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「断酒」では7割が失敗する…筑波大学附属病院の「飲んでもいい外来」に依存症患者が集まっているワケ

プレジデントオンライン / 2022年12月31日 14時15分

吉本尚医師 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

アルコール依存症は治療の難しい病気だ。治療を受けても約7割が禁酒を継続できず、再び酒を手に取ってしまう。そこで筑波大学准教授の吉本尚医師は「断酒」ではなく「減酒」を勧める専門外来を2019年に開いた。アルコール低減外来は内科や総合診療科に位置づけ、精神科以外での飲酒専門外来の開設は全国初となる。吉本医師に狙いを聞いた――。

■「断酒治療」の1年後継続率はわずか30%

――「アルコール低減外来」ではどんな診療をしているのですか。

その名の通り、患者の飲酒量を低減するための診療を行っています。これまでのアルコール依存症の治療は、お酒を一滴も飲ませないようにする「断酒」が主流でした。たとえば断酒治療で有名な神奈川県の久里浜医療センターでは、患者は入院して平均約3カ月の時間をかけ、教育を受けながら生活を立て直します。

ところが、退院してから1年後も断酒を継続できている人はわずか30%しかいません。これは世界共通で、断酒を続けられるのはすごいことなのです。

ならば、うまくいかない人たちのためにもっとハードルを低くし、「低減」の言葉通り、うまく飲みながら治療をしていくことを視野に入れ、「本人と一緒により適した飲酒量を考え、健康行動につなげていく」ことを目指したのがアルコール低減外来です。

■精神科ではなくあえて一般内科で診療する理由

診ている患者は、北茨城市民病院附属家庭医療センターを例にすると、週に私の外来を受診する患者40人ほどのうち、アルコール関連の方は予約制で15人ほど。うち、新患の方は1~2人です。年齢層は20~80代と幅広く、平均年齢は50代後半くらい。女性は20%少々なので、一般的なアルコール依存症患者の比率(10%)より多めです。これは「低減」を掲げているからでしょう。

――なぜ精神科ではなく、内科に位置付けたのでしょうか。

アルコール依存症は、自分が依存症だと認めたがらない「否認の病」です。本人の同意なく、家族や周囲の説得で精神科に連れて行くのは大変ですし、そこでいきなり断酒と言われても、治療に前向きになれないケースが多々あるわけです。

2013年の調査(※)では、国際的診断基準による日本の潜在的有病者数が約57万人だったのに対し、実際に治療を受けていたのは約5万人というデータもあります。もっと治療の裾野を広げるためにも、患者さんが二の足を踏みやすい精神科ではなく、内科が窓口になる意味が大きいのです。

後で紹介しますが、実際に「精神科は嫌だけど内科だから来た」という患者もいます。

2018年に出た「新アルコール・薬物使用障害の診断治療ガイドラインに基づいたアルコール依存症の診断治療の手引き」でも、プライマリケア医や内科医などが初期対応を行うことで、アルコール依存症の早期発見・治療につながり、治療ギャップが少なくなることが有用と考えられるとの記述があります。

私はそれを読み、「これは自分が始めなければ、誰もやらないのでは」と思い、北茨城市民病院附属家庭医療センターでアルコール低減外来(当時は飲酒量低減外来)を始めたのです。

(※)厚生労働省e-ヘルスネット「わが国の飲酒パターンとアルコール関連問題の推移」

■廊下で糞尿撒き散らしというこの世の地獄

――アルコール依存症はどのような恐ろしい病なのでしょうか。

多量のアルコールを摂取すると、高血圧、糖尿病、肝臓や膵臓(すいぞう)の疾患、がん、認知症の危険性が高まります。さらにアルコール依存症は、本人だけでなく、家族が困り果ててしまうケースが多いのも特徴です。「この世の地獄を見たければ、アルコール依存症の家族を見よ」という言葉があるくらいです。

飲んで酔っ払って帰宅し、廊下に倒れて糞尿まみれなんて話はざらです。それを片付けながら、この人は離婚してものたれ死ぬんじゃないかと心配し、毎回辛い気持ちになりながらも連れ添っている家族の話をよく聞きます。

他にも、重症とまでいきませんが、それなりに大変なご事情を抱えている患者は少なくありません。ただ、家族などと一緒に来ている方が多く、本人が抵抗するのを、無理やり連れてこられているという感じではありません。

■「断酒」では失敗したが「減酒」で成功した人たち

――「アルコール低減外来」の患者はどのような悩みを抱えているのでしょうか。

たとえば、50代の運送業の男性は、アルコールが原因で休職し、4年ほど様々な医療機関、専門病院、断酒会に通いましたが成果がでませんでした。どこに行っても必ず「断酒しろ」と言われ、頑張って断酒しようとして何度も失敗しました。そこでここを訪れ、1年かけて徐々に減酒することにしたところ成果が表れ、現在では職場復帰し、家族からも喜ばれています。

