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岸田首相は根本的な問題から逃げている…官邸主導の「賃上げ」が成功するとは思えないこれだけの理由

プレジデントオンライン / 2022年12月12日 10時15分

参院本会議で答弁する岸田文雄首相=2022年12月8日、国会内 - 写真=時事通信フォト

■官邸ではなく、企業側が自主的に賃上げすべき

過去約30年、わが国の給与はほとんど上がっていない。岸田政権は、そうした閉塞感を打破するために取り組みを行っている。その一つとして、「物価上昇をカバーする賃上げ」を行うよう経済界へ要請が行われている。

足許、エネルギー資源価格や穀物などの価格上昇と、このところの円安進行によって、国内の物価は上昇している。家計の生活負担が追加的に上昇する恐れは高い。企業が収益を得るためにも、経済全体で賃上げを目指すことの重要性は高まっている。

ただ、官邸主導の賃上げが、これから持続的な賃金上昇につながるか否かは疑問だ。過去の経験から言っても、おそらく、わが国の賃金が上昇しつづけることは期待しづらいだろう。

重要なポイントは、民間企業が自主的に賃金を上げるような仕組みを定着させることだ。わが国では、多くの企業が“終身雇用・年功序列”という雇用慣行から脱することができていない。そうした旧態依然とした労働慣行の下では、経営者側は賃金を上げなくても、ある程度の人材の確保が可能になる。

一方、労働者側も、自分の能力を向上させて、より高い賃金を望むよりも、企業の中での自分のポジションを確保するほうが安心していられる。ただ、それでは、経済全体として進歩の余地が小さくなってしまう。労働市場を改革することは、わが国の経済にとって重要な変化になるはずだ。

■韓国は85.62%の増加に対し、日本は上がっていない

岸田政権が賃上げを急ぐ背景には、世界的にわが国の賃金上昇ペースが極めて緩慢であることが大きい。経済協力開発機構(OECD)が算出する米ドルベースの平均賃金の推移をみると、わが国の賃金の伸び悩みは鮮明だ。1991年から2021年までの間、わが国の平均賃金の上昇率は4.87%だった。

同じ期間中、OECD加盟国の平均は34.81%増だった。米国は52.15%、英国は50.58%、韓国は85.62%、ドイツは33.67%と大きく増加した。

リーマンショックの発生した2008年から2021年までの期間でみても、わが国の賃金増加率は2.20%と、OECD加盟国平均(11.99%)を下回る。2015年に韓国の平均賃金はわが国を上回った。なお、国税庁が発表している民間給与実態統計調査結果によると、1年勤続者の平均給与額は1991年が446万6000円だった。1997年に過去最高の467万3000円に増加した後は右肩下がりの傾向にある。2021年の給与額は443万3000円だ。賃金の伸び悩みは失われた20年や30年と呼ばれるわが国経済の状況と整合的だ。

その背景には複数の要因がある。その一つとして軽視できないのは、非正規雇用者の増加だ。バブルの崩壊後、わが国の経済環境は悪化した。株価、地価の下落によって景気は減速し、消費は減少した。不良債権処理も遅れた。

■コスト削減のために非正規雇用を増やした結果…

1997年には“金融システム不安”が発生した。北海道拓殖銀行や山一証券が破綻し、翌年には大手行の一角である日本長期信用銀行などが破綻した。1999年2月には、日本銀行が政策金利である無担保コール翌日物の金利をゼロに引き下げた(ゼロ金利政策)。その後、一時的にゼロ金利政策が解除されたが、今日までわが国では超低金利環境が続く。経済は長期の停滞に陥った。

企業は生き残りのためにコストを削減しなければならなくなった。一つの方策として、人件費を抑えるために非正規雇用を増やした。そうすることによって既存の事業体制を維持し、正規雇用の大幅な削減を回避したともいえる。その結果、雇用者に占める正規雇用者の割合は低下し、非正規雇用の割合が上昇した。

1990年2月、就業者における正規雇用の割合は79.8%、非正規が20.2%だった。2022年7~9月期の平均値で正規雇用は62.8%、非正規雇用が37.2%だ(1990年2月の数値は労働力調査特別調査、2022年7~9月期は労働力調査詳細集計、いずれも総務省発表)。

