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「レクサス6車種に乗り放題」は大失敗…不人気だった「トヨタのサブスク」がジワジワと広がっているワケ

プレジデントオンライン / 2022年12月12日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Luca Piccini Basile

トヨタ自動車の定額制サービス「KINTO」は2019年3月にスタートし、2022年1月までに約3万件の申し込みを集めている。だが、当初は4カ月で累計50台の申請にとどまり、順調な出だしとはいえなかった。どこを間違えていたのか。ノンフィクション作家の野地秩嘉さんによる連載「トヨタがやる仕事、やらない仕事」。第6回は「不人気だったKINTOの成長」――。

■大企業トヨタが作ったベンチャーとは?

トヨタは車を作っているメーカーからモビリティサービスの会社へと変化しているところです。

裾野市(静岡県)に開発している都市開発事業「ウーブンシティ」はその代表とも言える新事業でしょう。

本稿ではトヨタが始めた自動車のサブスクリプション(定額利用)サービスの事業、KINTOを例に挙げて、トヨタの問題解決を考えていきたいと思います。

KINTOという新事業を立ち上げる際にどういった仕事のやり方をしたのか。
チームワークをどうビルドアップしていったか。
考えた企画は果たしてそのまま通用したのか。

トヨタはEV化という変化に合わせていくつもの新事業をスタートしています。今は関連のベンチャー企業を多く抱える会社でもあります。

世の中の経営者はよく「ベンチャー精神を忘れるな」と言いますけれど、大企業がベンチャー精神を忘れないためには、実際にそこに身を置くしかありません。つねに新事業を立ち上げればいいんです。既存の事業ばかりに注力していて「ベンチャー精神を忘れるな」と言っても、それはしょせん無理というものでしょう。

KINTOについて多少、説明します。

KINTOはクルマのサブスクリプションサービスを主に展開している企業です。契約はウェブ、販売店で申し込むことができますし、使用する自動車を購入するのではなく毎月、定額を支払って借りる形になります。初期費用フリープランの場合は、頭金は不要です。

定額料金には、車両・オプション代金、自動車税、自賠責保険、任意保険、メンテナンス、故障修理、登録諸費用が含まれています(車検代が含まれるプランもあり)。

■申し込み件数は50件→3年後に約3万件に

なお、ひとつ誤解されている点があります。

「KINTOはトヨタから直接、車を仕入れている。販売店には何の得もない」

そうではないのです。

KINTOはディストリビューション機能がなく、在庫車を置いておく場所もありません。ナンバーを取るといった登録手続きもできませんし、故障を修理する機能もありません。

【連載】「トヨタがやる仕事、やらない仕事」はこちら
【連載】「トヨタがやる仕事、やらない仕事」はこちら

KINTOは契約の申し込みを受けるだけで、商流ではKINTOが販売店から車を買い取ってユーザーにサブスクで貸し出します。販売店にとってKINTOはリース会社と同じような客に当たるわけです。

さて、同事業が始まったのが2019年で、3年が経過しました。スタートした当初、申込み件数は4カ月で累計50件という数字でしたが、3年後の現在は累計約3万件となっています。従業員も30人から約500人(2022年10月時点)に増えていますから事業は軌道に乗りつつあるということでしょう。

さて、KINTOの企画段階から経営まで、すべて先頭に立ってきたのがトヨタでは企画部門が長かった小寺信也社長です。物腰が柔らかい人。ジョークを連発する人という印象です。

さて、小寺さんの新事業を立ち上げた時の仕事の仕方を聞いてみましょう。これからの話には新事業を担当する経営者、そして、部下を持つ管理職に役立つトヨタのキーワードがいくつもあります。

■「ここで働くんだ。戻らないぞ」と自覚した

小寺さんはこう言います。

「新事業がスタートした時は、トヨタ社内のみんなは様子見でした。おそらくKINTOに限らないと思います。どんな新事業でも社内はどうやってサポートしていいのかわからないのでしょうね。僕らは邪魔者扱いされたわけでもなく、称賛されたわけでもなかった。みんな遠巻きに見ていたのが正直なところではないでしょうか。

