5人に1人が就職できず、失業手当で食いつなぐ…中国の若者が「共産党を倒せ」と叫び始めた切実な事情
プレジデントオンライン / 2022年12月7日 15時15分
2022年11月29日、香港の香港大学で行われた中国のゼロコロナ政策の犠牲者と、新疆ウイグル自治区の首都ウルムチ火災の犠牲者への追悼集会で、白紙のプラカードを手にする学生たち。 - 写真=EPA/時事通信フォト
■習近平の狙いは「抗議行動の鎮静化」
12月6日午前10時、半旗が掲げられた北京の人民大会堂では、11月30日に亡くなった江沢民元国家主席の追悼集会が開かれた。
弔辞を述べた習近平国家主席(総書記、以降、習近平と表記)は、「江氏は卓越した指導者」と持ち上げたうえで、「動乱に反対し、社会主義を守った」と強調した。
11月26日以降、北京や上海だけでなく中国各地に拡大した「ゼロコロナ」政策に対する抗議行動。その詳細は、プレジデントオンラインの記事<ついに中国人が声を上げ始めた…それでも「ゼロコロナ抗議」が習近平政権への大打撃にはならないワケ>で解説しているが、思い起こされるのは、1989年6月に起きた天安門事件だ。
天安門事件は、胡耀邦元総書記の追悼集会がきっかけとなった。追悼集会での習近平の弔辞は、「同じ轍は踏まない」「追悼の名の下に抗議行動を鎮静化させる」という狙いが色濃く反映されたものとなった。
■中国にとって脅威となるZ世代の閉塞感
今の中国を見る場合、2つの脅威が存在することを忘れてはならない。
1つは、10月の中国共産党大会で総書記として異例の3選を果たし、絶対的な権力を確かなものにした習近平総書記(以降、習近平と表記)が、数年以内に台湾統一へと動くという脅威である。
そしてもう1つが、今回の抗議行動で明らかになった国民が抱えている習近平指導部への不満、それも、Z世代(おおむね1990年代中盤から2000年代に生まれた世代)を中心にした若者たちが感じている閉塞感だ。これらは、一時的に収束しても、またいつ習近平指導部へと向けられるかわからない。
■失策を認めないまま「ゼロコロナ」緩和へ
「3年間におよぶコロナの影響で、学生や10代の若者たちに不満がたまっていた」
習近平は12月1日、EUのミシェル大統領と会談した際、中国の主な都市で拡がった「ゼロコロナ」政策に対する抗議行動についてこのように説明した。
抗議行動を長期化するコロナ感染の結果と位置づけた習近平。コロナそのものよりも、ロックダウンなど厳しすぎる規制への不満、そして何より、自由に声すら上げられないストレスが抗議行動に走らせたことを、習近平は理解できていない。
逆を言えば、「一強体制」を築いた「裸の王様」には、側近から耳当たりの良い報告しか上がっていないとも推察できる。
ただ、上海や重慶など主な都市では、ここ数日でうそのように「ゼロコロナ」政策のよる規制が解除された。首都の北京こそ、いまだに建物に入る際、PCR検査での陰性証明の提示が不可欠となっているが、緩和されるのも時間の問題だろう。
こうした事実から見ると、習近平指導部は、「ゼロコロナ」政策の失敗は認めず、国民の「ガス抜き」を図るために、政策の見直しに舵を切ったと言っていい。
■「アメ」で抗議行動は収束するだろうが…
その一方で、習近平指導部は、抗議行動の再発と拡大防止に向けて、警備の厳重化やSNSなどに対する検閲の強化は継続し、「アメとムチ」の方針で臨んでいる。
今回の「ゼロコロナ」政策に対する抗議行動は、習近平指導部がまいた「アメ」によって、いったんは収束に向かうと見る。
抗議行動の目的自体が、天安門事件のような「中国の民主化」などといった大げさなものではなく、天安門事件で若者を牽引した王丹氏のようなリーダーも存在しないからだ。
「前触れもなく地域を封鎖したり、ネットの検閲を強化したりしないでほしい」という小さな要求さえ満たされれば、白いA4サイズの紙を掲げての「白紙運動」と呼ばれる抗議行動は、習近平指導部を揺るがす「革命」に発展する前に鎮静化していくはずだ。