彼は全くお酒を飲まなくなったわけではありません。現在の飲酒量は、5%のハイボール350mlを平日4本、休日8本くらいです。普通の感覚からすると十分多いのですが、昔はその3倍飲んでいました。飲まないとしんどくなるという、義務的な飲酒だったといいます。

別の開業医が1年間アルコールの治療を受けるよう説得した男性は、精神科は嫌だと拒絶し続けたため、内科の私の所に紹介でやってきました。その時点で肝硬変が進み、通常15万/μlはあるはずの血小板が1万/μlほどしかなく末期の状態でした。でも、せっかく1年かけて説得されて来た人を返すわけにいかない。絶対にここで治療を継続してみせると心に決め、最初の診察は通常の診療の倍以上の90分くらいかけて話をしました。

以来1年半もの間、車で1時間以上かけて家族の送り迎えで毎週来ています。こちらに来る時も酒が残っている状態ではありますが、家族や仕事を大切にしながら、ほどほどに飲んでいるようです。血小板の数値は5万~6万/μlまで回復しています。

数値的にはまだ厳しいものの、アルコール依存症の治療では、通院を継続してくれていることが大切です。また、私としては診察中の会話の中で、旦那さんだけでなく、家族のストレスもケアしながら診ているつもりです。

診療中の吉本尚准教授
筆者提供
診療中の吉本尚医師 - 筆者提供

他にも、40代の女性は、子どもや旦那さんからいろいろ言われるため、飲酒量を70%ほどに減らして頑張っていました。それが正月などに多く飲むことがあり、幻覚が見えてしまった。動物が家の中を歩いていたといい、とても怖くなって酒をやめる決意をして、もう1年半続いています。つまり、減酒から断酒になったわけです。

これは本人が止めないといけないと思ったことで、断酒が実現した例です。飲酒行為は本人がやっていることなので、どうその気にさせるかが医者の腕のみせどころでもあります。

■飲酒運転で来院した患者であっても決して否定しない

――先生は常に笑顔で、明るく話されますね。診察室での雰囲気もこのような感じなのでしょうか。

仕事なので白衣は着ていますが、雰囲気や言葉遣いが変わることはないです。私の外来を見学した同僚からは、「診療中も普段と同じ態度で診ている。きっとそれがアルコール依存症の患者さんに抵抗感を持たれない理由なのだろう」と言われています(笑)。患者さんは冷たい目で見られることや強制されることに敏感なので、受付も看護師もすべて、外来全体で常に和やかな雰囲気になるよう気を付けています。

中には、車を運転してきたはずなのに、呼気テストをすると引っかかる患者さんもいます。とんでもないことですけど、怒ることはありません。

「おぉ、残っているねー、どれくらい飲んだの?」なんて話をしながら雰囲気を作り、患者に寄り添います。もちろん、アルコールが抜けるまで車の鍵は預かりますし、捕まったりほかの人を巻き込んだりしたらどうなるかという事実はしっかり伝えます。

飲酒運転
写真=iStock.com/Daria Kulkova
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Daria Kulkova

■仕事も家族もない人は依存症から脱却しにくい

――患者の傾向や、アルコールの飲み方などの共通点、危険サインはありますか。

以前は仕事で失敗してクビになったとか、家族のトラブルを抱え離婚したなどの理由で、最終的に病院に来るという感じでした。最近は仕事もしていて家族もいる方が、メディアで紹介された記事などを読んでやってくる人が増えています。「いやー、酒量が多くてどうしようかと思ってて、ここを見つけて来ました」と自発的に来る感じですね。

正直な話、仕事も家族もない人は治療が難しい。酒をどうにかしようという動機が生じにくいからです。どちらかがある人は症状も軽い方が多く、治療しやすい。自分から来るくらいだからなおさらです。それでも、先ほどお話ししたような、依存症ならではエピソードは多々出てきます。

お酒は、習慣化するうちに酔いにくくなる傾向があるので、次第にアルコール度数の高いものになります。コストパフォーマンスの優れたもの、安くてアルコール度数の高いものを好みます。種類でいいますと、焼酎やウイスキー。4リットルなど大容量のものを3日で空けるという話も珍しくありません。日本酒は値段の高さからか、少ないです。手早く飲めるという点では、ストロング系の焼酎(チューハイ)も増えています。

アルコール依存症の危険サインとして挙げられるのは、ブラックアウト(記憶を失う、覚えていない)、転びやすい・ふらつく(高齢の方はとくに注意)、周りから飲酒を止めなさい、減らしなさいと言われる、昔の飲み方と違う、最近やたら絡む。怒りっぽくなるなどです。

■「あなたはアルコール依存症です」とは言わない

――減酒への誘導や薬の処方はどのようにしているのでしょうか。

私は初診の患者さんに「依存症」という言葉は極力出しません。積極的に通院してもらうことの方が重要ですが、病名を伝えることで逆に病院に来なくなってしまう危険性が高い病気でもあるからです。

