ついに中国は子どもへの"洗脳"を始めた…「毛沢東のような英雄」になりたい最高指導者・習近平の危険な野望
プレジデントオンライン / 2022年12月21日 9時15分
※本稿は、清水克彦『日本有事』(集英社インターナショナル)の一部を再編集したものです。
■特権と人脈を世襲した「お坊ちゃん」
中国の動きをできる限り正確に予測するには、習近平という最高指導者がいかなる人物なのか把握しておく必要がある。いくつかの点から見ていこう。
レーガン政権からオバマ政権まで国防長官の顧問を務めたアメリカの政治学者、グレアム・アリソンの著書には、若い頃の習近平やその昇進について、次のような記述がある。
――習近平は、やれることは何でもして、トップに這い上がることを決意した。習は、なにより粘り強かった。習は野心的だが控えめで、党の階段を上がる間もひたすら謙虚な姿勢を保ち、最有力候補と目されていた李克強(りこくきょう)をわずかに抜き、胡錦濤の後継者の座を確実にした――(『米中戦争前夜』〈ダイヤモンド社〉より抜粋)
習近平は、1953年6月15日、中国のほぼ中央に位置する歴史的観光都市、西安で知られる陝西省(せんせいしょう)で生まれた。父親の習仲勲(しゅうちゅうくん)は毛沢東の「国共内戦」の同志で、国務院副総理まで務めた人物である。
中国には3大派閥として、江沢民元総書記や唐家璇(とうかせん)元外交部長で知られる「上海閥」、胡錦濤前総書記や李克強首相が属する「団派」、そして中国共産党最高幹部の子弟から成る「太子党」があるが、習近平は「太子党」に属している。
つまり、世襲的に受け継いだ特権と人脈をもとに、中国の政財界や社交界に大きな影響力を持つことが約束された立場=お坊ちゃんなのである。
■10代で洞窟暮らし、農民の下で働く
しかし、北京の名門小学校に通っていた頃、父親が毛沢東から批判され、文化大革命(毛沢東主導による政治闘争)が終わるまで拘束される事態に直面する。
習近平は通っていた中学が閉鎖されると独学で学び、毛沢東の指導によって行われた青少年の地方での徴農(下放)によって陝西省延安市郊外の農村に移り住むと、そこで洞窟を住居とし、堆肥を運び、監督者である農民の命令にきちんと従う生活を過ごしたという。
その後、習近平は、10回目の挑戦で中国共産党に入党を認められ、名門・清華大学を卒業すると、まず人民解放軍を指導する中央軍事委員会の職員となり、軍にコネをつけた。
軍の内部では人事を担当する「政治将校」を務め、組織改革やライバルの排除によって影響力を持つようになった。
■中国のトップを目指し、あえて地方へ
さらに、父親が元副総理という出自を考えれば、北京で十分な出世は望めるにもかかわらず、地方勤務という道に進んでいる。
「中央にとどまることで人民が背を向けるようになる」
この頃から、中国のトップ(中国共産党総書記)の地位を目指していた習近平は、あえて河北省で地方勤務の第一歩を踏み出したが、その際も中央とのパイプを保ち、常にその動きに注意を払っておく重要性も理解していた。
習近平は、父親の人脈に加えて自らの人脈も構築し、2002年、浙江省の党委員会書記に就任すると、輸出を飛躍的に増やして同省の高い経済成長を実現させた。
2007年には、上海市汚職事件の収拾を急ぐ当時の国家主席、胡錦濤に見出されて上海市党委員会書記や、9人(現在は7人)しかいない中国共産党の最高幹部、中央政治局常務委員に抜擢され、翌年の全人代では国家副主席にまで昇進した。
■徳川家康のようなしたたかな戦略家
ここまでの生き方は、戦国武将に例えれば徳川家康である。
三河の大名の子どもとして生まれながら、人質生活を余儀なくされ、織田、豊臣時代をひたすら耐えながら軍事力と経済力を蓄えた生き方を彷彿させる。
習近平もまた、思春期に苦労を味わい、成長してからは地方勤務の役人として、ゆくゆくは自分の力で強い中国を作る野望を持ちながらも、それを誰にも悟らせることなく、したたかに準備を進めてきた戦略家である。
2012年11月、習近平が中国共産党総書記に選出されたときですら、「これといって目立つ特徴がないのが最大の特徴」と言われたほどだ。
