医者はウソつきだから、自分で情報収集するしかない…イベルメクチンを個人輸入する人たちが自慢げなワケ
プレジデントオンライン / 2022年12月29日 9時15分
■コロナ禍で沸き起こった「イベルメクチン待望論」
イベルメクチンは寄生虫に効くクスリとして開発されました。大村智氏の1970年代の研究により、伊豆のゴルフ場から発見された新種の細菌が作る物質をもとに、イベルメクチンが作られました。
寄生虫による病気は日本でこそ少なくなりましたが、まだまだ多くの国で人々を苦しめています。日本でも、高齢者施設などで、皮膚に寄生するダニが原因で疥癬が発生したとき、イベルメクチンが活躍します。
イベルメクチンの開発により、大村氏が2015年のノーベル賞を受賞したのは正当な評価と言うべきでしょう。
それだけならよかったのですが、2020年に始まったコロナ禍で事情が一変します。
新型コロナウイルス感染症に対してイベルメクチンが有効かもしれないという論文が出て、にわかにイベルメクチン待望論が巻き起こりました。
その論文はデータ捏造の疑いで撤回されましたが、その後も空疎な期待は残りました。
2021年には、イベルメクチンの生み親である大村智氏が朝日新聞の取材に答えて、「(イベルメクチンを)飲まなければ亡くなる場合もある」「治験をしながら、患者に使えるようになれば助かる人がでてくる」といった前のめりの発言をしています。
■イベルメクチンはコロナに効かない
しかし、イベルメクチンはたびかさなる試験で検証され、コロナには効かないことが世界の常識になっています。
たとえば世界保健機関(WHO)はコロナにイベルメクチンを使わないことを推奨しています。2022年8月の論文に至っては、イベルメクチンとともにメトホルミン(糖尿病治療薬)とフルボキサミン(抗うつ薬)という、とうていコロナに効くとは思えないクスリを試して「どれも効かなかった」と結論しています。
北里大学がみずから行った試験でもイベルメクチンは無効だったことが報告されています。
■「イベルメクチンの個人輸入」が後を絶たない
ですが、学術的に否定されても、「イベルメクチン待望論」はなくなっていません。
![「イベルメクチン待望論」はなくなっていない(※写真はイメージです)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/c/1200wm/img_0c1e073adebbcf1aeb56b3541738943d612979.jpg)
イベルメクチンの効果が学術的に否定されたことは、一部の人にとってむしろ「イベルメクチンの真実が隠されている」と考える理由となっているようです。
飛躍を承知で言うと、こうした感性は、「個人輸入でクスリを手に入れたい」感性と似ているように思います。
SNSで検索すると、イベルメクチンを個人輸入したという書き込みがたくさん見つかります。
筆者があるインタビューを受けたとき、インタビュアーが「僕の知り合いがイベルメクチンを個人輸入で入手しています」と言っていて驚きました。
■イベルメクチンの個人輸入は「強欲と過信の結果」
イベルメクチンを個人輸入する人は、なぜか他人に自慢したがるようです。
イベルメクチンの通販サイトに書かれた「口コミ」を読むと、なぜ自慢したがるのか、なんとなく想像がつきます。
「内緒で即座に服用……先生は不思議がってました」
「日本国民もいい加減に思考能力を働かせ目覚めなければ滅亡の道を辿る」
「ワク●ン3回接種した方はほぼ陽性で休み、繰り返しコロナ感染し陽性という状況下でしたが(イベルメクチンを飲んでいる)自分はかかりませんでした……。」
まるで、他人はバカなので気付かないが、自分だけは裏情報を駆使して健康でいられる、と言っているかのようです。
イベルメクチンの個人輸入は、いわば強欲の結果です。
普通の日本国民はコロナで苦しんでいても、イベルメクチンの効果を知っている自分だけは助かる、と思っているのです。
また、普通の日本国民はおろか、医師や規制機関もみんな間違っていて、自分だけが正しいと考えるのは、ある種の過信、思い上がりです。
少なくとも書き込みを見る限り、「人より優位に立ちたい」「知識を誇りたい」「自分こそがスタンダードだと思いたい」といった欲望が、人々をイベルメクチンの個人輸入に導いているように思えるのです。
■異様な文化のあわれな被害者
イベルメクチンはコロナには効かないので、個人輸入してもなんの得にもなりません。明らかに損です。お金はまちがいなくムダになっているし、副作用が出ている人もいるかもしれません。
