長生きしたければ小太りが一番…リハビリ専門医が「老後の栄養不足はがんよりも恐ろしい」と訴えるワケ
プレジデントオンライン / 2022年12月15日 11時15分
※本稿は、吉村芳弘『「80歳の壁」を超える食事術』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。
■高齢になったら太っていたほうが健康的
「健康で幸せなお年寄り」と聞いて、どんなイメージを思い浮かべますか。ひとり人生の思いに浸る仙人のような姿でしょうか。無欲で達観した仙人の域に行けたら、たしかに幸せなのかもしれません。しかし、「健康で幸せか?」と問われると同意できません。「それではこの先10年もたないだろう」と、思います。
私は、熊本リハビリテーション病院で栄養に関するリハビリの専門医として、たくさんの高齢者を診てきました。実際の健康で幸せそうな高齢者は、けっしてやせ細ってもいなければ、無欲で孤高でもありません。
体格はぽっちゃり。静かでも寡黙でもなく、ほがらかでお話し好き。男性より女性に多く見られる印象です。病院の待合室で、すぐに誰とでも友だちになります。治療に来たのか、友だちに会いに来たのかわからないほど、そのような人のまわりには自然と人が集まります。
友だちと連れ立って病院内のレストランに行けば、ぺちゃくちゃおしゃべりしながら、ペロッと一人前の定食を平らげ、お茶飲み話に花が咲く……と、まあ仙人とは真逆のタイプが、私が思う「健康で幸せなお年寄り」なのです。両者のあいだの大きな違いは「体重」なのかもしれません。
高齢になっても健康でいきいきと毎日を送るためには、体重管理が大切です。「健康のために体重をコントロールしましょう」と言うと、誰もが不機嫌に「そんなことはわかっている」と言います。「やせなさい」と言われたような気がするのでしょう。私の言う「体重管理」は違います。高齢になってやせないように。できるだけ太っていてください!
みなさんが健康についてもっている常識とは矛盾していますよね。じつは近年医学の研究で明らかになってきた新事実で「肥満パラドックス」と言います。
■太っている人のほうが治療後の調子がいい
「肥満ややせを表すBMI(ボディマス指数)が高いほど病気の予後がいい」。つまり糖尿病であろうが、心臓病であろうが、やせている人より太っている人のほうが、治療後の調子がいいということです。
若者から中年期くらいまでは、生活習慣病の予防や治療のために、太らないことが推奨されます。糖質を制限したり、脂質を控えたりしてダイエットを試みます。ところが高齢になって同じ調子で食生活を続けていると、いつの間にかちょうどいい体重を通り越してやせていってしまうのです。
年をとればどんな人でも何かしらの病気にかかり、入院するリスクも高まります。入院したことがある人はご存じでしょうが、入院患者さんは結構忙しく、検査や治療、手術など、病気を治すためのあれこれでさらに体に大きな負担がかかります。入院中は不眠や便秘にもなりやすくなります。結果として食事を思うようにとれなくなり、点滴で過ごす人も出てきます。
ぽっちゃり型の高齢者は、治療に体力を使っても余力があるので退院後も早く回復できます。でも、やせている人はそうはいきません。病院にいながら、食べられなくなり、さらにやせ細って低栄養状態になっていくのです。私はこれを「病院のガイコツ」と呼んでいます。
■80歳をすぎても元気な人は“食べる努力”をしてきた
高齢になり、この状態になると元に戻すことは難しく、「退院したのに寝たきりになった」という人も珍しくありません。最悪の場合、「病気は治ったけれど亡くなってしまった」という事態におちいることさえあります。じつは、リハビリテーション医師としての私の原点がここにあります。
大学卒業後、都内の病院で心臓外科医として研修をしていたのですが、患者さんのなかには手術が成功したのに日常生活に戻れない人がたくさんいました。当時の病院では手術後は寝かせっぱなし、点滴の打ちっぱなしが当たり前でした。口から食事をとることも起き上がることもなければ、体の機能はどんどん衰えていってしまいます。
