残念ながら日本がやるしかない…岸田首相の「4兆円の防衛増税」を私が支持する理由
プレジデントオンライン / 2022年12月17日 15時15分
※本稿は、清水克彦『日本有事』(集英社インターナショナル)の一部を再編集したものです。
■岸田内閣が手にした「黄金の3年間」
2022年7月10日に実施された第26回参議院選挙で、自民党は「日本を守る」など外交・安全保障を選挙公約の柱の1つに掲げ、勝利を収めた。
安倍政権下では、徹底した「憲法改正隠し」「安全保障問題回避」で勝利を重ねてきた自民党が、正面から防衛力の強化を謳い、支持されたことは、それだけ有権者の間に、ロシアのウクライナ侵攻に端を発した周辺国の脅威が、連日のテレビ報道などによって刷り込まれた結果である。
これで、岸田内閣は衆議院の解散に踏み切らない限り、2025年夏まで本格的な国政選挙がない「黄金の3年間」(やりたい政策を実行に移せる3年間)を得たことになる。
岸田内閣が取り組むべき課題は多々あるが、本書との関連で言えば、何と言っても防衛費の増額であろう。
■日本の防衛費は中国の5分の1未満
岸田は、2022年5月23日、アメリカ合衆国大統領に就任して以来、初めて日本を訪れたバイデンと会談し、日本の防衛力を根本的に強化し、その裏づけとなる防衛費の相当な増額を確保する決意を表明した。
岸田は、その時点では具体的にいくら増額するとは語らなかったが、国会で議論する前に国際公約をしてしまったことになる。
ただ、現実問題として防衛費を増額し、防衛力を強化することは避けて通れない。
図表1は、2022年版『防衛白書』をもとに、前年度の主要国における防衛にかける予算額を示したものである。
![主要国の防衛費(2021年度)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/c/1200wm/img_3c27ea917086722d8e227cadfb461da2272059.jpg)
日本の防衛費は中国国防費の5分の1に満たず、欧米諸国などと比較しても、国民1人当たりの費用も少ない。韓国と比較しても3分の1だ。
これでは、サイバー戦や宇宙戦など現代の戦争に太刀打ちできず、中国や北朝鮮が開発してきた極超音速ミサイルや変則的な軌道で飛行する弾道ミサイルを捕捉して迎撃することも難しくなる。
■ついに破られた「GDP1%」の不文律
日本の2022年度の防衛費は補正予算を加え、史上初めて6兆円台に突入したが、本予算だけで言うと、近年、5兆円前後で推移してきた。
防衛費はGDP(日本のGDPは年間570兆円程度)の1%以内に抑えるという不文律が存在してきたためだ。
政府が示した2022年度の「骨太の方針」では、外交・安全保障の強化を盛り込み、防衛力を5年以内に抜本的に強化するとしている。
その後、欧米などNATO加盟国に倣い、「GDPの2%」を目標に、防衛費の増額論議が交わされてきたのは様々なメディアが報じたとおりである。
これらの結果、岸田首相は2023年度から5年間の防衛費について総額43兆円程度とし、2027年度にはGDPの2%に達する予算措置を講じるように指示するに至った。
外交・防衛の指針となる「国家安全保障戦略」、反撃能力の保持を明記した「国家防衛戦略」(旧防衛の大綱)、そして今後5年間の防衛費の内訳を記した「防衛力整備計画」(旧中期防衛力整備計画)も固まり、日本の防衛費は年々増えて10兆円を突破することが確実となった。
■「防衛に金をかけるなら医療や教育に回せ」
これには、増額分の財源(主に税負担)の問題をはじめ、筆者が身を置くマスメディアの世界でも異論が相次いできた。
1つは、NATO加盟国と日本とでは事情が異なる点だ。
NATOでは、締約国が武力攻撃を受けた場合、全締約国に対する攻撃と見なし、集団的自衛権を行使することが求められている。日本の場合、そうはいかない。
NATOと日本とでは、GDP比の算出方法にも違いがある。
NATO加盟国の国防費には、退役軍人年金や日本の海上保安庁に相当する沿岸警備隊の経費、PKO(国連平和維持活動)への拠出金なども含まれるが、日本はこれらを除外して計算している。日本もNATOの基準で計算すれば、防衛費はGDP比で1.2%を超えていて、「もう十分ではないか」という声があるのだ。
