1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 社会

坂井泉水、ひばり、裕次郎、角栄が送られた…超一等地3000坪「青山葬儀所」建て替えで議論百出の背景と中身

プレジデントオンライン / 2022年12月10日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mizoula

「ZARD」の坂井泉水(享年40)、忌野清志郎(同58)、美空ひばり(同52)、石原裕次郎(同52)、田中角栄(同75)……多くの著名人の葬式会場となった都立青山葬儀所は2021年3月に解体され2025年に新施設が完成予定だ。ジャーナリストで僧侶の鵜飼秀徳さんは「著名人の弔いも簡素化しアフターコロナにおける葬送の規模感が見えにくいが、同所は葬送文化を牽引する存在だけに、各界からさまざまな要望が出ている」という――。

■弔われる側も弔う側もVIPだった「青山葬儀所」

数多(あまた)の著名人の葬式会場になってきた都立青山葬儀所が、全面建て替えを計画している。すでに葬儀所は解体を終えており、約3年後の2025(令和7)年には新施設に生まれ変わる見通し。同時に、悩ましい課題も抱えている。「家族葬」が一般化する中で、著名人の弔いですら簡素になってきている。また、「アフターコロナ」における葬送の規模感が見えにくくなっている。青山葬儀所は、どのように生まれ変わるのか。葬送文化のバロメーター的な存在だけに、リニューアル後の姿を業界は注視している。

青山葬儀所は施設の老朽化のため、2021(令和3)年3月末にひっそりと閉鎖していた。東京都建設局公園緑地部などによると、壁や柱にヒビが入り、床の沈下も起きていたという。大規模修繕も考えられたが、全面的に建て替えられることに。迎賓館を思わせる瀟酒な建物は解体され、現在は更地になっている。

青山葬儀所の歴史は古い。開所は1901(明治34)年だ。最初は民間の葬儀所だったが、旧東京市に寄贈された。都内にある公営葬儀所にはほかにも、江戸川区の瑞江葬儀所がある。ちなみに瑞江葬儀所は火葬施設だ。対して青山葬儀所は、葬儀の式典などを行う専用の施設であり、火葬の設備はない。

青山葬儀所は六本木や青山一丁目からも近く、閑静な都立青山霊園に面している。敷地面積はおよそ3000坪。1974(昭和49)年には大規模改修が行われ、延べ床面積2350平方メートルを有する巨大斎場となった。参列者数万人規模の葬式も執り行われていた。青山葬儀所では、弔われるほうも弔う側もVIPであることが少なくない。

枯山水の中庭を取り囲む回廊を抜けると、コンサートホールのような式場へと誘われる。焼香や献花を済ませると、そのまま広い車寄せへと流れていく。多くのメディアの取材にも対応でき、ホテルでのお別れの会とは違って他の宿泊客や近隣住民に迷惑をかけることもなかった。

青山葬儀所では、1日1組限定で受け入れていた。通夜を入れれば1組あたり2日間程度を要する。そのため、年間の利用数はさほど多くはない。とてもぜいたくな斎場であったことがうかがえる。

そんな稀有な斎場は、著名人の葬式において重宝されてきた。バブル期、大規模な葬式がもてはやされると芸能人や政治家の告別式、企業幹部が社葬を行う会場として、真っ先に候補に挙がる存在になった。新聞の訃報欄では、常に青山葬儀所の名前がみられた。

これまでどのような著名人が、ここで送られてきたのか。その規模感とともにみていきたい。

■石原裕次郎、美空ひばり、忌野清志郎、坂井泉水、西城秀樹、田中角栄、小渕恵三…

1987(昭和62)年8月、トップスターの石原裕次郎氏(享年52)の葬式が行われた。屋外には大型モニターが設置され、約3万5000人のファンが長蛇の列をつくった。

続いて、1989(平成元)年7月には歌手の美空ひばり氏(52)のお別れの会が執り行われた。参列者約4万2000人を集めた。その様子はTBSが独占放送し、大きな話題になった。

