「97歳の暴走で6人死傷」それでも高齢者への免許返納圧力を高めるのは間違いといえるこれだけの理由
プレジデントオンライン / 2022年12月9日 11時15分
■97歳男性の自動車死傷事故…再び強まる免許返納圧力
福島県下で有名な歌人として知られる97歳の男性が11月19日に、軽自動車で暴走事故を起こして、歩行者ら6人を死傷させた(男性は自動車運転処罰法違反:過失致死の疑いで逮捕)。
その事件後、サッカーのワールドカップで日本の快勝が続いたせいか短期集中的にそのニュースがテレビで流されることはなかったが、それでも「また、高齢者か」「いくらなんでも97歳で運転は……」と思った人はかなりいたようだ。私の周りでも「さすがに97歳なら免許を返納すべき」という声が聞かれた。
社会学者の古市憲寿氏も21日、フジテレビの朝の情報番組「めざまし8(エイト)」でこう述べた。
「例えば15歳の人というのは、どんなに運転がうまく、どんなに運転がしたくても四輪自動車を運転できないわけですよね。運転免許の仕組みって下限が設定されているわけで、それと同じ理屈で上限があってもいいと思う。それが80か85か分からないですけど、ある程度、基準を設けてあげた方が結局本人や家族にとっても、こういう事故を防げるケースが増えると思う」
ただ、統計数字を見る限りでは16~24歳の人のほうが事故は多い。令和3(2021)年度の免許所有者10万人当たりの事故件数は16~19歳が1043.6件と飛びぬけて多く、次いで20~24歳の605.7件、85歳以上の524.4件が多いことを警察庁も発表している。
死亡事故に限れば、免許所有者10万人当たりの事故件数は16~19歳が4.49件で、80歳以上は8.35件となっている。
高齢者の数値が際立っているが、これは高齢ほど事故を起こした際に自分が死ぬことが多くなることに起因している。75歳以上の高齢者の死亡事故については車両単独事故(いわゆる自爆事故)が約4割なのに対して、人をはねる事故は2割未満だ。その一方、75歳未満では人をはねる事故が約4割で車両単独が約2割と、逆転している。
統計数値を基に、「危ない人から免許を取り上げる」というのなら、日本では免許の取得開始年齢を24歳に上げないといけない。
■年齢ではなく、どんな薬を飲んでいたのかを調べよ
一時期、医学部の受験で、女子が結婚後退職、離職する確率が高いことや、当直をやりたがらないなどを理由にして点数を引かれるという差別的行為が行われていたことが判明した。
確率論でその人の属性を決めて、個人にあてはめることは一般的に許されることではない。統計をとれば、おそらく女性医師のほうが男性医師より離職率も高いし、当直をやりたがらない人が多いのは事実だろう。しかし、個人レベルでは、そうとは言い切れないので、性別によって就職や入試で差別してはならない。
私は今回の福島での事故報道をみて、改めて高齢者に対する強い「認知バイアス」を感じた。
ここ数年、交通死亡事故は減り続けている。2021年は2636人で、日本全国で1日に7件以上の死亡事故が起きている計算だ。ところが、マスコミは冒頭で触れた97歳の運転手が起こしたような事故しか大きく報じない。これでは高齢者が危ないというバイアスが高まって当たり前だ。人の命がかかわっているのだから、報じて当たり前というのなら、サッカーで勝ち続けると、この問題をバタッと報じなくなる理由がわからない。要は視聴率がとれるほうを選択するのだろう。
この事件のあと、いろいろと調べてみたが、交通死亡事故としてはこの97歳が最年長だった可能性がある。しかし、地方にいくとこの年齢の人は当たり前とまではいかなくてもかなりの比率で運転している。100歳以上の高齢者が9万人いることを考えると97歳以上のドライバーは少なくとも万単位でいるはずだ。
もしその中で1人しか死亡事故を起こしていないなら、むしろほかの年代の人より安全だということになるまいか。
「高齢者が危ない」という認知バイアスをもっていると、事故原因も考えなくなる。
実際、85歳以上の人でも年間ベースで200人のうち1人しか事故(死亡事故でなく一般的な事故)を起こしていない。だとすると、高齢が原因でなく、たとえばスピードの出しすぎとか、スマホのチラ見とか何らかの原因があるはずだ。
今回の事故にしても、また2019年4月に東池袋で母子を含む9人を死傷させた当時87歳の飯塚幸三氏はふだん安全運転だったと言われ、それなのに池袋の事故では2つも信号を無視していたとも報じられている。
医者の立場からすると、そのときの意識状態が正常ではなかったと考えるほうが話のつじつまが合う。意識がもうろうとしていて事故を起こしたのではないかと私は疑っている。高齢者の場合、低血糖や低血圧、低ナトリウム血症などで意識障害を起こすことは珍しくないが、高齢者がふだんどんな薬を飲んでいたかという検証はほぼなされていない。そうした報道を見たことがない。
![ピルディスペンサーに薬を整理するシニア男性の手元](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/d/1200wm/img_0dbdd5c0fd9a89c28ce8d5a32c4c7251430509.jpg)
その理由が「認知バイアス」だとしたら、メディアは自らの検証の甘さをよく反省すべきであり、仮に広告の大スポンサーである製薬会社への忖度(そんたく)もあるのだとしたら、それはもはや犯罪的と言わざるをえない。
■免許返納の6年後の要介護率は約2.2倍に増える
テレビの免許返納圧力のために免許を返納した場合、その高齢者の6年後の要介護率が実に約2.2倍に増えるという調査研究もある(筑波大学の市川雅雄教授ら)。現在500万人いる要介護高齢者がもし700万人に増えれば公的介護費用が年間4兆円増えると試算されている。税金や介護保険料が年4兆円も増えたら……誰がその責任を取るというのだろうか。
