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だから日本代表はドイツとスペインに勝てた…Jリーグの村井チェアマンが危機感を覚えた衝撃のデータ

プレジデントオンライン / 2022年12月14日 10時15分

撮影=奥谷仁

W杯カタール大会で、日本は優勝経験国のドイツとスペインを下しベスト16で大会を終えた。日本サッカーはなぜここまで強くなったのか。Jリーグのチェアマンを4期8年務め、2021年度までの8年で営業収益を2倍以上に増やした村井満さんに、ジャーナリストの大西康之さんが聞いた――。(第9回)

■モットーは「都合の悪いことは世の中に晒す」

――村井さんは「魚と組織は天日に晒すと日持ちが良くなる」というポリシーのもとにJリーグを改革していきます。その中で生まれたのが『PUB REPORT』。いわばJリーグの「アニュアルレポート(年間事業報告書)」ですね。

【村井】2014年にチェアマンに就任した次の年、2015年のシーズン終了直後に最初のPUB REPORTを出しました。最後の試合が終わった1週間後には最終の原稿を入稿して、出来上がった冊子をJリーグの関係者に配ると同時に、ネットでPDFを即日公開しました。

【連載】「Jの金言」はこちら
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以前にも言いましたが、プロ選手の経験も、チーム運営の経験もないチェアマンですから、「ミスをしない」のは難しい。いろんな失敗をするだろう。そういう失敗は隠していると袋だたきに遭います。都合の悪いことは、できるだけ世の中に晒して、フィードバックをもらって立て直したほうが良い結果が得られます。

人間の体も同じで、「ホメオスタシス(恒常性)」なんて言いますが、体温が上がれば発汗して体温を下げる。血糖値が上がればインスリンが分泌されてそれを下げる。「体温が上がったよ」「血糖値が上がったよ」という情報が全体に伝わることで、外部環境が変わっても体内の状態を一定に保つ働きがあります。この情報がうまく伝わらない時、人間は病気になります。

■日本サッカーの弱点を徹底的に検証

【村井】「すべての犯罪は密室で起きる」とも言われます。人間の社会では情報が隠蔽(いんぺい)され、フィードバックが止まった時に、問題が起きます。だから新米のチェアマンとしては「晒していく」ことを決め事にしました。

PUB REPORTを作るときも「Jリーグにとって都合の良いことばかり書くのではなく、課題や問題もどんどん書いてほしい」とお願いしました。

――数ある『PUB REPORT』の中でも「晒す」意識が最も強く出たのが2016年夏号ですね。「世界とのギャップ」と銘打って、Jリーグ、日本サッカー界の弱点を徹底的に明らかにしました。

【村井】チェアマンに就任してすぐの2014年6月のW杯ブラジル大会の予選リーグ。日本は1分け2敗の勝ち点1のグループ最下位で敗退しました。得点はコートジボワール戦とコロンビア戦で上げた2点だけ。2010年の南アフリカ大会で決勝トーナメントに進んでいただけに、サッカー界もファンも大きなショックを受けました。これはもうPUB REPORTも1年に1回などと悠長なことは言っていられない。日本と世界の差は縮まっているのか広がっているのか。差があるとしたら何が原因なのか。徹底的にサーベイしました。

■「パスが秒速1メートルも違う」衝撃的なデータ

【村井】例えば当時、イングランド・プレミアリーグの年間営業収益は6044億円でその半分以上、つまり3000億円以上を放映権収入から得ていました。Jリーグの収益は937億円で、放映権料は50億円でした。60分の1です。

クラブの営業収益を比べてもスペインのレアル・マドリードの793億円に対し、浦和レッズは61億円。その上でスペインは営業収益の62%、イングランドは61%を人件費に当てている。日本は44%です。欧州サッカーはクラブが莫大な収益を上げ、その資金で優秀な選手をかき集める。魅力的な選手がたくさんいるから観客が増え、さらに収益が上がるという好循環ですが、日本はそれができていませんでした。

プレミアリーグのスタジアムは100%がサッカー専用でしたが、Jリーグは58%。残りは陸上競技場との兼用でした。イングランドではプレミアの下の2部も100%サッカー専用でしたが、日本はJ2になると22%しかない。U18(18歳以下)世代のメキシコ代表は年間100試合の国際試合をこなしているが日本代表のU18は41試合。

