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有能とは「仕事を増やさない」人である…トヨタ社員が単純作業ほど厳しくチェックする納得の理由

プレジデントオンライン / 2022年12月26日 8時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/pierrephoto

トヨタ自動車の「カイゼン」と呼ばれる生産方式は、自動車の製造ではなく問題解決を目的としている。では、問題点を正確に見つけるにはどうすればいいのか。ノンフィクション作家の野地秩嘉さんによる連載「トヨタがやる仕事、やらない仕事」。第8回は「カイゼンのプロが説く『問題の見つけ方』」――。

■仕事とは「方針管理」と「問題解決」である

トヨタでは「仕事とは方針管理と問題解決だ」と徹底的に教えます。

ではまず、方針管理とは何でしょうか。ある幹部はこう説明します。

「トヨタのビジネスプラクティスって、方針管理と問題解決のことなんです。昔は研修で教わりました。『方針管理と問題解決はビジネスの根幹だ』って。

方針管理とは、今年はこちらの方向へこれだけ変化するぞということ。新しいことをやるのが方針管理。そして、方針管理で1度、成功を収めたら、PDCAを回す。

PDCAとはご存じの通り、プラン・ドゥ・チェック・アクションです。PDCAで結果が出て標準化したらマニュアルを作ります。成功した場合はマニュアルにして成功のフットプリントを残す。そうすれば担当が変わっても同じようにプロジェクトを進めることができます。

また、PDCAのアクションとはトヨタでは標準化と横展開をすることなんです。標準化とはマニュアルを作ることで、横展開とは他の部署にも展開すること。そして、標準化した作業の場合、2度目からはSDCAと呼びます。プランではなく『スタンダード』から始まる。スタンダードのマニュアルです。ただし、スタンダードとはいっても、去年成功したことにちょっと上前を付ける。

これがカイゼンなんです。『去年の標準と今年の標準がある。そのギャップのことをカイゼンという』。先輩からはそう教わりました」

■トヨタの謎の用語「マルシン、マルモ、マルマ」

話は少し横道にそれますが、知っておいたほうがいいトヨタの専門用語があります。

過去にない新車、例えばEVのbZ4Xみたいな新車を呼ぶ時、社内では○に新と書いて、マルシンと言います。次に、○にカタカナの「モ」と書くマルモはフルモデルチェンジした車のこと。

【連載】「トヨタがやる仕事、やらない仕事」はこちら
【連載】「トヨタがやる仕事、やらない仕事」はこちら

○に「マ」のマルマはマイナーチェンジした車です。念のため、マイナーチェンジとはちょっとだけランプなどの意匠を変えたり、エンジンを改造したりすることをいいます。

ただ、マイナーチェンジの場合、エンジンとボディのシャシーは変えません。ボディのプラットフォームやエンジンを変えた場合はフルモデルチェンジで、それはマルモになります。

さて、方針管理についてです。

方針管理という言葉は一般的ですが、トヨタでは少し違う意味で使っています。

どこの会社でも各期の目標を掲げる時、それを方針というのではないでしょうか。そして、その場合の「方針」とは、言葉通り、こんなことをやろうじゃないかという概括的な目標であり、そこに数値目標が加わるといったものでしょう。

■方針とカイゼンの違いとは?

一方、トヨタにおける「方針」は数値目標を指すわけではありませんし、明確に決まっています。

トヨタの「方針」とは過去にやったことのない新しい企画、新商品をリリースすることです。もしくは大きな変化が方針です。車の開発でいえば、新車のリリース。前記のマルシンのことです。

方針とは部を挙げて、「今年はこちらの方向に大きく変化するぞ」という発表です。

例えば売り上げを10%上げる、これまで100人でやっていた仕事を80人でやるのは方針とは言いません。これくらいの変化はカイゼンです。そして、カイゼンのことは日常管理と言います。

10%の売り上げアップは方針として発表するほどのことではないと考えているのです。

しかし、考えてみれば大変ですね。毎年、部を挙げてそれまでにやったことのない仕事に挑戦しなくてはならないのですから。車で言えばマルシン、マルモは方針に入ります。マイナーチェンジのマルマは方針ではなくカイゼンです。