■「抑圧」に気づき始めた若者たち
とはいえ、「習近平下台! 共産党下台!」(習近平辞めろ! 共産党を倒せ!)という「白紙運動」が、中国各地、そして東京やソウルなど世界の主要都市にまで拡がった要因とその意義は無視できない。
1つは、中国の若者たちが、政策の押し付けとネット規制などによって「抑圧」の痛みを実感したことだ。
香港を例に見てみると、香港では、11月28日、香港中文大学の図書館前で、中国からの留学生を中心に抗議行動がスタートしている。わずか3年前、習近平指導部の威を借る香港の警察当局に包囲され、2000発を越える催涙弾が撃ち込まれた場所だ。
当時、香港人の学生たちが民主化を求めて立てこもる中、中国人留学生はその行動を批判したばかりか、警察の護衛付きで包囲網から脱出し、香港人学生らの怒りを買った。ところが今回は、中国人留学生が口火を切って抗議行動を始めたのだ。
もちろん、当時と今とでは留学生の顔触れは異なるが、「自分たちは抑圧されている」「だからといって声も上げられない」という痛みを、身をもって知った結果である。
■「私たちも香港やウイグルの人たちと同じ」
香港中文大学の教員、小出雅生氏は、「香港人の学生は、中国人留学生の行動を、今さら感をもって冷ややかに見ている」と語る。
ただ、中国の若者たちが「抑圧」を自分のこととしてとらえるようになったのは事実だ。筆者は、11月30日、東京・新宿駅南口を中心に行われた抗議行動で、次のような言葉を耳にした。
「私たちはあまりに香港の人たちや新疆ウイグル自治区の人たちに冷たかった。香港でのデモを見て、アメリカなどにあおられているのだと思っていました。でも違いました。私たちも香港やウイグルの人たちと同じように抑圧されていたのです」(中国人女性留学生)
「日本に来て違いを感じたのは、SNSが何の不自由もなく使えるということでした。僕たちが中国で何も知らされないまま、発信もできないまま生きてきたのとは全然違います。ここにいる間だけでも言いたいことを自由に言いたいです」(中国人男性留学生)
![ウイグル人の3人の高齢男性がカシュガル旧市街の通りで会話をしている](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/f/1200wm/img_bf94e499f03bf45c5f88758497fc1d4c479466.jpg)
■デモに参加した学生への厳しい仕打ち
筆者の大学院時代の同期で北京在住の清華大学OBもこのように語る。
「清華大学は習近平総書記の母校です。そこでもデモがあり、すぐに鎮静化させるため、学生たちは実家に移動させられました。通話履歴を追跡されたり、スマホのアプリを削除させられたりした学生もいたそうです。今回は封じ込めに成功しても、抑圧されてきたことへの不満は、いつかどこかで大きな波になるような気がします」
今回の抗議行動は、習近平の強権政治に反発し、「抑圧」を自分の身に降りかかる問題としてとらえる若者を大量に生んだ。このことは、習近平指導部にとっては大きな火種となる。
為政者の中には、国内で不満が渦巻けば、その矛先を外国へ向けさせようと小賢しい手を使う人間もいる。中国で言えば、日米との関係、そして悲願の台湾統一へと動く時期やその手法にも影響を及ぼしかねない懸念もある。
■熾烈な就職競争、失業手当で食いつなぐ日々
もう1つ、「白紙運動」の要因や意義として重要なのが、「将来への不安」の増幅である。
中国国家統計局が発表した16~24歳の若年失業率は、2022年7月、実に19.9%と過去最多を更新した。5人に1人が職を得られていないのだ。25~59歳の失業率が5%程度であるのと比べれば、若年層の失業率は突出して高い。
中国では、16~24歳人口が今後10年程度、増え続ける見通しだ。2015年に1人っ子政策が廃止された影響でその先も増加する可能性がある。
