1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 政治

世界最大手の台湾TSMCが、半導体の新工場建設を「中国ではなく、日本やアメリカ」で検討するワケ

プレジデントオンライン / 2022年12月19日 9時15分

半導体受託製造で世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)とソニーグループなどが共同で建設を進めている半導体製造工場=2022年10月26日、熊本県菊陽町 - 写真=時事通信フォト

■台湾拠点のTSMCがついに米国進出へ

世界の半導体産業の構図が大きく変わっている。12月6日、世界最大のファウンドリ(半導体の受託製造に特化した企業)である、台湾積体電路製造(TSMC)は米アリゾナ州に2つ目の工場(ファブ)を建設すると発表した。そこで生産するのは回路の線幅が3ナノメートル(ナノは10億分の1)の次世代チップだ。これまで、TSMCは最先端の半導体製造拠点を台湾国内に集中し、海外に生産拠点を移転することはなかった。その意味では、今回の移転は画期的決断といえるだろう。

ここへきて米国は、経済安全保障の観点からも、アジア地域に集中している半導体製造拠点を、米国内に回帰させることに本腰を入れ始めた。その背景の一つに、台湾問題の緊迫感があることは言を俟(ま)たない。経済、社会、安全保障などの面で極めて重要な、“産業のコメ”と呼ばれてきた半導体の重要性は急速に高まる。米国は覇権国としての地位を守るため、世界の半導体産業をリードする力を高める必要がある。

その意味では、最先端のチップ製造をリードするTSMCの誘致は不可欠だ。今後、台湾や韓国企業の誘致、および国内での半導体製造能力向上をめぐる主要国の競争は激化するだろう。生き残りをかけて、わが国の半導体関連企業はこれまで以上に“強み”を磨き、世界から必要とされる立場を高めなければならない。

■半導体需要は低下する見通しが強いが…

世界各国にとって、戦略物資としての半導体の重要性が急速に高まっている。足許では、メモリを中心に既存の半導体市場では在庫調整が進んでいるものの、スマートフォンなどのIT関連機器の需要減少は大きい。また、連邦準備制度理事会(FRB)や欧州中央銀行(ECB)はインフレ鎮静化のために金融を引き締めなければならない。

政策金利の上昇は企業の設備投資や家計の消費にマイナスに働く。それも半導体の需要を一時的に低下させる。メモリを中心に在庫調整は2023年の上期頃まで続きそうだ。そうした見方から2022年の春先以降、フィラデルフィア半導体株指数(SOX)指数は下落した。

しかし、最先端の半導体の製造に関しては状況が大きく異なる。国家レベルで企業誘致や新しい製造技術開発に向けた取り組みが、急速に強化されているのだ。米国、欧州委員会、わが国、中国などが半導体産業の育成と国際競争力強化に集中している。

■メタバース、自動車、家庭、医療、軍事…

最大の要因は、今後、世界のあらゆる分野で半導体の需要が急速に増えることだ。国家戦略として、半導体の生産、関連部材や製造装置の製造能力をいかに高めるかが問われている。経済の分野ではメタバースの実現に向けた取り組みが進む。それによって仮想現実(VR)や拡張現実(AR)など新しいデジタル技術の実装が進む。ビッグデータの利用も進みデータセンターや、クラウドコンピューティングの利用もさらに増加する。

IoT関連技術の社会実装が進むに伴い自動車の自動運転はもとより、家庭、生産現場、医療、社会インフラ、エネルギー、農林業などあらゆる分野で、多種多様なチップ(ロジックやメモリに加えて、画像処理センサ、マイコン、パワー半導体など)が使われるようになるだろう。

各国の半導体産業の強さが高速通信技術や安全保障・軍事・宇宙開発にも決定的なインパクトを与えるようになるだろう。その状況下、2022年7~9月期、TSMCは世界のファウンドリ市場の56.1%のシェアを手に入れた(トレンドフォースの調査による)。事実上、半導体市場におけるTSMCの一人勝ちは一段と鮮明だ。

■国家主導で半導体産業の強化が目指されている

米国やわが国、欧州各国などにとって、台湾や韓国からのチップ調達比率は引き下げなければならない。そのために主要先進国は急速に半導体企業の誘致や、関連産業の育成のための戦略を強化し始めた。共通するのは、民間企業に半導体生産を任せるのではなく、政府が市場に介入して国家全体で半導体産業の強化が目指されている。それは各国が雇用・所得環境の安定と強化を目指すことにもプラスに働く可能性がある。