ただ、だとしても、自業自得だと責められるべきなのでしょうか。
過信と強欲はそもそも誰のせいでしょうか。
データを捏造して「イベルメクチンがコロナに効く」と主張した人や、確たる証拠もないのにイベルメクチンが効くと宣伝した人、ノーベル賞受賞者のイベルメクチンに期待するという発言を検証もせず広めた人に、責任はないのでしょうか。
![イベルメクチンが効くと宣伝した人に責任はないのか(※写真はイメージです)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/2/1200wm/img_c20c8fbc140ea8cd7fc615a44412cc82457148.jpg)
そもそも、「人が知らない医学知識を自分だけが知っている」と自慢する異様な文化はなんなのでしょうか。
筆者には、イベルメクチンも個人輸入も(そしてこの記事では取り上げる余裕がありませんが反ワクチンとか自然派とか代替医療はすべて)この異様な文化のあわれな被害者に見えます。
■あらゆるニセ医学に共通の構図
あらゆるメディアが、学校でさえも、「もっと医学知識をつけましょう」「自分の体は自分で守りましょう」「ほかの人より健康になりましょう」と教え続けています。
医療職ではない人がクスリの効果に詳しくなっても、あまり意味はありません。処方の権限は医師に握られていますし、医師は保険のルールに縛られています。
クスリの情報を知っても、自分では処方できないのです。
しかし、こうした情報に接した人が、個人輸入でクスリを手に入れようとします。
あらゆる「ニセ医学」にこうした構図が共通しています。
「もっと健康に気をつけましょう」という強迫観念が世間に蔓延(まんえん)していますが、気をつけたからといって本当に健康になれることはほとんどありません。せいぜい禁煙くらいです。
それでも「健康に気をつけよう」と考える人は、ニセ医学に出会うのです。
![「健康に気をつけよう」と考える人はニセ医学に出会う(※写真はイメージです)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/9/1200wm/img_e9174541eff46f4810a7cd99fcab34ae793351.jpg)
ひとつひとつの健康情報は、専門家が善意で広めたものかもしれません。中には事実に基づくものもあるでしょう。
しかし、その情報が人の心を迷わせてしまいます。これは「善意の罠」とも言うべきものです。
こうした「善意の罠」に陥らない方法は、健康情報に近寄らないことしかありません。
本当に知るべき重要な情報は、こちらから探しに行かなくても、逃げ場もないほど繰り返し教えられるはずです(それすら重要ではないと思う人もいるでしょうが)。
わざわざ探さないと見つからない情報というのは、誰も気づいていないお得な情報ではありません。評判が悪く、間違っていて、リスクのわりにリターンが少ないから広まっていないのです。
健康になろうとするのをやめましょう。情報を集めるのをやめましょう。
その先には「自業自得」しかありません。
筆者は医師として、治せない病気を持つ人に会って、「あきらめてください」と言わざるをえないことがあります。そのたびに無力さを恥じています。
しかしそこで「あきらめなくていい」と偽りの希望を与えるのは、余計悪いと思います。
医薬品の個人輸入も、そういうものになってしまっていると思うのです。
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医師
1983年、大阪府に生まれる。東京大学医学部卒業。出版社勤務、医療情報サイトのニュース編集長を経て医師となる。首都圏のクリニックで高齢者の訪問診療業務に携わっている。著書には『「健康」から生活をまもる 最新医学と12の迷信』、訳書にはペトルシュクラバーネク著『健康禍 人間的医学の終焉と強制的健康主義の台頭』(以上、生活の医療社)、ヴィナイヤク・プラサード著『悪いがん治療 誤った政策とエビデンスがどのようにがん患者を痛めつけるか』(晶文社)がある。
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(医師 大脇 幸志郎)
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