参列者数が飛び抜けて多かったのが2007(平成19)年6月の、「ZARD」で知られる歌手坂井泉水氏(享年40)の式だ。なんと6万人(推定)を集めたといわれる。

2007年6月27日、ポップスグループZARDのボーカル、坂井泉水さんをしのぶ会に訪れたファンら(東京・港区の青山葬儀所)
写真=時事通信フォト
2007年6月27日、ポップスグループZARDのボーカル、坂井泉水さんをしのぶ会に訪れたファンら(東京・港区の青山葬儀所) - 写真=時事通信フォト

2009(平成21)年5月のロック歌手の忌野清志郎氏(享年58)の告別式も4万人に上った。近年では2018(平成30)年5月、歌手の西城秀樹氏(享年63)の式が1万人を集めた。2020(令和2)年3月には、プロ野球監督を務めた野村克也氏(享年84)の葬式がここで予定されていたが、コロナウイルス感染症の流行によって延期になった(翌年、神宮球場でしのぶ会を実施)。

歴代首相の葬儀が青山葬儀所で行われることも、しばしばだった。1993(平成5)年12月には田中角栄元首相(享年75)の自民党・田中家合同葬が開かれ、4000人の参列者を数えた。

2000(平成12)年に急死した小渕恵三元首相(享年62)の密葬には4500人が参列。2007(平成19)年には宮澤喜一元首相(享年87)の密葬(参列者1500人)が、2017(平成29)年には羽田孜元首相(享年82)の民進党(当時)と羽田家の合同葬(2000人)が行われた。

安倍晋三元首相(享年67)の密葬は増上寺で行われたが、建て替えがなければ青山葬儀所で行われていたかもしれない。

しばしば著名人の葬式で注目を集めた青山葬儀所。だが、利用数は1990年代以降、下がり続けていた。その背景には施設の老朽化や、「お別れの会(偲ぶ会)」の広がり、さらには大型寺院など競合施設と比べて高額な利用料金などがあった。

これまで、逝去後は近日中に通夜・葬儀が行われていたが、お別れの会では日程を決め、しっかりと準備を整えて実施することができるメリットがある。青山葬儀所では、利用数のおよそ7割がお別れの会で占められる年度もあった。一方でお別れの会は、会場の選択肢を広げることにもなった。青山葬儀所以外でも、ホテルの大宴会場が利用されるようになった。

建設から半世紀が経っていた老舗斎場だけに、設備の古さは最大のネックだった。以前のトイレは和式。会場の椅子は固定されており、空間の汎用性は低かった。待ち合いもレンタルのテントを張って対応しており、夏場や冬場の葬式は参列者を苦しめた。その割に利用料金は高く、8時間あたり84万円と、他の民間斎場と比べるとかなりの高額だった。

2000年代に入り、年間の利用はわずか30件台に激減。これでは通夜を含めても、1年間365日のうち300日以上は稼働していないことになる。

■東京都「時代の変化に対応できる柔軟性のある施設に」

2006(平成18)年度からは指定管理者制度が導入され、日比谷花壇グループが管理、運営を任されていた。日比谷花壇は、生花のアレンジメントや装飾などを手掛ける事業を展開しており葬式との親和性が高い。

日比谷花壇グループが指定管理者になってから、洗浄式トイレに替え、会場の椅子も可動式にし、例えば、立食形式で故人を送る、といった演出も可能になった。

利用料金は8時間69万円(その後、税率改定によって金額再設定、別途料金設定あり)にまで下げ、一般利用客にも門戸を広げた。100人程度の葬式にも対応できるように式場を間仕切りできるようにしたり、遺族室も快適に過ごせるようにリフォームしたりした。また、利用者の意向を基にして待合室の設置を都に提案し、実現に結びつけた。それこそ、一般的な民間斎場を上回るサービスを提供し始めた。

和の雰囲気を醸す中庭の回廊。待合室は懇親会場としても利用可能だった
撮影=鵜飼秀徳
和の雰囲気を醸す中庭の回廊。待合室は懇親会場としても利用可能だった - 撮影=鵜飼秀徳

かつて青山葬儀所は、条例によって葬送以外の利用は認められていなかったが、それも徐々に緩和されてきた。2009(平成21)年からは、葬式以外にも年忌法要等の利用が許可された。2010(平成22)年にはテレビ演出家のテリー伊藤が生前葬を執り行って話題になった。2016(平成28)年には目的外使用として、東北大学が主催するシンポジウム会場としても使用されるなど、新しい試みが始まりつつあった。

