現役選手でいられるのは平均6.3年…村井チェアマンが新米Jリーガーに「5年後への手紙」を書かせた理由
プレジデントオンライン / 2022年12月26日 10時15分
■PK戦の結果は「サッカーの神様の激励」
――12月6日、サッカー日本代表がW杯ベスト8という新しい景色に挑みました。結果はPK戦での惜敗でしたが、多くの人が期待を持ってクロアチア戦を応援しました。
【村井】私は「期待する」ってなんだろう、と考えることがあります。人材の仕事に長く携わってきた私は、「誰かの成長を信じて、期間を保って待つ」のが「期待」だと考えます。多くの場合、人は待ちません。「今」だけを見て、ダメだと判断してしまう。しかし時間軸で考えれば、結論は変わってくるかもしれません。
――1993年「ドーハの悲劇」で日本が初のW杯出場を逃した時、「日本がW杯でドイツ、スペインに勝つ」日が来ると信じた人はほとんどいなかったでしょう。ベスト8はなりませんでしたが、Jリーグ発足から30年の時を経て、日本代表は新しい景色を私たちに見せてくれました。
【村井】PK戦の結果は、次世代に期待するサッカーの神様の激励のメッセージだと受け止めています。
Jリーグには毎年100人を超える若者が入会してきます。彼らはそれぞれのJクラブと契約した個人事業主ですから、入社ではなく入会なんですね。入会式は2月1日で、1年目の2014年はチェアマンに就任したのが1月31日でしたからドタバタで、チェアマン講話をしたのは2015年の入会式が最初でした。
■10年前に入会した103人は10年後どうなったか
【村井】プロの選手も監督も経験していない自分が、これからプロとして羽ばたく彼らに何を話せば良いものか。Jリーグのスタッフの松沢緑さんとも相談して、講話の直前に思いついたのが「5年後の自分への手紙」でした。
![【連載】「Jの金言」はこちら](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/a/1200wm/img_da1cd476c47c2df664614e8843db3f3e199505.jpg)
――選手に自分宛の手紙を書かせたわけですね。
【村井】場所は静岡県のつま恋にある研修センターだったので、宿泊施設にある便箋をかき集めて何とか人数分揃(そろ)えました。
それで、まずは現実を知ってもらうために、あるデータを紹介しました。松沢さんに頼んで「10年前の2004年に入会した103人がその後10年間で何試合に出場できたか」というデータを集めてもらいました。Jリーグの試合数はJ1の場合で年間約40試合。10年で400試合の出場機会がおよその上限であることになります。そこで何試合出られたか。
■残酷なデータにみんなの顔が青ざめていく
【村井】みんなには「自分は何試合くらい出場できると思う?」と考えてもらいました。希望に満ち溢(あふ)れている新人選手たちは、およそ半分の150~200試合くらいは出られるんじゃないか、そんな反応でした。でもデータは残酷です。実際には103人のうち46人が50試合以下の出場で、そのうち18人は一度も試合に出ないままJリーグを去っているのです。
この事実を伝えると、みんなの顔が青ざめてくるのが分かります。選手の現役期間は平均6.3年と、とても短い。せっかくプロになっても1試合も出ることなく引退する選手がいることもわかります。先ほども言ったように彼らは個人事業主ですから、頑張って頑張ってプロになっても、パフォーマンスが悪ければ出場機会は得られず、シーズン終了後にクラブに「契約金0円」を提示されたら、そこで放り出されるわけです。自分一人ですべての結果に対して責任を負う。それがプロというあり方なんですね。
■5年後、チェアマンに届いた選手からの手紙
――めでたい門出の日に「何もそんな厳しい話をしなくても」とも思いますが。
【村井】ですよね。でもそんなことは誰も教えてくれないだろうから、あえて厳しい現実を突きつけました。そのデータを踏まえた上で「今から5年後の自分宛に今の決意を手紙に書いてください」とお願いしました。「手紙はJリーグで預かり、5年後に皆さんの実家に送ります」と。データが示す通り、5年後はプロのサッカー選手ではないかもしれないし、クラブを移っているかもしれませんから。
――みんな、何を書いたんでしょうか。
【村井】それは私にもわかりません。ただ5年後にその中の一人が私に手紙をくれました。2015年にゴールキーパーとしてファジアーノ岡山のトップチームに昇格した木和田匡君という選手でした。同じ年にファジアーノ岡山に移籍した元日本代表の加地亮選手なんかに、ずいぶんかわいがられたと聞いています。
本人は入会研修で手紙を書いたことを忘れていたそうですが、5年後に実家に届いた手紙を見て驚いたそうです。
木和田君は3年でプロのキャリアにピリオドを打っていました。ファジアーノ岡山で出場機会に恵まれず、ヴァンラーレ八戸に期限付きで移籍したのですが「サッカーだけで生活できないのであれば、仕事とサッカーの両立は難しいので、いったん、サッカーから離れよう」と決断したそうです。
■「人の人生の最後を守るのはゴールキーパーと同じ」
