「65歳以降を公的年金だけで生きていけるか」お金のプロが実験してみた結果
プレジデントオンライン / 2022年12月15日 11時15分
※本稿は、大江英樹、大江加代『定年後夫婦のリアル』(日本実業出版社)の一部を再編集したものです。
■60歳定年の企業が8割超え
最近は定年を延長したり廃止したりする企業も出てきていますが、まだ世の中の大半は60歳を定年と定めた企業が多いようです。
図表1に示したとおり、定年を廃止している企業はわずか0.5%しかなく、99.5%の企業では一定の年齢で定年を定めていますし、このうち、60歳を定年としているところが81.8%ですから、まだまだ世の中の大半は60歳が定年となっているようです。
昔と違い、現在では定年になっても仕事を完全に引退して働くのを辞めてしまう人は少数派になっています。
総務省の調査によれば60~64歳で働く人の割合は男性で82.7%、女性だと60.6%です(図表2)。これは2013年に高年齢者雇用安定法が改正となり、65歳までの雇用機会の提供が義務化されたためですが、そもそもこの法律が生まれたのは1971年です。
その頃の平均寿命は男性が約69歳、女性は75歳ですので、今は当時よりも12~13年伸びています。であるならば、当時と同じように60歳で仕事を辞めてしまう人が少数になるのは当然といってもよいでしょう。
しかしながら、私は60歳からの働き方は、それまでとはまったく違うものにすべきだと考えています。
ひと言で言うと、「食べるために働くのではなく、楽しむために働く」ということです。
■サラリーマン生活が楽しくないのは当たり前
なんだかいきなり抽象的な表現が出てきましたね(笑)。おそらくこれを読んでいる多くの人にとっては、ちょっと意味がわからないかもしれません。
「楽しむために働く」というけど、そもそも仕事って楽しいものなのでしょうか?
私はサラリーマンを38年間やってきましたが、正直それほど仕事が楽しいと思いませんでした。もちろん楽しかった時期はありますが、トータルで考えてみると、つらいことやしんどいことのほうが多かった気がします。
でも、これは当たり前のことなのです。楽をしてお金を稼ぐことはできませんし、特に組織に所属して働くのであれば我慢をしなければならないことも多く、ストレスは溜まりました。
ところが、会社を定年になって10年、今まで手探りで細々と自営業として仕事をしてきましたが、おそらく今までの人生で今ほど「仕事が楽しい」と思ったことはありません。
その理由は好きなことしかやっていないからです。
自営業は何もしないと仕事は来ませんが、いやな仕事は断ることができます。
会社員は逆です。だまっていても仕事は上から降ってきますが、いやな仕事でも断れません。おそらく、この「仕事に対する拒否権がある」ということが、ストレスなく仕事を楽しめる最大の原因だと思います。
■公的年金だけで生活できるかを実験
こう話すと、「でも仕事しなきゃ食べていけないのだから、いやな仕事でもやらなきゃしょうがないだろう」とおっしゃる方もいると思います。
いやでもやらなきゃならないのは若い時の話です。65歳になると公的年金が支給されます。
「公的年金なんてあてにならない」と思っている人は多いかもしれませんが、決してそんなことはありません。事実、公的年金だけで生活している65歳以上の人は半数ぐらいいます。
私自身、法人化しているため、毎月会社から給料をもらって生活していますが、払っているのは私自身です。何しろ法人といっても社員は私と妻の二人ですから、自分に払う給料は自分で決められます。
私は実験として、「公的年金だけで生活できるかどうか?」を実際に自分でやってみました。
私は年金を繰り下げして70歳から受給することを決めていたので、65歳から受け取るべき公的年金は受け取らず、その金額とほぼ同じ23万円を給料として会社から受け取るようにしたのです。実際に仕事にかかる費用以外の日常生活費はこの金額で十分やっていけます。
■国民年金5万9000円でも食べていける
以前、作家の吉永みち子さんと雑誌で対談したことがあります。その記事にも書かれていますが、吉永さんは国民年金だけなので手取り5万9000円だそうです。
そこで、コロナ禍で家にいるときに実験をしてみようと、国民年金のお金を財布に入れて1カ月間、それだけで食費を賄っていると2万円ぐらい余ったそうです。
「食べていくだけなら公的年金だけでもやっていけないわけではない」のです。サラリーマン時代のように、「嫌な仕事は引き受けず、60歳以降に自分の好きな仕事を楽しみながらやっていく」が最もよい働き方だと思いますし、それは決してできない話ではありません。
■定年後の二つの働き方
では60歳以降の具体的な働き方はどう考えればよいのでしょう?
