蛇口からおいしい水が出てくるのに…水資源の豊かな日本で「宅配水ビジネス」がさらに拡大しそうな理由
プレジデントオンライン / 2022年12月13日 15時15分
■ビックカメラがウォーターサーバー事業に参入
家電量販店大手のビックカメラグループが2022年9月、ウォーターサーバーの販売に本格参入しました。よく事務所に置いてある紙コップで冷えた天然水を飲めるアレです。
この話を聞いた人の反応は2通りに分かれるようです。
「いやあれ便利だけど高いよね」
という人と、
「いやいやよく考えたら安い買い物だ。サーバーは無料レンタルだし水は配達してくれるのだから」
という反応です。
なぜそのように反応が分かれるのか順を追って説明しますが、要するにビックカメラはウォーターサーバーのレンタル市場について今後、「安い買い物だ」と考える人の人口が増えていくことを予測しているのでしょう。水ビジネスに関して何が起きているのでしょうか?
■「水道水派」は圧倒的多数ではない
日本人は外国から「安全と水はタダだと思っている」と言われるほど、日本の水道水は品質が良いことで知られています。昭和の時代はほぼ100%の人が水道水を飲み水として使っていたのですが、最近はどんな状況になっているかご存じですか?
内閣府の「水循環に関する世論調査」によると、水道水をそのまま飲み水として使う人は日本人全体の43.9%。33.9%の人がミネラルウォーターなどを購入して飲み、28.0%の人は浄水器を設置して水道水を飲み水として使うと回答しています。水道水をそのまま飲む人が「圧倒的多数派」とは言えない状況になりつつあります。
■日本のウォーターサーバー普及率はわずか4%
ここにもうひとつの数字を加えてみます。日本のウォーターサーバーの普及率が約4%だという数字です。ウォーターサーバー発祥国のアメリカでは家庭用のウォーターサーバーの普及率は約50%、お隣の中国では約32%、韓国では推定で60%の普及率だといいます。つまり海外と比較してみると、4%という数字からは日本が突出して低いことがわかります。
![ウォーターサーバーからグラスに水を注ぐ人](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/9/1200wm/img_a94c51be16396936bbf9591310cfae8598265.jpg)
その理由は一般的には海外の水道水の品質の低さに起因すると言われていますが、それだけではないようにも思います。なぜならミネラルウォーターなどを購入している層の人口を分母に計算しても日本のウォーターサーバーの普及率は15%以下にしかならないのです。
「い・ろ・は・す」や「南アルプスの天然水」はお金を出して買うけれどもウォーターサーバーを設置する人は少ない日本。
「ウォーターサーバーを検討したけどやはり高いから」
という意見が現時点では目立つようです。
■ウォーターサーバーの水は安いのか
ここでビックカメラが始めたウォーターサーバービジネスの「puhha(プッハ)」の料金体系を確認してみましょう。基本的には毎月天然水1箱(19リットル)を税込み3350円でサブスク購入すれば、サーバーのレンタル料も配送料も無料という仕組みです。追加の水も1箱単位で同じ3350円。500ミリリットルあたり88円になる計算なのでコンビニで持ち歩き用のペットボトルの水を買うよりは安上がりな価格設定です。
一方で買い置き用の2リットルに換算すると352円になります。コンビニで2リットルの天然水を買うと税込みで120円程度ですからそれと比較するとかなり高く感じます。おそらくウォーターサーバーを高いと言う人の価格感はここが根拠になるのでしょう。
ウォーターサーバービジネスに参入している企業の価格体系は同じような方式が多く、毎月一定数の水の購入を前提にサーバーレンタル料が無料というビジネスモデルなのですが、どこも水の価格はそこそこ高い。配達料を考えるとどうしてもそうなってしまうのです。
■送料無料でも「水の宅配は有料」になりつつある
さて、そんなに価格差があったらウォーターサーバーなど普及するわけがないと思われるかもしれませんが、そうとも言えないところがこの話の面白いところです。私自身の体験談をお話ししましょう。
私は結構な量の天然水を毎日飲みます。子どもの頃から汗っかきでとにかく水分補給量が多い体質でした。そして子どもの頃に育った祖母の家は田舎にあって、山からひいてきた湧き水が水源でした。これが本当においしかった。そんなことから東京に出てきた20代の頃からずっとペットボトルの天然水を大量消費してきました。
その私は自宅とは別に職場として近所にワンルームの書斎を借りていて、週の半分はそこで仕事をしています。以前はASKULが運営するLOHACOでサントリーの天然水をその職場に宅配してもらっていました。2リットルのボトルが税込み143円とちょっと高いのですが、LOHACOでは3780円以上の注文で配送料が無料だったのでよく使っていたのです。ところが途中から天然水については特別配送料といって1箱ごとに330円の追加料金がかかるようになりました。
