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中世のようなイタリアの田舎にヒトとカネが集まる…日本人が過小評価する「ルーラル起業」のインパクト

プレジデントオンライン / 2022年12月26日 9時15分

ウルバーニアの中心部に集合するUSASBE会員 - 写真=筆者提供

イタリア中部の集落ウルバーニアは、石畳の広がる中世のような田舎町だ。そんなウルバーニアで、国際的な起業家教育の専門家が集まるイベントが行われた。仕掛け人は、語学学校を継いだ42歳の「アトツギ(跡継ぎ)ベンチャー」経営者だ。なぜ「ルーラル(田舎)起業」に、注目が集まっているのか。ジャーナリストの牧野洋さんが現地を取材した――。(連載第10回)

■グローカルのお手本がルネサンスの本場に

グローカルという言葉を聞いて、具体的なイメージを思い浮かべられない人は多いのではないか。グローバルとローカルは正反対の意味を持っており、これら二つを組み合わせた造語は矛盾を抱えているのだ。

実例はいろいろある。地方の農家が世界市場に向けて地元の特産品を売っていればグローカルだし、多国籍企業が世界各地で市場ごとの特性に合わせて製品開発していればグローカルだ。だが、基本的にモノの移動であり、広範な人的交流を伴っているわけではない。

観光地でもない田舎を舞台にしてビジネスを展開し、世界各地から多くの人々を呼び込んでいるケースはどうだろうか。いわゆる「関係人口」を劇的に増やして地域を活性化させていれば、グローカルのお手本ではないか。

これまで本連載「瀬戸内ルネサンス」では日本の起業家や実業家らにスポットライトを当ててきた。今回はルネサンスの本場イタリアに目を向けてみたい。そこにグローカルのお手本がある。

■世界最大級のベンチャー学会が訪れた場所

イタリア中部にある集落ウルバーニア。北部の大都市ボローニャからやって来ると、まるでタイムスリップしたかのような錯覚に襲われる。

それもそのはず、そこには数百年の歴史を持つ宮殿や城壁、教会が今も数多く残されているのだ。高層ビルは皆無で、青空が全面に広がる。真夏には太陽がさんさんと降り注ぎ、屋外ではサングラスなしでは目を開けていられないほどまぶしい。

2022年7月中旬、ここがにわかに国際的なにぎわいを見せた。米ベンチャー学会「USASBE(ユサスビー)」が研修プログラムを実施し、会員と同伴者を含めて20人近い会員が10日間にわたってさまざまな活動を行っていたからだ。

USASBEは「全米中小企業・アントレプレナーシップ協会」の略称であり、世界最大級のベンチャー学会だ(会員数は大学教員を中心におよそ1000人)。有力スタートアップを多数生み出すアメリカ生まれであるだけに、起業家教育で大きな影響力を持つ。

■なぜ研修の地にイタリアが選ばれたのか

アントレプレナーシップ(起業家精神)という点ではイタリアはお世辞にも優等生とは言えない。日本と同様に古い産業が今も幅を利かしており、世界を席巻するようなスタートアップが生まれにくい。

ところがUSASBEはイタリアに白羽の矢を立てた。田舎での起業を意味する「ルーラル起業」を研修テーマにしたからだ。

ルーラルという点でウルバーニアはぴったりだ。人口はわずか7000人で、周囲は緑豊かな丘陵地帯。街中では家族経営のカフェやレストランが石畳の道沿いにテーブルを並べ、お年寄りがおしゃべりしている。その横で猫が昼寝。すべてがのどかだ。

■語学学校の枠を飛び出した「2代目社長」

テーマがルーラル起業ならば、現地のホスト役は誰か。「ルーラル起業家」である。

ジョバンニ・パゾット、42歳。イタリア人らしく陽気で、あか抜けていておしゃれ。田舎暮らしをしているというのに、「ファッションの都」ミラノを闊歩(かっぽ)する伊達男のように見える。

チェントロのCEO、ジョバンニ・パゾット氏
写真提供=チェントロ
チェントロのCEO、ジョバンニ・パゾット氏 - 写真提供=チェントロ

ミラノ生まれウルバーニア育ち。2010年に家業の語学学校「チェントロ・ステゥーディ・イタリアーニ」を継ぎ、最高経営責任者(CEO)として経営全般を見ている。地元では有名人であり、彼を知らない人はいない。

言うまでもなく、片田舎で家業を継いでいるだけでは単なる中小企業オーナーであり、珍しくも何ともない。

パゾットはいわゆる「ベンチャー型事業継承」によって「第二創業」を成し遂げている。ルーラルであることを競争上の優位性として再定義し、イタリア語とイタリア文化を生かしてイノベーションを起こしたのだ。