そんな患者さんを数多く診ながら、私は「早い段階でベッドから離れ、できるだけ動いてもらうこと」と「栄養管理を行って口からしっかり食べてもらうこと」がどれほど大事かを痛感し、リハビリテーション科の医師になる決心をしたのです。
80歳をすぎても幸せで健康に暮らしている人は、朝から肉や魚を平らげるような人たちです。みなさん70代のうちからしっかり食べて太っています。人は加齢とともにさまざまな理由で、食べたくても食べられなくなっていきます。この方々はがんばって食べてきたからこそ、その年になっても食べ続けられるのです。みなさんも、いずれ病気をしたときにもリカバリーできる余力のある体をつくっていきましょう。
![食事の準備をする介護者](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/1/1200wm/img_e188f9dd00791735c6c0be576a419a94403845.jpg)
■見た目が若く見える人ほど実際に長生きする
人は、生まれたばかりのときはみんな似たりよったりなのに、年を重ねるにつれて外見が変化し、見た目年齢も大きく差がついていきます。たとえば人生をマラソンだと考えてみましょう。
母親のお腹から生み落とされ「よーい、どん」で人生のコースを走り出した瞬間は、ほぼみんな同じ。成長のスピードに多少の違いはあっても、若い頃は同じ年代の人たちがひとつのかたまりになってコースを走っています。ところが青年期頃から足並みが乱れ始め、老年期になると、もうバラバラです。どんな生活習慣を送ってきたか、何を食べてきたか、どんな病気をしたか、などさまざまな要因で見た目がどんどん変わってきます。
80歳をすぎているのに40〜50歳にしか見えない人もいれば、ゆうに90歳を超えているように見える70代の人もいます。同窓会の写真などを見ると、本当に全員同い年なのかと疑うほど、年のとり方には違いがあります。
「年寄りが年相応に老けて何が悪いの」と言われそうですが、見た目はみなさんが想像する以上に重要です。第一印象で「若いな」と思った患者さんは、やっぱり健康で長生きするからです。パッと見て「若いな」と感じさせる高齢者は、やせて頰がこけて骨ばった人より、ぽっちゃりして肌にはりがある人。総じて明るくて前述した「小太り、ほがらか、おしゃべり」なタイプです。
■亡くなるまでの10年間は寝たきりの人がほとんど
見た目の若さは偶然のように思えますが、じつは科学的な裏づけがあります。デンマークで行われたある研究によると、70歳をすぎた人の見た目年齢は、その人の寿命と関連していることがわかっています。同じ遺伝子をもつ一卵性双子でも、見た目が老けているほうが先に亡くなる確率が高かったのです。
ただ、長生きするだけで幸せかというと、そうでもない事実があります。日本は世界有数の長寿国です。男性の平均寿命は約81歳、女性は約87歳。いま70歳の女性なら、20年近くは人生を楽しむ時間が残されていることになります。
さて、もうひとつの寿命の統計を見てみましょう。「健康寿命」です。健康寿命とは、介護などを必要とせず、自立して日常生活が送れる期間のこと。統計的に見ると男性は約72歳、女性は約75歳で健康寿命が尽きてしまうのです(図表1)。
![【図表1】平均寿命と健康寿命の差](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/c/1200wm/img_dc81d13d531be53a25182e268a26254d364490.jpg)
平均寿命と健康寿命の差は、男性では約9年、女性では約12年です。言い換えれば、日本人の大多数は、亡くなるまでのおよそ10年間は自立した生活が送れず、要介護や寝たきりで過ごしているということになります。いわば、日本の高齢者はラスト10年を介護や医療によって生かされている状態なのです。
■「80歳の壁」を超えるための準備が必要
これは由々しき問題だということで、厚生労働省はこの差を少しでも縮めようと「健康寿命延伸プラン」という取り組みを始めています。プランの一環として2020東京オリンピックまでに1歳のばすという目標もあったそうですが、残念ながら1歳には届きませんでした。
