だから日本代表はドイツとスペインに勝てた…Jリーグの村井チェアマンが危機感を覚えた衝撃のデータ
プレジデントオンライン / 2022年12月14日 10時15分
■モットーは「都合の悪いことは世の中に晒す」
――村井さんは「魚と組織は天日に晒すと日持ちが良くなる」というポリシーのもとにJリーグを改革していきます。その中で生まれたのが『PUB REPORT』。いわばJリーグの「アニュアルレポート(年間事業報告書)」ですね。
【村井】2014年にチェアマンに就任した次の年、2015年のシーズン終了直後に最初のPUB REPORTを出しました。最後の試合が終わった1週間後には最終の原稿を入稿して、出来上がった冊子をJリーグの関係者に配ると同時に、ネットでPDFを即日公開しました。
![【連載】「Jの金言」はこちら](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/a/1200wm/img_da1cd476c47c2df664614e8843db3f3e199505.jpg)
以前にも言いましたが、プロ選手の経験も、チーム運営の経験もないチェアマンですから、「ミスをしない」のは難しい。いろんな失敗をするだろう。そういう失敗は隠していると袋だたきに遭います。都合の悪いことは、できるだけ世の中に晒して、フィードバックをもらって立て直したほうが良い結果が得られます。
人間の体も同じで、「ホメオスタシス(恒常性)」なんて言いますが、体温が上がれば発汗して体温を下げる。血糖値が上がればインスリンが分泌されてそれを下げる。「体温が上がったよ」「血糖値が上がったよ」という情報が全体に伝わることで、外部環境が変わっても体内の状態を一定に保つ働きがあります。この情報がうまく伝わらない時、人間は病気になります。
■日本サッカーの弱点を徹底的に検証
【村井】「すべての犯罪は密室で起きる」とも言われます。人間の社会では情報が隠蔽(いんぺい)され、フィードバックが止まった時に、問題が起きます。だから新米のチェアマンとしては「晒していく」ことを決め事にしました。
PUB REPORTを作るときも「Jリーグにとって都合の良いことばかり書くのではなく、課題や問題もどんどん書いてほしい」とお願いしました。
――数ある『PUB REPORT』の中でも「晒す」意識が最も強く出たのが2016年夏号ですね。「世界とのギャップ」と銘打って、Jリーグ、日本サッカー界の弱点を徹底的に明らかにしました。
【村井】チェアマンに就任してすぐの2014年6月のW杯ブラジル大会の予選リーグ。日本は1分け2敗の勝ち点1のグループ最下位で敗退しました。得点はコートジボワール戦とコロンビア戦で上げた2点だけ。2010年の南アフリカ大会で決勝トーナメントに進んでいただけに、サッカー界もファンも大きなショックを受けました。これはもうPUB REPORTも1年に1回などと悠長なことは言っていられない。日本と世界の差は縮まっているのか広がっているのか。差があるとしたら何が原因なのか。徹底的にサーベイしました。
■「パスが秒速1メートルも違う」衝撃的なデータ
【村井】例えば当時、イングランド・プレミアリーグの年間営業収益は6044億円でその半分以上、つまり3000億円以上を放映権収入から得ていました。Jリーグの収益は937億円で、放映権料は50億円でした。60分の1です。
クラブの営業収益を比べてもスペインのレアル・マドリードの793億円に対し、浦和レッズは61億円。その上でスペインは営業収益の62%、イングランドは61%を人件費に当てている。日本は44%です。欧州サッカーはクラブが莫大な収益を上げ、その資金で優秀な選手をかき集める。魅力的な選手がたくさんいるから観客が増え、さらに収益が上がるという好循環ですが、日本はそれができていませんでした。
プレミアリーグのスタジアムは100%がサッカー専用でしたが、Jリーグは58%。残りは陸上競技場との兼用でした。イングランドではプレミアの下の2部も100%サッカー専用でしたが、日本はJ2になると22%しかない。U18(18歳以下)世代のメキシコ代表は年間100試合の国際試合をこなしているが日本代表のU18は41試合。
競技レベル、すなわちプレーの中身に目を向けましょう。Jリーグの平均と、スペインの強豪レアル・マドリードのヨーロッパ・チャンピオンズリーグでのスタッツ(統計)を比較しました。ミドルパスのスピードはJリーグの毎秒11.37mに対し、レアルは毎秒12.22m。1試合のシュート数はJリーグの12本に対し、レアルは17.1本。レアルはパススピードが秒速で1メートルも早いのでパスの成功率が高く、その結果、シュート機会が増えてスペクタクルなゲームになっているのです。
■批判を浴びた2ステージ制にも向き合った
――いやはや身も蓋もないというか。愕然とする差ですね。
【村井】いかに日本のサッカーがいけてないかをデータで示すわけですから、これを開示するのは当然「痛い」です。痛いけど、その痛みの先に成長があるのだと思います。圧倒的な差を認識した上で、「だったらどうする」と現実的な議論が始まるのです。
私がチェアマンになった時にはすでに決まっていたのですが、Jリーグは2015年に2ステージ制を導入しました。賛否両論が渦巻き、1stステージでは浦和レッズが優勝したのですが、多くのサポーターが2ステージ制に反対していて、表彰式のアナウンスがブーイングでかき消される、というシーンもありました。
2ステージ制が良いのか悪いのか、議論をするための材料が必要だと思ったことが、PUB REPORTを作るきっかけになりました。2ステージ制になってテレビの視聴率はどうだったのか。メディアの露出や観客動員数は増えたのか減ったのか。良いことも悪いことも、すべてデータで示して議論のたたき台にしようと考えたのです。