■正規の仕事があっても非正規を選ぶ人は増えている

賃金の決まり方は、多くの企業で旧来の制度が続けられてきた。新卒で就職して定年まで勤めあげる“終身雇用”と、年功を重ねるごとに賃金が上昇する“年功序列”を続ける企業は依然として多い。経済界ではこの雇用慣行を維持することは難しく、見直すべきだとの考えが出てきた。ただ、そうした取り組みは遅れているのが実情だ。

非正規雇用者の急増の下で旧来の雇用慣行が続いたことは、賃金の伸び悩みに大きく影響した。厚生労働省が発表した賃金構造基本統計調査によると、2021年時点で正規雇用者の賃金を100とした場合、非正規雇用者は67.0にとどまっている。

一方、時系列に確認すると、非正規での就業を選ぶ理由は多様化している。総務省が発表した2021年の労働力調査詳細集計によると、正規の仕事がないから非正規雇用を選ぶ人の数は減少傾向だ。一方、自分の都合のよい時間に働きたい人は増えている。専門的な技能を活かすために非正規雇用を選択する人も多い。

■日本企業が抱える2つの大問題

それに加えて、わが国企業の人材投資も海外に見劣りする。内閣官房に設置された「新しい資本主義実現本部事務局」が公表した賃金・人的資本に関するデータ集によると、1990年代の半ば以降、わが国の人材投資(GDP対比、OJT以外)は低下基調だ。対して、米英独仏の人材投資はわが国を上回っている。

金融街、マンハッタン、ニューヨークでのアップビュー
写真=iStock.com/aiisha5
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/aiisha5

以上より、複数の論点が浮かび上がる。ここでは2つ指摘しておきたい。まず、企業経営者も労働者も、終身雇用・年功序列が崩れ、雇用環境が不安定化する展開を過度に恐れた。わが国経済のパイが縮小しているにもかかわらず、終身雇用と年功序列が続けられた結果、経済全体で不可避的に賃金が伸びづらくなっている。

次に、わが国の雇用慣行は価値観の多様化に対応できていない。新しい働き方を志向する人は増加している。一方、わが国経済全体で過去の発想に依拠した雇用慣行から脱することが難しい。その状況が長引き、世界的にみてわが国の賃金伸び悩みが深刻化している。

■年功ではなく、技能によって賃金は決まるべきだ

今後、わが国は、本格的な労働市場の改革により取り組む必要がある。同一労働・同一賃金の考えを徹底するのもその一つだ。冷静に考えると、同じ内容の職務に従事する人が能力や成果によって評価されるのは自然だ。

米国などの労働市場では、個々人が専門技能を磨き、より高い賃金を求めて働き先を変えることが多い。さらなる成長、自己実現、社会貢献などを目指して起業する人も多い。企業としても、優秀な人材に長く働いてもらうためには、成果に応じて賃金を支払わなければならない。

そうした労働市場の環境に加えて、1990年代以降の米国ではIT革命が起きた。近年は、ビッグデータを用いたサブスクリプション型ビジネスモデルが急成長した。それによってGAFAなどが急成長を遂げ、経済運営の効率性が高まった。それが米国の賃金上昇を支えた。

■目先の賃上げ政策では日本は変われない

一方、経済が長期停滞に陥ったわが国では、成長を目指すよりも守りの心理を強める人が増えた。GAFAのような企業を生み出すのはわが国には難しいといった考えの増加はその一つだ。ただ、実態としては、わが国では給料が上がることよりも、過去の雇用慣行に依拠した地位を失うことに抵抗感や不安を強める人が増えたというべきだろう。その結果として、米国などのIT先端企業とわが国企業の事業変革、成長などスピードの差が拡大したと考えられる。

わが国が持続的に賃金増加を目指すためには、終身雇用・年功序列の雇用慣行から脱却しようとする企業の増加が必要だ。それが、正規・非正規の賃金格差を是正し、スキルや成果に応じて人々が所得を得る環境整備につながる。その上で、政府が規制緩和を行うなどして労働市場の流動性を高めるなど構造改革を行ったり、学びなおしの制度を拡充したりすることがあるべき政策運営の形だろう。

遠回りに見えるかもしれないが、わが国全体で賃金の伸び悩みを解消するためには、終身雇用・年功序列などを基礎とする日本型の雇用システムからの脱却が欠かせない。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。

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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)

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