それと並行して大学卒業者の数も増え続けていて、2022年に初めて1000万人台を記録した。そうなると高学歴の若者でも就活戦線は熾烈(しれつ)な競争になる。
それに追い打ちをかけているのが新型コロナウイルスの感染拡大と習近平による失政だ。
中国では、大学卒業者の4分の1がIT(情報技術)業界への就職を希望していると言われる。
ところが、IT業界は、「ゼロコロナ」政策で景気が後退していることに加え、習近平が掲げた「共同富裕」に伴う規制強化によって業績が悪化し、人員削減を進めている企業が多い。
若者たちは、仮に就職できたとしても解雇されるケースが多く、平均賃金よりはるかに少ない失業手当でどうにか食つなぐ日々を余儀なくされる。つまり、若者たちだけが憂き目に遭う状況が、習近平の政策によって固定化されつつあるのだ。
■第2、第3の「白紙運動」の導火線に
若年層は貯蓄が少ない。失業は貧困や格差拡大につながりやすい。おまけに、中国では、2014年から国家主導で「社会信用システム」の構築が進み、学歴や勤務先、支払い能力や人脈等で個人の信用度がスコア化されるようになった。これも閉塞感や不公平感を助長させる。
「日本に留学した方が中国で成功しやすいと思いましたが、中国での就職は厳しいです。今ではアメリカに行っておけばよかったと思います。アメリカで働けましたから」(前述の中国人女性留学生)
筆者は、こうした不安も、ゆくゆくは習近平にとって火種の1つになり、第2、第3の「白紙運動」を引き起こす導火線になると見ている。
![ソウルの高麗大学でも習近平批判のビラが貼られた。](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/3/1200wm/img_f3644261626aaf10ecd17bfd669e75d2497207.jpg)
■「一強体制」の唯一無二のチェック機能
11月8日に行われたアメリカ中間選挙では、若者たちがこぞって民主党候補に投票し、事前に予想された共和党圧勝の下馬評を覆した。
エジソン・リサーチ・ナショナル・エレクション・プールの出口調査によれば、下院議員選挙では、18歳から29歳の63%が民主党候補に投票し、上院でも、ペンシルベニアなどの激戦州で若者の多くが民主党候補に投票し勝利に結び付けている。
11月26日に実施された台湾統一地方選挙では、若者層が蔡英文総統率いる民進党を支持せず、国民党に敗れるという結果をもたらした。2024年1月の総統選挙では、今から若者たちの票がどう動くかに注目が集まっている。
もちろん中国では、総書記を国民が直接選挙で選ぶ制度などないが、若者たちが声を上げれば、今回の抗議行動のように波を起こすことは可能だ。
先に述べたように、この波が、習近平指導部との衝突を生むリスクもあるが、誰も習近平に諫言できない「一強体制」を思えば、若者たちの声と行動だけが、「裸の王様」に対する唯一無二のチェック機能と言えるかもしれない。
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政治・教育ジャーナリスト/大妻女子大学非常勤講師
愛媛県今治市生まれ。京都大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得満期退学。在京ラジオ局入社後、政治・外信記者。米国留学を経てニュースキャスター、報道ワイド番組プロデューサーを歴任。著書は『日本有事』(集英社インターナショナル新書)『台湾有事』、『安倍政権の罠』(いずれも平凡社新書)、『ラジオ記者、走る』(新潮新書)、『中学受験』(朝日新書)、ほか多数。
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(政治・教育ジャーナリスト/大妻女子大学非常勤講師 清水 克彦)
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