1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. ライフ総合

治療の必要がない「再検査」を次々と増やしている…医師でも判断に苦しむ「健康診断の検査項目」

プレジデントオンライン / 2022年12月15日 14時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tadamichi

健康診断で「再検査」と言われたら、どうすべきか。医師で作家の久坂部羊さんは「数値に一喜一憂しないほうがいい。特に基準値は時代によって変化し、万人にあてはまる絶対的なものではない」という――。(第1回)

※本稿は、久坂部羊『寿命が尽きる2年前』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。

■基準値は絶対的な指標ではない

今の日本には、“心配を好む文化”がはびこっているようにも思えます。多くのことを心配することで、安心するという奇妙なパラドクスです。

健診センターで診察をしていると、数字が人々に大きな影響を与えていることに驚かされます。特に血液検査は、基準値があるので気になるようです。

基準値内であれば安心かというとそうではなく、人によっては、ギリギリではなく余裕のある基準値内でないと安心できないと言ったりします。

以前は基準値ではなく、「正常値」と書いてありました。すると、そこからはずれると異常なのかと過剰反応する人がいたので、「基準値」に改められたのです。ですから、あくまで基準なのですが、数字に影響を受けやすい人には、絶対的な指標となるようです。

しかし、この基準値が老いも若きも同じというのは不合理です。

男女で分けている項目もありますが、年齢で分けているものはありません。コレステロールとか、飲酒をする人のγ-GTPなどは、年齢とともに増えるのが当たり前ですし、赤血球やヘモグロビンは年齢とともに減って当然ですから、若い人の基準を当てはめれば、自ずとそこからはずれることになります。

さらには、基準値がたびたび変更されることも問題です。ある女性の受診者は、総コレステロールが241mg/dlだったので、ひどく心配していました。基準値が219mg/dl以下と書いてあるからです。

そこで、「私が医学部の学生のときには、総コレステロールの正常値は250mg/dl以下でしたよ。それにコレステロールについては、基準値より少し高めのほうが長生きするというデータもあります」と話すと、少しは安心したようでした。

■現在と昭和で異なる基準

似たようなことは血圧でも言えます。

今は高血圧の診断基準が、収縮期血圧が140mmHg以上、もしくは拡張期血圧が90mmHg以上となっていますが、私が医学生だった40数年前は、収縮期血圧が160mmHg以上、かつ拡張期血圧が90mmHg以上で、片方だけが超えているものは「境界例」とされていました。

すなわち、収縮期血圧が150mmHgでも、当時は薬をのまなくてよかったのです。血圧は年齢とともに上がるのがふつうですから、若者の基準を当てはめると、異常者が続出するのは当然です。

昭和の時代には、「血圧は年齢プラス90が正常」と言われたものですが、案外、それがまっとうな基準なのかもしれません。

■高血圧だとなぜ悪いのか

そもそも高血圧の基準が、なぜ時代とともに変化するのでしょう。それは専門の学会で議論が繰り返され、より安全で精度の高い基準が求められるからです。公には、世界中の学会やWHOが決めたとされていますが、日本の基準は当然ながら、日本の専門家が決めています。

たしかに、基準を厳しくすれば、血圧が低めに抑えられて安全性が高まるのは事実です。さらにもうひとつの事実として、薬をのむ人が増えるということもあります。製薬会社にとってはありがたい事実でしょう。

その一方で、製薬会社から基準を決める専門家の委員に、多額の寄付が送られている事実もあります。この寄付は奨学寄付金と呼ばれ、いわゆるヒモ付きではありません。ですから、寄付をもらった委員が、患者さんの利益より製薬会社の利益を図る“利益相反”はないというのが建前です。

しかし、だれに寄付金を出すかは、製薬会社が自由に決めます。会社にとって、好ましい発言をする委員と、好ましくない意見を持つ委員の、どちらに多額の寄付をするかも自由です。もちろん、委員もその事実を暗黙の了解として心得ています。利益相反の危険性があるのは明らかでしょう。