■会議をやるだけでは問題は解決しない

トヨタでもっとも知られている言葉は「現地現物」でしょう。現地へ行って現物を見ろということです。

トヨタは「問題解決の本質は現場にある」と考えています。徹底した現場主義の会社です。

一方、普通の会社の場合、営業成績が落ちたり、会社が傾き始めたりすると、幹部は会議を始めます。

それも問題を解決するための会議というより、「あいつの判断が悪かった」「市況が悪い」「不慮の事故がいけないんだ」「災害の影響が出た」……。

自分たちの弱点を見つめる会議ではなく、他人や環境に対して不満を述べ合う会議です。つまり、不振に陥った言い訳をみんなで考え始めます。

その結果、何人かが責任をとって役職を外れます。しかし、本人たちは「自分が悪かった」とは思っていないで辞めるわけですから、不満が募り、派閥を作ります。

派閥ができると陰湿な抗争が始まり、チームワークが崩れますから業績は向上しません。それどころかだんだん悪くなっていきます。そうして、結局はつぶれてしまうか、他社に買収されてしまう……。

業績不振、責任追及の会議、役職者の交代、派閥抗争、業績低下、倒産といった道をたどります。

会社の業績が悪くなるのは会社の風土から来ることが多いと思われます。形式主義、官僚主義、実行よりも手続き優先、本社スタッフが生産現場や営業現場に数字を押し付ける、現場よりも会議、本質を把握することよりも従来からある細かな手続きを優先する……。

こういうことを繰り返していればどんな会社でも傾きます。

■百聞は一見に如かず、そして「百見は一行に如かず」

トヨタはそんなことはしません。現場へ行かずに会議をやるなんて馬鹿なことはしません。だから、現地現物と繰り返し、何度でも言い続けるのです。

役員会で問題が出されたとします。担当幹部が現地に行ってないことがわかろうものなら、トップは「なぜ現場へ行かないのか」と問います。

担当幹部は恥じ入って、そのまま会議室を出て空港や駅に向かうために、自分の車に乗り込みます。

現地現物とは「答えはすべて現場にある」という意味なのです。

「問題がわからなければ現場へ行け。まずやってみろ、一行動が大事。考えるよりまずは行動しろ」

「百回見ているだけじゃ駄目だ。行動しながらちゃんと考えるんだ」ということです。

今の時代、上司が大声を出したり、圧迫したりはありません。しかし、「百見は一行(いっこう)に如かず」と冷静な顔で言われると、ぐうの音も出ないのではないでしょうか。

■トヨタ社員が教わる「おばあちゃんの七面鳥」の話

トヨタが前例主義、形式主義を排していることは次のエピソードからうかがえます。

「おばあちゃんの七面鳥」という寓話です。トヨタの社員なら大半の人は聞いたことのあるお話ですね。

「お母さんが七面鳥をローストしようとして、当たり前の手順として、七面鳥の尻尾を切ってオーブンに入れました。娘が『どうして尻尾を切るの?』と質問したら、母親は『おばあちゃんがそうやっていたの。そうやると七面鳥がおいしくなると教わったわ』と答えました。

そういうものなのかと思った娘はおばあちゃんに聞きました。

『どうして尻尾を切るの?』

すると、おばあちゃんは答えました。

『昔はオーブンが小さくて七面鳥が入らなかったのよ。それで、尻尾を切ってオーブンに入れたんだよ』」

 サンクスギビングのディナーで食べるターキーをオーブンから取り出す手元
写真=iStock.com/GMVozd
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/GMVozd

つまり、昔から行われてきた作業手順を疑ってみる態度が必要ということです。以前からやっていることが、今の時点でも正しいのか。それを検証しながら仕事をしましょうということの例話なのでしょう。

■カイゼンマンは薬剤師ではなく医師である

TPS(Toyota Production System)というトヨタ生産方式を全社、関係会社に伝道しているTPS本部長の尾上(恭吾)さんはわたしに「おばあちゃんの七面鳥」を教えてくれた人です。

尾上さんは「僕ら生産調査部自体がつねに自分たちの仕事のやり方を検証し、カイゼンしているのです」と言います。

「私たち生産調査部の人間でも『おばあちゃんの七面鳥』的な失敗があります。それは、あるところのカイゼンで成功経験があると、どこへいっても同じやり方で解決しようとすること。