■「今日は何もないです」「迷っています」でもいい
【村井】結果として2ステージ制は2年間で終わり、もとの1シーズン制に戻るのですが、情報を開示して、フィードバックをもらって、それを材料に立て直すということをJリーグはやってきました。この姿勢はその後、育成プランとかフットボール・ビジョンの策定とかコロナ対策とか、さまざまな場面で生かされることになっていきます。
その上で、今シーズンのJリーグはどうだったのか。うまくやれたのか、やれなかったのか。世間に対してそれを包み隠さず報告するのがPUB REPORTの役割ですね。
――「日本のサッカーがどれだけ、いけていないか」を詳(つまび)らかにしたことで、世界との差を埋める地道な作業が始まり、その積み上げが今大会でのドイツ戦、スペイン戦につながったと考えることもできます。現場や取引先からフィードバックを受けるというのは、村井さんがいたリクルートでも経営陣がやっていました。
【村井】創業者の江副浩正さんが社長の時は「360度評価」と言って、取締役が社長を評価する制度がありました。それと同じでJリーグにも、25人の部長、本部長がチェアマンを評価する仕組みがあります。中には手厳しい意見もありますが、とにかく情報を開示して、フィードバックをもらって、立て直す。その繰り返しでした。
2020年にはチェアマンとして年間で71回の記者会見を開きました。時には開示すべき情報がなくて「今日は何もないです」という日もありました。結論が出ていなくて「その件については、まだ迷っています」という日もありました。それも含めて情報ですから、それでいいと思っていました。
![村井さんが書いた色紙](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/6/1200wm/img_a60f01979dd006a3ef66a8efa264ceda194485.jpg)
■経営者だからこそ本音のフィードバックをもらう
【村井】時には「世間には、ちゃんとリカバーしてから話そう」と思うこともないわけではありませんでしたが、それでも、何かが起きたらすぐに世間に開示する、という姿勢を貫きました。
Jリーグに対して、いつも厳しいことを言ってくるセルジオ越後さんには「そんなに言いたいことがあるなら直接話そうじゃないか」と機会を作りました。今では大切な飲み友達です。2015年にはホリエモンこと起業家の堀江貴文さんや、慶應義塾大学の教授だった夏野剛さん(現KADOKAWA社長)といった方たちとアドバイザー契約を結び、率直に耳障りの悪い事も言ってもらえる仕組みを作りました。
米国のグーグルには世界16万人の社員が経営者を評価する仕組みがあるそうです。本音のフィードバックをもらうというのは、経営者にとって大切なことです。Jリーグ・チェアマンの立場でいえば、サッカーはサッカーを愛するすべての人のものですから、Jリーグで起きたことは良いことも、悪いこともファン、サポーター、世間に包み隠さず伝えるのが筋だと思います。
----------
ジャーナリスト
1965年生まれ。愛知県出身。88年早稲田大学法学部卒業、日本経済新聞社入社。98年欧州総局、編集委員、日経ビジネス編集委員などを経て2016年独立。著書に『東芝 原子力敗戦』ほか。
----------
(ジャーナリスト 大西 康之)
外部リンク
この記事に関連するニュース
-
復職を発表した佐藤渚アナ、司会の仕事を報告し「仕事復帰したばかりの私にもビシビシ刺さり」
日刊スポーツ / 2024年7月13日 6時0分
-
J杯で謝罪騒動「申し訳ない」…J1~J3で退場歴の“悪童”は表彰式でガム噛み「世間騒がせた」【コラム】
FOOTBALL ZONE / 2024年7月12日 7時30分
-
「サッカー界の大谷翔平」日本から生まれない理由 "16歳の神童"を生んだスペインとの違いとは?
東洋経済オンライン / 2024年7月11日 13時0分
-
『UEFA EURO 2024(TM) サッカー欧州選手権』野々村芳和(Jリーグチェアマン)が決勝にゲスト出演決定!7月15日(月・祝)午前3時00分~WOWOWで生中継!
PR TIMES / 2024年7月9日 17時45分
-
KPMGコンサルティング、Jリーグと気候アクションパートナー契約を締結
PR TIMES / 2024年7月4日 13時40分
ランキング
-
1知事告発文書で言及の兵庫県職員死亡 「精神持たず、休暇中」と記載、3カ月公表せず
産経ニュース / 2024年7月24日 20時1分
-
2新潟・見附市の90代女性、熱中症で死亡 県内4人目
産経ニュース / 2024年7月24日 19時6分
-
3バイデン大統領は脅されていた!? 民主党大物から〝ウルトラC〟突きつけられ反発
東スポWEB / 2024年7月24日 6時5分
-
4最低賃金を過去最大50円引き上げ、全国平均は1054円へ…中央最低賃金審議会の小委員会
読売新聞 / 2024年7月24日 22時24分
-
5預かり金着服疑いの弁護士が死亡 弁護士会が処分検討中 岐阜
毎日新聞 / 2024年7月24日 17時19分
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
![](/pc/img/mission/mission_close_icon.png)
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
![](/pc/img/mission/point-loading.png)
エラーが発生しました
ページを再読み込みして
ください
![](/pc/img/mission/mission_close_icon.png)