要するに水の配達は配送員が大変なのです。どんな商品でもそうですが、配送料無料とうたっていてもそこにはコストがかかります。重たくて安いものを運ぶのはどう考えても割に合わない。そこで「運んでほしいのであれば水に関しては配送料を払ってください」という方針に変わったわけです。
■スーパーで重い水を買うのは合理的か
そこで計算してみたのですが、LOHACOでサントリーの天然水を買うと2リットル1本が180円になるのです。まあそれでいいかという話でもあるのですが、近所のスーパーだと同じ天然水が1本95円で売っているんですよね。それで私は朝、出勤する途中のスーパーで週3回ぐらいのペースで天然水を2本買って事務所に通うようになりました。
![スーパーでペットの水のボトルを選ぶ女性](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/d/1200wm/img_9d46637bdd7eb2739342ba1ed073328a231724.jpg)
この行動、「妥当じゃないか」と考える人と「ばかばかしい」と考える人に分かれるようです。出勤のついでに開店直後のスーパーに立ち寄って水を買うのに10分も時間はかかりません。合計4リットルで重たいのですが、重たい荷物は健康にもいい。何も損していないと思う人は「妥当じゃないか」派です。
しかし私がもし10分早く事務所についていたら10分多く働けたはず。週3回、つまり月12回であれば合計で2時間も時間をロスしています。時給2000円で計算したら4000円のロスで、そんなことをするぐらいだったら価格が倍のLOHACOの天然水を買ったほうがよほど経済学的に正しいじゃないかと考えるのが「ばかばかしい」派です。
今のところは世の中「妥当じゃないか」派が多いため、結局、2リットルの天然水をスーパーで買って、重たいものを持ち帰り自宅で飲んでいる人が多いわけで、ここがウォーターサーバー普及のひとつの妨げ要因となっていることをまずご記憶ください。
■プライベートブランドの水は安いが…
さてここでLOHACOについて別の情報をご覧いただきます。実はLOHACOにも特別配送料がかからない2リットルの天然水があるのです。それがプライベートブランド(PB)商品のLOHACO Waterで5本入り398円、つまり2リットルボトル1本あたり税込み80円で買うことができます。
「だったらそれでいいじゃないか?」
と思うかもしれません。しかし私はサントリーの南アルプスの天然水にこだわりがあります。美食家として水はどこで採水するかで味が違うと信じているからです。
![南アルプスの清流](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/7/1200wm/img_372bc3c6e10a611f75179fa8c2b8a38e382697.jpg)
この信仰、今から40年近く前に某有名メーカーの天然水を買ったところかび臭い味がしてまずかったという原体験に基づいているのですが、実はこのような認識自体が近年ではかなり古くさい考えになりつつあります。
■日本は加熱殺菌処理を施しても「天然水」を名乗れる
日本の天然水はそもそもヨーロッパのミネラルウォーターとは基準が異なります。ヨーロッパでミネラルウォーターを名乗れるのは、採水してそのまま容器に詰め、一切の殺菌処理をしない水のことです。水源の本来の成分を変えることが禁止される一方で、水源の環境基準が厳格に定められ守られている。これがヨーロッパのミネラルウォーターです。
一方で日本の天然水とは主に山間部で数十年から数百年かけて濾過(ろか)された水源から採取した水を沈殿、濾過、加熱殺菌処理した水のことです。昔はこの加熱殺菌処理が不十分な飲料工場があって、それでメーカーごとに品質の違いがはっきり味でわかったのですが、この数十年で浄水技術が向上したため今では水源が違っても品質の違いをほとんど感じなくなりました。
だったらわざわざ遠い南アルプスから天然水を採水する必要はないじゃないか? 優秀なビジネスパーソンならそう考えますよね。世の中その通りで、大手スーパーやコンビニでは有名ブランドよりも安価なPBの天然水を販売するようになります。価格は2リットルボトルで70~80円前後とお得です。そして採水地を見るとほとんどのPB商品の場合は首都圏に近い。つまり輸送コストが安い立地で天然水を生産することで企業努力しているわけです。
■日本の浄水技術は格段に向上した
さて「浄水技術が向上したからどこで採水してもおいしくなった」のであれば「浄水器でいいんじゃないか?」と思うかもしれません。実はその通りです。
浄水場の浄水技術も天然水の製造技術同様に向上してきた結果、東京都の水道水は以前とは比べものにならないくらいおいしくなってきました。天然水との違いは殺菌にカルキを使っている点です。それで塩素の味がしたり、わずかな有機物と反応してトリハロメタンなど有毒物質ができたりします。さらには途中の古い水道管で異物が混入する場合があります。
