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世界初の「年間1000試合のネット配信」を実現…JリーグがDAZNと「2100億円の巨額契約」を結んだワケ

プレジデントオンライン / 2022年12月21日 8時15分

撮影=奥谷仁

W杯カタール大会で、日本は優勝経験国のドイツとスペインを下しベスト16で大会を終えた。日本サッカー躍進の原動力となったJリーグは、2021年度までの8年で営業収益を2倍以上に増やしている。チェアマンを4期8年務めた村井満さんが臨んだ「DAZNとの2100億円契約」について、ジャーナリストの大西康之さんが聞く――。(第11回)

■なぜDAZNと契約することになったのか

――村井さんがチェアマンの時代にJリーグの収益構造を最も大きく変えたのは、ネット配信の「DAZN」を運営する英国パフォーム社との契約でした。2017年からの10年間で2100億円という超大型の契約は世界の度肝を抜きました。金額の大きさだけでなく「テレビからネットへ」という乗り換えも驚きでした。

【村井】せっかくなので今日はDAZNさんと契約に至ったひとつの縁についてお話ししましょう。2014年3月にチェアマンに就任した私は、6月に開かれたW杯ブラジル大会を現地で観戦しました。日本は初戦のコートジボワール戦、MF本田圭佑選手のゴールで先制しますが、後半にエース、ドログバを投入してきた相手にゲームをひっくり返されて敗戦。次のギリシア戦は0対0の引き分け。最終のコロンビア戦は岡崎慎司のゴールで1点を返したものの1対4で敗れ、一勝もできないまま終わりました。

■ブラジルから40時間かけてミャンマーに飛んだら…

【村井】試合観戦だけではなく、コリンチャンスとかフラメンゴとかブラジルの名門クラブにも視察に行ってサッカー文化を肌で感じていたわけです。しかし、その開催国ブラジルは準決勝でドイツに1対7という屈辱的な大敗を喫するわけです。これもまた大きな衝撃でした。

【連載】「Jの金言」はこちら
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日本が敗退すると私は日本に戻らず、ブラジルから40時間かけてミャンマーに飛びました。日本とミャンマーの国交樹立60周年を記念する試合を観戦するためでした。ヤンゴンに到着すると、1人の男が私を待ち構えていました。名前をディーン・サドラーと言います。パフォーム社の幹部でした。

当時のパフォーム社は今のようなスポーツ番組のライブ配信をやっていたわけではありませんでした。2011年にサッカーニュース専門のウェブサイトのGoal.comを買収したのですが、海外サッカーしか扱っていなかったので、日本でのユーザー拡大のためにJリーグも取り上げる企画を練っていたようです。

■「ああ、俺を待っててくれたんだ」と妙に感動した

【村井】日本のトップであるサドラー氏はJリーグの事務局に行くわけですが、その時、事務局は「村井は忙しいから、どうしても会いたければミャンマーでなら会えるかもしれません」と伝えたようです。まさかミャンマーまで行くとは思わないから「お会いできませんよ」と婉曲に伝えたつもりだったのでしょう。ところが、サドラー氏はヤンゴンまで来た。

チェアマンになって3カ月、「Japanese Only」の問題やら八百長疑惑やらに追いまくられ、W杯ブラジル大会はまさかの1分け2敗。がっくりと、うなだれて地球の裏側から戻ってきたら知らない外国人が私を待っている。「ああ、俺を待っててくれたんだ」と妙に感動したのを覚えています。

――それ、私もやります。新聞記者用語では「夜討ち朝駆け」なんて言いますけど、相手が酔っ払って帰ってきたときに、玄関先で待ってるんですね。雨なんか降ってると最高で、「こいつ俺が飲んでる間、ずっと傘さして待ってたのか」となるんです。

【村井】ですよね。おまけにミャンマーでは日本にいるときほど日程がタイトじゃなかったので「せっかくだから、話だけでも聞こうか」と。

■2年後に再会しても「久しぶり」とは言えなかった

――でもその時は放映権の話ではありませんね。

【村井】そうなんです。当時はパフォーム社そのものがまだ、後にスポーツのライブ配信を始めるなんて想像していませんでしたから。サブスクリプションの事業計画なんて、まったくありませんでした。ただ「俺たちはこんなことをやってるんです」というサドラー氏の話を聞いて「へえ、そんな仕事もあるんですね」という程度でした。

――2年後にそのサドラー氏と再会するわけですね。

【村井】それまでJリーグの放映のメインはスカパーさん(スカパーJSAT)だったので、スカパーさんに優先交渉権がありました。10年間、Jリーグを支えてくれたスカパーさんには本当に感謝しているのですが、この時点では優先期間内での交渉は成立しませんでした。

