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会議室で考えた企画なんてうまくいかない…トヨタ幹部が新企画を考えるときに使う「最高の場所」

プレジデントオンライン / 2022年12月19日 11時0分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Igor Kutyaev

トヨタ自動車の定額制サービスを提供する「KINTO」は、トヨタ発のベンチャーだ。そこでは「会議室で企画を考えないこと」を重視しているという。なぜなのか。ノンフィクション作家の野地秩嘉さんによる連載「トヨタがやる仕事、やらない仕事」。第7回は「KINTO社長の部下との接し方」――。

■頑張るよりもやめたほうが得な場合もある

前回記事<「レクサス6車種に乗り放題」は大失敗…不人気だった「トヨタのサブスク」がジワジワと広がっているワケ>からつづく

KINTO社長の小寺信也さんは話を続けます。

「上司の仕事は『ごめんなさい』を言うことだと思うんです。新事業の場合、新企画をいくつもリリースします。出してうまくいかないと、頑張ってみんなで一生懸命育てようとする。

せっかく始めたことだからと一生懸命モードになって周りが見えなくなる。ですけど、頑張るよりもやめたほうが得だっていうことも絶対にあるんです。傷を広げる前にやめたほうが絶対にいいと思う。だからそこでやめる。

そして、やめる判断を上司がすぐにできるのがベンチャーのいいところだと思うんですよ。普通の会社で社長や上司が『やめる』というと社内で袋叩きに遭う可能性が高い。

大会社だと社長から『新企画をやめる』と提案することはまずありません。すると、下からはなかなか『やめたいんです』って提案ができない。中間の管理者層も言えない。

ですが、うちみたいな小さなベンチャー企業は提案者兼社長の私が『申し訳ありません。私が間違っておりました』と率先して言えばすぐに止めることができる。ベンチャーの場合は身軽さを大切にするべきです。

■「中古車のサブスク」と「車のアップデート」を開始

もうひとつあります。社長が『ごめんなさい。この企画は途中でやめます』と発表すると、従業員は『うちの会社はベンチャーなんだ』と自覚するようです。自分たちは官僚的な大企業にいるのではない。身軽な会社にいるんだ。だから、当たらない企画はほどほどでやめていいんだと思う。これもまた大事です。

企画には当たるものもあれば外れるものもあります。当たり前です。ダメだと思ったらやめること。それが大事だと思います」

小寺さんは続けます。

【連載】「トヨタがやる仕事、やらない仕事」はこちら
【連載】「トヨタがやる仕事、やらない仕事」はこちら

「KINTOは新車のサブスクリプションですが、中古車も始まりました。これはキラキラしていない現場発の企画です。中古車のサブスクは新車よりもリーズナブルな価格で契約できるので人気が集まっています。誰でも考えられるような企画で、現場からの要望でした。

もうひとつスタートしたのがKINTO FACTORYです。すでに走っているトヨタ車にソフトウエアとかハードウエアのアップグレードをやる新企画です。

例えば、安全装備って毎年進化しています。プリクラッシュセーフティという衝突被害軽減ブレーキなんて、最初は前を行く車にしか反応しなかったのが、通行する人や自転車にも反応するようになりました」

■これからの車は“スマホ化”する?

「晴れた日だけでなく、雨の日でも夜でも検知できるようになっています。どんどんレベルアップしています。一方で、お客さまに買っていただいた車はその時点で進化が止まっています。それなら昔、トヨタが売った車の安全装備のアップデートをしよう、と。

今までトヨタではほとんどそうしたサービスをやっていませんでした。

テスラはOTAと呼ぶOver The Airでソフトウエアだけをアップデートしています。われわれはソフトウエアだけでなくてハードも一緒にやります。センサーやカメラを変える。メモリを増設する。それには多くの内装部品をはがして、ワイヤーハーネスを入れ直さなければいけない。