結果として、チェントロはもはや田舎の語学学校という枠には収まらない。世界各地の大学とつながるネットワークを築き上げており、パゾットの言葉を借りれば国際的な「大学ハブ」だ。1985年の設立以来、累計で1万6000人以上の留学生を受け入れている。

「チェントロ・ステゥーディ・イタリアーニ」という名称自体が語学学校以上の存在であるということを示唆している。日本語へ直訳すると「イタリア語学校」ではなく「イタリア研究センター」となる。

パゾットは地域に深く根を下ろしているのはもちろんのこと、語学学校から大学ハブへの転換をテコにグローバル化を加速させている。ルーラル起業家であると同時に「アトツギ(跡継ぎ)ベンチャー」経営者だ。

■イタリアの魅力を堪能し、すっかりファンに

USASBEの一行が集合したのは市内にはある唯一の現代的ホテル「ホテル・ブラマンテ&スパ」。ここで開かれた歓迎夕食会でパゾットは流暢な英語であいさつした。

「ウルバーニアへようこそ。ここは小さな町ですけれども、歴史的にも文化的にもとても豊か。ワークショップに参加しつつ地域コミュニティーと交わり、イタリアを堪能してください」

USASBEの研修ツアー最終日、ホテル・ブラマンテの中庭で
写真提供=筆者
USASBEの研修ツアー最終日、ホテル・ブラマンテの中庭で - 写真提供=筆者

パゾットが「地域コミュニティー」と言ったのには訳があった。地域の人々と触れ合いながらイタリア文化を学ぶさまざまなアクティビティが研修プログラムに組み込まれていたのである。

イタリア語会話、陶芸体験、絵付け教室、パスタ手作り、アグリツーリズム、世界遺産訪問、プロシュート工場視察、パルメザンチーズ工場視察――。現地で配られたスケジュール表は予定でぎっしり埋まっていた。

私はルーラル起業のワークショップには基本的に参加しなかったものの、それ以外ではUSASBE一行と行動を共にした。チェントロのイタリア語クラスで学んだ片言のイタリア語を生かし、地域コミュニティーと接しているうちに、すっかりイタリアファンになっていた。大都会ではこうはならないだろうな、と思った。

■3Kとは縁遠い、アトツギ農家たち

例えばアグリツーリズム。USASBE一行は市の中心部から徒歩圏のレストラン「カサティントリア」に足を運んだ。とはいっても集合場所は屋内ではなく屋外。そこは深い森に囲まれ、一角には小さな農場があった。

アグリツーリズムの舞台となったレストラン「カサティントリア」。市の中心部から徒歩圏にある
写真提供=筆者
アグリツーリズムの舞台となったレストラン「カサティントリア」。市の中心部から徒歩圏にある - 写真提供=筆者

夕食前のチーズ試食会とワイン試飲会は盛り上がった。テーブル上にきれいに並べられたチーズとワインはすべて地元産。そこに数人の生産者が現れて次々にスピーチし、目を輝かせながら誇らしげに家業の歴史を語った。代々続く家業を継いでグローバル展開を狙うアトツギベンチャーなのだ。

アグリツーリズムに参加中のUSASBE一行。チーズ試食会・ワイン試飲会で地元の若き生産者たちと触れ合う
写真提供=筆者
アグリツーリズムに参加中のUSASBE一行。チーズ試食会・ワイン試飲会で地元の若き生産者たちと触れ合う - 写真提供=筆者

彼らは総じて若く、一見したところ20~30代。おしゃれであり、いわゆる「3K(きつい・汚い・危険)」をまったく感じさせない。日本で高齢農家を見慣れた私の目には彼らの若さやライフスタイルが新鮮に見えた。

スピーチが終わるとUSASBE一行はテーブルの周りに結集し、若き生産者に次々と質問を投げ掛けた。「チーズはここでしか入手できないのですか?」「近くにワイナリーを持っているのですか?」――。

片や起業家教育の専門家集団、片や伝統的なチーズ・ワイン農家。片や大都会からやって来たアメリカ人、片や田舎で暮らすイタリア人。英語とイタリア語が飛び交うなか、お互いに興味津々で会話を弾ませた。

■田舎を変える決定打、ルーラル起業

そもそもUSASBEがルーラル起業を会員向けの研修テーマに選んだ理由は何だったのか。ウルバーニア訪問中のUSASBE一行を率いていたCEOのジュリエン・シールズに聞いてみた。すると次の答えが返ってきた。

「ルーラル起業という言葉はずっと昔から存在します。でもここにきて新たな意味合いを持ち始めています。シリコンバレーなど大都市と比べて田舎は長らく取り残されてきました。これを変える決定打としてルーラル起業が注目されているのです」

アメリカの学会であるから通常はアメリカ国内でイベントを行っているUSASBE。ルーラル起業をテーマにした研修を決めると国内ではなく海外、しかもド田舎のウルバーニアにやって来た。