どこでも同じやり方で結果が出るなんてことはないんです。問題が起こったら、一つひとつ対処の仕方を考えなくてはいけないんです。社長の豊田(章男)から言われたことなんですが、

『カイゼンマンは薬剤師でなく、医師を目指せ』

やってきた患者に風邪ですか、じゃあと風邪薬を渡すだけじゃダメ。患者の症状を見て、それぞれの人に合う処方箋を書く。カイゼンマンは薬を渡すことより、診察して処方箋を渡すんだ、と。それが本当のカイゼンマンなんだ、と。ですから、ある時までは『工程診断』という言葉でカイゼン指導していたこともありました。ただ、『うちの職場の人間は病気ではない』と言われたので、この言葉はやめましたけど」

概して、ひとつの成功体験を他に適用しようとして失敗することは少なくないそうです。自戒するべき言葉です。簡単に診断して、誰でも同じ処方箋が通用すると思ったら大間違いなんですね。

■「形式的な入札と相見積もり」を見直しへ

トヨタは形式的な仕事を嫌う実務型の会社です。そんな会社で今、検討され、始まっているのが、形式的な入札や形式的に相見積もりを取ることを考え直すことです。

部品を購入するとしましょう。一般的には一本の釘から先端的な半導体に至るまで複数のサプライヤーから提案してもらうことになっています。

担当者は提案された部品の品質と値段を厳しくチェックして、どこの会社の部品を採用するかを比較検討して決めます。公平ですし、良質の部品がリーズナブルな価格で入手できるのが入札です。

しかし、ある種の部品に関しては入札をすること自体にほとんど意味がないというものもあります。

例えば、ある1社がマーケットシェアの大半を獲得している部品があるとします。

その会社が命懸けで開発し、長年、研究開発して質を上げた結果、市場の過半数を奪取してしまった。すると他社はもう戦えません。他社とすれば絶対にかなわない分野で頑張るよりも、自分が勝てる分野の部品にお金とコストをかけようとします。すると、その部品は1社独占に近い状態になってしまう。

■スピードを速めるためにあえて入札をやめる

入札をしても、そこしか作っていなければやる意味はないのです。そして、これまでは無理やり、他社に入札に参加してもらったことがなかったとは言いません。公平性を担保するには入札が必要という前例があったからです。

しかし……。

車の部品は3万点とされています。そのうち7割は外注部品です。調達側が外注品のすべてを入札したり、相見積もりを取っていたりしたら、手間とコストは膨大になってしまいます。

そこで、ある業務カイゼンチームは「即決型の拡大」と題して、入札を見直すよう提案しました。

つまり、事実上、1社しか作っていない部品に対しては、他の部品と同じように入札方式にするのではなく、相対して交渉する方式に変えたのです。

相対して交渉する方式を「アルファ型」そして、入札する調達方式を「ベータ型」と分類した提案でした。

ボンネットを開けて整備中の車
写真=iStock.com/Shutter2U
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Shutter2U

■リードタイムを削れば、周辺の仕事も減らせる

アルファ型とは事実上、その会社しか作っていないとか圧倒的な競争力を持っている部品です。にもかかわらず、やるべき仕事を同じようにやって、なおかつ、競合する数社にお願いして参加してもらってコンペをやらざるをえなかった。

コンペをやることによって価格が安くなることを期待したのだけれど、競合する他社はその部品を多くは作っていないわけですから、安くはなりません。

そうすると、コンペをするだけ時間とお金がもったいないわけです。そういう部品については即決しようとなったのです。そうすればやらなくていい仕事が減ります。

トヨタは合理的です。仕事を増やそうとしません。リードタイムを短くするのが同社の「鉄の掟」みたいなものですが、リードタイムを短くすれば付属する仕事が減ります。どうしてもやらなければならないことだけをするようになります。

部品調達のコンペの改廃についても、こうした考え方が根本にあるのです。

■「多忙な人間=有能」は本当か?