もう1つが、「防衛費に回すなら医療費や教育費に回せ」という意見である。
・消費税率を2%引き下げることができる=約4.3兆円
・年金受給者1人当たり年間12万円を追加支給できる=約4.8兆円
・医療費の窓口負担をゼロにできる=約5.2兆円
こんなことができれば夢のような社会になる。筆者もそれを望みたい。
とはいえ、中国の国防費が年間で26兆円を超えている事実を思えば、トランプ政権時代からアメリカが日本をはじめ同盟国に求めてきた「GDPの2%」というラインは、5年でクリアしておくべきだろう。
■安倍氏は防衛費の大幅増額を訴え続けた
「自分で努力しない国に手を差し伸べてくれる国はどこにもない。日本とアメリカの間には強固な同盟関係があるが、何もしない日本のために戦うことに、アメリカ国民の理解を得ることができるだろうか」
2022年7月6日、元内閣総理大臣、安倍晋三は、時折、小雨が降る蒸し暑い横浜駅西口で、参議院選挙の応援演説に立った。
そして、憲法の中に自衛隊をきちんと位置づけることの重要性と防衛費の大幅な増額を、駅前を埋め尽くした聴衆に向けて熱く訴え続けた。
安倍は、通算3188日に及んだ総理退任後、自民党内で保守派と呼ばれる勢力の要となってきた。防衛費増額に関しても、
「まず7兆円を視野に、国債を発行してでも大幅な増額を」
との論陣を張って世論をリードしてきた。
この日の演説も、アメリカ頼みだけでなく、「まず日本が憲法を改正し、防衛費を増やして努力することが不可欠」と説く、安倍らしいメッセージとなった。
その安倍が、奈良市の近鉄大和西大寺駅前での応援演説で凶弾に倒れて亡くなったのは横浜駅西口での演説から2日後のことだ。
■台湾侵攻の危機が迫る八重山諸島
筆者が、安倍が唱えてきた防衛費増額に同調する理由は2つある。
1つは、前述の「防衛力整備計画」に盛り込まれたスタンド・オフ・ミサイルの保持や無人機の開発などと同じように、八重山諸島など島嶼部の防衛と住民避難のための備えにコストをかけてほしいという点である。
台湾とは110キロ程度の距離にある日本最西端の島、沖縄県の与那国町には約1700人が住んでいる。尖閣諸島を抱える石垣市は約4万9000人、尖閣諸島とは150キロ程度しか離れていない宮古島市は約5万5000人が生活している。
尖閣諸島が侵攻を受けそうになった場合はもとより、中国が、これらの島々の目と鼻の先にある台湾に侵攻する動きを見せた場合、「住民をどう避難させるか」は避けて通れない問題になる。
そしてもう1つは、近年、戦争の形、戦争の捉え方が変化し、その対応に費用がかかるという点だ。
■平穏の裏で「戦争」は確実に近づいてくる
かつては平時と戦時を分けるというシンプルな考え方であったが、アメリカ海軍などは、日々の競争→危機→紛争、と段階的に捉えるようになった。
アメリカ陸軍も、戦争に至る期間を競争と紛争に分け、昔でいうところの平時を、相手国と競争している期間と解釈している。これはアメリカ空軍も同様である。
ロシアによるクリミア半島併合やウクライナ侵攻を見ても、実際に空爆や砲撃を始める前の段階、いわゆる「グレーゾーン」の期間が存在する。
2014年3月に起きたクリミア半島併合で言えば、ソチ冬季五輪が閉幕して4日後、突如としてクリミア全域のテレビやラジオが使えなくなった。
電話もインターネットも使えなくなり、住民たちが「何が起きているのか」とうろたえる中、正体不明の武装勢力が、議会、行政施設、メディア、通信施設などを次々と占拠し、ロシアはこれといった戦闘をすることなく、半島全域を手中に収めた。
ウクライナ侵攻でも、事前に工作員を潜入させ、「ウクライナがロシア系住民に攻撃を仕掛けてきた」との情報を流させ、ウクライナ軍の無線通信やGPS(衛星利用測位システム)の利用を電波妨害で遮断するなど、周到な準備を重ねている。
■中国軍が好き勝手に動くのを許すのか
これが台湾だとどうだろうか。
台湾本島の東側は山々が連なる天然の要害で、北西と南西地域にしか大部隊を上陸させられる海岸線がない。
そのため、中国軍が犠牲を減らそうと思うなら、「グレーゾーン」の期間を長くし、その間に、蔡英文政権(2024年以降であれば次期政権)に対するデマを流す、工作員を潜入させて独立派を扇動し、軍事介入する口実を作らせるなど、様々な仕掛けが必要になる。
