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だから6年連続人口増加率1位の街になった…流山市長が「駅前再開発」で何よりもこだわったこと

プレジデントオンライン / 2022年12月27日 13時15分

流山おおたかの森S・C(写真=Akitoishii/CC-BY-3.0/wikipedia)

千葉県流山市は、全国の市の中で6年連続人口増加率1位となっている。その理由のひとつに、流山おおたかの森駅前の再開発が挙げられる。そこには市長が描いた『都心から一番近い森の街』というグランドデザインがあるという。ジャーナリストの大西康之さんがリポートする――。(第1回)

※本稿は、大西康之『流山がすごい』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

■なぜ「千葉のチベット」は人口増加が止まらないのか

千葉県のマスコットは県の地図を犬に見立てた「チーバくん」。県北西部、茨城県や埼玉県に近い流山市は、野田市とともに、チーバくんの鼻の先を構成している。道路や鉄道の開発が遅れ、かつて「千葉のチベット」と呼ばれた地域である。

「千葉のチベット」の中でもとりわけ辺鄙と言われた流山市。その流山市が変わるきっかけになったのは2005年のつくばエクスプレス(TX)開業だ。

市内に「南流山」「流山セントラルパーク」「流山おおたかの森」の3駅ができ、駅周辺で一気に土地区画整理が進んだ。TXと東武アーバンパークライン(東武野田線)がクロスする流山おおたかの森の駅前には巨大ショッピングセンターや大型のマンションが林立し、今や「千葉のニコタマ(ヤングセレブの街として有名な世田谷区二子玉川の略称)」と呼ばれている。

TX開業時に約15万人だった流山市の人口は、2021年に20万人を超え、22年には20万6000人。この10年で3万8000人増えた。

人口増は不動産の資産価値も大きく押し上げ、更地の一坪(約3.3平方メートル)単価が「流山おおたかの森駅」から10分程度で約110万円。3LDKの中古マンション(築10年程度)については同駅から5分程度で約4800万円と、ともに5年前の1.5倍に上昇した。

地元不動産会社の社長の岡村徳久は「TX沿線には都内の駅もあるが、治安などを考えて、流山が選ばれる」と解説する。

■激変するお買い物環境

流山おおたかの森駅周辺のお買い物環境は今まさに劇的に進化中だ。

「流山おおたかの森S・C ANNEX2」は地上4階建てで、1階の角上生鮮市場の中に、肉の専門店「あまいけ」、野菜の専門店の「アール元気」がある。2階と3階は「ニトリ」。2フロアにまたがる巨大な売り場なので大方の家具や日用品は揃っている。4階は100均の「セリア」と衣料品リサイクルの「東京古着」。元オリンピック選手が教えてくれる子供向けの体操教室やダンス教室はオープンと同時に申し込みが殺到した。屋上はフットサル場だ。

「おおたかの森S・C ANNEX2」公式ウェブサイト
「おおたかの森S・C ANNEX2」公式ウェブサイトより

「ANNEX2」があるのだから「ANNEX1」がある。でANNEXとは「別館」の意味だから「本館」もある。この他に「FLAPS(フラップス)」という別棟もある。

整理するとつくばエクスプレスの開通から2年後の2007年に「流山おおたかの森S・C(本館)」がオープンし、14年にANNEX、21年にFLAPS、22年にANNEX2という順番で開業している。

■「こんな田舎に、こんな施設を作って大丈夫か?」

2007年に本館がオープンした時、筆者はまだサラリーマン記者で毎日、都内に通勤していたので、本館が出来上がっていく様を逐一、見ていた。

「こんな田舎に、こんなでかい施設を作って大丈夫か?」

それが最初の感想だった。

もともとこの辺りで大型のショッピングセンターといえば、野田市のジャスコ(現在はイオン)しかなかった。しかし2000年を過ぎた頃から国道16号線沿いに続々と新しいショッピングセンターが誕生し、新しいショッピングセンターができると、週末にその周りで渋滞が起き、古いショッピングセンターが廃れる、という焼畑農業のような状態が続いていた。