現在のプランでは、2040年までに男女とも健康寿命を75歳以上にすることが目標です。具体的には男性75.14歳以上、女性77.79歳以上という数値を掲げています。しかし厚生労働省がどんなにキャンペーンを行っても、自分の健康寿命は自分でのばすしかありません。毎年少しずつ健康寿命の終わりに近づきつつある私たちは、どうすればよいのでしょう。
若い頃からの生活習慣や考え方を見直す転機として「80歳の壁」が意識されるようになってきました。人間、80歳をすぎたらがまんなどせずに好きなことを好きなだけして幸せな晩年を過ごせばいいという考え方です。ある意味、現代社会における究極の幸福論と言えるでしょう。そんな幸せな晩年を手に入れるには、まず目の前にある高い壁を無事に超えなくてはいけないというのも事実です。
そのためには、60代、70代からの確実な助走が必要です。「私はまだまだ大丈夫」と思っている方も、すぐに対策を始めてください。80歳になってからでは遅いのです。
■コロナ禍で高齢者の健康状態に変化が
80歳の壁を超えるための具体的な方法をお話しする前に、私たちの生活に大きな影響を与えたコロナ禍について触れておきましょう。コロナ禍は高齢者の健康と生活習慣を考えるうえで、とても多くの教訓を残したからです。
日本でも新型コロナウイルスに感染し、残念ながら亡くなってしまう人も少なからずいました。しかし、他国との比較で見る限り、感染者がとくに多いわけではありません。現在はワクチン接種も進み、高齢者の健康状態は守られつつあるかのように見えます。けれども、私の実感はちょっと異なります。
この新たなウイルスは、数字には表れない形で高齢者の健康に影を落としていると感じるのです。私が座長を務める政令指定都市の介護認定審査会では、コロナ禍以降、介護保険の申請が増加しています。身体機能の低下や認知症の悪化で介護保険を新規申請したり、介護度が上がったりしたために変更申請するケースが数多くあります。
![ストレスのたまった女性](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/d/1200wm/img_3d69579481ea806c6f61806fb39337cd401387.jpg)
調査委員さんの提出するレポートでは、高齢者やそのご家族との話のなかに「コロナになってから」「コロナのために」「外出の機会が減って」という枕詞が非常に多く登場するようになりました。コロナ禍は高齢者にどんな影響を与えたのでしょうか。
■家にいれば感染症のリスクは減少するが…
まず、ご高齢な人ほど家から出なくなりました。コロナ禍になってからは外に出ないステイホームが「正義」とされたため、もともと不要不急の外出しかしない人がますます外出しなくなりました。
外出できず運動量が減ったり、人と会わなくなって食事をひとりでするようになったりすると、ほとんどの人は食欲が減り、食事の量がガクンと減ってしまいます。その結果低栄養になると、動くのがますますおっくうになり活動量が低下します。ひとりでさっそうと歩いていた人も、ほんの数カ月でのろのろ歩きになり、足元もおぼつかなくなってしまいます。
みなさんのまわりにも、コロナ禍前に比べ「めっきり年をとったなあ」と感じる人はいないでしょうか。家にこもりきりの生活はウイルスから身を守るには最善の策かもしれませんが、感染と同じぐらいの身体機能低下のリスクをはらんでいることを、私たちはウイルスに教えられたわけです。
コロナ禍がとくに浮き彫りにした高齢者のリスクが、サルコペニアとフレイルです。サルコペニアとは、加齢によって筋肉が減少して日常生活に支障が出る状態です。歩行速度が遅くなったり階段が上れなくなったりして周囲が気づくこともあります。とくに気をつけなくてはならないのは、サルコペニアによって起こる骨折です。
■大腿骨の骨折は寝たきりになってしまうリスクも
筋肉量が減って筋力が低下するので足に力が入らず、ほんの少しバランスを崩しただけで体を支え切れなくなり転んで、骨を折ってしまうのです。なかでも太もものつけ根にある大腿(だいたい)骨の骨折には要注意。この部位を骨折すると手術が必要でしばらく起き上がることもできないため、下手をするとそのまま寝たきりになることも稀ではありません。
