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人間はどんな時に思わず拍手をするのか…「息を呑む試合」と「働きがいのある会社」の意外な共通点

プレジデントオンライン / 2022年12月7日 10時15分

村井さんは毎週1回朝礼を開き、年間を通じて34節34枚の色紙を書いた - 撮影=奥谷仁

W杯カタール大会、日本は優勝経験国のスペイン、ドイツを破り1位で予選を通過した。日本サッカー躍進の背景には今年、発足から30周年を迎えたJリーグの存在がある。2014年にチェアマンに就任し4期8年務めた村井満さんは、任期最終年の2021年に毎週1枚の色紙を用意して、朝礼を開いた。34節34枚の色紙の狙いを、ジャーナリストの大西康之さんが聞く――。(第7回)

■歓迎の拍手に驚きの拍手、願掛けの拍手も…

――前回「早さと速さが大事」というお話の中で、Jリーグのコロナ・ガイドラインが2年間に40回近く改定されたというエピソードがありました。今年9月9日にも改定されて、スタジアムでの「声出し応援」が部分的に解禁されました。それまでは有観客でも声はなく、拍手だけの応援でした。

【村井】そうそう。それでもサポーターの皆さんは、拍手でいろんな気持ちを表現されていましたね。それで私は自称「拍手評論家」になったわけですけど、拍手には実にいろんな意味があります。

【連載】「Jの金言」はこちら
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シーズンはじめに、新たに就任した監督や新加入の選手が紹介されると「よろしくな」と歓迎の拍手。スコアが0―0のまま終了間際のコーナーキックでは「ここ、頑張れ!」と激励の拍手。それで勝ったら「おめでとう」と祝福の拍手。負けて選手たちが挨拶に来たときは「お疲れ、次頑張れ」と慰労の拍手。選手も「応援してくれてありがとう」と感謝の拍手で返します。

スタジアムの外にもいろいろな拍手があります。経営者の場合、株主総会などで「第3号議案、本件に関して承認の皆様は拍手をお願いします」と言うと承認の拍手が起きます。花火がズドンと上がった時の「おおー」という感嘆の拍手。私なんかは手品で鳩が出てきただけで驚きの拍手。二礼二拍手一礼みたいな願いの拍手もあったりします。

■それは「自分に向き合ってくれる」存在がいるから

――拍手評論家の村井さんとしては、そうした拍手をどう分析されているのですか。

【村井】まずどういう時に拍手が起きるか、と考えてみたのですが、家でネット配信の映画を見ていてすごく感動しても拍手はしません。大好きなCDを聴いても、やっぱり感動はするんですが拍手はしない。同じ家にいるのでも、家族の誕生日や娘の合格祝いなら拍手するんですよね。

これは何が違うかというと、拍手するのは自分に向き合ってくれる生身の人間がそこにいることが条件なんですね。そしてリアルタイムで時間を共有している。そんな時、人は拍手をするんです。

サッカースタジアムでは選手が観客の自分に向かって全力でアピールしている。コンサートでも寄席でも生身の人間が自分に向き合ってくれていると感じる。それが同時進行、リアルタイムで行われていて、結末の見えない人間ドラマが存在するとき、人は拍手をするのではないでしょうか。

■「拍手と握手のある会社」はいい会社である

【村井】例えば、もう亡くなりましたが女優の森光子さんが「放浪記」の舞台ででんぐり返りをやる。彼女はもう何千回もでんぐり返りをやっているわけですが、その場を共有している観客は「失敗しちゃうんじゃないか」とドキドキします。フィギュアスケートなんかも同じですよね。ここでジャンプすると分かってはいるけど、ライブで見ているとやっぱりドキドキするし、成功すると「やったー」と拍手してしまう。

一方でCDを聴いているときは、ちゃんと編集されていて再現性が保証されていて結末も見えている。同時進行のドラマではないので、感動はしても、拍手は出ないんですね。ライブ感がある時に拍手は起きる。

――村井さんがリクルート時代に、どこかのインタビューで「拍手と握手のある会社はいい会社」とおっしゃっていた記憶があります。

【村井】リクルートの子会社で「Great Place to Work」という組織がやっている「働きがいのある会社ランキング」というのがありまして、私が社長をしていたリクルートエージェントが2007年版で1位に選ばれたことがあります。もちろん私の功績ではなく、これまでの先輩諸氏が築いた素晴らしい風土なのですが、その時の記事で日経ビジネスが「拍手と握手の会社」という見出しをつけてくれました。