アルコールによる病気が疑われる患者さんにも、ダイレクトに病名を口にするのではなく、「血圧とか高くないですか?」と聞いて、本人が高いよといえば、それはもしかするとお酒の影響かもしれませんよと返します。

高血圧や糖尿病より認知症を気にされる方が多いので、記憶をなくすとか、前日のことを覚えていないとかなどの経験が比較的多い場合は、「物忘れとか気になっていませんか?」などの聞き方でやんわりと。そうすれば、話も通じやすい。「あ、確かに自分もそういうのある」と納得してもらえます。

治療の一環として減酒薬を処方することもあります。もちろん、その場合もあくまで「試してみます?」と聞くくらいです。「いいえ、自力でやります」という方には「頑張って」と話して強制はしません。

眠りたいという理由で寝酒を飲む患者には、睡眠の質を上げるアドバイスをすることがポイントのひとつです。ただ、お酒に依存しやすい人は薬が効きにくいうえ、依存しやすい傾向があるので、抗うつ薬のレスリン(世界で最も使われている睡眠薬の一つ)もよく使います。依存性が少なく、お酒と一緒に飲んでも問題が少ないからです。いつも通りのお酒の量を半分にしたら眠れなくなったという方に、一時的に処方するパターンもあります。

吉本尚医師
撮影=プレジデントオンライン編集部

■禁煙外来は2万カ所、お酒の外来はわずか200カ所

――コロナ禍はアルコール依存症になる過程や治療にどのような影響を与えていますか。

当初は緊急事態宣言などで仕事のテンポが変わってしまった自営業系の方が、日中暇になり、時間を埋めるために「飲む」が入ってしまうケースが多々ありました。そのスキマ時間をどうするか、どう忙しくするかの治療が中心でした。そのあたりのさじ加減が難しかったです。

最近はこの先どうなるのだろうという不安を訴える方が多いです。2年、3年と長くなると仕事や家族の悩みがだんだん出てきてお酒で解消する人も出てきました。自殺が増えてきていることに、飲酒量の増加も影響している可能性があります。

そうした問題を解決するためには、瞬く間に広がった禁煙外来のシステムがうまく使えると思うのです。禁煙外来は日本に2万カ所くらいあるのに、アルコールの専門医療機関は200~300カ所しかないのです。煙草の10分の1でもいいから、一般の診療科がアルコール問題を担うだけでも、患者さんが受診しやすくなると思います。

禁煙がなぜうまく進んだかというと診療報酬がついたことも挙げられます。アルコールは現在、重症の方の入院や、精神科での集団治療に加算がついていますが、内科はまだです。そのあたりが整備されれば、うまく回っていくのではないでしょうか。

■アルコール患者を診る医師の考えを変えることも必要

――内科領域で診ることのできる医療者を増やす必要もあると思いますが、どのような対策が必要だと思われますか。

アルコール低減外来への関心度は、昔より高まっていると思います。それでも、「アルコールの患者は手間がかかる」という印象を持っている医療関係者が多いのも事実です。

時間をかけて治療してもすぐ元に戻ってしまう、救急外来で担ぎ込まれた酔っ払いに自身が絡まれる、他の患者さんとケンカが始まる――。これらの経験を持つと、医師の側も余計に身構えてしまうでしょう。けれど、減酒や断酒をうまく続けている患者を診た経験があればかなり考え方が変わります。

私も所属しているアルコール関連の学会やプライマリ・ケア、消化器、肝臓、公衆衛生に関する学会などからも、より多くの医療者に今まで以上の関心をもってもらう動きが出てきています。間口を広げるため、オンラインでの研修をうまく活用していくことも必要でしょう。

■酒は「百薬の長」であり「万病の元」

――「酒は百薬の長」なのでしょうか。

酒は百薬の長、されど万病の元ですね。一時期は少量の酒なら健康によい、死亡率が少なくなるなどの研究結果がありましたが、近年は少量飲酒でどれくらい害があるかという研究が進み、少なければ少ないほどいいというのが最近の風潮です。

公衆衛生というマクロで見ると絶対減らした方がいいとなります。けれど、ミクロで見ると、健康な人が飲んでいることに対して私は何とも思いません。「体を壊さない範囲で飲んでね」と思うくらいですね。

つまり、マクロとミクロは別と分けて考えています。一人ひとりがどういう選択をするかはその人の生き方で、法的に禁止されているものではない。自分の選択が大きいのです。

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吉本 尚(よしもと・ひさし)
筑波大学准教授
2004年、筑波大学医学専門学群(現医学群医学類)卒。筑波大学健幸ライフスタイル開発研究センター長。日本プライマリ・ケア連合学会理事。

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(筑波大学准教授 吉本 尚 構成=西内義雄)

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