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ヨドバシが嫌なら、自分でカネを出すべき…せっかくの民間投資を遠ざける「区長の嘆願書」という大問題

プレジデントオンライン / 2022年12月20日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/TkKurikawa

西武池袋本店の改装計画をめぐり、地元の豊島区長が異例の反対を表明し、大きなニュースとなっている。まちづくりの専門家である木下斉さんは「どのように改装するかは、デパートの自由だ。政治家が嘆願書や記者会見で民間企業に圧力をかけるのは間違っている。結果として池袋の沿線住民が損をするだけだろう」という――。

■「嘆願書」や「記者会見」で民間企業に圧力

池袋駅東口にあるデパート・西武池袋本店の改装計画をめぐり、豊島区の高野之夫区長が嘆願書を提出したことが話題になっています。

同店は、セブン&アイ・ホールディングスの傘下の「そごう・西武」が運営していますが、その「そごう・西武」は先月、アメリカの投資ファンド、フォートレス・インベストメント・グループに売却されることになりました。

フォートレスは、ヨドバシホールディングスと連携し、百貨店と家電量販店の融合した店舗を展開する方針です。これに対し、豊島区長が記者会見で反対を表明。一部土地を所有する西武ホールディングスの後藤高志社長に、区長名の嘆願書を提出しました。

現状、低層階にはルイ・ヴィトンやグッチ、エルメスといった「スーパーブランド」が店を構えています。高野区長らは、それらがヨドバシカメラに変わることで、「今まで築き上げた“文化の街”の土壌が喪失してしまうのではないか」と主張しています。

そもそも、西武池袋本店の改装計画は違法ではありません。にもかかわらず、明確な法的権限もない区長が、公表前の民間投資の検討内容に対し、「嘆願書」や「記者会見」で民間企業に圧力をかけるのは極めて特異な事態です。

■高級ブランド店があれば「一流のまち」なのか

池袋は私の地元に近く、中学時代によく訪れました。今でも帰省する際に立ち寄るまちの一つで、この25年ほどの変化を見てきました。

高野之夫豊島区長
高野之夫豊島区長(写真=内閣府 地方創生推進室/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

特に東京メトロ副都心線の開通(2008年)を契機に、状況は大きく変わってきました。区長や地元商店会が妄想する「池袋のイメージ」はすでに昔のものになり、池袋の現状・実態とは乖離(かいり)しています。

だからこそ投資ファンドのフォートレスは、「そごう・西武」を買収することで、リーシング(商業用不動産の賃貸を支援する業務のこと)を変えようと考えているのでしょう。

今回の豊島区のように、地方自治体の中には、時折「まちにスーパーブランドがほしい」と唱える人が出てきます。「スーパーブランドのあるまちが一流」という思い込みによるものですが、無理な計画を立てて大失敗になりがちです。

たとえば、東京・表参道のように、スーパーブランドの集積に成功しているまちは、地主、商店街の長年の取り組みの結果として生まれています。つまり、政治、行政の力で無理やり実現しても、そうしたまちは維持できません。

実際に、福岡市の商業施設「博多リバレイン」は、スーパーブランドによって地域の格を上げようとして大失敗した有名事例になりました。官民が投資して第三セクター方式で開発した上でスーパーブランドを誘致する計画でしたが、リーシングに失敗してあっけなく方向転換することになりました。

■池袋が直面する新たな競争

現在の池袋は交通の便もよくなり、新たな住民が集まってきています。

スーパーブランドよりも、ヨドバシカメラのような家電から医薬品まで幅広くそろえる大型店のほうが、コア店舗として市場適合するという判断は現実的であると思います。

現在、池袋の沿線住民がスーパーブランドを買いたいときには、東京メトロ丸ノ内線や副都心線で20分程度の表参道や銀座に行くでしょう。JR湘南新宿ラインや副都心線などの直通運転で、北関東から訪れる人も以前より簡単に都心部にアクセスできるようになりました。

つまり、池袋は利便性がよくなり、評価が高まった反面、新宿、渋谷、表参道、銀座など都心所有商業立地と直通で結ばれることになったのです。

そのような中で、池袋駅には東武百貨店(西口)と西武百貨店(東口)の2つの百貨店が存在しているのです。現状にかなり無理があることを理解する必要があります。

そもそも百貨店業態は斜陽産業です。バブル景気に沸いた91年の売上高9兆7130億円(日本百貨店協会統計)を頂点に、長期的な下降トレンドにあり、コロナ禍の売り上げ減少で経営難が続いています。東京にある百貨店も経営状況は極めて厳しいわけです。だからこそ、そごう・西武は売却されたのです。

個人的には、駅直結のマンションにならずに、ヨドバシカメラのような商業施設を入れる判断をしているだけでもよかったと思うところです。

■自治体は条例や予算で応じるべきだ

豊島区が本気でスーパーブランドを維持したいのであれば、法的な位置づけのない「区長による嘆願書」ではなく、条例、予算と向き合うべきでしょう。

西武池袋本店存続に関する嘆願書
西武池袋本店存続に関する嘆願書より

かつては大型店舗に関する規制法「大店法」が存在していましたが、日米構造協議でゆがんだ運用を指摘され、2000年に廃止されました。現状は交通、環境影響に関する大規模小売店舗立地法(大店立地法)しか規制法はありません。自治体ができるとすれば、開発行為への許可、建築指導くらいのもので、個別のリーシングにまで口出しする権限なんてものはありません。