今のところ、顕著な成果を出しているのは米国だ。その象徴がTSMCによるアリゾナ第2ファブ建設の発表だ。米国は最新鋭ステルス戦闘機F35に搭載される軍事用のチップを含め、TSMCに米国での生産を増やすよう求めてきた。対して、TSMCは米国での半導体生産はコストがかかりすぎるとの立場を貫いた。

■中国を懸念する日米とTSMCの利害が一致したか

しかし、アリゾナ第2ファブの建設発表はTSMCの事業運営戦略が大きく転換したことを示唆する。8月に米国では半導体生産を支援する法律(通称、CHIPS・科学法)が成立した。それによって、TSMCは求めてきた補助金をバイデン政権から受け取り、米国での生産コスト抑制にめどが立った可能性が高い。また、バイデン政権は対中半導体禁輸措置を強化した。半導体製造装置に関しても米国はオランダやわが国に歩調を合わせるよう求めた。

TSMCは米国の半導体製造に関する知的財産やハードウエア、日蘭の製造装置や高純度の部材を必要としている。TSMCにとっても中国の圧力の高まりは容認できないリスクになっているはずだ。結果的にTSMCは地政学などのリスクに対応しつつ、より安定した生産体制と顧客との関係強化のために米国で次世代の3ナノレベルのチップ生産を発表した。

TSMCはわが国でも追加の工場建設の可能性に言及し始めた。TSMCがリスクを分散しつつ収益性を高めるために生産拠点を台湾以外に設けることの重要性は一段と高まっている。なお、6月の定時株主総会においてTSMCは欧州進出の具体的計画はないとしている。現時点で、台湾に集積した最先端を中心とするチップ製造能力の取り込みという点では、米国がリードし、わが国がその後を追いかけているイメージが思い浮かぶ。

コンピューターの基板の製造
写真=iStock.com/zorazhuang
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/zorazhuang

■誕生した“ラピダス”に求められるもの

台湾と韓国への集中から、米国やわが国などへの分散へ、世界の半導体産業の構図はダイナミックに変わり始めた。わが国とオランダは、米国が進める先端の半導体製造装置の対中輸出規制参加に基本合意したと報じられた。一つの要因として、世界の半導体産業にとって、依然として米国の知的財産の重要性は高い。安全保障面でも、主要先進国にとって米国との関係は欠かせない。

今後、日欧などは米国との関係を重視しつつ、より急速に自国の半導体産業の強化を目指さなければならない。それが自力での経済と社会の安定実現に決定的インパクトを与えるだろう。わが国では官民連携によって次世代のロジック半導体の製造を目指す“ラピダス”が設立された。ラピダスに求められることは、新しい半導体製造技術の早期確立だ。

そのためには、超高純度のフッ化水素や感光性材料のフォトレジスト、シリコンウエハーなどの部材創出力の強化と、精緻な半導体製造装置の生産技術向上、さらには国内や米欧の知的財産の結合の加速が欠かせない。それに付随するリスクを民間企業に任せることが適切とはいえない。政府は米欧に見劣りしない規模とスピード感をもって半導体関連産業の支援を強化すべき時を迎えている。

■人気ある最終商品の創造が欠かせない

さらに踏み込むと、わが国は世界から必要とされる新しい商品を生み出さなければならない。それが、新しい半導体の需要を生み出す。TSMCが米国で次世代チップを生産する要因の一つとして、アップルのイノベーションは大きかった。iPhoneは世界経済のデジタル化を加速させ、半導体需要を急増させた。わが国が半導体産業の再興を目指すためには、そうしたヒット商品=人気ある最終商品の創造が欠かせない。

もしそうした取り組みが遅れれば、わが国の半導体産業の競争力向上は難しくなるだろう。それは、わが国経済の実力低下に直結する問題だ。中国共産党政権は米国の制裁に対抗して先端分野への支援を強化し、半導体自給率の向上を目指すはずだ。そうした展開を念頭に、中長期的に米国は半導体産業などへの支援策を強化するだろう。

長期の視点に立って戦略物資として重要性が高まる半導体をはじめ新しい産業を育成できるか否か、これまで以上にわが国の産業政策の内容と各企業の取り組みが問われ始めている。

----------

真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。

----------

(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください