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こんなお葬式は見たことがない…喪服の下に衣装を仕込んだ娘が、サプライズで披露した「特別な踊り」とは

プレジデントオンライン / 2022年12月31日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yuuji

「お父さん、大好きなお父さん。美花だよ。お父さんに習い続けてきた、ひょっとこ踊りをここで見せるよ。しっかり見ていてよ」。2万人の葬儀に立ち会ったフリーの葬祭コーディネーターが見た、愛があふれる葬儀の光景とは――。

※本稿は、安部由美子『もしも今日、あなたの大切な人が亡くなったとしたら』(青春出版社)の一部を再編集したものです。

■早めに現場入りしたのに不思議と多い参列者

斎場へ向かう道すがらにあった農産物の販売所には、「もぎたていちご」や、「手作りおはぎ」ののぼりがはためいています。風がまだ冷たい早春の頃のことでした。

いつもならば駐車場には余裕がありますが、この日は通夜法要の時刻が迫るにつれて第4駐車場まで車で埋まってきています。

あまりに早く着いてしまったのか、ロビーには大勢の参列者がひしめいていました。何かわけがあっての混雑かと考えていた私は、自分が司会進行を担当する葬儀に参列される方たちだと、あとになって知ることになります。

いつものように祭壇の遺影写真にあいさつをしていると、葬儀担当者が私に耳打ちしてきました。ロビーにあふれる参列者への対応も私に任せたいとのこと。決まったら、その指示を自分たちスタッフにしてほしいというのです。「この混雑ぶりは、やはり何かあるのですね?」と目顔(めがお)で尋ねる私に、担当者はニヤッとして行ってしまいました。

ご高齢の男性が祭壇を見つめていらしたので声をかけると、その方は故人の弟さまであることがわかりました。幼いときからずっとお兄さまを頼りに生きてきたから、今、とてもつらいのだ、とうつむいて涙をぬぐっています。そういうときは、話したいだけ話してもらうことで心の重荷が軽くなることが多いものです。悲しみはすぐに消えはしませんし、楽にはなりませんが、お通夜を過ごし、お葬式を執り行う中で、心に抱えた悲しみや苦しみは薄紙をはぐように軽くなっていくようです。これこそがお通夜とお葬式の持つ力だと、ご遺族の方々に寄り添う中で感じています。

■3人の兄みんなに可愛がられて育った末娘

弟さまの話では、喪主は控え室にいるとのことで一緒にそちらに向かいました。もう話したいことは話しきったので、打ち合わせには同席しなくても大丈夫だという弟さまは、奥にいる喪主を呼びに行ってくださいました。

間もなく打ち合わせが始まりました。

葬儀の祭壇
写真=iStock.com/SetsukoN
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SetsukoN

故人の名は、神元福蔵さま、77歳。喪主は、奥さまの花恵さま、78歳。存命のお子さまは四人。長男の健太郎さま、58歳。次男の健次郎さま、55歳。第三子として生まれた長女は、生まれて五日で亡くなったとうかがい、胸が痛みます。三男の健三郎さま、49歳。次女の美花さまは39歳です。

皆さん明るくて温厚そうで、そばにいるだけで温かい雰囲気が伝わってきます。聞くと、兄弟全員が、末っ子で唯一の女の子の美花さまに甘いとのこと。それは致し方ないでしょうと、ご遺族と一緒になって笑みがこぼれました。

必要な打ち合わせをすべて終えてからは雑談になりました。ごきょうだいの話に、ときおり「それはどういうことですか?」などと口をはさみながら聞いていると、神元家の来し方が感じられます。ごきょうだいがごく普通に話すお父さまのエピソードも、はたから聞けばお父さまの人となりを如実に示すものだったり、楽しいものだったりするのです。

それらの話を聞いた私が、「今のお話をナレーションで使わせていただいてもよろしいでしょうか?」と尋ねると、「たいした内容ではないけれどお願いします」と了解を得ることができました。

■もう一つの「秘密の打ち合わせ」

打ち合わせを終えた私はあいさつをし、末娘の美花さまと目で合図を送り合ってその場をあとにしました。美花さまと大切なことを話し合う必要があったのです。

美花さまはトイレに行くふりをして控え室から出てこられ、私と別室へ移動します。そこには、先ほどロビーにおられた大勢の皆さまがお待ちでした。実は、斎場に着いたときに、ほんの一部ですが話が漏れ聞こえていました。

