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月収25万円のうち4万円を団体に寄付…32歳の派遣社員がハマった「環境保護」という底なし沼

プレジデントオンライン / 2022年12月21日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/chachamal

地球にとって人間は必要な存在なのだろうか。32歳の派遣社員の男性は、地球の未来のために、極力ゴミを出さない生活をしている。月収25万円のうち3万~4万円程度は志ある団体に寄付しているという。ライターで編集者の沢木文さんが書いた『沼にはまる人々』(ポプラ新書)より紹介しよう――。(第2回)

※本稿は、沢木文『沼にはまる人々』(ポプラ新書)の一部を再編集したものです。

■環境意識が低い親にキレていた子供時代

浩平さん(32歳)は広告代理店勤務を辞めて5年になる。現在は派遣社員として働いているが、生活はギリギリで、友達も恋人もいないという。それは環境問題について真剣に考えているからだ。まずはそのキャリアについて伺った。

「子供の頃から環境に興味があり、故郷の九州の自然が破壊されるのを危機感とともに調べていたんです。特にウチの近くにある池がアオコで臭くなることについて、危機感を覚え、役所に抗議文を送ったり、親が買ってくる洗剤の銘柄についてもキレるように文句を言っていました」

浩平さんが言う「アオコ」とは、プランクトンのことだ。洗剤、農薬、肥料などに含まれる、リンやちっ素など植物プランクトンの栄養になるものが川や湖など流れ込むと、富栄養化が起こり、発生する。アオコが発生すると、水が臭くなってしまう。

「大人に抗議をしても、『うるさい』と言われるだけ。母からは煙たがられていました。でも中学・高校生になると、世の中のことがわかってくるし、部活や受験で忙しくなる。環境問題よりも取り組む課題が多くなり、次第に忘れていたんです」

都内の中堅大学に進学し、環境についての活動を再開した。当時は「サスティナブル(持続可能)な生活」というスローガンが掲げられ、「Reduce(リデュース/極力資源を使わずに生産する)、Reuse(リユース/再利用する)、Recycle(リサイクル/廃棄物の有効活用)」が叫ばれていた。

■企業は「建前だけで行動していない」

「自分が主導して、環境問題の活動をしようと大学に入ったら、ガチ勢は本当にすごかった。企業から広告を集めるためにフリーペーパーをつくり、そこには大企業が協賛していた。1000人単位で学生を集めてイベントをやっていたりして、会社のようでした。僕がやっていたような、役所に意見書を出すとかのレベルではなかったんです。もちろん、僕もその活動に参加し、イベントでパンフレットを配ったり、友達に啓蒙(けいもう)活動をしたりしていました」

ESGのイメージ
写真=iStock.com/Khanchit Khirisutchalual
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Khanchit Khirisutchalual

環境にまつわるイベントは多くある。そこは出展料も高く、1日に動くお金は億単位のビジネスモデルとして成立している。

「活動をしていて思ったのは、結局、『建前だけで行動していない』ということでした。企業の担当者は『みなさんの活動を応援しています』と言っても、それは会社的に『こういう団体を応援して、環境に配慮する未来を考えています』というPR要素にしたいだけ。活動している学生にしても、就職活動のときに切るカードの1枚程度にしか考えていない」

空調がガンガンに効いた部屋で夜中までかけてつくったフリーペーパーは大量に刷られ、やがて廃棄される。配布場所となる店の交渉、広告集めに奔走する学生に対して、対価は払われない。

「モチベーション詐欺というか、いろんなものを見てしまったんですよね。みんなペットボトルをガンガン買って、ラベルもキャップも分けずに捨てる人もいましたしね。もちろん、本気で環境のことを考え、行動している人も多くいましたが、焼け石に水なんだとわかった。そこでやる気をなくしてしまったんです」