尖閣諸島併合に関しても、中国軍ではなく武装した漁民が押し寄せる、沖縄のアメリカ軍を電磁波攻撃で動けなくするといった動きを見せるはずだ。
![尖閣諸島をめぐる中国と日本](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/7/1200wm/img_57b70e66814812b338ba2b10aca847f31263814.jpg)
この期間はとても平時とは言えない。とはいえ戦時とも言い切れず、「グレーゾーン」と分類するほかない。台湾側は、中国の仕業だと断定できず、目に見える攻撃も受けてはいないため、軍も反撃できない。
日本で言えば、安全保障関連法で定める「重要影響事態」に該当するかどうかの判断が微妙で、自衛隊を防衛出動させることは不可能だ。
アメリカ軍も警戒こそすれ、この程度で鎮圧に軍を派遣することはないため、海上保安庁や沖縄県警だけで対処を迫られることになる。
■「グレーゾーン」が21世紀の戦争の形
こうした「グレーゾーン」の状態が長く続くのが現代の戦争であり、それに対処するには、防衛費の増額が不可欠になるのである。
1999年に発表された、中国軍の2人の大佐、喬良(きょうりょう)と王湘穂(おうしょうすい)による戦略研究の共著『超限戦』(KADOKAWA)では、平時と戦時、軍事と非軍事の境界を曖昧にする手法が、21世紀の戦争の形だと説明している。
この書は、中国軍の公式文書ではないが、
「戦争以外の戦いで勝ち、戦場以外の場所で勝利を得る」
という中国軍の兵法が端的に表されている。この考え方は、「戦わずして勝つ」という孫子の兵法にもつながるものだ。
中国軍が台湾や尖閣諸島に侵攻する場合、空爆や上陸作戦を開始する前に、貿易戦や金融戦、そして外交戦といった非軍事の戦いを仕掛け、情報戦、サイバー戦、電子戦といった軍事と非軍事の境界が見えにくい手法で揺さぶりをかけてくると想定される。これは、軍事攻撃に入る前に絶対的優位な状況を作り出すためだ。
■日本はすでに戦時下と考えなければならない
中国の習近平総書記は、2期目がスタートした2017年10月、中国共産党大会で、
「態勢を作り、危機をコントロールし、戦争を抑止し、戦争に勝つことができるようにする」
と述べ、「中国の夢、強軍の夢を目指す」と宣言した。
そして、2022年10月、異例の3期目に突入した際は、台湾統一に自信を示し、武力行使も辞さない考えを強調してみせた。
![清水克彦『日本有事』(集英社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/5/1200wm/img_c51c26a2bfb0517fca6454335acd2a4e241975.jpg)
これらの言葉にも、「グレーゾーン」を作り出し、最も警戒するアメリカ軍に出撃の口実を与えず、戦火を交える前に様々な戦いを仕掛け、台湾と尖閣諸島を獲るという決意がにじみ出ている。もちろん、その仕掛けはすでに始まっている。
これが、いわゆるオールドメイン戦(全領域戦)であり、日本としては、すでに戦時下と考え、この対策にコストをかけなければならない理由である。
そのための財源が、国債ではなく、法人税やたばこ税、それに復興特別所得税などによって賄われようとしている点には疑問が残るが、防衛費の増額と相応の負担は、残念ながら避けて通れない問題だと申し上げたい。
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政治・教育ジャーナリスト/大妻女子大学非常勤講師
愛媛県今治市生まれ。京都大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得満期退学。在京ラジオ局入社後、政治・外信記者。米国留学を経てニュースキャスター、報道ワイド番組プロデューサーを歴任。著書は『日本有事』(集英社インターナショナル新書)『台湾有事』、『安倍政権の罠』(いずれも平凡社新書)、『ラジオ記者、走る』(新潮新書)、『中学受験』(朝日新書)、ほか多数。
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(政治・教育ジャーナリスト/大妻女子大学非常勤講師 清水 克彦)
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