そこに敷地面積約4万平方メートル、延べ床面積約10万平方メートルの新施設。流山おおたかの森駅の駅前も、まだ何棟かマンションが立った程度で、ほとんどが空き地か森だ。ここに人が集まってくるイメージが湧かなかった。

だが建物ができ始めると「おや?」と思った。広場に向かって大きく張り出したモダンな透明の天井が作られ、壁に描かれた出店店舗のロゴは白で統一されていた。「とにかく目立とう」とガチャガチャした感じの今までのショッピングセンターと比べて、なんとなく品がいいのだ。店舗の周りに大きな欅の木が植っているのもいい。

■流山で「アルマーニ」は無理だった

だが実際にオープンすると期待は再び不安に変わる。

駅から見える一等地にはイタリアの高級ファッションブランド「ARMANI EXCHANGE(アルマーニ エクスチェンジ)」と、この頃、流行り始めていたスペインのファストファッション(最先端のファッションを手頃な値段で買える店)「ZARA(ザラ)」。1階にある食料品売り場は「FOODMAISON(フードメゾン)」と名付けられ、入り口には黒とピンクに彩られたフランスの高級食料品店「FAUCHON(フォション)」。

フランス・パリにあるフォション
写真=iStock.com/anouchka
フランス・パリにあるフォション(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/anouchka

「いやいや流山でFAUCHONは無理でしょ。おばちゃんたちは読めないもん」

おおたかの森S・Cに集まったハイソな店舗は、明らかに流山に似つかわしくなかった。

オープン当初、唯一しっくりきていたのが「食品館イトーヨーカドー」。フォションが入る「フードメゾン」は敷居が高過ぎ、物珍しさで覗いた人も結局、ヨーカドーに流れてしまう。

10周年を迎える頃には「ZARA」がインテリアの「unico(ウニコ)」、「ARMANI EXCHANGE」は「スターバックスコーヒー」に代わった。

■なぜ「千葉のニコタマ」と呼ばれるようになったのか

だが、流山おおたかの森駅周辺の開発が進むにつれて、ショッピングセンターの客層が変わってきた。「流山おおたかの森」という街の付加価値が高まったことで比較的、所得の高い層が集まってきたのだ。

この数年はフードメゾンの売上高が右肩上がり。ついにヨーカドーと肩を並べようとしている。そしてFAUCHONはオープンから15年が経過した今も元気に営業している。「デパ地下の味」を楽しめるフードメゾンは、流山おおたかの森S・Cの魅力の一つになっている。ハイソ化が進む流山おおたかの森は、いつしか「千葉のニコタマ」と呼ばれるようになった。

「ニコタマ」とは世田谷区の二子玉川。高級住宅街と大型商業施設を併せ持つ東急田園都市線二子玉川駅周辺のハイソなエリアだ。

「○○銀座みたいで、なんだか気恥ずかしい」

「千葉のニコタマ」というフレーズは、地元の人間である筆者にとってなかなかしっくり来なかった。だが本物の「ニコタマ」を訪ねて駅の西口あたりを歩いてみると、なるほど「流山おおたかの森S・C」とどこか雰囲気が似ている。

「なんだろうこのデジャビュ感は」

謎は簡単に解けた。

ニコタマの中核をなす「玉川髙島屋S・C」と流山の新しい顔になった「流山おおたかの森S・C」。二つの商業施設を開発した会社が同じだったのだ。薔薇の模様の包み紙でお馴染みの老舗百貨店、髙島屋。その子会社の東神開発である。

■市長が駅前再開発で最もこだわったこと

駅前の区画整理が終わり、デベロッパーの入札があったのは2003年。市長になったばかりの井崎義治は、市長室でそわそわしながら落札の結果を待っていた。

流山市ホームページ
流山市ホームページより

札を入れたのは東神開発、イオン、ユニーの3社。UR都市機構に再開発を委託している流山市はデベロッパーの選定には口を出せない。井崎は入札した3社に「10項目のお願い」を伝えていた。