■環境に配慮した生活にはお金がかかる

環境に配慮した生活は不便で金がかかる。たとえば食器用洗剤も大量生産品は100円で購入できるが、配慮されたものは5倍程度する。一事が万事そうなのだ。

「学生には無理なんですよ。それなら、何も使わずに生活するしかない。でもフリーペーパーの活動は続けて、無事に就職できてよかったんですけれどね」

しかし就職した会社はブラックだった。始発から終電まで会社にいて、「なんでできないんだ」と怒号が飛ぶ。しかしもともと体育会系だったので、打たれ強かった。「一番堪えたのは、学生時代のフリーペーパーでつき合いがあった協賛企業のイベントを担当したときのことです。学生時代に出会ったその企業の担当者は『みんなで頑張りましょう』などと言ってくれて、たくさんのアイディアをくれたのです」

学生は“将来のお客さん”でもある。しかし、社会人になれば受発注の関係になる。担当した社員は、浩平さんを下請け扱いし、無理難題を押し付けた。

「てっきり環境に配慮するもんだと思っていた。でも、僕たちの担当者はノベルティを作成するときも『安けりゃいい』の一点張り。僕は学生時代の思い込みから来場者に配布するペットボトルについて『環境に配慮したものを使用』などのリストを作成したんです。それを見せたら露骨に嫌な顔をされました」

■エコ意識が高すぎて家族との関係性も悪化

理想と現実の違いを思い知らされる中、入社5年目にして、ついに体が悲鳴をあげた。浩平さんは会社を辞め、実家に戻る。

「熱い思いがあると生きにくいということですよ。それからしばらく実家で療養をしていたのですが、家にいると大量生産されたものがたくさんあって、気になってしまうんです。僕が環境に配慮されたものを買うと、両親から『無職のくせにいいものを買って偉いな。その分、金を入れろ。お前には学費がかかっている』と言われる。所詮は金なんだと思い、1カ月で東京に戻ってきました」

両親にしてみれば、学費も払ってやっと成人したと思った息子が無職の居候となれば、迷惑以外のなにものでもない。父親は帰ってきた浩平さんに対し空港で「飛行機ってな、お前の嫌いな二酸化炭素をたくさん出すらしいぞ」などと、嫌味を言った。

ジェット機の二酸化炭素
写真=iStock.com/Tanaonte
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tanaonte

「環境問題について、子供の頃から口うるさく言っていたので、両親との関係はよくありません。父は会社を経営しており、母も美容サロンを経営していたので、忙しい。僕が小学生の頃、父がお客さん用に注文していたテイクアウト用の寿司を取りに行くというお使いをしたことがあったんです。そこで、僕は家からタッパーを持って行き、そこに入れてもらった。大将は『リサイクルか。えらいね。いい子だね』と褒めてくれましたが、父にはあり得ないくらい怒られました」

もてなし用に注文していた寿司が、プラスチックの簡易桶ではなく、黄ばんだタッパーで運び込まれたら、それは驚くだろう。「大人になればわかるんですけれど、子供の頃はわからなかった。実家にいると、そういう思い出ばかりが浮かんでくる。僕には兄がいるんですが、兄は電力会社に勤務しています。兄は幼い頃から僕のことを嫌っています」

■ゴミを出さない生活を心がけてはいるが…

本音と建て前。その着地点を見つけるのも環境問題の課題だ。人間、一度手に入れた便利と美しさ、清潔、快適をなかなか手放せない。

一方、環境問題には「地球の未来のために」という大義名分がある。それをしていないと自分に対して、心のどこかで恥じてしまう気持ちが生まれてしまう。たとえば、エコバッグを忘れて買い物に来てしまったとき、贈り物の包装箱を捨てるとき、使い捨てプラスチックのコップやカトラリーを使っているときなどだ。浩平さんと一緒にいると、「私は地球の未来に悪いことをしている」という罪悪感が生まれる。

「僕には深く付き合う友達も恋人もいないのですが、それはそういうことかもしれません。昔、彼女がいたことがあって、一緒に缶ビールを飲んだんです。そのときに僕が『アルミ缶ってさ、リサイクルしやすいからエコに見えても、加工に大量の電気が必要なんだ。だから実際はエコじゃないんだよね』と言ったことがあったんです。そのときに『もういいよ。そういう話は』と出て行かれてしまいました」