これを前提にすると、設計段階から車のアップグレードを見越すことが必要になってきます。

車の進歩はいろいろありますけれど、今後はアップグレードしていく車が主流になっていくと思います。

よく車は『スマホになる』と言われていますが、僕らは『スマホじゃなくてパソコンだと思ってください』と。パソコンならメモリを増設したり、CPU、ハードディスクを後から付けたりといろいろやることが当たり前になっています。それと同じでかつ、ソフトウエアのアプリも入れていく。

このサービスは世界で初めてなんですけれど、キラキラ企画ではなく、現場のお客さまからの要望なんです」

■会議中も2、3人は工場から実況中継

KINTO FACTORYの企画を考えたのは現場でした。

小寺さんたちはトヨタの工場へ行って、センサーやカメラを増設するためにはどんな作業が必要かを実際に目で見てみたのです。すると、車の配線部品、ワイヤハーネスを取り出したり、通信通路を変えたりするのが非常に手間のかかる作業だとわかったのです。

もちろん、それまでにも頭では理解していたのでしょうが、実際に工場へ行ったら、ワイヤハーネスの交換は車を1台作るのと同じくらいの労力がいることに納得したと言っています。

「それならば最初からワイヤハーネスにさまざまなコネクターを取り付けられる仕様にすればいいのではないか」

そういう考えも現場で出てきました。以後、アップグレードする車の企画が現実になっていったのです。

小寺さんは工場現場での経験を思い出して言いました。

「企画は工場で詰めることにしました。紙に書くより、現地現物で確認することにしたんです。現場で会議もやりましたし、本社で会議している時も2、3人のメンバーは工場からスマホで実況中継する形式にしました。ものづくりの会社ですから、いくら会議室のなかで企画書を作っても、それはキラキラしたものにしかならないんです」

■企画のスペシャリストが一度「企画を忘れた」

小寺さんは会議も打ち合わせも現地現物でやったほうがよかったと思っている。それは、会議室では新技術の話をしても、誰もよくわからない。ところが現場に行けば新技術がどれだけすごいものか、新技術を前にすれば、やれることとやれないことがあるのかすぐにわかるからです。現場で会議をすれば空疎な議論はなくなると言っています。

「工場だけでなく、お客さまの反応も現地現物です。ですから、実はトヨタという会社は、新事業に関しては会議や企画書というものにそれほど重きを置いていないようにも思います。私は企画部署が長かったけれど、もっと小さくなっていいんじゃないかって思っています。

KINTOビジネスも当初は部屋のなかにこもって企画書を自分で作って、これならいけると思ったんです。ところがやってみたらお客さまは関心を持ってくれないし、販売店はこちらの言うことを聞いてくれなかった。それで企画を忘れてお客さまに会い、販売店を訪ねたら、そこにいい企画があった。

それはお客さまから、販売店からの要望なんです。お客さまの要望を形にすればよくても悪くてもストレートに答えが出ます。こんなに面白いことはありません」

書類に書き込む手元
写真=iStock.com/marchmeena29
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/marchmeena29

これはとても大切な考えです。

企画とは自分でひねり出すものではなく、現場に足を運んで客から聞いてくることなんですね。

■やはりA3用紙1枚、結論は先に書かない

小寺さんの企画書に対する考え方です。

「企画書の書き方は、20代の頃から研修がありました。いわゆる紙1枚に書けというやつです。それを徹底的に教え込まれるんです。A3の紙1枚に問題解決を書くという。トヨタではどこの部署にいてもその考え方です。

全体を俯瞰したところから、問題発見をして、それに対して対策を打って、プラン、ドゥ、チェックを回していく。それだけです。

問題解決のA31枚が書ければ企画書であれ、報告書であれ、応用できます。ですから、企画書も紙1枚が基本です。海外の外国人社員も同じです。同じ研修をして紙1枚にまとめるよう指導します。ただ、今はパワーポイントが増えてきたので、A3の紙1枚にまとめきることはできないようです。でも構成はそのままです。

