さんは「ネット上では“男性差別”との指摘だけでなく、恩恵を受けるはずの女子高生からも評判があまり芳しくない」という――。

■難関東工大の「女子枠」募集が女子高生に不人気のなぜ

2022年11月、日本を代表する難関国立理工系大学である東京工業大学が、2024年度入試から「143人(1028人中)の女子枠」推薦入試の計画を発表した。

なぜ今、女子枠なのか。同校のホームページ(HP)では「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)の取り組みの一環」「本学の女子学生比率は約13%と低く、この取り組みで女子学生比率が20%を超える見込み」「理工系分野における女性の活躍推進を目指す」と説明している。

女子枠の入試要項を確認すると「共通テスト+面接試験」のみで合否判定する専攻が多い。従来の東工大の一般入試では、「数学は数Ⅲまで、理科は物理/化学が必須、英語の配点は数学の半分」という典型的な理系入試であり、特に180分間を要する数学の難度には定評がある。中でも情報理工コースは近年の情報系産業の発展を受けて、東大の非医学部をしのぐ勢いで難易度が上昇している。

そうした状況で「ほぼ共通テストだけ(面接を除き、2次試験なし)で東工大に入れる」ことは女子高生にとってありがたい話のように見える。だが、この試みは大学の狙い通り「理工系分野における女性の活躍推進」につながるのだろうか。

■問題1:女子枠合格者は東工大の授業内容についていけるのか

女子枠合格者といえども、入学後は一般枠合格者と同条件でカリキュラムをこなすことになる。東工大のカリキュラムは、高校時代に微分積分をマスターしていることを前提として、偏微分・重積分・フーリエ変換……などの高等数学を学ぶことになる。試験に合格しなければ容赦なく留年してしまう。数学オタクには垂涎のカリキュラムだが、数学イマイチ女子には苦行となるのは必至だ。

一部の文系学部の女子学生は、「非モテ男子に色目使ってノートを借りて、一夜漬けすれば単位が取れる」といった甘い世界もある、と聞く。また、東大ならば理系で入学しても、入学後に「教養学部」のような学部に進路変更することも可能だが、東工大には理学部と工学部しかなく、数学がそれほどではない女子には逃げ場がない。

女子枠入試は表面的な学生女性率を上昇させるだろうが、「元女子枠合格者が高確率に留年/退学」となれば元も子もなく、「理工系分野での女性活躍推進」は失敗してしまう。

■問題2:東工大の面接官は女子高生の科学的資質を見抜けるか:STAP騒動の教訓

東工大HPでは、例えば、「物質理工コース」の女子枠入試では「面接で科学的な知識及び考え方について試問し、考察力・表現力とともに物質についての科学技術を学ぶうえでの適性を評価する」としているが、そもそも「数学・物理の知識や適性」は面接で点数化できるのか。

11月26日、帝京大学の教授からの不適切メールがアカハラ疑いとして報道された。同大学に通う男子学生が「ゼミに入りたい」と問い合わせをしたら、担当する男性教授から名前で女子学生だと勘違いされ、「男子にはないしょですが、女子は基本的には応募=採用です。サンドイッチにコーヒーでも飲みながら、お話ししましょう」と教授からメールで返信されたそうである。中高年男性が若い女性に甘いことはあるのだろうが、それをゼミ選抜や入試に持ち込んでいいはずがない。アカハラとして処分されても仕方がないだろう。

東工大といえば、「(高偏差値なのに)モテない大学」というのが大学界隈では定説になっている。昭和時代の東工大はほとんど男子校のようなもので、現在の教授会メンバーも若い女性とのコミュニケーション経験が豊富ではないかもしれない。

そこへ、受験した女子高生が面接で「私、宇宙工学に憧れてますぅ~」などと無邪気に返答するだけで、女性への免疫に乏しい東工大教官が高得点を思わず付けてしまって合格になり、入学後に「全く物理の教科書を理解していない」ことに気付いても後の祭りである。

振り返ってみれば、2014年に理化学研究所で起きたSTAP騒動は、そもそも副センター長が女性研究者を「豊かな発想力がある」などと思い込んで強引に採用したことが発端のひとつになった。過去論文の精査や、「英語によるセミナー」など、同研究所における通常の手順を踏んで採用を吟味すれば防げた事件だったと、後に報告されている。おせっかいは承知だが、この手の二の舞は防いでいただきたいものだ。

■問題3:「女子枠=男性差別」だけでなく、「老人が若者を搾取」

今回の女子枠に対する意見はさまざまだが、ネガティブな意見の代表としては「女性枠は、男性差別だ」がある。実際、今回の女子枠導入によって一般枠が減ったので、多くを占める男性受験生にとっては「狭き門」となったことは事実だ。

私はこれに加えて、世代間格差も指摘したい。

今回の東工大女子枠に関して、一部には「東工大の教授たち(管理職・ほぼ高齢男性)が、将来有望な男性枠を削って、無理やり女性枠を作り、自分たちは何も失わずに女性活躍の場を作ったという手柄を手にするのではないか」と揶揄(やゆ)する声も出ている。確かに、これは「国債を発行して負担を将来世代に先送りし、医療年金を維持」のような、若者搾取政策と言えなくもない。

東京工業大学が総合型・学校推薦型選抜で143人の「女子枠」を導入 ダイバーシティ&インクルージョンの推進を目指して2024年度入試から順次実施「東京工業大学 高校生・受験生向けサイト」より
東京工業大学が総合型・学校推薦型選抜で143人の「女子枠」を導入 ダイバーシティ&インクルージョンの推進を目指して2024年度入試から順次実施「東京工業大学 高校生・受験生向けサイト」より

