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なぜ「こまかすぎる解説者」になったのか…増田明美さんがランナーのひそかな趣味を徹底取材する理由

プレジデントオンライン / 2022年12月17日 14時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/carlosalvarez

スポーツジャーナリストの増田明美さんは、なぜ「こまかすぎる解説者」と呼ばれるようになったのか。増田さんの著書『調べて、伝えて、近づいて』(中公新書ラクレ)より紹介する――。

■マラソン解説でもっとも重要だと考えていること

マラソンや駅伝の解説を頼まれると、レース当日だけでなく、選手が練習する現場から取材を始めます。

レース本番は、当日の天気やコースの状態などさまざまな要因によって展開が変わりますが、スタートに立つまでのコンディショニングが勝敗の決め手になるからです。

私がマラソン解説するうえで考えたのは、「選手は何をいちばん伝えてほしいのか?」ということでした。

現役のランナー時代、私は大会前に放送局からアンケート用紙が配られると、その「趣味」の欄を丁寧に記入しました。

ただ「足の速い人」とだけ見られるのでは、あまりに悲しく思えたからです。「趣味は読書。なかでも歴史書です」と書くことで、「なぜ―人の心を開く読書なのか、なぜ歴史書なのか」と、選手の人間性にもふれるようなコメントをしてほしいと思っていました。

自分が取材する側になってからは、趣味の話や家族のこと、ときには恋愛の悩みまで聞きます。

そうした会話ができるようになるまでは、選手との信頼関係を築いていくことが欠かせません。そのためレース前だけに限らず、仕事の合間をぬっては各チームの寮や練習場、合宿所を訪ね、監督やコーチにもよく会います。

競技に集中している選手はなかなか自分のことを話せないもの。そうした選手を周りで支える人たちから話を聞くことで、また違う一面も見えてくるからです。

■大会のずっと前から取材は始まっている

私がよく行っていたのは実業団チームの夏合宿と冬合宿で、夏は北海道、冬は徳之島や宮崎などで行われます。大会前は選手も緊張しているし、他の記者がたくさん来ていて落ち着きませんが、夏や冬の合宿では私一人なのでじっくり取材できるのです。

朝練習の前にストレッチをしているときや、ジョックなど軽い練習のときに「どう体調は?」「よく眠れた?」などとちょっと声をかけて、練習の調子を見守ります。あとは、お昼ご飯を一緒に食べるとか、お昼休みや練習後など余裕のあるときを見計らって話を聞くようにしました。

記者会見で女性記者、メモを書く、マイクを持つ
写真=iStock.com/Mihajlo Maricic
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Mihajlo Maricic

選手がリラックスしているときは競技のことだけでなく、オフタイムの過ごし方も聞いてみます。おしゃれな選手なら「どんな色が好きなの?」「今はネイルアートしてないけど、理由があるのかしら」とか、ファッションやメイクのことを教えてもらったり、家族思いの選手なら「おばあちゃんっ子だったの?」と聞いてみたり。選手である前に一人の女性であると思っているので、私自身も同じ立場で興味あることをどんどん聞いてしまいます。

もちろん選手によりけりで、あちらから寄ってきてくれる人もいれば、他人とは距離を置きたい選手もいるので、取材者としてのスタンスには配慮します。私も駆け出しの頃は20代だったので、選手とは姉妹のような感覚があったけれど、年齢が離れるほどに距離感は変わってきています。

■あえてタメ口を使う

さらに言葉遣いも、選手の個性に合わせるようにしています。たとえば三井住友海上の渋井陽子さんやワコールの福士加代子さんなどは、先生のような丁寧な言葉遣いで取材されるのが苦手なようでした。こちらが「ええ、そうですよね」「そこでどうされましたか?」などと丁寧語で話しかけると距離ができてしまう。

だから私も、「あっ、渋ちゃん、元気?」と、お友だちとしゃべっているような口調で声をかけています。それでも渋井さんは照れ屋さんだから、最初の頃は1対1ではしゃべりにくそうでした。

そんなときは同じチームで先輩の土佐礼子さんに、「ねえ、土佐さんも一緒に」と声をかけてみる。すると、土佐さんもふだんは大人しいけれど、渋ちゃんと一緒にいると楽しそうで、3人でわいわい話が盛り上がるのです。私のペンもすいすい走りました。

選手の思いをくみ取るためには、それぞれの個性に合わせて話を聞く姿勢が大切。時間が許す限り、彼女たちが練習する現場へ足を運び、どんな人なのかしら? とまず相手を知ることから始めてきました。

■夫を利用して情報収集

スポーツの指導者は職人気質の人が多く、寡黙でなかなか話してもらえないというケースもあります。そういうときはコーチやトレーナーとか、傍らでサポートするスタッフに話を聞きます。

やはり相性もあるので、どうしても緊張する指導者に会いに行くときは、マネージャーをしてくれている夫(編註:ファイナンシャル・プランナーの木脇祐二さん)に一緒に来てもらうことも。男同士のほうが話しやすいこともありますからね。

ワコールのチームへ行くとき、夫はとても頼もしい存在でした。福士加代子さんらを指導する永山忠幸監督(現、資生堂専任コーチ)とは同じ熊本出身で、夫がいると、よくしゃべってくださるのです。

私もまだまだ大人になり切れていないところがあるので、永山さんがなかなか取材に応じてくれないときはすごく落ち込んだり、あれこれ悩んだりしながら何とかやってきた感じです。でも基本、永山さんは、とってもチャーミングな方です。