美花さまを交えて細かい打ち合わせを始めます。美花さまと、ここにいる皆さま以外に、その内容を知る人はいません。美花さま以外のご遺族も同様です。

私は、ナレーション担当としてタイミングの部分だけを打ち合わせました。明日になったら全容を話してくださるそうですが、私もまだ全体を知りません。明日を楽しみにしながらあれこれしているうちに、通夜法要の時間になりました。

■厳かに執り行われた通夜法要

厳粛な雰囲気の中で、通夜法要が執り行われていきます。あまりの参列者の多さに、スタッフが焼香の案内を焦りはじめているのを感じましたが、すべては厳(おごそ)かに終わりを迎えました。

安部由美子『もしも今日、あなたの大切な人が亡くなったとしたら』(青春出版社)
安部由美子『もしも今日、あなたの大切な人が亡くなったとしたら』(青春出版社)

ご参列の皆さまにお礼を述べ、明日、何かしらでがんばってくださる例の皆さまにあいさつをし、最後にご遺族のところへ行って、通夜である今晩はなるべく眠る努力をするようにお願いをしてから、自分の車に向かいました。

駐車場に着いた私が、夜空があまりにきれいなので見上げていると、後ろから美花さまがいらっしゃって、明日の気がかりや、ドキドキする胸の内を伝えてこられました。お葬式は、家族の最後のセレモニー、二度はない大切なお見送りです。ドキドキするのは当然でしょう。お気持ちは十分に理解できるので、「明日は私が早めにここに来て、美花さまに安心していただけるようにします」と約束すると、ホッと安心されたような表情を浮かべ、手を振って私を見送られました。

■いよいよ「秘密作戦」決行の日

翌朝、斎場に向かう道すがら、車窓から見上げた空は美しく晴れ渡っていました。澄んださわやかな風が車の窓から入ってきます。その風の香りは、私に本格的な春の到来を知らせてくれていました。

自宅から2時間近く走ったところにある斎場の駐車場に、普段よりかなり早く到着しました。そうです。美花さまと約束をしていたからです。

美花さまは、駐車場で待っていました。あいさつを終えると、「昨晩は興奮してよく眠れませんでした」と言います。「あらら。今日は大役ですよ、大丈夫ですか?」。そう尋ねると、「その点はこれまで培ってきたものがありますし、何より若さがありますのでお任せください」と言って力こぶを見せる仕草をしたので、二人して笑ってしまいました。

安心したところで控え室に行き、ご遺族と弔電の確認や喪主あいさつなどの打ち合わせを終えました。

その一方で、昨日の例の皆さまと秘密作戦を決行しなければなりません。打ち合わせの最終確認です。皆さまに声をかけて、別室に集合してもらいました。

■葬儀担当者にもサプライズへの協力を仰ぐ

そのときようやく美花さまから私に、話されていなかった詳細が伝えられました。私は司会進行役ですから、全容を知らないとうまく進行できません。しっかり聞いて内容を把握していきます。

黒いリボンと胡蝶蘭
写真=iStock.com/kf4851
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kf4851

理解できたところで、あとは流れを考えます。このサプライズをどこに入れるか、そしてどこでどう行うかが課題として出てきました。私からある提案をし、一同の賛同を得てから葬儀の担当者に報告して協力を仰ぎます。斎場の従業員が一丸となって手伝ってくれてこそ成功する類いのものなので、正確にわかりやすく説明するように心がけました。

お葬式が始まりました。

私からは、福蔵さまの生きざまと弟さまから聞いた幼少期の思い出に加えて、福蔵さまの信用の厚さや、生前「『年上の女房は金のわらじを履いてでも探せ』と言うけれど、それは本当だよ」と、奥さまの自慢話をされていたこと、そして、何よりひょっとこ踊りが好きでたまらなかったことを伝えました。また、好きなことにはとことん熱中するタイプだったため、ひょっとこ踊りの師範にまで上り詰め、お弟子さんをたくさん育成していたこともつけ加えます。

もちろんご参列の皆さまもご存じのことですが、「うんうん」とハンカチで目を押さえながらうなずいています。

■斎場の明かりがすべて落ちたあとに…

こうしてナレーションからつながるように、導師入場の案内を入れました。40分ほどで導師のお勤めが終わり、退場されました。

いよいよサプライズの時間です。私はあえてアナウンスを避け、BGMも流しません。祭壇前には大きめの喪服を着た女性が遺影を見つめています。

「お父さん、大好きなお父さん。美花だよ。お父さんに習い続けてきた、ひょっとこ踊りをここで見せるよ。しっかり見ていてよ」

その言葉に合わせ、私は斎場の明かりをすべて落としました。祭壇の明かりも消しているので場内は真っ暗です。しばらくして、斎場内の祭壇だけに明かりがついたかと思うと、そこには、タコのように口をとがらせて、鼻の穴から鼻毛を伸ばしたひょっとこのお面をかぶり、衣装をまとった美花さまが、両手を上にあげ、腰をぐっと落としたポーズで立っていたのです。そう、大きめの喪服の下に仕込んでいたのはひょっとこの衣装でした。そして突然、楽しくリズム感のある曲が、ピーヒャラ ピーヒャラと、大きな音で流れはじめました。