ただ、それはとてもいいことなんですよ。『あいつらが勝手にやっている』と思われたほうがいいんです。いろいろなしがらみ抜きで思った通りのことができるわけですから。

トヨタは自由にさせてくれる会社ですけれど、それでも決裁をとって、根回ししてなんてことをやっていたら経営にスピード感が出ません。大企業のなかで新規事業をやるならば別組織にしないとダメですし、移った者は『ここで働くんだ。戻らないぞ』と自覚するべきです」

■まずはとにかく仲間を増やすこと

KINTOはユーザーを大切にしていますが、それだけではありません。各地の販売店との協業も大事にしているとのことです。

小寺さんは「新規事業を始めたら、とにかく仲間を増やすことです。敵を作っちゃダメ」と言っていました。

「車のサブスク、そしてEVに進出してくる会社の問題点は販売店との関係をどうするのかということでしょう。日本では車は必ず登録しなくてはなりません。車庫証明もいります。EVであってもメンテナンスが発生します。

スマホと違って車の場合は走っている車にソフトウェアを飛ばしておしまいとはいきません。車体に傷がついたり、壊れたりしたら修理工場へ運んでリフトアップすることも必要になってきます。販売店はわれわれのいちばん大きな財産といっていいでしょう。だからみんなと仲良くする」

■販売店から勧めてもらえない状況に…

KINTOの人たちがサブスクを売るために力を注いだことは、次の3つです。

1.丁寧な説明
2.協力者の理解
3.商品のメリットを丁寧に訴求する

新事業を始める人、社内ベンチャーで新事業を立ち上げた人たちにとって学ぶところの多い話です。

小寺さんはこう言います。

「最初は名前を覚えてもらわなければならないからテレビCMをやりました。そうすると、KINTOの名前だけは聞いたことがある状態になります。名前を聞いた人たちは販売店に行って『それで、KINTOってどうなの』と訊(たず)ねる。すると、当初は『やめといたほうがいいですよ』という反応が多かった……。

私たちも販売店の人となじみがなかったし、先方もそうでした。新商品について、販売店の人もよくわからないから、『KINTOより、通常の自動車ローン(残価型割賦)契約がいいですよ』と勧めるところが多かったんです。

そこで、これは販売店の人たちにまず理解してもらわなくちゃいけないなと思い、丁寧に説明することにしました。

『KINTOはトヨタから直接、クルマを買うわけではなく、販売店から買うんです。メンテナンスはお客さまが車を買った店が担当するんです』

そういう説明をしてからはわかってくれるようになりました。新事業を始めたら、とにかく丁寧な説明です。わかっているのは自分たちだけなんです。周りも世間の人も新事業については何ひとつ知らないと思って、丁寧に説明を繰り返すんです」

■人気の中古車が確実に手に入るメリット

では、ひとつ聞いてみました。

「今、販売店にとってはサブスクを勧めるメリットにはどういったものがありますか」

小寺さんは次のように答えました。

「はい、まず販売店にとってのメリットですけれど、今なら中古車が確実に返ってくることでしょう。契約期間が終わったら、中古車が全部、返ってくるわけです。現在、半導体の不足で新車の納車が遅れているため、中古車も人気です。中古車の数も足りないのです。そして、この傾向はまだ続きます。ですから、販売店にとっては中古車が戻ってくるのは大きなメリットなのです。

お客さまは販売店の下取り価格と中古車業者の買い取り価格を比べるので、販売店にとっては、お客さまのクルマがすべて手に入るわけではないんです。特に人気車種は中古車業者が高値買い取りをオファーすることが多いから。

車のキーと札束の交換
写真=iStock.com/Nattakorn Maneerat
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Nattakorn Maneerat

