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「名画にトマトスープ」はまだマシ…政府さえ手がつけられない「ドイツ環境活動団体」の過激すぎる思想

プレジデントオンライン / 2022年12月23日 14時15分

オーストリア・ウィーンのレオポルド美術館で、オーストリア人画家クリムトの絵画「死と生」に黒い液体をかけた気候活動団体「ラスト・ジェネレーション」が制圧されている様子=2022年11月15日 - 写真=ABACA PRESS/時事通信フォト

■「地球上で最後の“世代”になるかもしれない」

「自由で民主的な社会での抗議活動は、平和裏に行われなければならない。人間や器物に対する暴力は違法である」として、全国規模の署名集めに立ち上がったのは、ドイツのノートライン=ヴェストファレン州のCDU(キリスト教民主同盟)の教会系の議員たちだった。人間や器物に対する暴力とは、具体的には、最近、ラスト・ジェネレーションというグループがしばしば行っている美術品の汚損、道路封鎖、さらには空港封鎖などを指す。

ラスト・ジェネレーションというのは、CO2の削減を要求する多くの環境グループのうち、いわば一番過激な人たちが集まる新組織だ。本格的な始動は今年の初め。彼らは、今が、地球が助かるか助からないかの境目で、これを逃すと、坂道を転がり落ちるように環境が破壊され、地球は人間が住めない惑星になると主張している。つまりグループの名前は、自分たちが地球上で最後のジェネレーションになるかもしれないという絶望から来ている。

ところが、世の中にはその緊急性をわかっていない愚鈍な人間が満ち溢(あふ)れている。そこで、そんな人間たちを目覚めさせることが自分たちの任務であり、そのためには、自分たちは何をしても良いと思い込んでいるのが、ラスト・ジェネレーションらしい。

■抗議活動は「トマトスープ事件」にとどまらず…

以来、彼らが抗議活動と称して一番頻繁に行っているのが、主にベルリンでの主要道路の封鎖。特殊な瞬間接着剤で手を道路に貼りつけるので、簡単には排除できない。当然のことながら、渋滞で多くの市民が甚大な迷惑を被るが、今のところすべて泣き寝入りの状態だ。

また、夏ごろからはそれに加え、ヨーロッパのあちこちの美術館で、著名な絵画にスープやトマトソースなどをぶちまけることが始まった。その暴挙の後、額縁にやはり瞬間接着剤で手を貼りつけてポーズをとっている2人組の若者の写真を、すでに読者諸氏も目にしていることと思う。これがニュースとして世界中に広がるのだから、注目を浴びるという意味ではまさに大成功だ。

また、美術品だけでなく、ベルリンでは各政党の本部の建物に大量のオレンジ色のペンキをぶっかけたり、また、国際空港に侵入し、滑走路に手を貼りつけて航空機の離着陸を妨害したり、行動はどんどんエスカレートしている。

■無理に引き離そうとすると手が血だらけに…

ただ、接着剤作戦に対しては、駆けつけた警官も対応が容易ではない。無理やり引っ張ると、活動家の手の皮が破れて血だらけになり、傷害罪で訴えられる可能性もある(ベルリンで、ドライバーが車から降りて、目の前に座り込んでいる活動家を横に移動させようとして、傷害罪で訴えられるということが実際に起こった)。民主国家では、相手が活動家であれ、殺人犯であれ、万人の人権を守らなければならない。そこで、中和剤をハケで塗りながら丁寧に剝がしていくことになる。

蛇足ながら、フランス警察は活動家の手にはそれほど気を使わず、交通の障害になっている人間は、障害物と同様に撤去されるため、かなり悲惨なことになるという。フランスの警察がドイツよりずっと強権的であることは有名で、デモ隊が暴力を振るい始めると、機動隊のほうも本気で反撃する。

それに比してドイツは、警官がデモ隊に殴られてもOKだが、デモ隊が警官に殴られると大騒ぎになるお国柄だ。その差が、今、ラスト・ジェネレーションの扱いにおいても如実に表れているらしく、これまでは活動家は何をしようが、少なくともドイツでは、わずかな罰金刑しか科されることはなかった。

