だから凶悪なヤクザも「いい子ちゃん」になる…刑務所の模範囚に月2回だけ許されている「ご褒美」の中身
プレジデントオンライン / 2022年12月27日 11時15分
※本稿は、おおたわ史絵『プリズン・ドクター』(新潮新書)の一部を再編集したものです。
■7~8回収監された受刑者は珍しくない
刑務所のカルテの表紙には、〈罪状と刑期〉のほかにもうひとつ、〈累犯(るいはん)○回〉と書かれている欄がある。
これまでに何回収監されたか、を表す数字だ。読者のみなさんの一般常識にのっとれば、「刑務所なんてひどいところ、一度入ったらもう二度とゴメンに決まってるよ」と思われるはずだけれど、実際の受刑者たちにその物差しは通用しない。累犯7回とか8回はざら、10回以上なんてとんでもない者もいる始末。
今は亡き作家、安部譲二氏のベストセラーで映画化もされた『塀の中の懲りない面々』にも描かれていたように、人生の大半を刑務所で過ごす者だっているのだ。そういうベテランは、たいていは組員か覚醒剤関連。ここではまず刑務所に慣れ切ったベテラン受刑者たちの特徴について少し話をしてみる。
■ベテラン受刑者は例外なく“人懐っこい”
特徴その① 人懐っこい
ムショ慣れしている彼らは、ほぼ例外なく人懐っこい。刑務官にもプリズン・ナースにも、私たち医官に対してもほんの少しニコッと笑いながら気をつけの姿勢でハキハキと挨拶をしてくる。なんというか、元気で爽やかなのだ。“爽やか”なんて刑務所にはとうてい似つかわしくない響きだけれども、この表現が一番ぴったりくる。それは好印象を与えるために自然と身についた表現方法なのだろう。
たとえば笑い顔のつくり方。あまり大げさな笑い顔をすると怒られてしまうので、刑務官の気に障らない程度に巧みにさりげない程度のスマイルを作る。人間の脳にはミラーニューロンという神経細胞があって、笑顔を見ると誰しもつられてちょっぴり楽しくなる。少なくとも悪い気はしないもの。その結果、目つきの悪い顔で凄んでくる奴よりは優しく接してあげようかと思ってしまうのが普通の反応だ。
もちろん彼らはミラーニューロンの理論なんて知識はこれっぽっちも持ち合わせていないわけだけれど、経験的にそうやって相手の心にするっと入り込む術を身につけたのだろう。中には天性の詐欺師などもいるので、こうしたカンはヘンにいい。
診察中も、「ありがとうございます。お世話かけます」なんて殊勝なセリフをちょいちょい入れてくる。それがあざといテクニックとはわかっていても、反抗的な態度を取られるよりはやりやすい。そうやって上手に自分の希望する医療を受けられるように事を運ぶ。
■あの手この手で欲しいものを手に入れようとする
たとえば体調不良を理由に休養扱いをゲットしたりする。受刑者とて、なんとなくダルくて工場作業をサボりたいときもある。けれど、ふつうはそう簡単に休ませてはもらえない。
基本は全員、月曜から金曜まで皆勤賞である。でもそこで、医師の診断のうえに休養が望ましいと判断されれば休むことができる。休養許可となれば病舎と呼ばれる部屋で寝ていても怒られないのだ。この特権欲しさに仮病を使う者も少なくはない。
またいかに欲しい薬を手に入れるかも彼らには重大な問題だ。一般社会ならばどんな薬でもたいていは薬局に行けば買える。でも塀の中ではそう簡単ではない。すべては医師の指示が必要。それもなんでもかんでも思い通りに薬が処方してもらえるわけではない。とくに鎮痛剤や睡眠導入剤など中枢神経に作用するタイプの習慣性の強いものは、「くださいな」「はいはい、そうですか」とはいかない。
![錠剤](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/e/1200wm/img_eed42bf994bc9e14d4c6143cebe2ff44260136.jpg)
そもそもが覚醒剤やコカインなどの薬物乱用で収監された人間がたくさんいるところ。この種の薬が大好物なのである。あの手この手でこうした薬をゲットしようと企てる。時には痛がり、時にはいい子ぶり、時にはおべっかを使ったり甘えたり。それはなかなかの策士の集まりなのである。だからこそ、迎え撃つ我々医務スタッフも彼らのペースに乗せられないように淡々と医療を行うスキルが必要とされる。
なんといったってここは矯正の現場、正しく医療行為を行うのはもちろん、無駄な医療費は1円だって使ってはいけないのだから。
■それぞれの刑務所には“花形の仕事”が存在している
特徴その② いい子ちゃんぶる
人懐っこくて巧みにおべっかを使うのに加えて、ベテラン被収容者は何かにつけ聞き分けが良い。返事も「はい」か「いいえ」と簡潔で、ぐだぐだごねたりはしない。本音はどうだか知らないが、無駄に自己主張するのは損だとわきまえているから、とりあえずはいい子ちゃん的態度を取るのだ。
いい子ちゃんでいることによる恩恵は、診察室の中だけにとどまらない。じつは刑務所というところは、態度が良いと評価が上がり、良い仕事につける。良い仕事というのは、たとえばエリート工場のことだ。所内にはたくさんの種類の工場があるのだけれど、内訳は割りばしを揃えて束ねるだけのごく簡単な作業から精密機器を扱うような熟練を要するものまでレベルはまちまちだ。