こうした経営努力の結果、利用数は増加基調にあった。この10年ほどは年間70〜80件ほどにまで回復。しかし、コロナ禍の2020(令和2)年度は18件と厳しい運用状況となっていた。

【図表】青山葬儀所における近年の利用数(平成18年度より指定管理者制度導入)
図表=日比谷花壇提供 ※令和2年度はコロナ禍にあり、利用数の激減などがみられる

そこで東京都では「時代の変化にも対応できる柔軟性のある施設」などをコンセプトにして、全面建て替えを計画。現在は設計段階という。新葬儀所は平屋建てで延床面積およそ2500平方メートルと、旧葬儀所とほぼ同規模としている。

従前通り、著名人の大規模葬に対応した格調高い施設を踏襲する見通し。東京都では「大規模なお別れの会から家族葬まで、葬儀の規模にあわせた柔軟な利用を考えている。回忌法要や生前葬も対応できるようにする」としている。聞くところによれば、現状ではあまり大きな変化はみられず、旧葬儀所を踏襲する見通し。

青山葬儀所は葬送をリードする存在だけに、アッと言わせるような施設にしてもらいたいと思うと同時に、個人的には現代の「小さな葬送」ブームには乗りすぎないでもらいたいと思う。

■全面建て替えで新青山葬儀所はどんなものになるのか

民間の葬儀社では家族葬専用ホールへの改修が進み、選択肢が限られてきている。青山葬儀所くらいはある程度の収容力があったほうが、差別化が図られてよいかもしれない。葬式に限らず、シンポジウムや展示会、イベントなどの利用も柔軟に検討してもよいのではないか。

解体前の青山葬儀所。現在は、建物が解体され更地になっている
撮影=鵜飼秀徳
解体前の青山葬儀所。現在は、建物が解体され更地になっている - 撮影=鵜飼秀徳

リニューアル後は参列者に配慮した構造にはなりそう。寒暖のシーズンにも快適に過ごせるように、これまで吹きさらしだった中庭をガラス壁で覆ったり、葬儀所内に待合室も設けたりするという。

日比谷花壇グループでは今年になって、葬儀事業者や専門家、出版社らにたいしてアンケート調査を実施し、私も協力した。アンケートでは今後の大規模葬のあり方についての質問からはじまり、葬儀様式の変化などを踏まえたうえでの意見等が求められた。そこでは、以下のような意見が聞かれた。

「火葬施設を併設すべきだ」「最寄りの地下鉄より地下で繋がるルートがあるとよい」「遺族とVIPの専用面会室が必要では」「小規模な式場では青山葬儀所の利用価値はない。都内最大規模であってほしい」など。

また、「素案の図面を事前に確認できれば、遺族や主催者の意向に沿う葬儀・お別れの会がきちんとできるかわかるし、工夫や提案もできる」という意見も少なからずあった。アンケートの結果は東京都に提出済みという。こうした意見を踏まえて、東京都がどのような施設にするのか、注視していきたい。

いずれにしても新生青山葬儀所には、次代の葬送文化を牽引する存在であってほしい。家族葬や直葬の流行によって死のリアリズムが失われてきているいま、新生青山葬儀所に求められるのは「追弔を通じて、死をオープンにし、学んでいく場」なのではないだろうか。

----------

鵜飼 秀徳(うかい・ひでのり)
浄土宗僧侶/ジャーナリスト
1974年生まれ。成城大学卒業。新聞記者、経済誌記者などを経て独立。「現代社会と宗教」をテーマに取材、発信を続ける。著書に『寺院消滅』(日経BP)、『仏教抹殺』(文春新書)近著に『仏教の大東亜戦争』(文春新書)、『お寺の日本地図 名刹古刹でめぐる47都道府県』(文春新書)。浄土宗正覚寺住職、大正大学招聘教授、佛教大学・東京農業大学非常勤講師、(一社)良いお寺研究会代表理事、(公財)全日本仏教会広報委員など。

----------

(浄土宗僧侶/ジャーナリスト 鵜飼 秀徳)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください