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「小さな体で、力いっぱい生き抜いてくれた」2歳の娘の葬儀で、父親が流したビデオに映っていたもの

プレジデントオンライン / 2022年12月24日 17時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/AlterYourReality

「小さな体で病と闘い、力いっぱい生き抜いてくれたのはすごいことだと、娘を尊敬しています」。そう語る父親は、娘をどう見送ったのか。2万人の葬儀に立ち会ったフリーの葬祭コーディネーターが語る、愛があふれる葬儀の光景とは――。

※本稿は、安部由美子『もしも今日、あなたの大切な人が亡くなったとしたら』(青春出版社)の一部を再編集したものです。

■あどけない顔立ちの遺影写真

その日は所用で外出中でした。バッグの携帯電話のバイブレーションが振動したのに気づいて電話に出ると、葬儀の司会依頼の連絡でした。

「亡くなったのは、2歳の女の子です。詳細はこれから打ち合わせしていただくことになりますが、気を遣う葬儀になると思います。どうかよろしくお願いします」

葬儀担当者のいくぶん不安そうな気持ちが携帯電話越しに伝わってきます。

通夜法要は午後6時からとのことでしたので、その1時間前に着くように葬儀場に向かいました。斎場からなるべく見えない駐車場の一角に車を停めます。運動靴からパンプスに履き替え、後部座席のハンガーから外したスーツの上着を羽織り、クリップで止めた打ち合わせ用紙を持って準備完了です。

斎場に入ると花祭壇には大きな向日葵(ひまわり)がたくさん飾られ、その周りを色とりどりの花が囲んでいます。中央に遺影写真が飾られていました。あどけない顔立ちの女の子が、弾ける笑顔で笑っています。黄色い髪飾りが、向日葵の色とリンクしてさわやかです。

私は遺影写真に向けて手を合わせ、心の中で自己紹介をしてから、「心を込めて精一杯にお見送りのお手伝いをさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」そう伝え、深くおじぎをしました。

控え室へ向かうと、奥から幼いお子さまの笑い声が聞こえてきます。ご遺族にあいさつをして打ち合わせに入ろうとしたところ、先ほどから聞こえていた幼いお子さまの笑い声は、故人の双子の妹さまだとわかりました。

■双子の娘に恵まれて大喜びしたが…

故人のお名前は、立花ルイちゃん。2歳。遺影写真のルイちゃんと瓜二つの妹さまはマユちゃんです。

マユちゃんはまだ2歳ということもあり、私たちの打ち合わせ中に退屈してきて、ママにだだをこねはじめました。ご機嫌をとろうと名前を聞いてみますが、恥ずかしがり屋さんでこちらを見てくれません。今度は年齢を尋ねてみると、小さな手を前にパッと出して、指で「2」を作って見せてくれました。はにかむ姿がとてもかわいらしく、亡くなられたルイちゃんもこんな感じだったのだろうと思うと、胸を突かれる思いでした。

ランダムに置かれたキャンドル
写真=iStock.com/Vesnaandjic
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Vesnaandjic

「これを流してもらうのは可能ですか?」と、お父さまが一本のビデオテープを取り出して言いました。

「私たちは遅くに子どもに恵まれまして……。だけど、一度に二人の親になれて、それはもううれしかったんです。妻の両親もうちの両親も大喜びだったのもつかの間で、この子たちが1歳のときに、ルイに病気が見つかりました。お医者さんから、長くても一年くらいだと言われたんです」と、記憶をたどるように話し出されました。

■集まった人々に笑顔で感謝を伝えたい

お父さまの話を引き継ぐように、今度はお母さまが語りはじめられます。

「それからは、できるだけたくさんの思い出を作ろうと、いろんな所に出かけました。写真もたくさん撮りました。でも、写真だけでは声を思い出せなくなるんじゃないかしらって思いまして。そしたらこの人が、すぐにビデオカメラを買ってきてくれて、そこから撮りはじめたんです」

お母さまは、どこか遠くを見つめるようにしながら、記憶をよみがえらせているご様子です。お父さまがそれに相づちを打ちながら、「そこは僕が話したかったのに」と話を引き継ぎました。お母さまは、「あなたが言わないから私が言ったのよ」と笑いながら、お父さまの背中を体が揺れるほど強くたたいたのです。そのご様子がおかしくもありほほえましくもあり、こちらも思わず笑ってしまいました。

この一年間、ご両親はたくさん泣いたと話してくださいました。だけど、送るときは心の準備を整えて、集まってくださる皆さまに笑顔で感謝を伝えられるようにしたいとのこと。大切な娘を自分たちの手で送りたい、妹のマユちゃんに姉が存在した証しを残したいとのご希望でした。

まずは、開式時刻が迫っている通夜の打ち合わせをすませ、斎場へ移動しました。多くの参列者を迎えての通夜法要は無事に終わり、その夜はご遺族がルイちゃんの最後のお守りをされることになりました。

■元気いっぱいの生前の声が響き渡る

一夜明け、お葬式当日になりました。

斎場には開式10分前から、お父さまが撮り続けてきた映像が静かな音楽と共に流れ、故人となられたルイちゃんを思い出すのに十分な雰囲気が漂っていました。元気いっぱいのルイちゃんの声が響き渡ります。その声が聞こえるたびに、ご参列の皆さまの目にハンカチが当てられます。

「パパー」

レンズをのぞくお父さまを呼びながら、ルイちゃんが近づいてきて、画面いっぱいにルイちゃんの顔が映ります。

「ママー」

一緒に遊んでいるお母さまを呼んで、摘んだ草花を渡しています。

「マーユ」

とマユちゃんを呼びます。ルイちゃんはマユちゃんと手をつなぐと、大喜びで走り出します。

「じーじ~、ばーば~」

そう言って、おじいちゃんたちにおにぎりを渡しています。

画面には、まだルイちゃんが元気に走れたときの様子が映し出されていました。ご家族は、わずかな時間を見つけては、近場にドライブに出かけたそうです。

遠くに家族が歩いているビーチ
写真=iStock.com/ilbusca
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ilbusca

■サラサラの細い髪をなびかせて

映像が、海に出かけたときのものに切り替わりました。ルイちゃんはお父さまに抱っこされて、砂浜から波打ち際に近づいていきます。サラサラの細い髪をなびかせて海を眺め、顔に風を受けています。ルイちゃんとマユちゃんはお顔に潮風を受けてびっくりしたようで、「わーっ」という声とともに顔をクシャッとさせてうれしそうに笑っています。パパとのおしゃべりも楽しそう。どんなささいなことにも生きる喜びを感じながら歩む家族がここにいる、そんな光景です。限りある時間を大切に刻もうとする様子が伝わってきました。

お葬式の式次第が進行し、ご遺族の言葉がご参列の皆さまに伝えられるときがやってきました。マイクが祭壇前に出され、お父さまがマイクの前に立たれます。その傍らにはお母さまと、お母さまに抱っこされた双子の妹のマユちゃんが並びました。まだ事情も理解できないマユちゃんは、指をしゃぶってお母さまの喪服にヨダレの染みを作っています。そんないたいけな姿がルイちゃんを思い起こさせ、皆さまの涙を誘っていました。

■「ルイが生きた2年間は、決して悔やむばかりのものではなかった」

お父さまのごあいさつが始まります。

「皆さま、本日はルイのためにお越しくださり、ありがとうございます。実はルイに病気が見つかってからの1年、私たちの両親は何度説明してもルイがふびんだと嘆き悲しむばかりでした。ルイを見ては泣きぬれる両親を見ていて、どうすれば穏やかな気持ちでこの子たちと触れ合ってくれるだろうかと考えました」

「それで、この子たちが笑ったり泣いたりする日常の様子を映像で撮ろうと思いついたんです。ルイが生きた2年間は、決して悔やむばかりのものではなかったと知ってほしかったのです。撮り続けること1年。撮りためた映像を見た両親は、とても穏やかな表情を見せてくれました。よかったです。両親には、ルイの生きた歩みを誇りに思い、長生きしてほしいと心から思っています」

親族席に座る両家のお祖父さま、お祖母さま方は、息子さんの言葉を聞きながら深くうなずきます。

■心のままにまっすぐに生きた子

「また、娘によって私たちは、生きるとはどういうことなのかを知らされた気がします。ルイの病気がわかったとき、私たちはあまりにもつらすぎて、死にたいとさえ思いました。しかし、苦しいはずのルイは、うれしいことがあれば喜び、思うようにならないことがあれば泣き、おいしいものを食べれば大喜びするというように、素直に気持ちを表現し、心のままに真っすぐに生きていました」

「その姿を見ていると、自分の死にたいなんて感情はとても罪なことだと感じたんです。私も心のままに恥じて泣きました」

喪主の話に、皆さまが聞き入っています。

「私がカメラを持つと、娘たちは喜んでついてきてくれました。それは父親の私が唯一、二人を独り占めできる時間で、本当に幸せでした。私にできることが見つかった瞬間でもありました。レンズをのぞいているときに生きる喜びを感じている自分に気づいて、これはルイのおかげだなと感謝しました」

「それからは、これまでとは違う感情が湧いてくるのを感じました。時間は永遠ではないということです。それは、ルイの時間が限られているという話ではありません。家族の時間としてとらえるようになったんです。だんだん動けなくなっていくルイが、残っている意識と感情を素直に私たちにぶつけてきてくれたのは、親として喜びでした」

「妻はいつも、2人を抱っこしたり絵本を読んであげたりしていました。決して娘たちの前では涙を見せなかった妻を、気持ちが弱い私は尊敬しています」

お母さまは、そんなことないというように静かに首を横に振りました。夫婦の絆が見てとれる場面でした。

■笑顔を見せて、頭を下げる喪主

「与えられた命を真っすぐに、素直に生きることをルイはやり抜いてくれました。2年も生きてくれたんです。小さな体で病と闘い、力いっぱい生き抜いてくれたのはすごいことだと、娘を尊敬しています」

安部由美子『もしも今日、あなたの大切な人が亡くなったとしたら』(青春出版社)
安部由美子『もしも今日、あなたの大切な人が亡くなったとしたら』(青春出版社)

お父さまからその言葉が発せられるとご参列の皆さまが姿勢を正したように感じました。

「こうして皆さまがルイのためにお越しくださり、にぎやかに送ってくださって本当にうれしいです。映像からルイの声が聞こえたときは、うっかり泣いてしまいましたが、あれは幸せの涙ですから誤解のないようにお願いします。映像を撮っていて感じたことがあります。人って、どんなに大切な人でもいつか声も忘れてしまいますよね。だから皆さまも大切な人の写真だけでなくて、声も残すようにしてみてください」

実感として伝わってくるお言葉に、ご参列の皆さまも静かにうなずいていました。

「どうぞ、ひたむきに生きた娘に笑顔を向けてやってください。皆さま、自分の命を精一杯に生きて参りましょう。本日はありがとうございました」

お父さまは笑顔を見せて、お母さまと深く頭を下げられました。プロジェクターから外されたビデオカメラが、葬儀担当者の手からお父さまの手へと返されると、お父さまはまるでルイちゃんを抱っこするかのようにいとおしそうに受け取りました。

親族席へと戻っていくご両親と妹のマユちゃん、そして故人のルイちゃんには、皆さまから惜しみない拍手が送られました。

このお葬式の要となったのは、ご家族自らがお葬式を手掛け、故人を送りたいとの思いでした。故人の生前のビデオを用意し、社寺で伝えたい言葉をあらかじめ準備してこられたのです。

わずか2歳とはいえ、いのちある限り精一杯生きて見せてくれたルイちゃん。その姿や声を映像や音声に残すことは、後々に遺された人たちをどれだけ救ってくれるかしれません。写真を撮ることやそのときどきの情景、気持ちを綴(つづ)っておくことが、大切な人との日常を懐かしく思い出すための宝となることは言うまでもありません。

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安部 由美子(あべ・ゆみこ)
葬祭コーディネーター
鹿児島県出身。看護師として働いたのち葬儀業界へ移り、葬儀社と遺族の想いを繋ぐ役割を担い続けて22年、関わった葬儀件数は2万件を超える。2014年に一般社団法人日本葬祭コーディネーター協会を設立。葬儀の司会をしながら、全国JA葬祭事業や全国の葬儀社にて、セレモニーアシスタントのスキル向上や接遇研修、サービスの質を高めるためのコンサルティングや個人向け終活セミナーの講師を務める。

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(葬祭コーディネーター 安部 由美子)

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