それが、総書記の地位に昇りつめるや、自分のことを抜擢してくれた一派をことごとく切っていった。2022年10月の中国共産党大会で、江沢民一派を一掃し、大会の途中で胡錦濤を外に連れ出したことはそれを象徴する出来事と言える。そして周りを盟友や側近で固め、強固な一強体制を築いていったのである
それは、父親である習仲勲の昇進と落日を目の当たりにし、毛沢東の強さと怖さを肌で感じてきた経験から得た処世術であろう。
権力を持つことの意味と失うことの意味を身に染みて感じている習近平が中国の頂点に君臨し続ける限り、アメリカをはじめ自由と民主を普遍的な価値観として共有する国々との軋轢は、軍事衝突のリスクもはらみながら、今後ますますエスカレートしていくに相違ない。言い換えるなら、日本有事の危険性は続くということである。
■子どもたちを習近平の思想一色で染め上げる
アメリカやイギリスなどと同様、中国も毎年9月に入学の季節を迎える。
2020年初頭から世界に拡大した新型コロナウイルスは、中国でも小中高等学校や大学の授業の多くをオンラインなどリモート学習に替えたが、感染拡大に歯止めが見られるようになった2021年8月、ちょっとした異変が起きた。
日本の文部科学省に当たる中国教育部が、入学や新学期を前に、
「全国の学校で、習近平総書記の中国共産党100周年式典での重要講話を真摯に学習させる教材作りの国家事業を推し進めていく」
「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想を深く学習し、貫徹していくことは、全党全国の主要な政治任務だ」
と発表したのである。
これは、中国の全ての学校を、習近平の思想一色で染め上げると宣言したに等しい。詳しくは次で述べるが、習近平が語ったことや実行したことを教科書として編纂し、児童や生徒、それに大学生にまで必修科目として学習させるということだ。
■毛沢東時代の個人崇拝の悪癖が復活した
個人の思想が教材に反映されるのは、今なお中華人民共和国建国の英雄と評される初代の最高指導者、毛沢東以来である。
![麗江中央にある毛沢東像](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/b/1200wm/img_1bdf3d4564edd59d1588c7ddf803d876933783.jpg)
中国の歴史をひもとけば、最高指導者ごとに5つの世代に分けることができる。
第1世代が毛沢東時代、第2世代が鄧小平時代、第3世代が江沢民時代、そして第4世代が胡錦濤時代で、現在の習近平時代は第5世代である。
中国では、鄧小平時代以降、毛沢東時代の1966年から10年間にわたり繰り広げられた文化大革命への反省から、個人崇拝の悪癖を排除してきたが、教科書の一件は、習近平もまた毛沢東と同様、崇拝の対象になったことを意味している。
同時期に中国共産党の中央宣伝部が公表した「中国共産党の歴史的使命と行動価値」と題する文書では、個人崇拝について否定し、「習近平による強権体制」と批判されないよう配慮をにじませながらも、習近平を大国の舵取りを担う存在として毛沢東と同等の扱いで紹介している。この点も注目すべきである。
■「習近平おじいさん」のためだけの教科書
2021年9月、新学期を迎えた中国では、習近平の思想を教えるためだけに作成された教科書が小学校から大学まで配布された。新しい教科書は、習近平をあらゆる事柄の権威で、彼に忠誠を誓うことが正しいことだと説いている。
小学校の教科書では、親しみを込めて習主席を「習近平おじいさん」と呼び、最初から「愛国心」を植えつける記述が続く。
また、高校の教科書では、台湾問題について「台湾独立勢力の分裂工作を打ち壊す」「武力の使用を放棄しない」などといった記載もある。
![台湾の島は地図上に赤いペンでマークされています。](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/e/1200wm/img_8e0baf41fe0694cc6edcfd3662a302f71256489.jpg)
こんな教えを小学生時代から刷り込まれて育つ子どもたちは、いったいどのような大人になるのだろうか。それを予測するには、中国教育部が教科書の中に組み込んだ「習近平が中国共産党100周年式典で語った重要講話」を見ておかなければならない。