これはかなり多岐にわたるお話で、本が一冊書けてしまうくらいですが(実際に私は出しました)、簡単にいうと、その方法は二つ、「自分が会社でやってきた業務能力を生かすこと」と「趣味を仕事にする」ということです。
若い人が新しく興した企業では、ベテランの社員を求めていることが少なくありません。本業部分はよいのですが、経理、営業、総務、コンプライアンスといった部分は人材がいないことが多いため、企業を定年退職した人に、それらの仕事をお願いしたいニーズはあるのです。
■会社以外のつながりを持っておく
大半のサラリーマンは、「自分には特別な能力なんてない」と思っているでしょうが、自分が会社員時代に経験してきた業務は、案外ニーズが高いものなのです。
一方、趣味を仕事にすることも、できないことではありません。
例えば、日曜大工が趣味の人であれば、ホームセンターで顧客アドバイス業務をすることもできます。あるいは自分の趣味をブログに綴ったことが仕事につながるケースもあります。
大事なことは、好きなことをとことん突き詰め、継続すること、そしてできるだけ会社以外の人とのつながりを持つことです。それによって60歳以降の仕事が得られるきっかけは生まれてきます。
何よりも大事なのは、サラリーマン時代とは180度発想を変えて仕事を楽しむようにすることです。公的年金が受給できるのであれば、生活していけないわけではありませんから、何よりも「自分が楽しむ」ということに、いちばんのプライオリティーを置くことだと思います。
■働くことの収入以外の効用【妻・加代の視点】
内閣府が公表しているデータによれば、現在、男女とも60代前半は6割以上、70~74歳でも4割近くが収入のある仕事をしています(図表3)。
調査対象者に仕事をしている理由を聞いたところ、男女ともにいちばん多い回答が「収入がほしいから」で、60代前半の男性では65%と突出して高くなっています(女性は同48%)。
その回答割合は年齢が上がるごとに減っていき、「働くのは体によいから、老化を防ぐから」「仕事そのものが面白いから、自分の知識・能力を生かせるから」の割合が高くなっていきます(図表4)。
このことから、年を重ねても“働く”ことには収入以外の多くの効用がありそうです。
■就業率が高い県ほど医療・介護費の負担額が低い
実際に65歳以上の就業率と医療・介護費について調べた調査では、就業率の高い県ほど医療・介護費の一人当たり負担額が低いという結果や、一年前に就業していない者より就業している者のほうが「健康」を維持する確率、「不健康」が「健康」へ改善される確率が高いとの結果が報告されています。働くことは健康にいいのです。
仕事をしていれば休んで迷惑をかけるわけにはいきませんから、体調に気を配ります。
自分の意志だけでお酒や夜更かしの甘い誘惑に抗うことは難しいものですが、翌日に仕事があれば、職場や仕事相手の顔が浮かび、節度を保つことができます。
体力が必要な仕事であれば、筋トレなどをして体力維持に努めるケースもあるでしょう。
無収入時代に「世の中に居場所がなくなった」と喪失感を覚えた私からすると、仕事は自己肯定感を高めることにつながり、メンタルヘルス上もプラスに働くのは間違いないと感じます。
特に長年、収入を得て仕事をすることに慣れ親しんできた人ほど、この精神面でのプラス効果は大きいはず。できるだけ長く働くほうがよいと思います。
そして「働く」ことの価値を「経済的な必要性」ではなく、「自分の心や体にとってよいから」という方向にソフトランディングできると、「月○万円以上」「月△時間」といった条件にも縛られなくなります。こうなると、働く場所を見つけることのハードルが下がっていきます。
正社員かつ高収入、というこだわりを捨てる──、これが年を重ねても働き続けられるポイントかもしれません。夫を含めてそれなりの年齢で自由に楽しそうに働いている人たちは、いずれもこのタイプです。
■仕事で人前に出ることの効果
夫は年々服装が派手になっています。
本人いわく、「年を取ってみすぼらしくなっていくので、せめて服装ぐらい明るく派手にして見た目をよくする必要がある」のだそうです。
かつて『人は見た目が9割』という本がベストセラーになりました。本当に9割かどうかはわかりませんが、人の印象が見た目に左右されることはあると思います。