■問題4:そもそも女子高生や親は喜んでいない…年功序列こそが女性活躍の敵

東工大女子枠についてSNS検索してみると、「男性受験生親の怒り」が多いのは当然だろうが、意外なことに女子高生やその保護者にもあまり歓迎されていないのだ。なぜなのか。

思うに、日本型雇用システムにはいまだ「年功序列・終身雇用」の名残りがある。仕事にフルコミット可能な男性ならば耐えられても、妊娠出産のようなライフイベントの多い女性には不向きである。

日本の企業が理工系の女子学生に不人気である最大の理由は、就職先の大企業の多くに「最初の10年は会社の指示に黙って従え」のような昭和的で非合理的なシステムが残っているからである。そうした傾向をよく察知している聡明な女子高生たちは、年功序列や老人支配の香りのする組織には近づかないだけのことである。

というわけで、東工大で「理工系分野における女性の活躍推進」につながりそうな対策を考えてみた。

■対策1:医学部生/研修医の工学系授業参加を認める

理工学部の低い女性率の理由のひとつが、高学力の理系女子高生が医学部に一極集中していることである。「出産後も年収1000万円が保証される理系専門職」といえば、日本では事実上、女医しか存在しなかった。

東工大は、同じ国立の東京医科歯科大と2024年度に合併することが予定されている。医科歯科大医学部は都内では東大医学部に次ぐ難関とされ、合併後の東工大は日本の数学トップクラスの学生を自動的にゲットできることになる。

「素粒子物理学に興味があったけど、親に反対されて医学部に行った」という医学生は特に女性に多い。また医科歯科大の附属病院には約200人の研修医が在籍しているが、その中にも「実は医学より情報工学に興味がある」というような人材が含まれるだろう。

医科歯科大に限らず、現在の研修医カリキュラムは「働き方改革」と称して、「17時以降は帰宅可能」「最大90日(実質4カ月)欠席可」というゆるいプログラムが多い。そこで、理工系素養のある医学生、もしくは研修医(医師免許保持)を男女問わずに工学部に迎え入れて授業聴講を許可し、さらには実験や科学論文にチャレンジしてもらうのもよいだろう。東工大としては医科歯科大出身の医師の頭脳を取り入れて「女性の活躍」を目指すことができるのだ。

テルモハート(東京都渋谷区)は医療機器メーカー「テルモ」の米国子会社であり、初代CEOの野尻知里氏は女医でもある。高校卒業後は京都大理学部に進学するも、卒業後の進路が「学校の先生」か、「お茶汲み」しかないと感じ、同大医学部に再入学した。

心臓外科医としてキャリアを歩んだ後に人工心臓開発者に転じ、その仕事ぶりは2008年にNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」で放送されるも、残念ながら食道がんのため63歳で亡くなった。合併後の新東工大には、野尻氏のような医学部に埋もれている真性リケジョの発掘に尽力してほしい。

動画で見る東京工業大学 「東京工業大学 高校生・受験生向けサイト」より
動画で見る東京工業大学 「東京工業大学 高校生・受験生向けサイト」より

■対策2:情報コースの大幅増員、希望者は全員情報コース選択可能にする

理工系の大学受験では、実験設備の関係で定員上限を設けざるを得ないが、近年大人気の「情報コース」はパソコンとネット回線さえ拡充すれば定員増加は比較的容易である。また、IT産業やシステムエンジニア職は年功序列文化が薄く、在宅勤務やフレックス勤務も普及しており、リケジョの生涯就業が可能である。さらにGAFAMと呼ばれる外資系IT企業群では医師を超える年収も夢ではない。

しかしながら、現在の東工大の情報コースは希望者に比べて定員があまりに少なく、「どうせ第一希望のコースに行けないのなら、医学部の方が将来の収入は確実」と、医学部に流れてしまいがちだ。

女子学生を集めたければ、推薦入試よりも、卒業後の魅力的なキャリアパスを提示することが王道である。また社会構造の変化に応じて、専攻別の定員を見直すことも考えるべきだろう。

■対策3:女性枠を提唱する教官は、早期辞職してポストを譲るべき

東工大の学長は「日本社会は女性に不公平だったので改善」と説明しているが、今回の女子枠で犠牲となる143人の男子高校生は、どう考えても女性差別の責任者ではない。それでも「東工大に女性を増やすには多少の犠牲はやむなし」と主張する教官は自ら早期辞職することで、後進にポストを譲ってはどうだろうか。「女性率20%」が目標ならば、自分自身も「任期より20%早く辞職」すれば、組織の若返りに貢献できる。

理工系では「若い世代ほど女性率が高い」ので、組織の平均年齢が下がれば、自然と女性率は上昇する。若い男性に犠牲を強いるならば自らも痛みを分かち合う方が、周囲からの理解も得られると思うが、ぜひご一考いただきたい。

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筒井 冨美(つつい・ふみ)
フリーランス麻酔科医、医学博士
地方の非医師家庭に生まれ、国立大学を卒業。米国留学、医大講師を経て、2007年より「特定の職場を持たないフリーランス医師」に転身。本業の傍ら、12年から「ドクターX~外科医・大門未知子~」など医療ドラマの制作協力や執筆活動も行う。近著に「フリーランス女医が教える「名医」と「迷医」の見分け方」(宝島社)、「フリーランス女医は見た 医者の稼ぎ方」(光文社新書)

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(フリーランス麻酔科医、医学博士 筒井 冨美)

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