競技レベル、すなわちプレーの中身に目を向けましょう。Jリーグの平均と、スペインの強豪レアル・マドリードのヨーロッパ・チャンピオンズリーグでのスタッツ(統計)を比較しました。ミドルパスのスピードはJリーグの毎秒11.37mに対し、レアルは毎秒12.22m。1試合のシュート数はJリーグの12本に対し、レアルは17.1本。レアルはパススピードが秒速で1メートルも早いのでパスの成功率が高く、その結果、シュート機会が増えてスペクタクルなゲームになっているのです。

■批判を浴びた2ステージ制にも向き合った

――いやはや身も蓋もないというか。愕然とする差ですね。

【村井】いかに日本のサッカーがいけてないかをデータで示すわけですから、これを開示するのは当然「痛い」です。痛いけど、その痛みの先に成長があるのだと思います。圧倒的な差を認識した上で、「だったらどうする」と現実的な議論が始まるのです。

私がチェアマンになった時にはすでに決まっていたのですが、Jリーグは2015年に2ステージ制を導入しました。賛否両論が渦巻き、1stステージでは浦和レッズが優勝したのですが、多くのサポーターが2ステージ制に反対していて、表彰式のアナウンスがブーイングでかき消される、というシーンもありました。

2ステージ制が良いのか悪いのか、議論をするための材料が必要だと思ったことが、PUB REPORTを作るきっかけになりました。2ステージ制になってテレビの視聴率はどうだったのか。メディアの露出や観客動員数は増えたのか減ったのか。良いことも悪いことも、すべてデータで示して議論のたたき台にしようと考えたのです。

■「今日は何もないです」「迷っています」でもいい

【村井】結果として2ステージ制は2年間で終わり、もとの1シーズン制に戻るのですが、情報を開示して、フィードバックをもらって、それを材料に立て直すということをJリーグはやってきました。この姿勢はその後、育成プランとかフットボール・ビジョンの策定とかコロナ対策とか、さまざまな場面で生かされることになっていきます。

その上で、今シーズンのJリーグはどうだったのか。うまくやれたのか、やれなかったのか。世間に対してそれを包み隠さず報告するのがPUB REPORTの役割ですね。

――「日本のサッカーがどれだけ、いけていないか」を詳(つまび)らかにしたことで、世界との差を埋める地道な作業が始まり、その積み上げが今大会でのドイツ戦、スペイン戦につながったと考えることもできます。現場や取引先からフィードバックを受けるというのは、村井さんがいたリクルートでも経営陣がやっていました。

【村井】創業者の江副浩正さんが社長の時は「360度評価」と言って、取締役が社長を評価する制度がありました。それと同じでJリーグにも、25人の部長、本部長がチェアマンを評価する仕組みがあります。中には手厳しい意見もありますが、とにかく情報を開示して、フィードバックをもらって、立て直す。その繰り返しでした。

2020年にはチェアマンとして年間で71回の記者会見を開きました。時には開示すべき情報がなくて「今日は何もないです」という日もありました。結論が出ていなくて「その件については、まだ迷っています」という日もありました。それも含めて情報ですから、それでいいと思っていました。

村井さんが書いた色紙
撮影=奥谷仁

■経営者だからこそ本音のフィードバックをもらう

【村井】時には「世間には、ちゃんとリカバーしてから話そう」と思うこともないわけではありませんでしたが、それでも、何かが起きたらすぐに世間に開示する、という姿勢を貫きました。

Jリーグに対して、いつも厳しいことを言ってくるセルジオ越後さんには「そんなに言いたいことがあるなら直接話そうじゃないか」と機会を作りました。今では大切な飲み友達です。2015年にはホリエモンこと起業家の堀江貴文さんや、慶應義塾大学の教授だった夏野剛さん(現KADOKAWA社長)といった方たちとアドバイザー契約を結び、率直に耳障りの悪い事も言ってもらえる仕組みを作りました。

米国のグーグルには世界16万人の社員が経営者を評価する仕組みがあるそうです。本音のフィードバックをもらうというのは、経営者にとって大切なことです。Jリーグ・チェアマンの立場でいえば、サッカーはサッカーを愛するすべての人のものですから、Jリーグで起きたことは良いことも、悪いこともファン、サポーター、世間に包み隠さず伝えるのが筋だと思います。

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大西 康之(おおにし・やすゆき)
ジャーナリスト
1965年生まれ。愛知県出身。88年早稲田大学法学部卒業、日本経済新聞社入社。98年欧州総局、編集委員、日経ビジネス編集委員などを経て2016年独立。著書に『東芝 原子力敗戦』ほか。

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(ジャーナリスト 大西 康之)

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