一方で、製薬会社からの寄付がなければ、新薬開発に関わる研究が十分に行えない事実もあります。当たるか当たらないかわからない研究(新薬開発の研究で実用化されるのは、百に一つとか、千に三つとか言われる)に、政府が多額の科研費を出せないのも事実です。

■動脈硬化の原因は高血圧だけではない

健診センターで診察をしていると、血圧が高いことを気にする人が少なくありません。しかし、血圧が高いとなぜよくないかを、きちんと理解して心配している人は多くありません。

血圧測定する人
写真=iStock.com/Casanowe
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Casanowe

高血圧はなぜ健康に悪いのか。それは動脈硬化の原因になるからです。動脈硬化になるとなぜいけないのか。それは心筋梗塞や脳梗塞、脳出血など、重篤な病気を引き起こす危険性があるからです。

しかし、動脈硬化は高血圧だけで起こるのでしょうか。ちがいます。

動脈硬化の原因には、ほかに喫煙、肥満、高脂血症、糖尿病、ストレス、遺伝的体質、加齢などがあります。これらを動脈硬化の危険因子といいます。

ですから、煙草も吸わず、肥満もしておらず、コレステロールや中性脂肪も正常で、糖尿病もなく、遺伝的にも問題のない人なら、少々血圧が高めでも目くじらを立てる必要はありません。

40数年前の基準、すなわち収縮期血圧が160未満でまず問題ないことになります。

■医療界の欺瞞

現在の厳しい基準を適用すべきなのは、危険因子の多い人です。それなのにすべての人に当てはめようとするところに、私は医療界の欺瞞(ぎまん)を感じます。

高血圧の専門医が、「緩い基準でも大丈夫です」と言いにくいのは当然です。公に言って、その基準で安心した患者さんが心筋梗塞になったら、責任問題に発展しかねないからです。

今は専門家や政治家、官僚などに対する世間(マスコミ)の目はたいへん厳しく、迂闊なことは言えません。そのため、発言は保身が前提となり、きれい事に偏り、凡庸かつ空疎なものが多くなるのは、致し方ないかもしれません。

■なぜ不安を煽るのか

しかし、今の日本高血圧学会が決めている微に入り細を穿(うが)つような高血圧の基準は、どうでしょう。

高血圧か否かだけでなく、血圧の値によって、「正常血圧」「正常高値血圧」「高値血圧」「I度高血圧」「II度高血圧」「III度高血圧」「(孤立性)収縮期高血圧」に分けているのです(図表1参照)。

【図表1】日本高血圧学会による分類
出典=『寿命が尽きる2年前』

「高値血圧」は、いわゆる「血圧高め」で、「正常高値血圧」は、正常だけれど高めですよと、わざわざ心配を誘うような分類になっています(正常なら正常でいいじゃないか!)。

以前は、収縮期血圧120未満を「至適血圧」などと称していたので、自分の血圧をなんとか120に近づけたいと思った人も多かったようです。

「診察室血圧」と「家庭血圧」を分けだしたのも最近で、医者や看護師に計ってもらうと緊張するので、血圧が高めに出る、いわゆる“白衣性高血圧”を考慮したものです。しかし、緊張の度合いも、それによって上がる血圧の幅も人によってちがうのに、一律にプラス5とするのが妥当なのでしょうか。

言葉は悪いですが、この分類に乗じて、製薬会社はどれほどの利益を出したのかと、つい勘繰ってしまいたくなります(もちろん、薬をのんだおかげで、重大な病気を免れた人も、たくさんいると思いますが)。

■「血圧130を超えたら」で不安になる必要はない

テレビを見ていて、いつも気になるのが、「血圧130を超えたら、血圧高めです」というCMです。日本高血圧学会の分類では、「高値血圧」に入るので、「血圧高めです」はまちがってはいません。