世の中のビジネスパーソンのなかにはいまだに多忙な人間が有能という誤解が蔓延しています。

「あいつはいつも忙しい。なるほど頑張っているのだな」
「彼女は毎日遅くまで残業している。頼もしい」

しかし、忙しそうにしている人の仕事を見ると、ほとんどはやらなくてもいいことだったりします。有能な人、仕事の本質をわかっている人は仕事を増やそうとは思っていません。

部品調達の話、呼び名についての話に戻ります。

ある部品作りにしのぎを削り、シェアが拮抗しているような会社がある場合はコンペをきちんとやります。そして、そちらはベータ型と呼んでいました。

ですが、カイゼン指導に入った同社のエクゼクティブフェローの友山茂樹さん、そして尾上さんのふたりが次のように決めました。「アルファ型、ベータ型という言葉ではみんなに伝わらないから、アルファ型を即決型と呼ぼう。ベータ型はコンペをやるのだから、特に言葉を用いなくていい」

即決型かそうでないかを決めるのは調達本部のプロたちです。彼らがきちんと決めています。また、従来の車種に対する部品は即決型を適用しますが、車種が変わったりした場合は即決型の部品を作っている会社であってもコンペをやることにしています。

こうした即決型の拡大はトヨタに限らず、どこの会社でも適用できるカイゼンではないでしょうか。部品調達の本質とは良質な部品を適正な価格で調達することにあるのですから。

こうしたカイゼンは従来の仕事に慣れ切った人間には思いつくことができません。トヨタでさえ、まだまだ「おばあちゃんの七面鳥」は残っているのです。従来からある仕事は時々、新鮮な目で見直すことが必要です。

■カイゼンのプロが教える「問題の見つけ方」

前述の尾上さんは「問題の見つけ方」について、こんなふうに教わってきたと言っています。

「新人の頃は『問題を見つけろ』と言われても、そもそも問題点がよくわからないのです。生産ラインの横に立たされていたら、ラインには部品が流れてきて、ちゃんと自動車ができている。問題点がわからないからカイゼン提案ができない。すると、先輩に言われました。

『氷山は海に浮いていて、山頂だけが見えている。全体を見ようと思ったら海水のレベルを下げなくてはいけない』」

「いかに問題が見えるようにするか。先輩は『10人でやっていた工程からひとり抜いてみろ。あるいは1時間でやっていた仕事を50分にしてみろ』と言いました。

これまで10人でやっていた作業を9人にすると、最初は一人ひとりの作業が増えます。どこかの工程だけが時間がかかり、遅れてしまう。すると、そこに問題があるんです。10人でやっていた時は問題が見えないよう、それぞれがカバーしていたわけですね。

このように問題点を見つけるためには組織をわざと不安定にして、作業を少し増やしてみたりします。これは生産現場だけではありません。事務の仕事でも3人でやっていたことをふたりにすれば問題点が見えてくる。カイゼンは現状をただ見ていてもできません。現状を不安定にしてみると、わかりやすくなるんです」

会議室で会議中
写真=iStock.com/GlobalStock
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/GlobalStock

■あえて不安定にすることで問題点を炙り出す

尾上さんが言うように、作業がいつもそこで停滞しているといったようなあきらかな問題点はすぐに見つかります。

深いところに隠れているものはあえて状況を不安定にして見つける。見つかったらカイゼンする。

スムーズに流れるようになったらまた不安定にする。安定しているからといってそれは問題がないということではないというのがトヨタの考え方なのです。

そこまで自らに厳しくしている組織がトヨタなんです。世界と戦って生き残るためにトヨタは限界までやるのです。しかし、このことをトヨタはなかなか外に対しては言ってきませんでした。

また、「仕事や作業を意識的に不安定な状態にして問題点を見つける」ことは個人レベルでも行うそうです。納期が先であっても、とにかく仕事を早く仕上げることに集中する。そうしていると、どの部分が遅れやすいかわかる。

トヨタの強さはここにあります。他人に指摘してもらうだけではなく、自ら問題点や弱いところを発掘して直していくのです。すごい会社だと言わざるを得ません。

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)、『伊藤忠 財閥系を超えた最強商人』(ダイヤモンド社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。旅の雑誌『ノジュール』(JTBパブリッシング)にて「ゴッホを巡る旅」を連載中。

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)

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