主な「お願い」は、

・大型シネコン(複数スクリーンを持つ映画館)の設置
・大型書店の設置
・日本初または千葉県初の店舗の設置
・デパ地下(デパートの地下1階にある食品売り場)の設置
・敷地内の大規模な緑化

デベロッパーが最も渋ったのがシネコンだ。「ららぽーと柏の葉」もまた中核にシネコンを据えようとしていた。

「スクリーンの数は柏の葉プラス1でお願いしたい」

井崎は内々でそう伝えた。

ららぽーとが8スクリーンならこちらは9スクリーン。10スクリーンなら11を作れというのだ。

「そんなに作ったら共倒れになります」

尻込みするデベロッパーに井崎はハッパをかけた。

「向こうからお客を奪えばいいんですよ」

■ライバル柏の葉は、街全体が整然としている

つくばエクスプレス沿線でほぼ同時に開業した柏の葉キャンパス駅の「三井ショッピングパーク ららぽーと柏の葉」は、「流山おおたかの森S・C」にとって最大のライバルだ。

柏の葉キャンパス駅は「キャンパス」を名乗る通り、東京大学柏キャンパスと千葉大学柏の葉キャンパスがある。少し歩けば千葉県屈指の広さを持つ柏の葉公園があり、駅前には三井ガーデンホテルがあり、国立がんセンター東病院も近い。

三井不動産が所有していたゴルフ場「柏ゴルフ倶楽部」の広大な土地を再開発した柏の葉キャンパスは計算し尽くされた街である。地権者は三井不動産のみなので、思い通りの区画整理ができ、街全体に整然と街路樹が植えられている。

一方の流山おおたかの森は、雑然とした森と農地だった。乱開発すれば緑は失われ、どこにでもある「駅前」になってしまうだろう。それでは街の価値は上がらない。

井崎は人口増を当て込んで進出してくる企業に、まず敷地内の緑化を求めさらに「10年以上、緑を枯らさないで欲しい」と条件をつけた。「きちんと植栽の手入れをしろ」というわけだが、こちらの方が植えるよりよほどお金がかかる。

「緑化は街の価値を上げる。街の価値が上がればあなたたちデベロッパーの利益にもなる」

井崎の考え方に近かったのが東神開発だ。商業施設を建てるだけでなく街路を含めた街全体のクオリティを上げることが、賑わいのある街づくりにつながる。東神開発は玉川髙島屋S・Cの経験でそれを知っていた。

■開発業者が驚いた市長のひとこと

「落札したのは東神開発」

一報を聞いた井崎は飛び上がって喜んだ。

「流山おおたかの森S・C」の建設が始まると井崎は東神開発にもう一つ、注文をつけた。

「流山おおたかの森駅は高架だから、改札とショッピングセンターを結ぶ空中通路を作って欲しい」

建設費は全額東神開発の負担だという。駅からS・Cまでは数百メートル。雨の日も濡れない屋根付きの空中通路を作れば、億円単位の負担になるので、当然、東神はいい顔をしない。

井崎は言った。

「空中通路で駅と直結すれば2階もグランドフロアになる」

グランドフロアとは通常、地上1階を意味する。通行人が入りやすく物が売れるので賃料は2階や地下の2倍が相場だ。グランドフロアの面積が2倍になるのだから、施設運営者の儲けは増える。駅前広場を横切ってくる客と空中通路を渡ってくる客。人の流れが二つになれば賑わいも増す。

■日本で新宿と流山にしかない超巨大スクリーン

後に東神開発の担当者が井崎に言った。

「あのブリッジは本当に作って良かったです。あれのおかげで集客力が随分上がりました」

右側に見える橋が市長がこだわった空中回路
右側に見える橋が、市長がこだわった空中回路(写真=くろふね/CC-BY-3.0/Wikimedia Commons)

シネコンはTOHOシネマズの招致に成功した。柏の葉キャンパスは松竹系のMOVIXを入れた。井崎の要望通りスクリーン数は流山おおたかの森が一つ多い。

TOHOシネマズは2020年、ここに4Kレーザー投影システムの「IMAXレーザー」を導入した。関東のTOHOシネマズでIMAXレーザーを備えているのは新宿と流山おおたかの森の2カ所である(22年8月時点)。流山のシネコンが大成功している証と言える。