■「サブスクが流行っているから」ではない

また、これまでは中古車がすぐに売れるわけではありませんでした。だから、販売店も熱心ではなかった。ところがコロナ禍で新車、中古車が払底してきて、中古車がなかなか手に入らなくなりました。

それがKINTOなら確実に手に入る。販売店としてはKINTOを勧める大きなメリットがあるわけです」

時代環境もありますが、サブスクは販売店にとってありがたい新商品になってきたのでしょう。だから、成長しているわけです。

小寺さんの話を聞いていると、KINTOが成功した背景には『サブスクが流行っているから』というムードによるものではないことがわかります。独り勝ちするのではなく、関わる人たちが得をするような企画にする。この場合は販売店です。

自分だけが得をする新事業を熱心にサポートしてくれる人はまずいないと考えたほうがいいでしょう。

■不人気と思われていたEV車が人気になった

トヨタがBEV「bZ4X」を出したのは2022年の5月でした。初年度の生産は5000台で、すべてKINTOが扱うことになっています。つまり、トヨタのEVに乗りたいと思うユーザーは今のところサブスクの契約をするしかない。このことで、KINTOはますます人気が高まっています。

しかし、小寺さんは慎重です。今後もEVに関しては少しずつマーケットに出していこうと考えています。

ただし、生産制約がありまして、半導体がないし、バッテリーを作れないので、初年度5000台のうち、年内納車ができるのは多くはありません。

トヨタは国内向けに自動車150万台を作っているわけですから、それからすると年間で5000台は決して多くはないですね。ただ、トヨタだけの事情ではなく、国内にはまだ環境が整っていないんです。充電器インフラが不足していますし、ユーザーのバッテリーに対する不安といった問題もあります。まだまだBEV(バッテリー式EV)が一足飛びに普及していくとは思えません。徐々にEVファンを増やしていこうと思っています」

■“サブスクとの相性がいい”その理由

EVの全車をサブスクにしたのはどうしてなのでしょうか。

「下取りの不安がないことでしょう。バッテリー性能の劣化に対する不安もありません。仮にバッテリーが劣化してもサブスクです。お客さまご自身の車ではありません。

そしてサブスクが終わった後、バッテリー、車体とも全数、うちに戻ってきますから、3R〔リデュース(ごみの減量)、リユース(再利用)、リサイクル(再資源化)〕に回すことができます。お客さまにとっても、地球環境にとっても悪いことではありません」

「現在、まだEVの中古車は大量に出てきていません。しかし、バッテリーが劣化してしまった車の価格は大きく下がるでしょうから、お客さまは『もう二度とEVなんて買うか』といった気持ちになります。

それに今、EVのバッテリーを交換しようと思ったら、1台分で300万円くらいになってしまうんです。

ところが、KINTOでしたらそんなことはありません。バッテリーが劣化したら新しいバッテリーに交換が可能です」

■「トヨタのEV」気になる乗り心地は…

「なぜなら、バッテリーは簡単に交換できるものじゃないんです。例えばbZ4Xの重量は約2100kgですが、バッテリーの重さだけで約500kgはあります。車の下に敷き詰めて車体の一部になっていますからバッテリー交換とはいえ、自動車の生産工場に持っていかなくてはなりません。

ただし、トヨタの技術部はbZ4Xのバッテリーは10年たっても大丈夫といいます。ただ、これは10年たってみないと誰にもわからない。バッテリーの寿命ってユーザーの使い方に左右されるわけですから」

そしてBEVの乗り心地だが、小寺さんはどう感じたのでしょうか。

小寺さんは「何度も乗りました」と言った。

「いい車ですよ。私は日産もテスラも乗りました。トヨタのEVはテスラほどワイルドじゃないです。車内は静かで乗りやすい。いかにもトヨタが丁寧につくったEVっていう感じです」