■「抗議活動が人命救助を遅らせた」と猛批判

ところが10月25日、事件が起きた。ベルリンで、自転車で走行中の60代の女性がコンクリートミキサーに巻き込まれ、重症のまま車体の下に挟まってしまった。すぐに救急車とパトカーとコンクリートミキサーを持ち上げるための特殊車輌の出動が要請されたが、間の悪いことにこの日、ラスト・ジェネレーションの道路封鎖で大渋滞が起こっており、緊急車両は現場へなかなか到達できず、救出が大幅に遅れた。

これに対するラスト・ジェネレーション側の事後の声明が、「われわれは、救助の遅延によってその女性の健康状態が悪化したのではないことを心から希望する」「われわれの抗議活動における最大の掟(おきて)は、すべての参加者の安全が保障されることである」というものだったので、皆が耳を疑った。彼らは、「救助の遅延」がなぜ起こったのかに一切触れていないし、もちろん謝ってもいない。しかも、最大の掟である「参加者の安全の保証」というのは、ひょっとして自分たちのこと⁈

数日後、その女性が亡くなり、積もり積もっていた市民の怒りが爆発した。「緊急車両の通行妨害、しかも死者まで出れば、これは立派な違法行為である」。CDU/CSU(キリスト教民主/社会同盟)の議員の中からは、これらの行為は罰金刑ではなく、懲役刑にすべきだという声まで上がった。

■それでもラスト・ジェネレーション擁護派は多い

ところが、ドイツ・プロテスタント教会のトップであるアンナ=ニコル・ハインリヒ議長は、そうは思わなかったらしい。彼女は11月初めにマクデブルクで行われたプロテスタント教会の総会において、道路封鎖は市民による合法的な抵抗運動であるという見解を述べた。そして、彼らとの話し合いの場を提供するため、総会にラスト・ジェネレーションの幹部を招待した。

そのため、これに驚愕したノートライン=ヴェストファレン州のCDUの議員たちが、ハインリヒ氏の辞任を要求して立ち上げたのが、冒頭の署名運動だ。ただ、実際問題として、プロテスタント教会と各種NGOとの結束は、すでにここ数年、異常に強くなっている。ラスト・ジェネレーションはNGOとして登録されてはいないが、しかし、在米のある大型ファンドから潤沢な資金援助を受けていることもわかっている。

■ドイツ首相も抗議活動を黙認?

さらにいうなら、ドイツでは主要メディアが挙(こぞ)って左派だし、市民の中にも、このラスト・ジェネレーションのような極左活動に対して少なからぬシンパシーを感じている人たちが、相当数存在する。

そして何より、社民党や緑の党が、ラスト・ジェネレーションに甘い。ショルツ首相は、「今回の抗議活動が(結果的に事故の救助を妨害したことで)、大きな喝采を得られなかったことは明確だ。彼らは私の喝采も受けていない」とコメントし、ベルリン警察が、首相はラスト・ジェネレーションを擁護しているに等しいと怒りをあらわにした。それどころか国連のグテーレス事務総長は、「デモをしている若者の怒りと不満を共有する」そうだ。

気候変動に抗議するデモ隊
写真=iStock.com/DisobeyArt
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/DisobeyArt

つまり、現在のドイツでは、プロテスタント教会のトップだけが例外なわけでは、決してない。

■政治の理解と潤沢な資金、教会の保証まである

その上、現在の社民党のショルツ政権では、一番力を振るっている緑の党がラスト・ジェネレーションと意見が一致しており、道路封鎖についても大いに理解がある。今回の自転車事故の悲劇についても、ラスト・ジェネレーションに罪がなすりつけられていることには不服そうだった。渋滞は道路封鎖でなくても起こるからだ。

そもそも緑の党の考えでは、遅々(ちち)として進まない気候政策に対する強い焦りと絶望感が、若者たちをこのような過激な抗議活動に駆り立てているのである。つまり、われわれが危急にすべきことは、彼らの声に耳を傾け、一刻も早くドイツのカーボン・ニュートラルを実現させ、惑星を救うことである、となる。