建物の周りを植栽で覆い、敷地面積の30%以上を緑化した「流山おおたかの森S・C」は流山市が提唱した「グリーンチェーン(レベル2)」の認定第一号になった。

■なぜ大和ハウスはマンションを建てなかったのか

「流山おおたかの森S・C ANNEX2」が開業する2カ月前の2022年4月27日、もう一つの大型複合商業施設「COTOE(コトエ)流山おおたかの森」がオープンした。大和ハウス工業が開発したNSC(近隣商圏型ショッピングセンター)だ。

大和ハウス工業は流山に大投資をしている。江戸川の河川敷にはネットショッピングの巨人、アマゾン・ドットコムも利用する総延床面積約70万m2の巨大物流施設「DPL流山プロジェクト」を展開し、約1300戸の戸建住宅と約4800戸の賃貸住宅を供給している。そこにショッピングセンターが加わった。

ショッピングセンターの建設が決まったのは2018年。つくばエクスプレスの開通から13年が経ってUR(都市再生機構)が最後のまとまった土地の公募をかけた時、入札した大和ハウス工業はこう考えた。

「飽和状態の街にこれ以上、マンションを建てるより、すでに住んでいる人たちに使ってもらう商業施設を建てる方が理にかなっている」

SC(ショッピングセンター)事業部MD企画室長の大野拓也は、一足早くこの地に進出した東神開発の「流山おおたかの森S・C」をリスペクトしていた。

「駅前の中核施設として、この街の発展を引っ張ってきたのは流山おおたかの森S・Cさん。後発の我々が彼らと同じことをやっても仕方がない」

■高級志向と大衆路線の商業施設が共存

そこから生まれたのが「我が家のビッグ・パントリー(食品庫)」という発想だ。子育てファミリー層向けに日常生活の必需品が揃うNSC。意識したのは「誰もが名前を知っていて、入る前に値段が分かる安心な店」を集めることだ。

大西康之『流山がすごい』(新潮新書)
大西康之『流山がすごい』(新潮新書)

物販では家電量販の「コジマ×ビックカメラ」、赤ちゃん用品の「西松屋」、ドラッグストアの「マツモトキヨシ」、100円ショップの「キャンドゥ」。飲食店は回転寿司の「銚子丸」、中華の「餃子の王将」、焼肉の「牛角食べ放題専門店」と、ファミリー層に馴染みの店が集まった。

「すべてのお店に外から出入りできる設計にして、営業時間もお店の自由。平面駐車場を増やして使い勝手をよくしました」(大野)

高級志向の流山おおたかの森S・Cと、大衆路線のコトエ。二つの大型商業施設はターゲットごとにうまく棲み分けられている。

■「私達が街を作っていくんだ」

流山おおたかの森が面白いのは、市長の井崎義治が描いた「都心から一番近い森の街」というグランドデザインの上で、さまざまな企業が思い思いのアイデアを競っているところにある。

統一感、未来感という意味では、2015年にノーベル物理学賞を受賞した梶田隆章が所長だった宇宙線研究所がある「柏の葉キャンパス」に軍配が上がるかもしれない。こちらは三井不動産が一手に開発した。二つの街をじっくり見た上で「流山おおたかの森」を選んだ主婦はこう言った。

「柏の葉キャンパスは最初から全てが整いすぎていて、住まわせてもらう感じがしました。空き地だらけだった流山おおたかの森は『私達が街を作っていくんだ』という雰囲気があった。それが流山おおたかの森を選んだ理由です」

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大西 康之(おおにし・やすゆき)
ジャーナリスト
1965年生まれ。愛知県出身。88年早稲田大学法学部卒業、日本経済新聞社入社。98年欧州総局、編集委員、日経ビジネス編集委員などを経て2016年独立。著書に『東芝 原子力敗戦』ほか。

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(ジャーナリスト 大西 康之)

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