■取材の端緒が見つからない時の裏技

取材の糸口が掴めないときの裏技としては、キーマンを見つけることもあります。たとえば福士加代子さんの取材では、いちばん話を聞いたのが親友の瀬川麻衣子さんです。

2人は青森の五所川原工業高校の同級生で、もともとソフトボールをやっていた福士さんを陸上部に誘ったのが麻衣ちゃんでした。いわば「長距離の女王、福士加代子の生みの親」です。誰よりも福士さんを応援している親友で、大きな大会はもちろんのこと、合宿先にもよく顔を出していました。麻衣ちゃんが精神的な支えになっていることを、永山監督も認めていて、信頼が厚かったのです。

麻衣ちゃんは現在関東に住んでいますが、私が「福士さんのご家族に会いたい」と言うと、一緒に故郷の五所川原市へ帰ってくれました。麻衣ちゃんのご実家は飲食店で、そこに福士さんのご両親を呼んでくれて、一緒に夕食を食べながら子どもの頃の話をたっぷり聞かせてもらいました。高校のグラウンドや部室も案内してくれたうえに、恩師の先生ともお食事することができたのです。

福士さんは恩師の安田信昭先生に「苦しいときに笑える選手になりなさい」と最初に教えられました。それが彼女の原点になっています。いつもニコニコしているから後輩たちからも人気なんです。

合宿先での取材といえば、海外へもあちこち行きましたね。スイスのサンモリッツ、アメリカのボルダー、ニュージーランドのクライストチャーチ、中国の昆明や麗江……。もちろん交通費や滞在費等の取材費は自前ですから大変さもありましたが、現地では監督たちも「こんな遠くまでよく来てくれたね」と快く受けいれてくださり、歓迎してくれました。監督たちの懐の深さのお陰ですね。私にとっては旅も兼ねていて、今では懐かしい思い出になっています。

■取材ノートに書き続けていること

私は「こまかすぎる解説者」と言われることに、恐縮しつつも少し恥ずかしい気もしています。とりたてて努力しているわけではなく、ただその人に興味があって、もっと知りたいという好奇心がそうさせているだけだからです。

取材ノートに、現場で出会った選手たちの練習ぶりや日々の生活の様子、監督や家族から聞いたエピソードなど、何でも綴ってきました。

「マラソンにはまぐれがない」という言葉があります。良い結果は、完璧に練習をこなしたときにしか出ないといわれる厳しい競技。さらにレース当日の天気やコースのコンディションによっても記録の伸びが左右され、最後まで何が起きるかわからない。それだけにレースを観る人にとっては、42.195キロが人生のドラマと重なり合うのかもしれません。

増田明美『調べて、伝えて、近づいて』(中公新書ラクレ)
増田明美『調べて、伝えて、近づいて』(中公新書ラクレ)

この取材ノートには、自分の支えになる言葉も書き留めています。新聞を読んでいて「これだ!」と思った言葉、出会った人から聞いて心に残る言葉などを、ノートの後ろのページにメモしていたのが始まりで、一冊のノートの後半は「言葉ノート」になっています。

「誰かの靴を履く」という言葉もメモしてありますし、松任谷由実さんの言葉も書いてあります。ユーミンは、ある賞の贈呈式での挨拶で、こう語っていたのです。

「私の名前は消えても、歌だけが詠み人知らずとして残るのが理想だ」と。そんな気持ちで仕事をするのは素晴らしいことだと、感じ入りました。

こうして大切な言葉を書き留めておくことで、私自身の心の引き出しも少しずつ豊かになっていると思います。もっとも引き出しに入れっぱなしにしたまま、なかなか開けず、取り出せないことも多いのですが……。

■「汗かき、恥かき、手紙書き」

書くという習慣でいえば、お世話になった方に手紙を書くことも心がけています。「汗かき、恥かき、手紙書き」、私はこの言葉がとても好きなんです。

テレビやラジオ、講演やイベントの仕事でも、終わった後にお礼状を書かないと終わった気がしませんね。

テーブルの上に置かれたひな形、封筒、ボールペン、コーヒー、ペンを持つ手
写真=iStock.com/c11yg
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/c11yg

テレビの仕事はスピーディーなので、番組の放送は必ず見て、見終わったらすぐに制作の方に感想をメールで送ります。

今は何でもメールで済ませる時代ですが、できるだけ手紙を書くことで自分の気持ちが伝わればいいなと思っています。「汗かき、恥かき、手紙書き」が、私の変わらぬモットーです。

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増田 明美(ますだ・あけみ)
スポーツジャーナリスト
1964年千葉県生まれ。私立成田高校在学中、長距離種目で次々に日本記録を樹立する。82年にマラソンで日本新記録を作り、84年のロス五輪ではメダルを期待されたが、無念の途中棄権。13年間の競技生活で、日本記録を12回、世界記録を2回更新した。92年に引退後は、スポーツジャーナリストとして、各紙誌での執筆、マラソン・駅伝中継の解説に携わるほか、ナレーションなどで幅広く活躍。2017年にはNHK朝ドラ『ひよっこ』の語りを務めた。日本パラ陸上競技連盟会長、全国高等学校体育連盟理事、日本陸上競技連盟評議員、日本パラスポーツ協会理事など公職多数。大阪芸術大学教授。

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(スポーツジャーナリスト 増田 明美)

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