仕事をしていれば人に会う機会が増えます。となると、少しは服装に気をつかわざるを得ません。身なりを整えると自然と姿勢もよくなり、適度な緊張が心に張りも持たせてくれます。今は在宅で画面越しの仕事も増えましたが、それでも、人前に出ざるを得ない環境に身を置くことは、見た目によい作用があります。
男性が他人の服装について話題にするのかどうかわかりませんが、女性は「それ素敵ね」「とっても似合ってる」など、相手の服装について比較的気軽にポジティブな感想を言い合います。
人間褒められると嬉しいものですから、「より格好よく!」「次はこんなファッションに挑戦しよう!」など、よい意味での欲が出てくるものです。
夫はラジオのレギュラー番組を持っているのですが、相方を務めていただいているキャスターの方は女性ですし、マネー誌の取材や出版関係でお世話になる方も比較的女性が多く、皆さんに褒めていただいているうちに、この10年で随分おしゃれになりました(笑)。
■似合う服装は変わってくる
一方の自分はというと、ここ二年間は在宅勤務が多く、服や靴をほとんど買わずに、手元にあるアイテムでしのいでいました。
最近ではリアルで講演する機会が増え、全身の見た目に気をつかわねばならない場面も多くなってきたので、ちょうど今はあれこれ服選びをしている最中です。
ご存じのようにファッションには流行があります。そして、私自身も年齢を重ね、かつての自分とは変化しています。店頭で試着をしてみると、「今を生きる等身大の自分に似合う服装」は、昔とは違ってきていることを実感します。
久しぶりにTPОを踏まえた服選びをしていると脳トレにもなっている気がしました。
見た目を気にすることは、時代の変化を楽しみ、若さを保つ秘訣(ひけつ)なのかもしれません。
■「学び」が現役と呼ばれる時間を延ばす
前述のように、年をとっても収入を得ている人たちは、「仕事そのものが面白いから」「自分の知識・能力を生かせるから」を働いている理由に挙げています。
自分の専門が活かせる、得意とする分野、または面白いと感じる分野での仕事であれば、そもそも「好き」なのですから学ぶことに何ら抵抗がなく、その「学び」はある意味、道楽に近いものになります。
「道楽で得た知識」が世の中で役立つとなれば、この楽しい学びを継続する原動力にもなるでしょう。そして、いつしかその専門性に磨きがかかり、頼りにもされます。
そうです。だから、「好き」と思えることを仕事にするのが長く働くうえで実はポイントになるのです。
知恵というのは、「経験や知識の蓄積のなかから、いくつかの概念を結びつけて生み出される発想」です。
学ぶことによって新しい知恵がどんどん生み出され、ますます頼りにされ、高齢になっても現役で居続けることができる、という好循環が生まれます。
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経済コラムニスト
大手証券会社に定年まで勤務した後、2012年に独立し、オフィス・リベルタスを設立し、代表に。資産運用やライフプランニング、行動経済学などに関する講演・研修・執筆活動などを行っている。近著に『定年前、しなくていい5つのこと』(光文社新書)など。
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確定拠出年金アナリスト
1967年愛知県生まれ。野村証券で一貫してサラリーマンの資産形成業務に携わり、2012年に独立。確定拠出年金の分野においてはわが国の草分け的存在で、厚生労働省社会保障審議会委員、および内閣官房「資産所得倍増分科会」構成員を務める。主な著書は『「サラリーマン女子」、定年後に備える』(日経BP)、『iDeCoのトリセツ』(ソシム)等。テレビやYouTubeでもiDeCoの専門家としてざまざまな番組やチャンネルでコメントをしている。
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(経済コラムニスト 大江 英樹、確定拠出年金アナリスト 大江 加代)
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