実際、厚生労働省の調査では、転倒・骨折が脳卒中や認知症とともに、寝たきりになる大きな原因のひとつに挙げられています。フレイルとは「虚弱」を意味する言葉ですが、老年医学では、介護は必要としないけれども日常生活動作や認知機能に衰えが見られる状態を指します。いわば要介護の予備軍です。
フレイルにはさまざまな要因があり、誰もが同じように発症するわけではありません。たとえば食欲低下やサルコペニアなど、何かひとつの因子が引き金となって悪循環を生み、そこから複合的に作用して症状が悪化していきます。これをフレイルサイクルと言います(図表2)。
![【図表2】フレイルの負のサイクル](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/3/1200wm/img_331ad2ec6e93f6f1a0e0fcb89437a5ee401118.jpg)
■65歳以降の過ごし方で人生最後の10年が決まる
コロナ禍で言えば、ステイホームで外出できなくなった結果、食欲が低下して低栄養になり、サルコペニアを生じて身体機能が衰えていく、といった具合です。これを「身体的フレイル」と言います。
身体的フレイル以外にも認知機能の低下やうつなどの心理面が問題になる「精神・心理的フレイル」や、社会的な孤立や食事環境・生活環境の制限が問題になる「社会的フレイル」が生じ、フレイルサイクルから抜けられなくなるのです。ほかのすべての病気と同じように、サルコペニアもフレイルも予防が大事です。人の体はいったん悪化すると、回復するのにたいへんな気力と体力を要するからです。
フレイルサイクルの兆候に気づいたら、どの要因からでもよいので、できるだけ早くアプローチして悪循環を断ち切りましょう。80歳を超えると気力もどんどん衰えていくので回復がますます難しくなってしまいます。多くの人は、がんや心疾患、脳卒中の心配はしても、サルコペニアやフレイルの心配はあまりしていないようです。
![吉村芳弘『「80歳の壁」を超える食事術』(幻冬舎新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/1/1200wm/img_f17ce3a4b2f37548f8807e887f21bb31242671.jpg)
疲れやすくなったり、足がよろけて転びやすくなったりしても「年とったよね」で済ませてしまいます。じつはそこが、サルコペニアやフレイルの恐ろしいところです。
「まだまだ大丈夫」と油断しているうちに、フレイルサイクルは進行します。冒頭でお伝えした低栄養や体重減少もこのサイクルのひとつです。気づいたときには手遅れで、ガリガリになって動きがとれなくなり、要介護や寝たきりになってしまうのです。どんな晩年を過ごすことになるのかを決めるのは、そうなる前の過ごし方です。
とくに私は65歳以降70代の過ごし方が重要だと思っています。人生最後の10年を健康でよりよく生きることができるように、さらに健康な状態でもう10年生きられるように、いますぐ対策を始めていきましょう。
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リハビリテーション科指導医・専門医
1975年、熊本県生まれ。熊本大学医学部卒業。医師、医学博士。東京女子医大心臓血管外科レジデント時代に、やせ細っていく高齢の入院患者の実情を知り、栄養管理とリハビリの重要性を痛感。外科医からリハビリテーション科の専門医に転身。国際的な臨床栄養の専門資格European ESPEN Diplomaを取得した数少ない日本人医師のひとり。熊本リハビリテーション病院でサルコペニア・低栄養研究センター長を務めながら、多くの高齢患者の診療に当たる。著書に『「80歳の壁」を超える食事術』(幻冬舎新書)がある。
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(リハビリテーション科指導医・専門医 吉村 芳弘)
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