しかし、以前の分類には「常に」という文言が入っていたのです(いつの間にか消えましたが)。それを言わずに、「130を超えたら」と言われると、一回でも超えたら、何かしなければならないような気にならないでしょうか。

CMは自社製品を売るためのものですから、少しでも売れやすいように作るのは当然です。視聴者を騙してはいけませんが、視聴者が勝手に誤解するのはOKなのでしょう。心配を好む文化だからこそ、より安全にという判断が許容されるのです。

■健康診断が生む無用の心配

健康診断は安心のために行うものですが、逆に無用の心配もたくさん作り出しています。

たとえばある女性は、血液検査で腎臓の機能を示す「クレアチニン」の値が、0.85mg/dlで、再検査に来ました。健診センターで採用している基準値が0.84mg/dl以下だったからです。

健診の結果報告に、「3カ月後に再検査を受けてください」と書いてあったので、致し方ないと思いますが、たった0.01高いだけで心配する必要があるでしょうか。

もちろん、前回の異常値が、腎臓悪化のはじまりの徴候である可能性はあります。だったら、0.84の人は放置して大丈夫なのでしょうか。そう考えると、基準値内でも余裕のある数値が望ましいとなって、心配が増えるばかりです。

クレアチニンの基準値は、施設によって一定ではなく、男性1.00以下、女性0.70以下のところもあれば、男性1.2以下、女性1.0以下のところなどさまざまです。だから、基準値を高めに取っているところで検査をすれば、この女性は心配しなくてすんだことになります。

しかし、医療業界は受診者を増やしたいというバイアスがかかっているので、どうしても厳しい基準値を採用しがちです。

■医師でも判断に困る「検査項目」

さらに新手の“脅し文句”も登場しています。先日、私が勤務する健診センターに、「『ロックス・インデックス』で心筋梗塞のリスクが最高と出たのですが、大丈夫でしょうか」と、心配する女性が来ました。

久坂部羊『寿命が尽きる2年前』(幻冬舎新書)
久坂部羊『寿命が尽きる2年前』(幻冬舎新書)

「ロックス・インデックス」は、悪玉コレステロールと呼ばれるLDLコレステロールが、活性酸素によって“超悪玉コレステロール”(こんな名称、今まで聞いたことがありません)になり、それを血管の内膜に取り込ませる「LOX-1」というタンパクを測定して、将来のリスクを予測するというものです。

その女性は40代で、やせていて、低血圧で、コレステロール値も高くない非喫煙者で、親類縁者に心筋梗塞や脳梗塞の人はいませんでした。これまでの概念では、動脈硬化の危険因子がほとんどないので、私はどう答えていいのか迷いました。

危険因子の多い人が、このインデックスが高いのなら、「すぐ生活習慣の改善を」と言いますが、この女性の場合は、「大丈夫です」とも言いにくいし、目新しい検査を鵜呑みにすることにも抵抗がありました。なおかつ、危険因子がほとんどない状態で、何をどうすればいいのかもわかりません。

この新手の検査は、症状も危険因子もない人に、不安を与えるだけではないかという思いが、頭をよぎりました。

ほかにも腹部の超音波検査で、「肝嚢胞」とか「肝血管腫」、「腎嚢胞」とか「腎石灰化」、あるいは「胆のうポリープ」など、検査をするから見つかるだけで、症状も治療の必要もほとんどないものを見つけて、3カ月後に再検査をなどと言うのは、徒に受診者を不安に陥れるだけでしょう。罪作りだなと思います。

----------

久坂部 羊(くさかべ・よう)
作家・医師
1955年、大阪府生まれ。大阪大学医学部卒業。在外公館の医務官や高齢者を対象とする在宅医療に従事。2003年、小説『廃用身』でデビュー。小説ではほかに『破裂』『無痛』『虚栄』などの作品がある。『大学病院のウラは墓場』『日本人の死に時』『医療幻想』など医療の裏側を描いた一般向けの啓発書も多数著している。

----------

(作家・医師 久坂部 羊)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください