「米津、髭男、あいみょん」の3曲はなぜこれほど人気なのか…5年前のヒット曲が今も街に流れている根本原因
プレジデントオンライン / 2022年12月23日 17時15分
※本稿は、佐々木敦『増補・決定版 ニッポンの音楽』(扶桑社)の一部を再編集したものです。
■「無限に近い音楽」に出会えるサブスク
「Spotify」が、日本上陸の際に謳っていたのが「ここには無限に近い、いろいろな音楽がある」ということでした。「これまで聴いたことのない、しかし聴けばあなたが好きになるであろう音楽」がいくらでも聴けますよ、と。
これは、そもそもインターネットがそういう存在でした。ネットには無限に近い情報があるわけですから、それぞれが自分の嗜好性に合わせて未知なる「好きな情報=音楽」を発見し、出会うことができる、というのがネットのポジティヴで楽観的な見込みだったのです。
しかし、インターネットがそうはならなかったように、サブスクでもそうはなりませんでした。これは以前、『未知との遭遇』という自著で書いたこととも繫がってくるのですが、人間はそうそう過剰な多様性に耐えられないからです。
多様性があること、あるいは可能性が無限に近いように見えるということが、その人の能動的に動く動機のようなものを縮小させる働きがあるのです。簡単に言えば、メゲさせてしまう。膨大な可能性を前に、「これは無理だ」と萎えさせてしまう、ということです。
■ボブ・ディランも簡単に「網羅」できる
では、実際に何が起きたのか。
たとえば、2016年にボブ・ディランがノーベル文学賞を獲った時には大きなニュースになりました。その時、ボブ・ディランを知らなかったり、知っていても名前程度だった若い人がいたとします。
「なるほど、この人はミュージシャンらしい。ミュージシャンがノーベル文学賞を獲ったのは初めてらしい」……そんな具合に興味を持った人でも、サブスクを使えば、いきなりボブ・ディランの、ベーシックな音源を2日間程度ですべて聴いてしまうことができる。
そういう意味では、筆者は、サブスクはものすごく良いものだと思っています。それ以前は、お金や、調べたり探したりする時間といった、何かしら対価を払ったり、それなりに苦労をしなければならなかったものに、ほぼノーコストでアクセスすることができるようになったのですから。心ゆくまで、新しい音楽体験を追求できる──はずでした。
しかし、実際には、ほとんどそうはなりませんでした。そうした使い方をしたのは少数派だったのです。
■なぜか皆同じ音楽ばかり聴いている
サブスクの浸透によって、音楽多様性が当たり前のものとなり、「このミュージシャンはどういうことをやっているのか」「これはどういう音楽ジャンルなのだろう」と興味を抱きさえすれば、さほどのコストをかけずとも、かなりマニアックな領域にまでアクセス可能になりました。
しかしながら、サブスクの浸透以降、どういうわけか、むしろ皆が同じ音楽ばかりを聴く、という状況が生まれたのです。そこに収蔵されている音源の数が膨大すぎるがゆえに、別にそこまで新しい音楽を聴きたいわけではない、なんとなく自分にしっくりくる音楽が流れていてくれればいい、といった心理を誘発してしまったわけです。
もちろん、そういう音楽の聴き方をする人は以前からいました。けれども、そうした層が拡張する契機を作ったのは、間違いなくサブスクでしょう。
これは、日本だけの現象ではなく、世界的に見られる傾向です。
■サブスクの「思いもよらなかった落とし穴」
ちなみに近年では、各種音楽チャートにも、サブスクや動画サイトの再生回数が反映されるようになりました。以前のように、単純に「音源が売れる」みたいなことだけを見ていては、もはや現実的ではないので、もっと総合的に「どれだけ世界中の人がその音楽を聴いているのか」を指標にして、チャートを作るようになっていきました。
そしてその結果、ベストテンの半分くらいがエド・シーランになる、というような異様な事態が生まれてしまったのです。
言うなれば、人類には音楽のサブスクをフル活用するのは手に余った、ということになるでしょうか。これを使いこなし、膨大な音源の中を自在に泳ぎ回れるのはごく一部で、多くの人はただ同じ曲をリピートし続けるようにしかならなかったのです。
サブスクによって、音楽というジャンルの、カルチャーにおける地位は、大きく姿を変えた、もっと言えば沈没した、という言い方はやや語弊がありますが、少なくとも以前とは全然違うポジションに置かれるようになってしまった、ということは間違いありません。
そしてこの事態は、サブスクというシステムの、ある種の「思いもよらなかった落とし穴」を契機としていることを、まず指摘しておきたいと思います。
■「いやでも耳に入ってくる」楽曲ベスト3
では、ここからは、テン年代後半にどのようなアーティストが世に出て、売れていたのかを振り返ってみたいと思います。
以前からそうだったのだとは思いますが、この頃から前にも増して、街を歩いている時や、飲食店などで、同じ曲が何度も耳に入ってくるようになりました。
そうした「いやでも耳に入ってくる」楽曲の中でベスト3を挙げれば、米津玄師の「Lemon」、あいみょんの「マリーゴールド」、Official髭男dismの「Pretender」になります。「Lemon」と「マリーゴールド」はどちらも2018年、「Pretender」は2019年のリリースです。
従来、ヒット曲はどれだけヒットしてもワンシーズンの中でのことに限られていました。一時集中して掛かっているけれども、次のシーズンになると違う曲に取って代わられるわけです。
■サブスク時代の「スター誕生」
しかし、その定石をこの3曲は打ち破ります。米津・髭男・あいみょんは、その後もヒット曲を出し続けますが、それでもなお、この3曲はずっとチャートに残り続けました。
それはなぜかといえば、いつまで経ってもサブスクで再生され続けていたから、ということになります。リリースからかなり時間が過ぎても、それは「現行のヒット曲」とみなされることになるのです。
「Lemon」も「マリーゴールド」も「Pretender」もすごく良くできた曲で、多くの人の心を捉えるのはよくわかる。しかし、筆者が奇妙だと感じざるをえないのは、なぜこれほど同じ曲をリピートし続けるのだろうか、ということです。
これはいわばアルゴリズム的にもそうなってしまうのだと思うのですが、もうひとつ、多くの人は、音楽を「聴くために聴いてる」のではなくて「流している」という側面も指摘できると思います。そして、何度も耳にすることで、その歌は記憶され、さらに馴染みの曲になっていく。
これは、大衆的な音楽の聴かれ方と、そのことによる人気ミュージシャンの誕生という、ある意味で典型的なスター誕生の道筋でもあります。
■縮小している「有線放送」の現代版
サブスク以前は、これはラジオや有線が担っていた役割です。もちろん、今でもラジオでヘビーローテーションされることがヒットするか否かの大きな指標になっていますし、有線も同様です。
ただ、やはり昔ほどラジオや有線は多くの人が、常に聴いているようなものではなくなっています。それに代わるのがサブスクであり、ある意味では「有線放送」の現代版みたいなもの、と位置付けることもできるでしょう。
また、かつてはテレビもそうしたヒットを左右する媒体でしたが、日本にかんしてはこれもテン年代後半から、歌番組の枠が激減しています。現状ゴールデンタイムでは、タモリが司会を務める「ミュージックステーション」(テレビ朝日系)以外は、あってもかつてのヒット曲を取り上げたりする回顧番組ばかりです。
■音楽の豊かさが薄れているのではないか
こうした事実からも、日本における「音楽が耳に入る機会」というのが、10、20年前と比べて、かなり縮小してしまったということがわかります。そうすると、頼みの綱は「現代の有線放送」ことサブスクということになり、そこにハマった3大アーティストが米津・髭男・あいみょんだった、と思うわけです。
ただ、こうした売れ方に、一抹の不安を感じることも事実です。例えば、米津玄師の曲は本当によくできていて、かつポップソングとしてのひねりもあれば、ネット出自の人だけあって、自分ひとりで曲が作れる。つまり才能がある。
問題は、でもここまで同じミュージシャンの同じ曲が流行り続けなくてもいいのではないか、ということです。もちろん新しいアーティストも出てきてはいるのですが、かつてのような音楽シーンの幅広さ、豊かさというか、群雄割拠な感じが薄れてしまっているのではないかと。
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批評家
1964年、愛知県生まれ。広範な範囲で批評活動を行う。著書に、『ニッポンの思想』『ニッポンの音楽』『ニッポンの文学』(講談社現代新書)、『あなたは今、この文章を読んでいる。』(慶應義塾大学出版会)、『シチュエーションズ』(文藝春秋)、『未知との遭遇』(筑摩書房)、『これは小説ではない』(新潮社)、『批評王――終わりなき思考のレッスン』(工作舎)、『絶体絶命文芸時評』(書肆侃侃房)、『反=恋愛映画論──『花束みたいな恋をした』からホン・サンスまで』(Pヴァイン)、『映画よさようなら』(フィルムアート社)など多数。2020年、「批評家卒業」を宣言。同年3月、初の小説『半睡』を発表した。
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(批評家 佐々木 敦)
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