■新しいビジネスの可能性が眠っている

理由は単純だった。ウルバーニアが典型的なルーラル地域であるから研修テーマに適していたうえ、ウルバーニアを拠点にするルーラル起業家――パゾット――の協力が得られるからだった。

若い頃に留学していた米ミリキン大学で、シールズの薫陶を受けたパゾット。研修プログラムの設計だけでなく、ホテルや移動、食事などロジスティックス、さらに研修プログラムの一環として講師役も担当している。USASBE会員をホテルの会議室に集めて特別講義を行い、ルーラル起業家としてのキャリアを詳細に振り返ったのだ。講義は盛り上がり、質疑応答も含めて合計2時間以上も続いた。

パゾットがここまで全面協力するのにも理由がある。USASBEの研修プログラムは、語学学校チェントロにとって新たなビジネスになる可能性を秘めているのだ。USASBEが同プログラムをウルバーニアで定期的に実施するようになれば、パートナーのチェントロは新たな収益源を手にする。12月になって2023年に向けて新たに二つの研修プログラムが発表になった。

しかもUSASBE以外にも潜在顧客が広がる。研修プログラムに参加したUSASBE会員は全米各地の大学に所属している教員だ。彼らがウルバーニアでの研修を魅力的に感じれば、所属大学がチェントロに共同プロジェクトを持ち掛けるかもしれない。

■世界各地からオペラ留学生が集まるワケ

チェントロが手掛けているプログラムは多様である。中でも興味深いのがオペラプログラムだ。

オペラはイタリア語とイタリア文化と不可分の関係にあり、チェントロのコアコンピタンスに合致する。歌詞の9割はイタリア語で書かれており、プッチーニら偉大な作曲家の多くはイタリア人だ。

始まりは数十年前にまでさかのぼる。米オベリン音楽院――オハイオ州に位置する名門音楽大学――のオペラ教員2人がチェントロの門戸をたたいた。イタリア語を学びながら現地の文化に触れているうちにウルバーニアを大変気に入り、やがてオペラ専攻の学生をチェントロへ送り込むようになった。

これをきっかけにチェントロは海外で「オペラに強い学校」との評判を得て、オペラ歌手志望者らの間で人気が急上昇。2018年には日本との接点も生まれた。日本人グループがチェントロへ短期留学し、イタリア語を学びながらオペラの特訓を受けるコースが始まったのだ。

オペラ留学という点では環境にも恵まれている。市内には1864年建設の歴史的な「ブラマンテ劇場」がある。小さいながらも本格的なオペラ劇場だ。そこで留学生はステージに上がり、聴衆の前で成果を発表できる。ちなみに、人口35万人のペーザロ・エ・ウルビーノ県――ここにウルバーニアが含まれる――には100棟以上のオペラ劇場がある。

ウルバーニアにある歴史的なオペラ劇場「ブラマンテ劇場」の内部
写真提供=筆者
ウルバーニアにある歴史的なオペラ劇場「ブラマンテ劇場」の内部 - 写真提供=筆者

■田舎の競争優位性が見直されている

ミラノやローマのような大都市との競争を心配していないのか? パゾットは「差別化できているから大丈夫」と断言する。

「田舎には競争上の優位性があります。ここは安全だし物価も安い。文化も忘れてはいけません。留学生はナイトクラブへ行く代わりに地域コミュニティーと交わり、文化を学べます」

大都会でイタリア語を学びたいという留学生のニーズもある。それに応えるためにチェントロは2011年にミラノ校、2018年にジェノバ校を設立。大都会を好む中国人留学生はミラノ校を利用している。

チェントロにとって競争上の優位性は今後一段と高まる可能性がある。コロナ禍でライフスタイルが変わり、田舎が見直されているからだ。

USASBEがルーラル起業に価値を見いだし、ウルバーニアを研修場所に選んだのは第一歩だ。チェントロはこれまで学生を相手にしてきたリソースを生かし、教員にも学ぶ場を提供できた。

世界各地から人々を引き寄せてグローカルになる集落が瀬戸内にも登場したら面白いのだが……。(文中敬称略)

(後編へ続く)

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牧野 洋(まきの・よう)
ジャーナリスト兼翻訳家
1960年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業、米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクール修了。1983年、日本経済新聞社入社。ニューヨーク特派員や編集委員を歴任し、2007年に独立。早稲田大学大学院ジャーナリズムスクール非常勤講師。著書に『福岡はすごい』(イースト新書)、『官報複合体』(河出文庫)、訳書に『トラブルメーカーズ(TROUBLE MAKERS)』(レスリー・バーリン著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『マインドハッキング』(クリストファー・ワイリー著、新潮社)などがある。

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(ジャーナリスト兼翻訳家 牧野 洋)

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