そこでパフォーム社とも交渉することになります。初めてのミーティングは2016年の4月、場所は都内のホテルです。そこで現れたのがサドラー氏でした。交渉ごとは最初が肝心。メンバーに「にやけた顔は絶対にするなよ」と念を押して部屋に入りました。そんなことで、私もサドラー氏に「久しぶり」とは言えませんでした。

■1本のデモテープにサッカーへの愛が込められていた

【村井】「まずこの動画を見てほしい」と言われて、1本のデモテープを見せられました。それが良かった。「サッカーは進化する。楽しみ方は進化しているか」というのがメインのメッセージで、インターネットを使ったスポーツの新しい伝え方をうまくまとめていました。

動画の終わりのほうで、電車に乗ってスマホで試合を見ている女性がゴールの瞬間に「よし!」と小さく拳を握るシーンがありました。2016年というのは、今のようにスマホでサブスクの映画やアニメを見る時代ではありませんでしたから、「本当にこんな世の中になるのか」と驚きました。

それはサッカーを知り抜く者にしか作れないような映像で「この人たちは本当にサッカーを愛しているんだな」ということも伝わってきました。感動で震えてしまい、それを相手に悟られないようにするのが大変でした。

チェアマンを4期8年務めた村井満さん
撮影=奥谷仁

この連載の第8回<お金をかければいいわけではない…「漫画のようなスーパーゴール動画」をバズらせた村井チェアマンが気づいたこと>で、中村憲剛選手と大久保嘉人選手が出演した「反動蹴速迅砲」の動画がYouTubeで400万回再生された話をしたと思います。

あの一件以来、私の中には「サッカー中継もネットが中心の時代がくる」という朧(おぼろ)げな予感がありました。その時にはJリーグが自分たちで映像のライツ(著作権)を持ち、自前のデジタル・インフラを作りたい。そんな思いを軸にタフな交渉が始まりました。

■開幕戦、初配信でまさかのシステム障害

【村井】年間1000試合をフルマッチでネット配信するという、世界で誰もやったことのない試みでしたから、交渉はいいところまでいってはブレーク、またいいところまでいってブレーク、交渉チームは何度テーブルを叩いたか数え切れません。最後は私たちがロンドンに乗り込んで、パフォーム社本部との直談判で契約を取りまとめることになりました。

――ところが。

【村井】そうなんです。パフォームは日本にパフォーム・インベストメント・ジャパンという会社を作り「DAZN(ダゾーン)」という名前で配信サービスを始めます。2017年2月26日にパナソニックスタジアム吹田で開催されたガンバ大阪対ヴァンフォーレ甲府の開幕戦。私はJFAハウスの会議室にスマホやらパソコンやらタブレットやらを持ち込んで、どんな中継になるか見ようと待ち構えていました。

ところが試合開始の時間になっても画面では小さな丸がクルクル回っているだけで、ちっとも配信が始まらない。はじめはJFAハウスの回線の調子が悪いのかとも思ったんですが、どうやらDAZNのシステム障害であることがわかりました。

■彼らは決して逃げることはしなかった

――絶体絶命ですね。

【村井】これはもう自分もクビをくくるしかないな、と。パフォーム社のCEO、ジェームズ・ラシュトンも日本にいたので、すぐに記者会見を開きました。彼らは日本で謝罪会見などやったこともなかったので「最初にお辞儀して、5秒間そのままで」と日本の流儀を教えて、何が起きたかを説明してもらいました。

パフォーム社はすべての画像データをロンドンのクラウドにためて世界に配信していたのですが、そのシステムの一部に障害があった、という話でした。彼らは決して逃げることはせず、むしろ積極的に情報開示をしてくれました。天日干しの精神です。本当に信頼できるパートナーになっていくのです。

波乱含みのスタートでしたが、その後はご存じの通り。今ではDAZNでJリーグの試合を見るのが当たり前の光景になりました。いつでもどこでも、どんな端末でも多くのスポーツの試合が見られるなんて、サドラー氏と出会った2014年には想像もできませんでしたが、彼の「待ち伏せ」から新しい世界が開けたことになりますね。

2021年7月2日の色紙
撮影=奥谷仁

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大西 康之(おおにし・やすゆき)
ジャーナリスト
1965年生まれ。愛知県出身。88年早稲田大学法学部卒業、日本経済新聞社入社。98年欧州総局、編集委員、日経ビジネス編集委員などを経て2016年独立。著書に『東芝 原子力敗戦』ほか。

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(ジャーナリスト 大西 康之)

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