■いいことがあればみんなで拍手し、仲間と握手したい

【村井】私は人材関係の仕事をしてきたので、ずっと人に「いい会社」を紹介したいと思ってきました。ではどういう会社が「いい会社」なのか。給料が良い会社なのか、休暇や寮社宅が完備している会社なのか。いろいろ考えたんですが、私の場合、「職場で拍手がいっぱい起こる会社はきっといい会社だ」と思うようになりました。何かいいことがあるとみんなで拍手をする。拍手をしている近くに仲間がいれば自然と握手になる。

毎日、再現性が保証されていると「今日も昨日と同じ1日だ」「また同じ1日が流れていく」という感覚になり、なかなか拍手は起こりません。私はなるべく「拍手のある会社」を紹介したいと思って人材の仕事をしていました。

――リクルートには昔から「垂れ幕文化」というのがあって、新人が初めて受注したとか、どこかのチームが目標を達成したとかいう時に天井から垂れ幕が下りて、みんなで「おめでとう!」とやる習慣がありました。今、本社は東京駅前の高層ビルに入居していますが、担当者が「垂れ幕を垂らせるビルしか借りません」と言っていました。中には天井が痛むのでダメという大家さんもいるらしいです。

■拍手には「主客が入れ替わる」奥深さがある

――なぜそんなに年中「お祝い」をするのかと思ったら、受賞者は社内の広報誌などでインタビューされて「おめでとうございます。素晴らしい業績ですが、何か秘訣(ひけつ)があるのですか」と聞かれ、自分の「必殺技」を披露させられるんですね。必殺技は普通、社内でもライバルには教えたくないものですが、「おめでとう!」と言われると、話さないわけにもいかない。そうやって組織の中で「ベストプラクティス」が共有される。うまいやり方だなあと思いました。

【村井】そういう演出も含めて、ライブ感のある職場、ライブ感のある人生は拍手に溢(あふ)れています。サッカーもまた拍手に溢れています。これはスタジアムに来てもらっても、DAZN(ネット配信)で見てもらってもいいんですが、選手は必ずファン・サポーターに向き合って、最後の最後まで筋書きのないドラマを演じてくれます。サッカーを見ることで「ライブ感のある生活を送ってください」というのがJリーグからのメッセージです。

村井さんが書いた色紙
撮影=奥谷仁

さらに言えば、拍手が最高潮に達した時、主客が入れ替わる瞬間というのがあるんですね。今年の8月25日に埼玉スタジアム2002で行われたAFCアジアチャンピオンズリーグの準決勝、浦和レッズ対全北現代の試合は延長を含めた120分で決着がつかず、PK戦にもつれ込みました。これを決めれば決勝進出というキックの瞬間、スタジアムは水を打ったような静寂に包まれ、ゴールが決まった瞬間、爆発的な拍手が起きた。あの瞬間の主役はサポーターでした。

歌舞伎でも、絶妙の間合いで観客が「よっ、成田屋!」と合いの手を入れる瞬間、主客が入れ替わります。コンサートでも同じようなことが起こりますね。

■失敗が少ない社会だからこそライブの価値が高まる

昔は職場も毎日がライブでした。いつも予期せぬことが起こり、みんなで必死に対応して、解決すると、どこからともなく拍手が起きる。でもだんだんテクノロジーが発達して失敗が少なくなり、ライブ感が下がりました。これからはAI(人工知能)が発達して、ますます失敗が減るでしょう。

だからこそ、日常生活の中でライブの価値観が高まっていく。本当は今の職場の中にもライブ感というのはあって、それこそ先ほど言われたように、新人が初受注した時なんかにみんなで拍手すれば盛り上がるんですよね。

その点、昭和の会社というのは拍手の空間をうまく演出していたと思います。会社の運動会で社長が大玉転がしに出て、ひっくり返って、みんなで拍手しながら大笑い、みたいな。職場に拍手があるというのは、やっぱりいい会社の証拠なんだと思います。

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大西 康之(おおにし・やすゆき)
ジャーナリスト
1965年生まれ。愛知県出身。88年早稲田大学法学部卒業、日本経済新聞社入社。98年欧州総局、編集委員、日経ビジネス編集委員などを経て2016年独立。著書に『東芝 原子力敗戦』ほか。

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(ジャーナリスト 大西 康之)

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