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46種類もある「たべっ子どうぶつ」には、なぜコアラがいないのか…子供向け菓子に込められた技術とこだわり

プレジデントオンライン / 2022年12月21日 10時15分

ギンビス本社に並ぶ「たべっ子どうぶつ」のぬいぐるみ - 撮影=プレジデントオンライン編集部

菓子製造・販売のギンビスが好調だ。売り上げは前年比二桁増で、中でも主力良品の「たべっ子どうぶつ」が人気だという。46種類の動物のフォルムに英単語が書かれているのが特徴だが、なぜこんなに種類が多いのか。ノンフィクション作家の野地秩嘉さんが聞いた――。

■クリエイティビティだけではヒット商品は生まれない

お菓子のシャトレーゼ、ガリガリ君の赤城乳業、ミートボールの石井食品、タイカレーのヤマモリなどわたしは各社がそれぞれのヒット商品を開発する経緯を調べた。

当初、わたしはヒット商品を生むのは「アイデアと開発力」であり、加えて、ヒットを確定させるのは広報と宣伝の力だと想定していた。少数の開発チームが優秀でさえあればヒット商品は出ると思い込んでいた。企画こそがヒット商品の母体だから、チームの企画力、クリエイティビティを鍛えればいいのではないか……。

しかし、結論からいえば、そんなことはなかった。ヒット商品を生むのも、ヒットを継続させるのもすべては経営の力だ。そして商品を売ろうとする情熱だ。経営がしっかりしていない会社はたとえヒット商品を生みだしたとしても、進化させたり、成長させたりすることはできない。

いちばん大事なのは経営者が何を価値として会社を経営しているかにある。

食に関係する会社はどこの会社も表向きは「おいしいものを作りたい」という。

むろん間違ってはいないけれど、陳腐だ。「当社はおいしくないものを作ります」と主張する会社はありえないのだから、何の主張もないのと同じだ。

経営力と情熱、そして製造技術がヒット商品を生む。クリエイティビティは最後にあればいい。

クリエイティビティ、アイデア、広報、宣伝は経営力と情熱、製造技術があってこそのもの。開発チームだけを強化してもヒット商品は生まれない。

■コロナ禍前から順調に売り上げを伸ばし…

では、たべっ子どうぶつを筆頭に、アスパラガス、しみチョココーン、GINZA RUSKなど、いくつものヒット商品、ロングセラー商品を持つ製菓会社ギンビスの経営力、情熱はどういったものだろうか。

ギンビスは戦前の1930年に墨田区の錦糸町でスタートした老舗の製菓メーカーだ。売り上げは公表していない。だが、コロナ禍にかかわらず、今年1月~10月は前年比で二桁増だという。上場できるくらいの売り上げを持つ中堅企業だ。

本社は日本橋の浜町にある。創業時の社名は「宮本製菓」で創業者は宮本芳郎。1945年に「銀座ベーカリー」という名称に変更し、74年に「ギンビス」になった。ギンビスとは銀座のビスケットという意味である。

さて、同社のヒット商品であり、ロングセラー商品のビスケット「たべっ子どうぶつ」が出たのは1978年。ヒット商品で、スティックタイプのビスケット、アスパラガスが発売された10年後のことだった。

たべっ子どうぶつ
撮影=プレジデントオンライン編集部

ただ、たべっ子どうぶつは発売直後から人気が出たわけではない。

売れなかった原因のひとつはパッケージの色がピンクだったことにある。

■ヒットさせるには時間がかかることを知っていた

コンビニに行ってみればわかるけれど、お菓子やスナックのパッケージ色は黄色、茶色、オレンジといった暖色系がほとんど。辛さを強調したものであれば赤のパッケージになっている。つまり、お菓子やスナックのパッケージの色はだいたい決まっている。

ところが、子ども向けのビスケット「たべっ子どうぶつ」は鮮烈なピンクだ。ピンク色のパッケージといえばお菓子より女性用アンダーウェアなどを思い起こさせる。ピンク色はかなり大胆な挑戦で、親たちは当初、困惑し、敬遠したのである。

開発したのは同社の創業者、宮本芳郎だ。彼は第1のヒット商品、アスパラガスビスケットの発売に際しても、形、味、ネーミングとすべてユニークにしたため、ヒットするまで時間がかかった。