■笑いながら大泣きする遺族や参列者たち

「おおおおおお!」

ご参列の皆さまのどよめきに合わせたかのように、祭壇横の左右の扉が開き、踊り手たちが列を成し、踊りながら入ってきました。本格的なプロの皆さまのひょっとこ踊りですから見応えがあります。そうして皆さまの前で美花さまがしばし踊りを披露しました。

二手に分かれた踊り手の列は、交差しながら皆さまの前をゆっくりと通りすぎ、そのまま祭壇横の左右の扉へと進んでいきます。これを見たご遺族の皆さまも、参列している皆さまも、拍手をしながら大喜び。笑っているのに大泣きしています。私は心の中で「あっぱれ」と叫びました。美花さまと、福蔵さまのお弟子さんたちは、福蔵さまから受け継ぎ、学んできたこの伝統を披露することで、供養とされたのです。

■総勢約20名の踊り手に拍手と歓声が

先頭で踊っていた美花さまは、扉を出ると控え室で素早く着替えて親族席まで戻り、踊り手の最後の人が扉を出ていくまで見守っています。踊り手が完全に見えなくなってから、曲は静かに止まりました。

踊り手が斎場の後方部にそろったところで、美花さまが、「皆さまおなじみのひょっとこ踊りでした。最後まで見てくださいまして、ありがとうございました」と、よく通る声であいさつされました。そして後方部を指差して、「私と踊りを一緒に披露してくださったプロの踊り手の皆さまです。拍手をいただけるとうれしいです」

言い終わらないうちに、斎場内から大きな拍手と歓声が起こりました。踊り手に、「ありがとう」「素晴らしかった」「こんなに素晴らしいお葬式は見たことがないよ」と、うれしい言葉をかけています。踊り手は総勢20名ほど。皆福蔵さまの教え子ですから、おじぎをしながら泣いています。その姿がまた、ご参列の皆さまの涙を誘っています。

■「福蔵さん、娘さんがやってくれたよ」

一人のご老人が立ち上がって、「これが見たかったんや。福蔵さんのひょっとこ踊りは見ていて気持ちよくてなぁ。今日は最高や。福蔵さん、娘さんがやってくれたよ」と、涙ながらに言い、斎場内は数分間そのまま余韻に浸りました。

お葬式が終わり、出棺の時間になりました。涙の光る笑顔の美花さまを、共に踊った皆さまが囲んでいます。福蔵さまもきっと、幸せなその輪に混じっているに違いありません。

お葬式でサプライズの演出をするのはとても勇気のいることですし、常識外れでけしからんと言う人もいますので、たとえ思いついてもなかなか踏みきれない人が多いかもしれません。しかし、大切な人を心を込めて送るために行うサプライズは、ご遺族やご参列の皆さまの気持ちの整理に役立つこともあります。

とはいえ、儀式自体をないがしろにして演出に走ったり、奇をてらったりするのは違います。節度を守って臨むようにしていただきたいと思います。

もし、どなたか大切な方のご葬儀の際に、「これだけは見せたい」、「これだけは伝えたい」ということがあるようでしたら、「今言っても準備が大変そうだから」「どうせ無理だろうから」と黙ったまま諦(あきら)めてしまわず、葬儀担当者や司会者に伝えてみてください。惜しみなく協力の手を差し伸べてくれるはずですし、不可能なことに関しては、なんとか工夫をしてくれるはずです。悔いだけは残さないでいただきたいと思います。

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安部 由美子(あべ・ゆみこ)
葬祭コーディネーター
鹿児島県出身。看護師として働いたのち葬儀業界へ移り、葬儀社と遺族の想いを繋ぐ役割を担い続けて22年、関わった葬儀件数は2万件を超える。2014年に一般社団法人日本葬祭コーディネーター協会を設立。葬儀の司会をしながら、全国JA葬祭事業や全国の葬儀社にて、セレモニーアシスタントのスキル向上や接遇研修、サービスの質を高めるためのコンサルティングや個人向け終活セミナーの講師を務める。

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(葬祭コーディネーター 安部 由美子)

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