高度な仕事につけるのはある程度の能力を見込まれた証と言える。中にはかなり重要な印刷物を扱う工場もあって、ここは情報管理の点から厳密にセレクションされた者だけが務めることができる。仕事内容によって報奨金の額も違ってくるし、こんなヒエラルキーが彼らの自尊心をくすぐるのだ。そして、日本国じゅうどこの刑務所にも看板となるような工場がある。たとえば富山の神輿、盛岡の南部鉄器、横浜の製麵工場などがそれ。
ツウの間で人気のイベントに、毎年行われる全国矯正展というものがあるのだけれど、そこに出展されるような製品を作っている工場がエリートである。つまり、こうした工場に配置されるのは、刑務においてのある種の花形(はながた)なのだ。
■「昇進」すれば暮らしぶりはかなり改善される
〈制限区分1~4種〉と呼ばれる昇進みたいなものもある。これは2006年の法律改正から取り入れられた制度で、受刑成績などにより生活や行動の制限を緩める仕組み。数字が小さくなるごとに自由度が上がる。
![【図表】制限区分1~4種](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/b/1200wm/img_ab31370d183223bd59c6f5a01a1fe980318881.jpg)
1種と4種では暮らしぶりが雲泥の差なので、まともな人間ならばできる限り1種に近づきたいと願う。昇進時期は不定期未定なため、受刑者は日常的に清く正しい態度を継続している必要があるのだ。もうひとつ、〈優遇措置〉というものも刑務所暮らしでは大切だ。手紙を出せる通数、嗜好品の購入、テレビの視聴などが5段階に区分されている。
![【図表】受刑者の優遇区分](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/e/1200wm/img_6e32eb5645f3e44acaaeb8febe77185c363469.jpg)
■飲食物の差し入れ、購入は不可なのだが…
ここでは何をさておき、お菓子の購入が魅力的である。通称“甘モノ”と呼ばれるチョコクッキーやバタービスケットなどが大人気。刑務所では原則的に給食以外のものは食べられない。飲食物の差し入れ、購入は本来は不可。ただこれが態度良好な被収容者には優遇措置が与えられる。
酒もタバコも炭酸飲料もないヘルシー過ぎる食生活をしていると、大半の被収容者は甘いもの好きになっていく。だから大の男がチョコクッキーひと箱のために一生懸命だ。この特権を得るためなら嫌な担当者にもいい子ちゃんぶることはやぶさかでない。
■「班長」などの役職は小さな成功体験になっている
〈衛生係〉、〈班長〉なんていう役付きもある。態度良好な者に与えられる。彼らは作業着に腕章をつけているから遠目にもすぐにわかる。こうした役をもらうと、被収容者なりにも誇らしげな表情に変わっていくのがそばにいるとわかる。
学級委員に選ばれた小学生が自慢げに胸を張って歩くのに似ている。いいおとながお菓子や腕章欲しさに何をやってるんだ? と滑稽に映るかもしれないけれど、幼少期に誇らしく思える体験をしてこなかった者にとってこういうことは馬鹿にならない成功体験なのだ。
![おおたわ史絵『プリズン・ドクター』(新潮新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/9/1200wm/img_1994b5e84908fef5658fb329462daa4d296895.jpg)
それにこうしたいい子的な態度が日常的に体に染み込めば、それはそれで悪いことはない気もする。たとえどんな動機であったにせよ、結果的にその後の人生にも好影響をもたらす。出所してからの暮らしを考えたなら、まともに挨拶できないよりはできたほうがいいし、お礼は言えないよりはちゃんと頭を下げて言えたほうがいいのだから。
そんなふつうの社会生活のひとつひとつを教育していくのも矯正現場の大きな役割だ。私はそう思っている。「ありがとうございました! ○番、帰りますっ」。深々とお辞儀をして帰って行く後ろ姿に、「はい、お大事にね」。私がかける声は、外の世界での外来と何ひとつ違いはない。
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総合内科専門医/法務省矯正局医師
東京女子医科大学卒。大学病院、救命救急センター、地域開業医を経て2018年よりプリズン・ドクターに。医師と並行して、テレビ出演や著作活動も行っている。著書に、薬物依存だった母親との関係を描いた『母を捨てるということ』(朝日新聞出版)や、矯正医官として“塀の中の診察室”の日々をユーモアに綴った『プリズン・ドクター』(新潮新書)などがある。
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(総合内科専門医/法務省矯正局医師 おおたわ 史絵)
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