なかには先に結論を書く人がいるけれど、結論が間違ったらそれで終わり。ですから、それはトヨタのやり方じゃありません。トヨタは全体を俯瞰することが一番必要だと教えるんです。

それはトヨタのような会社、1台の車を造るのにものすごい数の人が関わっているような会社は全体を俯瞰する人ってあんまりいないという理由もあります。

生産工場では自分の持ち場をきちっと守っていれば間違いなく、いい車が出来上がって売れるっていうのが根底にある。だから、全体を俯瞰することよりも、自分のところをしっかりやろうぜとなってしまう。目の前のことを見る人は大勢いるけれど、俯瞰する人は少ない。

トヨタは自分の会社の弱点も知っているんです。ですから何年かに一度、全体を俯瞰する教育をやります。一度、頭の中をすべてリフレッシュするんですが、あれはすごくいいトレーニングでした」

■最高の企画書とは「ネガティブポイントを書くこと」

「若い頃によく言われたのは、1階級、2階級、上のポストになったつもりで全体をとらえること。これもまた俯瞰するための教育ですね。当時の上司によく言われました。

平社員の頃、『課長のつもりで全体をちゃんと見ろよ』って言われました。すると隣のグループがやっている仕事がうちのグループと整合性が取れているか、同じことを両方でやっていないかとかわかるんです。

『ヒラだと思ってヒラの仕事をしていたらだめなんだ』

言われたことのある人は多いと思います。社内にそういう文化があるんです。関係部署に行ったときにも、自分と同じ格の人じゃなくて上の人と話をしろとも言われました。

ですから『出しゃばるな』とか言われたことないです。ヒラなら課長と話す。係長なら部長と話す。それを許容する文化がまたトヨタにはあります」

小寺さんは「企画書を書く時、要らないのは過信すること。必要なのはリスク評価」と言っています。

考えてみれば過信するのはリスクケースの評価をしないからです。企画書には書きにくいことですけれど、「失敗したらこれだけの損になる」ことはちゃんと考えておくべきだ、と。

■部下に注意するとき、褒めるときのポイントは?

私自身の経験からひとつ、似た事例を挙げます。

プレゼンの名人、作詞家の秋元康さんからこんなことを聞きました。

「プレゼンで重要なのはそのプランのネガティブなポイントを相手にちゃんと伝えることです。ただし、ネガティブポイントをカバーする方策も付け加える。そうすると、相手は信頼する」

リスクを書いていない企画書があります。書いた人は失敗した時に失うものが何なのかがわからないのでしょう。

相手が企画書を精査する時、見るポイントは成功した場合のケースだけではありません。失敗した時、どうするかがあるかないかを見ているんです。

小寺さんは部下に注意する時、次のようにしているそうです。

「みなさん、ご存じかもしれないけれど、部下に注意する時は2人きりになって直接やります。

逆に褒めるときは第三者経由で褒めます。誰かを褒めるときに同じ課の人間に『ヨシムラってやつ、すごくいい仕事をするよね』と飲み会の場で言うとか。人は他人からっていうのを飲み会の場とかで言うとね、人から聞くとうれしいんですよ。まあ、トヨタに限らず、みなさんやってらっしゃることだと思いますけれど。

また、これよりも、トヨタらしい部下との向き合い方があります」

■もし、ジャイアンツに勝てる球団を作るとしたら…

「ある先輩幹部から教わったのですけれど、『上司の役割は部下の持っている制約条件をひとつずつはがしていくことだ』と。

「部下に何かを指示する。できませんと言ってくる。それに対して、上司は制約を外してやる。

お金が足りないのだったら、じゃあ、もう少し予算を出す。人が足りないのだったら、部下を付ける。もしくは部下を採用してもいいよと言う。外部の人を雇ってもいいとも言う。

そうやって制約をはがしていくと、『世の中にできない仕事なんてないんだ』と、その先輩は言ってました。

例えば、読売ジャイアンツに勝てるような野球チームを作ってみろと部下に言う。『できるわけないですよ』って返ってくる。上司は『本当にそうか。では、阪神タイガースを買ってやる。大リーガーも連れてきてやる。ピッチャーと指名打者は大谷翔平だ。これならジャイアンツに勝てるだろ』。これがトヨタの考え方なんだって言われました。

