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お金をかければいいわけではない…「漫画のようなスーパーゴール動画」をバズらせた村井チェアマンが気づいたこと

プレジデントオンライン / 2022年12月11日 10時15分

村井さんは毎週1回朝礼を開き、年間を通じて34節34枚の色紙を書いた - 撮影=奥谷仁

W杯カタール大会で、日本は優勝経験国のスペインとドイツを下しベスト16で大会を終えた。日本サッカー躍進の原動力となったJリーグは、2021年度までの8年で営業収益を2倍以上に増やしている。チェアマンを4期8年務めた村井満さんの「デジタル施策」を、ジャーナリストの大西康之さんが聞く――。(第8回)

■公式サイトがPC版のまま、SEOも不十分…

――村井さんがチェアマンの時代にJリーグの収益が大きく伸びた理由の一つに、2016年に結んだ10年間で2100億円という、英ネット配信会社のDAZN(ダゾーン)グループ(契約当時の社名はパフォーム・グループ)との放映権契約があります。

【村井】そうですね。しかしいきなりDAZNに行ったわけではなく、その前段階として「本気でデジタル化をやろう」という決断がありました。

【連載】「Jの金言」はこちら
【連載】「Jの金言」はこちら

順を追って話しますと、2014年にJリーグのチェアマンになって、まず半年かけてJ1からJ3まで全国の51クラブ(現在は58クラブ)を回ったんですね。足を使って、「村井と申します。よろしくお願いします」という感じで。

クラブによっても地域によっても経営観はかなり違って「これを一つにまとめるのはなかなか大変だな」と思ったわけですが、共通して感じていたのは「どのクラブにもピカピカなハイパーデジタルエンジニアはいない」ということでした。

ホームページもクラブによってまちまちでしたが、スマホとPCの最適化がされていないのでスマホで見るときは(親指と人差し指を開く仕草をしながら)こうやって、パソコン画面を拡大しなくちゃならないとか、Jリーグのホームページのデータを参照して作っているんだけれど、そこからの転記ミスが起きているとか。(検索結果で自分のサイトが上位に表示されるようにする)SEO(検索エンジン最適化)なんかも、十分ではありませんでした。

■デジタル化が一気に進んだ「決定的な事件」

ネットでチケットを売ったり、ユニフォームなどのグッズを売ったりする通販・物販機能もほとんどありませんでした。

Jリーグのクラブにはサポーターから電子メールや手紙でいろんな意見が寄せられたり、イベントの申し込みハガキなどが卓上に山積みされていたりするのですが、そうした個人情報の管理みたいなところも、ちょっと危なっかしいところがあって。

そういった部分を「Jリーグで請け負いましょう」という感じで、51クラブとJリーグの間に土管を通してデジタル・プラットフォーム的なものを作れば「クラブに貢献できるんじゃないかな」という思いが、おぼろげにありました。

――そこに決定的な事件が起こります。

【村井】2014年の6月ですね。上野の森美術館で「ボールはともだち。キャプテン翼展」というのがあって、Jリーグもコラボすることになったんですが、「じゃあ何ができるか」と考えていた時にJリーグメディアプロモーションの若手の面々が、YouTubeに1本の動画をアップするんです。

■憲剛選手のシュートを大久保選手が打ち返したら…

――日本中のサッカー小僧を熱狂させたあの動画ですね。

【村井】そうです。『キャプテン翼』に出てくる「反動蹴速迅砲」。

――漫画では、中国ユース代表のエース、肖俊光の必殺技で、相手のシュートを至近距離から蹴り返してゴールを決める大技です。シュートの威力の凄さは龍の絵の弾道で描かれています。まさに漫画の世界ですよね。

【村井】Jリーグメディアプロモーションの若手が川崎フロンターレの練習グラウンドに行って、中村憲剛選手と大久保嘉人選手に「あの技、できませんかね」と持ちかけました。2人が話に乗ってくれて、憲剛選手が蹴ったシュートを大久保選手が打ち返す。これが漫画みたいに成功して見事にゴールネットを揺らしちゃう。憲剛選手も「今の反動蹴速迅砲だよね」と驚くわけです。

それだけの動画なんですが、これが1週間で400万回再生された。他にも「カミソリシュート」や「ツインシュート」に挑戦したJリーグ選手たちの動画がアップされて、再生回数は3本で1000万回を超えてしまったのです。

それだけではなくて、今でもYouTubeで「反動蹴速迅砲」と検索してもらえば、山ほど出てきますが、日本中の中学、高校のサッカー部の子たちが真似をして、動画をあげています。ちょっとした社会現象になりました。

■お金もかかっていない、アイデアの勝利だった

――議論し尽くしてとか、考え抜いてという感じではないですね。

【村井】もちろん考えてはいたんですよ。Jリーグも発足から10年以上がたって、ちょっとしたことではテレビも取り上げてくれません。ネットといっても、当時はスカパー!(スカパーJSAT)が試合の放映権を持っていたので、Jリーグは試合の映像も許諾なくしては使えない。「どうしたもんだろう」と。

「自分たちで使えるコンテンツ、メディアを持ちたい」という思いはありましたが、さてどう作ったものか。まだ手探りの状況でしたから、いきなり1000万回という数字を聞かされた時、私は腰が抜けるほど驚きました。

村井満さん
撮影=奥谷仁
村井満さん - 撮影=奥谷仁

――動画を見る限り、あまりお金はかかっていないようです。

【村井】かかってないでしょうね。憲剛選手と大久保選手に協力してもらって、場所も川崎フロンターレの練習グラウンドですから。まさにアイデアだけ。やんちゃな若手のスタッフが「面白そうだから」と始めたもので、Jリーグの理事会で決めたわけでもなんでもない。

ただ結果としてチェアマンの私は、あれを見て「なんだ自分たちでやればいいのか」と背中を押され、思い切りデジタルプロモーションに舵を切るわけです。

■やんちゃな若手の発想が改革を起こすこともある

後にDAZNとの交渉に臨みますが、この件以来、自分で動画の権利を持つことの重要さを学んでいたので、「動画の著作権はJリーグが保有する」との方針を貫きました。Jリーグ自らが全試合の中継制作を行うことを前提にしたのです。

あの一件で気づいたのは、現場の若手のアイデアの面白さ、自分たちで動画を持つことの大切さ、それとネットの破壊力ですね。2015年にはニフティのウェブサービス事業の責任者だった笹田賢吾さんにデジタルエンジニアとして来てもらいました。

それで「デジタル周りのことはJリーグがやりましょうか」と言ったら、クラブ側も「え、やってくれるの?」と。こうしてJリーグのデジタル・プラットフォーム戦略が本格的に動き出したわけです。

――組織を変えるのは「よそもの、若者、バカ者」なんて言葉がありますが、それを地でいった格好ですね。

【村井】まさに。改革の発端は、いつの時代も現場のやんちゃな若手のチャレンジなんですよ。そこから、この前もお話ししたPDMCA(計画、実行、失敗、確認、改善)のサイクルをどんどん回していけばいい。

「Jリーグデジタル化物語」
撮影=奥谷仁

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大西 康之(おおにし・やすゆき)
ジャーナリスト
1965年生まれ。愛知県出身。88年早稲田大学法学部卒業、日本経済新聞社入社。98年欧州総局、編集委員、日経ビジネス編集委員などを経て2016年独立。著書に『東芝 原子力敗戦』ほか。

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(ジャーナリスト 大西 康之)

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