木和田君は2018年に故郷の福山市で小学校時代からの友人と一緒に遺品整理の会社を立ち上げました。お客さんに「ありがとう」と言ってもらえることにやりがいを感じていて「人の人生の最後のところを守るのはゴールキーパーと同じです」とあり、「15年間続けたサッカーに恩返しがしたいので、指導者のライセンスを取りました」とも書いてありました。(筆者注:木和田選手は2020年、Jリーグ加盟を目指す島根県浜田市のベルガロッソ浜田に入団)読んでいるうちに目頭が熱くなりました。
入会から5年、103人の同期の中には日本代表になった選手も、海外に移籍した選手もいます。でも木和田君のように、サッカーの経験を別のフィールドで生かしている人もいるのです。
――村井さんがJリーグと関わりを持つようになったきっかけは、選手のセカンドキャリア開発でした。
【村井】子供の頃から人生をかけて夢を追った人たちが、サッカー選手としてのキャリアを終えた後も、充実した仕事人生を送れるようにしたい。そういう仕組みが作れれば、若者たちはある意味、安心して夢を追いかけることができます。その思いは今も変わりません。
■ブラジルを圧倒したドイツの育成はすごかった
【村井】実は「5年後の自分への手紙」を思いついた背景に一冊の本があります。リクルートの仲間が書いた本で、『21世紀への手紙 ポストカプセル328万通のはるかな旅』(千葉望、文春新書)というタイトルです。
1985年のつくば万博の時に郵政省が実施した企画で、20世紀に書いた手紙が16年後の21世紀が始まるその日に届くというものでした。ある女性は手紙の差出人を見て「心臓が止まりそうになった」と書いています。それは何年か前に亡くなった娘からの手紙でした。投函の5年後に亡くなったお父さんから家族に届いた手紙もありました。
人生の中にはいろんな悲しみや苦しさがありますが、一定の時間を置くことで、その時には感じられなかったドラマが生まれることもある。時間というのは残酷だけれど、いろんなことを癒やしてくれる優しい存在でもある、とつくづく感じました。
![2021年7月16日の色紙](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/e/1200wm/img_ae010255459499679076b29545762a4d499969.jpg)
――人を育てる時にも時間の要素が必要だと。
【村井】2014年のW杯ブラジル大会で、優勝の期待を背負った開催国ブラジルを7対1で破り、圧倒的な強さで優勝したのがドイツでした。
「ドイツで何が起きているのだろう」とその育成方法を調べたのです。そうしたら、育成年代のプログラムに数学や地学が含まれているという映像を観たのです。「補習のために勉強もしておけ」というのではありません。より高い次元でサッカーをするためには数学や地学から得られる要素が必要だと言うのです。
■「期待」とは時間軸で考えるべきもの
【村井】試合中の選手は、相手のフォーメーション、雨が降ってスリッピーだとか、ゴール前が凸凹だとかいうピッチの状況、仲間の調子など、さまざまな事象を「観察」します。観察した上で「今はこうしたほうがいい」と打ち手を「考え」その中から一つの戦略を「判断」し、その判断をピッチ上の仲間に「伝達」し、あるいはチーム全体を「統率」してゲームを「実践」する。
その「実践」がうまくいっているかどうかを再び「観察」して、同じサイクルを繰り返す。このサイクルを高速で回すためには数学的な思考や、地図から地形を読み取るような素材を通じて考え、議論していくことなどが必要なのです。
![Jリーグでチェアマンを4期8年務めた村井満さん](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/9/1200wm/img_d9ab464a9a9e504bdd0b3b030e4ac2c1381494.jpg)
――一朝一夕で身に付く能力ではありませんね。
【村井】だから時間軸が必要なんです。今、スキルがないからダメ、結果が出せないからダメではなく、一定の期間を決め、成長を信じて待つ。「期待」とは時間軸で考えるべきものなのです。それはコーチと選手だけでなく、上司と部下、親と子、先生と生徒、あらゆる関係で言えることでしょう。
今回のW杯も日本はベスト16の壁を破れませんでした。でも「だからダメ」ではなく、4年という時間軸を置いて、考えられるすべての手段を講じて、選手とチームの成長を待つ。次に期待したいと思います。
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ジャーナリスト
1965年生まれ。愛知県出身。88年早稲田大学法学部卒業、日本経済新聞社入社。98年欧州総局、編集委員、日経ビジネス編集委員などを経て2016年独立。著書に『東芝 原子力敗戦』ほか。
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(ジャーナリスト 大西 康之)
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