そして、その時の体験があったから、たべっ子どうぶつがすぐに売れなくても、それほど動揺はなかったようだ。そうして彼の読みは当たり、1年ほどたつと、たべっ子どうぶつはCMや口コミで市場に浸透していったのである。

広報の吉村萌子さんは開発の経緯についてこう教えてくれた。

「経緯は2つあります。1つはたべっ子どうぶつのルーツになる商品があって、それは『動物四十七士』(1969年発売)という厚焼きのビスケットでした。2022年3月に販売終了になりましたが、たべっ子どうぶつはこれを発展させたものなんです」

ギンビス広報の吉村萌子さん
撮影=プレジデントオンライン編集部
ギンビス広報の吉村萌子さん - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■たべっ子どうぶつはなぜ「46種類」なのか?

SNSでは、「四十七士」は赤穂浪士の47人から着想を得たのではないかという指摘があるが、吉村さんによると、50年以上前に作られたものだから諸説あるそうだ。

「創業者の宮本芳郎は大の動物好きでした。都内で子熊、犬、金魚などさまざまな動物を飼っていたのです。動物が大好きだから、動物四十七士、たべっ子どうぶつを作ったんですね」

動物をテーマにしたビスケットは動物四十七士、たべっ子どうぶつだけではない。普通のビスケットに動物の名前を印字して焼いたものはある。だが、動物の形を模したビスケットは珍しかった。動物の形に整形して焼くことに技術が必要だったのである。普通のビスケットが円盤形になっているのは箱を揺らしても壊れにくい形だからだ。

一方、たべっ子どうぶつを1枚ずつ取り出して見てみると、細部まで作りこんである。単純な形ではない。馬と牛ではデザインが異なっているし、牛の角まで再現してある。そして、パッケージを揺らしても、牛の角が折れないようなデザインになっている。作りこまれていて、しかも、壊れにくい。子ども向けのビスケットだけれど、ギンビスの技術が詰まった商品だ。

たべっ子どうぶつ
撮影=プレジデントオンライン編集部

■唯一、仲間入りできなかった動物は…

ただ、それでもコアラの耳を再現するのは難しかったという。だから、コアラはたべっ子どうぶつには入っていない。

たべっ子どうぶつの動物の数は46種類。動物四十七士よりも1種類少ない。それはコアラを外したからだ。

広報の吉村さんは言う。

「たべっ子どうぶつは薄焼きビスケットなんです。コアラを薄焼きにしようとしたところ、何度やっても耳の部分が欠けてしまい、それで仲間入りできなかったのです」

創業者は子ども向けの菓子には教育性を入れたいと考える人だった。そんな彼がくふうしたのはビスケットに動物の名前を英語で印字したこと。

たべっ子どうぶつ
撮影=プレジデントオンライン編集部

猫がCAT、犬がDOGくらいなら子どもだって知っている。しかし、オットセイがFURSEAL、ヤマアラシがPORCUPINE、リスがSQUIRRELなんてのは大人でもまず知らないのではないか。

たべっ子どうぶつは大人が食べても英単語の勉強になる。ロングセラーになっているのは味だけでなく、教育性という面も少なくない。

なお、動物四十七士の厚焼きビスケットの味は後継の商品「厚焼きたべっ子どうぶつSOY(大豆)」で確かめることができる。わたしも食べてみたけれど、厚焼きと薄焼きではかなり食感が違う。幼児の小さな口に合うのは薄焼きの、たべっ子どうぶつだとわかった。

■長く愛されるために、味わいや包装はあまり変えない

たべっ子どうぶつ、アスパラガスなど同社にはヒット商品を開発した後、ロングセラーにするための方式がある。

それは味の横展開と食べ方のアレンジを提案すること。

味の横展開についてはギンビスだけに限ったことではない。だが、ギンビスはたべっ子どうぶつの場合、基本のバター味のほか、「白いたべっ子どうぶつ」「たべっ子どうぶつココナッツミルク味」などの横展開をしている。

アスパラガスでも同様だ。基本のアスパラガスを出しつつ、「いちごチョコがしみこんだアスパラガス」とか「ミニアスパラガス おつまみベーコン風味」をリリースして、味の幅を広げている。