![和田秀樹『80歳の壁』(幻冬舎新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/f/1200wm/img_5fe9cf793a99c42fb1eb40a79ffd25af233196.jpg)
2022年は私自身が関わる仕事でも高齢者への認知バイアスを痛感する年になった。拙著『80歳の壁』(幻冬舎新書)がトーハン、日販ともに本年度ベストセラーの総合一位に選ばれた。
実は、これまでも高齢者向けの本をかなりの数で出していたのだが、年齢をはっきり書くと売れないといわれ続けてきた。ところがとある事情で、2021年に上梓した『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)というタイトルにしたら、その本が本年度上半期の新書ベストセラーでトーハン、日販ともに1位になった。そして『80歳の壁』はそれ以上に売れた。
出版社の人たちの認知バイアスはここで崩れ、年齢を明記した本が当たり前になっている。
『80歳の壁』を出したときに、私自身も高齢者への認知バイアスに気づかされた。
![和田秀樹『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/8/1200wm/img_88e8b0cc777e69b712b15916f656a020193834.jpg)
『70歳が老化の分かれ道』が郊外型のリアル書店で全国的に売れたので、『80歳の壁』も売れるはずだと信じていたが、この本はネットのアマゾンでも一位になった。ついでにいうとKindleでも売れた。これにより80歳前後の人がECカートで本を買うことが明らかになった。聞く限りでは字が大きくできるkindleで読む人も多いようだ。年を取っているから、インターネットやデバイスを使えないというのも完全なバイアスだったのだ。
このようなバイアスが崩れることで、私にはパニックになるほどの執筆依頼が殺到した。数えてみたら2022年の自著の刊行数は60冊。そのため週刊誌で何度も「80歳の壁」といった特集が組まれ、膨大な数のインタビュー依頼が舞い込んだ。
■「高齢者は消費意欲はない」は間違った認識だ
そうした怒涛の高齢者向け本ブームの中で私の頭にひとつの大きな疑問が浮上した。
それはテレビ局やラジオ局が、高齢者向けのエンターテインメント番組を作りたいとか、情報番組を作りたいと、私のところに相談や打診が一件もないということだった。
高齢者が事故を起こしたときにマスコミは、「やっぱり高齢者は危ない」という認知バイアスを強化するようなコメントを出してくれる学者を探す。高齢者医療に詳しい私のような医師なら大丈夫だろうと取材すると、反対に「免許を返納するとかえって要介護高齢者が増えて、高齢者が不幸せになり、国家の介護予算が増える」と私は答える。そういう人間はマスコミからもパージ(削除)される。
若い人がテレビを見ないようになったといわれて久しいが、高齢者がテレビを見ていることがわかっていても、それを大事な客だと扱う発想はなさそうだ。高齢者を不安にしたり、不活発にしたり、統計に基づかない旧来型の医学常識をおしつける番組ばかり作って、高齢者を元気にしたり、楽しませるという発想の番組は作られない。
この「なぜ」の理由も今年になってわかった。
一件だけの例外として地方の家具屋メーカーから連絡があったが、高齢者向けの商品やサービス、レジャーの開発について私は意見を求められたことは一度もなかった。
高齢者向けの本が100万部売れてもこの扱いである。現在、要介護・要支援の認定を受けている高齢者は18%で残りの8割は元気な高齢者なのである。また2000兆円を超えたとされる個人金融資産もその7割が60歳以上の高齢者が持っているとされる。
高齢者ビジネスというと健康食品か介護事業に限られると思っている経営者が多すぎるということだろう。星野リゾートのように高齢者向けの高級旅館のサブスクをやっているところもあるが例外的だ。私はよくタクシーに乗るが、後部座席から見える車内のタクシー広告は、DXのような現役ビジネスパーソン向けの宣伝が多い。高齢者のタクシー利用者は多いはずだが、高齢者をターゲットとした広告を見たことがない。
![温泉](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/2/1200wm/img_02cca152de4c8bee532930235541d217463041.jpg)
結果的に高齢者がお金を使わないのは、老後不安もさることながら、魅力的な商品やサービスがないからではないだろうか。前出の星野リゾートのサブスクは即完売だったそうだから、高齢者をその気にさせる商品・サービスさえあれば個人資産の一部である2ケタの兆円規模のお金が動く可能性もあるのではないか。
経営者たちの高齢者バイアスが修正されない限り、お金を残しても高齢者は幸せになれないし、それをスポンサーとしてあてにする番組もできない。この分では、バブル崩壊後の30年不況はさらにダラダラと続くことになるに違いない。
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精神科医
1960年、大阪市生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。ルネクリニック東京院院長、一橋大学経済学部・東京医科歯科大学非常勤講師。2022年3月発売の『80歳の壁』が2022年トーハン・日販年間総合ベストセラー1位に。メルマガ 和田秀樹の「テレビでもラジオでも言えないわたしの本音」
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(精神科医 和田 秀樹)
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