僕に大谷を連れてくることはできませんけれど、部下が『できません』と言ってきたら、制約条件は外してやろうと思ってます。部下には制約条件なしで考えろと言ってます。

やりたくない理由を探してきて、できませんという人、いるでしょう。それには次々と制約条件を外して、とにかくやってみろと言うしかない。上司が『なんでお前はやらないんだ』と怒ったって、部下はプイって向こうを向いてそれで終わり。怒ったって仕事にはなりません」

この部下の制約条件を外していくというのは管理職であれば覚えておかなくてはならないことではないでしょうか。

トヨタは合理的な会社です。部下に無理な仕事を命ずる会社ではありません。

タブレットを持つ部下に、書類を広げて説明する上司
写真=iStock.com/kazuma seki
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kazuma seki

■あえて「頑張るな」と声をかける理由

小寺さんは部下に「大切な仕事をやる時は自然体で」と伝えているそうです。

「自然体っていう言葉が好きで、心がけるようにしています。人間、肩に力が入ると暴投が出るんです。あとから肩が凝ったりもしますしね。

でも、いかに自然体でいられるかとばかり考えてしまうと緊張して体が固まってしまう。自然体になることが難しい。

柔道では自然体が一番強いとされているそうです。どこから力をかけられても、一番強いのが自然体。だから、気楽にして、力を抜くのがベストなんですけど、なかなかそうはならない。ただ、ひとつ言えることは『よしやるぞ!』と思わないこと。上司も『頑張れ。精いっぱいやれ』とは言わない。

『いいか、大切な仕事をまかせるから、頑張っちゃいけないぞ。頑張るとお前のよさが消える。だから、頑張るな』。そう伝えることにしてます」

部下に「頑張るな」という上司は多くありません。しかし、トヨタにはそういう人が何人もいます。経営者がまずそう言っています。

■パワポを作る前にまず相談すること

小寺さんはそれでも頑張ってしまう部下に対しては「早めに相談に来いよ」と言います。

「担当した仕事を、どの段階で上司に相談するかがとても大切なポイントなんです。トヨタのような大企業だと、カチッとしたものを作って、それで説明しないと上司に怒られてしまうと考えがちです。

ほんとはそんなことはないんですけれどね。部下はパワポで20、30枚作ってから、『これでどうですか?』と説明に行く。でも、パワポで30枚も作るには時間がかかる。2週間くらいかかるかもしれません。

そうして全面却下ってこともないとは言えない。KINTOではパワポを作る前、ひらめいた瞬間に持ってこいって言ってます。やわらかい状態で持って来ていいんだぞ、資料を作る前にまず相談に来い、と。

口頭で、こういうことをやりたいんですと言ってきたら、それで方向性を出してあげる。その後、詳細を詰めてやるかやらないかを考える。あえて会議ではない、やわらかい打ち合わせです。

■2枚目で「ああ、だめだ」と思うこともあるから…

うちの場合、それがほとんどですよ。いちばん困るのが『オンラインで資料共有します』と連絡が来たとたん、パワポが30枚とか40枚とかある。うわ、今日、全部開いて見なきゃいけないの……。開いてみて、2枚目で、ああ、これはだめだって思うことがあるんですよ。もう、どうしようか、と。

30枚分のパワポを作る時間をかける前に、なんで最初に相談に来てくれないんだろうって思うんです。今はもうそういうことはなくなりましたけれど。上司と部下が一緒になって考えて、作り込めば方向も間違えることは少ないし、ムダが減るんです。それに、上司としては現場のプレーヤーでいる楽しみもある。だから、やわらかいうちに持ってきてもらったほうがいいんです」

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。旅の雑誌『ノジュール』(JTBパブリッシング)にて「ゴッホを巡る旅」を連載中。

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)

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