吉村さんは「ただあくまで基本の味があってこその展開です」と言う。

ギンビス広報の吉村萌子さん
撮影=プレジデントオンライン編集部

「時代に合わせてフレーバーを変えていったり、商品を新しくしていったりする方法もあるかと思うのですが、弊社としては長年の顧客がいますから、味わい、品質、パッケージなどはあまり変えないという方針を大切にしてきました。

会社の目標として『親子3世代100年ブランド』と掲げているように、親から子、子から孫、またそこから次の世代に続いていくようなお菓子を作っているつもりです。もちろん、いろいろなフレーバーや関連グッズなどを出して、話題喚起に努めているところはあります。ただ、それよりも基本の味を大切にして、これまでのお客さまと長く続く関係を保っていきたいと思っています」

■ファンからの要望で生まれた「おつまみベーコン風味」

アスパラガスの味の横展開のひとつ、おつまみベーコン風味は客からの要望が形になったものだ。

「弊社ではパッケージに『こんなお菓子があったらいいな、という夢がありましたら、アイデアをお寄せください』と記載しております。おつまみベーコン風味のアスパラガスはSNSや書き込みから開発しました。アスパラガスをおつまみとして召し上がっていただく機会が多いとわかり、それで、おつまみに特化したベーコン風味を出したのです。

SNS以前は消費者にインタビューしていたこともありましたが、今ではSNSの声を重視しているケースが多くなってきています」

味を横展開する場合、これまでは社内の開発陣が主導してきた。しかし、おつまみベーコン風味をはじめ、熱心なファンや愛好者の声が新商品に反映されるようになってきている。

もっとも、これはギンビスに限らず、またスナック菓子に限らず、さまざまな商品の開発にあてはまることかもしれない。

商品の味を増やす展開とともに、ヒット商品をロングセラー化、定番化するもうひとつの手法が食べ方のアレンジを提唱すること。商品をそのまま食べるだけではなく、ケーキのトッピングにする、ビスケットをスープに浸して食べるといった食べ方を提案している。

洋服でいえば、商品だけを宣伝するのではなく、着こなし方を同時に提案するのに似ている。

ギンビスではアスパラガス、たべっ子どうぶつ、ともに初期からパッケージの一部にそうした食べ方のアレンジを掲載してきた。

たべっ子どうぶつは中国でも販売されている
撮影=プレジデントオンライン編集部
たべっ子どうぶつは中国でも販売されている - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■ヒット商品はファンと一緒に育てていく

吉村さんは「はい、ヒット商品のアスパラガスが出た当時からやっていることです」と言った。

「アスパラガスについては今、コーンスープにつけて食べる(ダンキング)、ヌテラ(チョコレート風味のスプレッド)をつけて食べるといった提案をしています。数年前ですと、アスパラガスにレーズンとクリームチーズを挟んで召し上がっていただくこともやりました。ただ、アスパラガスは細いからクリームチーズを挟むのは技術が要りますが……。なので、クリームチーズをつけて食べていただいてもいいです。

食べ方のアレンジはSNSなどでお客さまがご自身で発信されます。それを見て真似される方が多いように思います。

たべっ子どうぶつは発売当初からパッケージの横の部分にお客さまからいただいたアレンジの提案を載せています。マシュマロを挟んだり、デコレーションケーキのトッピングにしたり、最近ではガトーショコラに載せて一緒に焼き、すごくかわいいケーキをつくっていただいていたり……。弊社の商品だけではなく、コロナ禍で在宅時間が増えたこともあって、いろいろとアレンジして召し上がる方が増えていると思います」

たべっ子どうぶつ、アスパラガスのヒットとロングセラー化を調べてみると、わかったことがある。思いつきだけでもヒットする商品だって少数はあるかもしれない。しかし、長年、それを売っていくには経営の力が後押ししなければならない。そして、ヒット商品はそれをロングセラーにしない限り、経営の基盤にはならない。

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)、『伊藤忠 財閥系を超えた最強商人』(ダイヤモンド社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。旅の雑誌『ノジュール』(JTBパブリッシング)にて「ゴッホを巡る旅」を連載中。

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)

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