もし大型店の出店誘導を行いたいのであれば、大店立地法とは別に、独自条例によってリーシング内容に関する事前申請と自治体との協議プロセスを法的に位置づけるなどが必要でしょう。

すでに駅前一等地にはビックカメラ、ノジマ、ヤマダデンキといった家電量販店があるなかで、なぜヨドバシカメラの出店がダメなのか。理論構築はそう簡単ではないでしょう。それを含めてしっかりと法律、条例に整合性をつけていくのが法治国家の基本です。

フランス、イタリアなどでは、地区によって都市計画で業種業態、その出店店舗数を細かく設定するなどの場合があります。しかし日本にはそのような規制法、条例は現状ありません。

民間事業者は、大型店出店の内容に行政から口出しをされるとなれば、場合によっては商業出店事態を諦めたり、売っぱらって終わりの分譲マンション開発に切り替えたりすることも考えられます。個人財産権への制約という点からも、規制はそう簡単ではないのです。

池袋東口
写真=iStock.com/gyro
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gyro

■嘆願書は孫正義氏に送ったほうがマシだった

どうしても開発施設の低層階リーシングに口を出したいのであれば、豊島区が予算を組んで新たな商業施設の低層階を借り上げ、自分たちが考えるスーパーブランドを誘致すればよいわけです。

もしくは、西武池袋本店の不動産が売却されるのであれば、豊島区区役所と駅前商店会の関係者などの官民でSPC(特別目的会社)を設立し、買収すればいいのです。そうすれば正当なコントロール下に置くことができます。

いずれにしてもお金を払って望むようなものにするのであれば正当なプロセスになるわけです。根拠のある規制を考えるのか、予算を組んで自ら取り組むのか。豊島区議会で議論を行い、正当な手続きで民間企業に申し出るのが正当なプロセスです。自由で開かれた資本主義とはそういうものです。法的根拠がない中で、正当な投資をしようとする民間企業に対して行政がとがめるような姿勢は慎重を期すべきものです。

そもそもセブン&アイ・ホールディングスが、傘下の「そごう・西武」をフォートレスに売却することになった結果、ヨドバシと組むなどの新たな再生案が出てきています。しかしながら、区長の嘆願書の宛先は「西武ホールディングス」になっています。不動産の一部を保有するにすぎない西武ホールディングスにとっても困った話でしょう。

嘆願書には、フォートレスが米国ファンドであると書かれていますが、このファンドはソフトバンクグループ代表の孫正義氏が率いるビジョンファンドの傘下にあります。

さらにフォートレスはソフトバンクグループの業績悪化のために、別企業へと売却される方針となっているなど、激しくオーナーが変化しています。が、少なくとも現段階は、嘆願書の提出先は西武ではなく、孫正義氏としたほうが、意思決定のルートとしては正しいでしょう。

■池袋に投資をするのは豊島区ではなく民間

高野区長は記者会見で、本件についてフォートレス側からは計画について連絡がなかったという趣旨の話をしていますが、特段再生計画内容について報告する法的義務がないわけですから、当然です。地元自治体としては、民間投資をしてくれることに感謝することはあっても、文句を言うことではないでしょう。

銀座、表参道、新宿、渋谷も、国内外の企業群がどんどん投資することで変わってきています。もし池袋が、区長たちの望む一流のまちを目指すのであれば、計画に対して嘆願するのではなく、旺盛な民間投資を呼び込む誘導政策を考えるべきでしょう。渋谷区のように東急グループと渋谷区など多数のセクターが相互に連携し、投資を続けているまちもすぐ近くに存在しているのです。池袋にもより建設的な方法が残されています。

池袋の街並み
写真=iStock.com/Melpomenem
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Melpomenem

マスメディアにも責任があります。今回の「嘆願書」や「記者会見」には、本来、何の効力もありません。ところが、「ニュース」として報じられれば、大きな力を持つことになってしまいます。しかも、それは民間投資を遠ざけるという負の影響力なのです。政治家は知名度向上になりますから、損はしません。損をするのは、投資を受けられなくなる地域住民なのです。

今回のような嘆願に頼る誘導は、池袋に新たな投資を呼び込む上でプラスになるとは思えません。口出す前にしっかりと市場要件を検討し、正当な手続きを経て、民間企業に合理的な方法で誘導政策を提案することが大切です。

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木下 斉(きのした・ひとし)
まちビジネス事業家
1982年生まれ。高校在学中の2000年に全国商店街合同出資会社の社長に就任。05年早稲田大学政治経済学部卒業後、一橋大学大学院商学研究科修士課程へ進学。07年より全国各地でまち会社へ投資、経営を行う。09年全国のまち会社による事業連携・政策立案組織である一般社団法人エリア・イノベーション・アライアンスを設立、代表理事就任。著書に『まちづくり幻想』(SB新書)、『地元がヤバい…と思ったら読む 凡人のための地域再生入門』(ダイヤモンド社)、『地方創生大全』(東洋経済新報社)、『稼ぐまちが地方を変える』(NHK出版)など著書多数。有料noteコンテンツ「狂犬の本音」、Voicy「木下斉の今日はズバリいいますよ」も絶賛更新中。

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(まちビジネス事業家 木下 斉)

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