浩平さんは地球に配慮した生活をしている。界面活性剤を使いたくないために、食器も自分の髪も固形せっけんで洗っている。フェアトレード認証を受けた服やバッグを使い、ゴミを極力出さない生活を続けている。

「でもエアコンは使うし、水も使う。いろいろ苦しいんですよ。職場でも大量のゴミを捨てていますしね。それを言うと、また人間関係にひずみが起こるから、黙っていますけれど」

■同じ問題意識を持つ友人と海岸清掃をすることも

イライラを抱えた人間は、人間関係に溶け込めなくなる。同じように環境問題活動をしている友達などはいないのだろうか。

「いますよ。僕は海岸を清掃する活動をしており、イベントなどがあると参加しています。焼け石に水だとは思うのですが。黙々と拾うだけの友人です」

コロナ禍でテイクアウト需要が増え、海岸のゴミは増えたという。

「学生時代の友達もつながっていますが、みんな家族ができたり、育児に追われていたりして、なかなか会えません」

今、興味があることは、大量生産・大量消費について、世の中に疑問を投げかけることだという。

「海岸でゴミを拾う活動をしているうちに知り合った水産加工の会社の人が『魚は獲っても儲からない』という。聞くと、大手の寿司チェーンやスーパーが、原価ギリギリの金額で買い付けに来るからだというんです。昔は仲買人が適正な価格で流通に乗せ、それを個人の魚屋さんが適正な価格で売っていたので、それなりに儲かっていたらしいです」

この問題は、環境問題のみならず、日本の食文化にもつながっていく。

「今は鮭や鱈など特定の魚の切り身だけしか売れない時代。そうなると、食べられるのに規格外だからと捨てられてしまう魚(未利用魚)も廃棄も多くなり、環境負荷も高くなりますよね。あとは、子供たちが切り身しか知らずに成長してしまい、日本の魚食文化が終わってしまう。そういうことを考えると、絶望しか感じなくなり、何とかしようと思うんですが、どうにもならないことが歯がゆくて」

浩平さんには食べさせる子供はいない。

「今度、その水産加工会社の人が未利用魚を送ってくれるそうです。それを子供がいる友人に分けて、日本の漁業の現実を知ってもらいたいと思っているんです。未利用魚の中には、おいしいものもあり、きっとみんな喜ぶと思うんですけれどね」

■月収25万円でもクラファン代で生活はカツカツ

浩平さんの月収を聞くと、25万円だという。それほどお金がかからない生活をしているようなので、なぜ貯金がゼロでカツカツの生活をしているのかを聞いた。

沢木文『沼にはまる人々』(ポプラ新書)
沢木文『沼にはまる人々』(ポプラ新書)

「それは、クラファンをいろいろしているからです。環境問題について、さまざまに支援をしています」

「クラファン」(クラウドファンディング)とは、「Crowd(群衆)」と「Funding(資金調達)」を組み合わせた造語だ。多くの人が少額で資金を投資し、財源の提供や協力をする仕組みのことだ。浩平さんが行っているのは、里山保護、農業や漁業の支援などだ。自分に影響力がないからこそ、志ある団体に月3万〜4万円程度のお金を出しているのだという。

農業に支援した場合、収穫体験などの返礼品があるが、交通費も宿泊費も自腹だ。そして、収穫した野菜を抱えて帰宅しても、食べさせる人はいない。環境問題と個人レベルでどう向き合うかは、今後の課題だろう。

人間は自分だけでなく誰かのために活動してしまうところがある。環境問題の場合、それは「地球の未来とそこに住む人のため」や「プラスチックの被害に苦しむ野生動物のため」という「ヒーローになれる」という吸引力がある。それを知っているか、いないかで、向き合い方は大きく変わるのではないか。

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沢木 文(さわき・あや)
ライター/編集者
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。さまざまな取材対象をもとに考察を重ね、これまでの著書に『貧困女子のリアル』『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ新書)がある。

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(ライター/編集者 沢木 文)

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