2021年7月1日、式典に臨んだ習近平は、北京の天安門の楼上にマオカラー(立ち襟)の人民服姿で姿を現した。楼上での演説とマオカラーのいでたちは、毛沢東を強く意識したものだ。
■「中華民族の偉大なる復興」への野望
その場で、習近平は、中国と中国共産党の歩みを振り返り、小康社会(ややゆとりのある社会)実現の成果を総括し評価したうえで、
「歴史を鑑に未来を切り開くとき、必ず国防と軍隊の近代化を急がなければならない。強い国には強い軍がなければならず、軍強くして初めて国家は安泰となる」
「人民の軍隊を世界一流の軍隊に作り上げ、より強大な能力、より確実な手段で国家の主権、安全保障、発展の利益を守らなければならない」
と述べ、「強国の実現」、そして「中華民族の偉大なる復興」という中国の夢、言い換えるなら自身の野望に言及した。
さらに、約1時間に及んだ演説の後半で、香港問題や台湾問題に触れ、
「中国を抑圧し、隷属させるような妄想を抱く者は、誰であれ、14億あまりの中国人民が血と肉で築いた鋼の長城に頭をぶつけ、血を流すだろう」
「台湾問題を解決し、祖国の完全な統一を実現することは、中国共産党の終始変わらぬ歴史的任務である。いかなる者も、国家の主権と領土保全を守る中国人民の強固な決意、断固たる意志、強大な能力を過小評価してはならない」
と強調してみせた。
■台湾統一に動くのは最短で2027年か
このような教えを叩きこまれた子どもたちが成長すれば、中国という国はこれまで以上に、アメリカや日本、それに台湾などにとって大きな脅威となるだろう。
その中国の動き、今後の「習近平おじいさん」の出方を予測するには、いくつかの節目を見ておく必要がある。
・2027年 中国軍(人民解放軍)建軍100周年。
・2028年 中国のGDPがアメリカを抜く(イギリスの民間調査機関CEBR「経済・ビジネス研究センター」による予測。2020年12月発表)。
・2035年 中国軍の近代化が完了。中国が知的財産権強国を目指す(中国政府が2021年9月発表)。
・2049年 中華人民共和国建国100周年。
ただ、2049年だと習近平は96歳と本当に「おじいさん」になってしまう。そのため、強い経済と軍を作り、悲願である台湾統一へと向かう動きは、2027年から2035年の間に起きると予想される。
![清水克彦『日本有事』(集英社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/5/1200wm/img_c51c26a2bfb0517fca6454335acd2a4e241975.jpg)
習近平は、中国共産党100周年式典で、
「中華民族の血の中には他者を侵略し、覇を唱えようとする遺伝子はない」
と述べ、世界平和に貢献する姿勢を強調した。しかし、薄っすらと微笑みをたたえた習近平独特の表情には、東シナ海や南シナ海、台湾や尖閣諸島を内政問題としてとらえ、自分の代で中国化しようとする野心が透けて見える。
「これらの地域は中国のもの」という考え方も、習近平の思想をたたえる教科書によって、子どもたちを含め中国の人民に刷り込まれることになるのだろう。
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政治・教育ジャーナリスト/大妻女子大学非常勤講師
愛媛県今治市生まれ。京都大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得満期退学。在京ラジオ局入社後、政治・外信記者。米国留学を経てニュースキャスター、報道ワイド番組プロデューサーを歴任。著書は『日本有事』(集英社インターナショナル新書)『台湾有事』、『安倍政権の罠』(いずれも平凡社新書)、『ラジオ記者、走る』(新潮新書)、『中学受験』(朝日新書)、ほか多数。
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(政治・教育ジャーナリスト/大妻女子大学非常勤講師 清水 克彦)
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