こういう政治の援助と、潤沢な資金援助と、教会の倫理的保証があるからか、ラスト・ジェネレーションは強気だ。ミュンヘン国際空港に不法侵入し、滑走路に貼りついたのも、ベルリンでの事件後の話だった。空港の金網をニッパーで切っている様子などの映像がネットに上がっているが、闇夜に乗じての話ではなく朝である。しかし当局からは、なぜ、こんなことが可能なのかの説明がない。ドイツの国際空港にはニッパーひとつで誰でも侵入できるということか?

■市民生活に大打撃を与えるところまできている

ところが12月13日、状況が急変。ラスト・ジェネレーションに対する全国的な強制捜査が、唐突に始まった。容疑は犯罪組織結成などで、全国のラスト・ジェネレーションの拠点11カ所で、コンピューターやデータが押収され、少なくとも11人が拘束されたという(ただし、ベルリンでは1カ所もなし)。

強制捜査の主原因として挙げられたのは、シュヴェートの製油所に対する度重なる攻撃。シュヴェートというのはポーランドとの国境の町で、旧ソ連時代からの原油の精製基地だ。この町が、ソ連からパイプラインで送られてきた原油の精製と化学工業で重要な地位を占めていることは、ソ連がロシアになった後も、ウクライナ戦争が勃発した現在も変わらず、ここで生産されるガソリン、ディーゼル、重油、灯油など各種オイルや、さまざまな化学製品は、特にドイツの東部地域にとっては絶対不可欠だ。

ところが、化石燃料の利用を「狂気」と呼ぶラスト・ジェネレーションはそれを嫌い、今年5月以来、製油所での妨害工作を試み、一時的にパイプラインの機能をまひさせることにも成功していた。さすがにドイツ当局もこれは看過できなかったのか、警察が犯罪摘発にようやく重い腰を上げたらしい。

■いつ「人間への攻撃」に発展するかわからない

しかし、ラスト・ジェネレーション側には反省の色なし。ツイッターで、「あなた方(警官=筆者注)は、われわれが活動をやめるとでも、本気で思っているの?」とか、「(犯罪組織の形成とは)とても危険に聞こえるが、本当の危機は隠されている。それは、われわれが直面している気候危機だ」と、自分たちの行動を完全に正当化している。

彼らによれば、「政府はわれわれを、気候の崩落、生活基盤の回復不能な破壊に導こうとして」おり、だからこそ「われわれは今の抗議行動を続ける。われわれはそれができる最後の世代である」。まさに宣戦布告だ。

ドイツでは1960年代の後半に始まった極左の運動が次第にエスカレートし、ドイツ赤軍が本格的なテロを始めた。その頂点は70~71年で、国内のあちこちで爆弾が炸裂し、銀行が襲撃され、警官が殺され、政治家や資本家が誘拐、あるいは暗殺され、大資本の企業で働いているという理由だけで、ごく普通の従業員までが無残にも巻き添えになった。

そんな恐怖の時代があったことを、今の若者たちは思い出すこともないが、当時ドイツ中を恐怖に陥れたこのドイツ赤軍のテロリストたちさえ、最初から殺人をし、ハイジャックをしていたわけではない。しかし、器物の破壊は、いつしか人間への攻撃へと変わっていった。

ラスト・ジェネレーションについて、私たちは今後、まだまだ多くのニュースを聞くことになると思う。

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川口 マーン 惠美(かわぐち・マーン・えみ)
作家
日本大学芸術学部音楽学科卒業。1985年、ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ライプツィヒ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。2013年『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、2014年『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)がベストセラーに。『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)が、2016年、第36回エネルギーフォーラム賞の普及啓発賞、2018年、『復興の日本人論』(グッドブックス)が同賞特別賞を受賞。その他、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『移民・難民』(グッドブックス)、『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)、『左傾化するSDGs先進国ドイツで今、何が起こっているか』(ビジネス社)がある。

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(作家 川口 マーン 惠美)

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