トヨタ自動車の新型バッテリEV(電気自動車)「bZ4X」
提供=トヨタ自動車
トヨタ自動車の新型バッテリEV(電気自動車)「bZ4X」 - 提供=トヨタ自動車

■エンジンと違い、重心を安定させられる

「EVとエンジン車の一番の違いはとにかく静かなことです。ハイブリッド車に乗ったことのある方はわかると思うのですが、エンジンがかかっているときとかかっていないときでは静粛性がまったく違う。あの違いです。そして、バッテリーがフロアパネルの真下に入っているんです。

車屋としての感想を言うと、重量の前後配分がベストなんです。しかも、重心が低い。エンジンだと車体の前に載せるので、前が重たくなる。つんのめって走っている感じで、曲がりにくかったりもするんです。

ところが、バッテリーは理想的な配分で車体に載せることができるので、走りに安定感が出ます。

ただ、EVの問題はやはり電池の寿命だと思うんです。山の中で電池切れすることよりも、寒冷地の雪道でスタックした時が怖い。電気自動車は熱源がないので、車内であったまることができません。ガソリン車はエンジン内で爆発して火を熾(おこ)しているのと同じだけれど、EVは電気がなければ冷えます。寒冷地ではEVよりもハイブリッド車だと思います」

■新事業に「キラキラ企画書」は通用しない

ここからはKINTOのことではなく、トヨタの問題解決、トヨタの仕事で体験したことについて語ってもらいます。

小寺さんは「KINTOという新事業をやってみて、たくさん失敗したし、今もしています」と言っています。そのなかでももっとも「勉強になった」のが、キラキラした企画書は通用しなかったことだそうです。

小寺さんは言います。

「オフィスで一生懸命考えて、さんざん討論して企画書を作ったのですが、わかったことがあります。

会議室のなかだけで意思決定した企画は世の中には通用しません。企画書もまたトヨタでいう現地現物で作らないとダメ。企画は現場で考えなきゃダメなんです。ただし、それは新事業みたいな企画です。

パターン化された既存の仕事だと会議室で会議をやり、ネガティブチェックを入れると、それなりに当たる確率の高いものが出来上がるかもしれません。例えば車の販促計画みたいなものであれば。しかし、新事業の場合は絶対に現場へ行かないとダメです。

スタートしたときに僕らはKINTO ONEとKINTO FLEXという2種類のサブスクを用意したんです。会議室のなかで決めた企画でした。

■「レクサスに6台乗れる」がまるでダメだった理由

サービス開始時のKINTO ONEは1台を3年間で乗る。KINTO FLEXはレクサスを半年ごとに乗り換えて6台まで乗れる。KINTO FLEXは好きな車を乗り換えることができるのですから、まさにサブスクリプションです。

これ、すごく魅力的に聞こえるでしょう。ところが応募してくる人はほとんどいませんでした。現実には6カ月ごとに車を変える人はいなかったんです。

毎日、車に乗るわけじゃないから、3年間に6台も乗りたい人はいなかった。中国でも同じ結果でした。中国ではKINTO FLEXをやり、車はメルセデス、BMWも乗れるようにしたのですけれど、これもダメでした。お客さまが車を選ぶ時はサブスクであれ、何であれ、車はじっくり乗りたいんです。現場でもっと話を聞けばよかったと思いました。

新規の商品に関しては会議室で意思決定することにほとんど意味はないんです。とにかく世の中に出してみて、それでお客さんの反応を見て、いけるかいけないかを即座に判断する。それが正しいやり方なんだとわかりました。企画書を練り上げることばかり考えていたんです」

失敗から学んだ小寺さんは新事業の回し方を少しはわかったという。

この話は新事業の担当を命じられたビジネスパーソンにはとても重要だと思います。企画書を軽んじるのではなく、企画は現場のことをよく調べたうえで作ることという、当たり前かもしれないけれど、切実な問題ではないでしょうか。

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。旅の雑誌『ノジュール』(JTBパブリッシング)にて「ゴッホを巡る旅」を連載中。

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)

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