それらの不純物を取り去るのが浄水器ですが、蛇口に取り付ける簡易なタイプでもそれらの不純物の大半は取り除けます。さらにビルトインタイプの高性能浄水器なら天然水と変わらない水質の水を取り出すことができます。これらの浄水器の大型のものをスーパーに設置してその場でペットボトルに詰めるサービスも人気です。
実は市販されている一見天然水に見えるボトル入りの水のうち、アメリカから輸入したものには日本の基準に沿って原材料に水道水ないしは公共水源と明記されたものがあります。アメリカでPurified Waterに分類されるボトルウォーターは基本的には良質な水源で採水された水道水を工場で浄化したものなのです。
■水道水をそのまま飲む人は半数もいない
さて、ここまでの情報を基に、なぜビックカメラがウォーターサーバービジネスへの参入を「有望だ」と考えているのか、考察をまとめてみましょう。
まず内閣府の世論調査からわかることは、水道水をそのまま飲む人が過半数を割っているということです。水道水がおいしい日本なのに、もっとおいしい水を飲みたい人口が無視できない数になってきているのです。
水道水をそのまま飲まない層の勢力分布は、家庭用の浄水器派とミネラルウォーター派が同じくらい。ミネラルウォーター派は日本人全体の約3割なのです。
あくまで私見ですが、私はこの3割という数字は首都圏の集合住宅に住む人の比率に近いと思っています。浄水場で飲むとあれだけおいしい水道水でも、集合住宅の貯水槽にいったん貯水されると、どうしても貯水槽に沈殿した不純物が混じってしまうのです。
そしてこれから先、都市部で集合住宅に住み替える人の多くが高齢者になっていきます。戸建てを好んでいた日本人も、年を取るにつれ2階建ての家は暮らしづらく、駅近のマンションへと住み替える傾向が生まれています。そうなると戸建てのときほど水がおいしくないことに気づくわけです。実際、ミネラルウォーターは都心の方が売れる傾向があります。
■ウォーターサーバー事業は「重いものを運ぶ」事業者に合う
この層にとってスーパーで水を買って帰るのは年々、苦痛になってきます。実際、私もだんだん毎朝2本のペットボトルを下げて事務所に通うのがつらくなってきました。まだ60歳になったばかりなのですが、50代の頃とは体力が違うのです。
さて水を配達するのが重くてつらいのは宅配便も同じです。実はここでビックカメラが関係してくるのです。
水の宅配サービスはアマゾンやヤマトの配達網のように何でも届けるサービスに載せるよりも、重たいものを戸別に配達するネットワークを持っている企業の方がやりやすいという事情があります。業界大手のアクアクララは実は重たいプロパンガスの宅配を手掛けていた会社が始めています。ビックカメラも冷蔵庫や洗濯機など重たい家電を配達する配送網を持っている会社という意味で同じです。
「今どうなのか」ではなく「今後どうなのか」を考えると、まず間違いなく日本の宅配便のネットワークは一度宅配クライシスを迎えるはずです。なんでもかんでも配送料無料で翌日に配達するネットワークは、少子高齢化が進む社会で持続的に維持できるはずがない。基本的には運べないもの、運びたくないものの選別がこれから始まります。
■「宅配クライシス」で水の配送が変わる
そこで外されるものはかさばるものや重たいものでしょう。いくらニーズがあっても水の配達は近い将来アマゾンやヤマトから専門の配達ネットワークへと移っていくことになると私は予測します。
そして消費者にとっての選択肢は「2リットルの水を自分で運んで100円で買うか、運んでもらって200円で買うか」を選ぶ時代になるわけで、特に拡大する高齢者市場では後者を選ぶ人が増えるはずです。
ちなみにビックカメラの19リットルで3350円というようなウォーターサーバー会社の価格設定は、今後市場が拡大するにつれて規模の効果が効いてくるので、将来的には2000円以下まで下げられるのではないかというのが私の予測です。ちなみにウォーターサーバーが6割の家庭に普及している韓国では18リットルの価格が配送料込みで5000ウォン(約530円)です。
日本では今は安い会社でも24リットル3000円と水の宅配価格はやや高めです。それが1カ月2000円以下で水をサブスクできるようになれば、日本のウォーターサーバーの普及率も一気に上がっていくのではないでしょうか。
つまり5年後の水市場の拡大を考えたら、今、その市場に参入するというのはビジネス感覚としてアリなのだというのが私の考察です。ビックカメラ、これからどうなるでしょうか?
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経営コンサルタント
1962年生まれ、愛知県出身。東京大卒。ボストン コンサルティング グループなどを経て、2003年に百年コンサルティングを創業。著書に『日本経済 予言の書 2020年代、不安な未来の読み解き方』など。
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(経営コンサルタント 鈴木 貴博)
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