箱根駅伝は一度も走れなかった…"世代最強モンスター"から最底辺へ落ちた身長156cmの男が這い上がれた訳
プレジデントオンライン / 2023年1月1日 11時15分
■“世代最強モンスター”が箱根を一度も走れなかった理由
11月26日の「八王子ロングディスタンス(10000m)」には、正月のニューイヤー駅伝や箱根駅伝に出場する国内トップ選手が集結した。そのなかで両駅伝の出場経験がない、“非エリート”の選手が日本人トップを飾り、関係者をざわつかせている。
社会人3年目、25歳の羽生拓矢(トヨタ紡織)だ。
10月上旬にマークした自己記録(28分12秒68)を大幅更新。日本歴代4位&今季日本最高となる27分27秒49を叩き出したのだ。
羽生の大学時代の恩師である東海大・両角速駅伝監督は、「レース前に私のところに挨拶に来てくれたんですけど、自信がありそうな感じでしたね。でも、あそこまで走るとは思わなかった。本人も含めて誰も思っていなかったんじゃないでしょうか」と言うほど“衝撃の快走”だった。
羽生は高校時代に世代トップの活躍を見せながら、大学で挫折した選手。どのように這い上がってきたのだろうか。
■東海大の「黄金世代」から消えた男
身長156cmの羽生拓矢は“小さなモンスター”だった。八千代松陰高(千葉)時代は5000mで当時の高1最高タイム(14分00秒55)と同高2の最高タイム(13分52秒98)をマーク。全国高校駅伝は1年時に3区で区間2位(日本人トップ)、3年時は1区で2位と同世代のなかで圧倒的な強さを誇った。
全国高校駅伝1区で上位に入った選手が大挙して入学した「黄金世代」の一員として東海大に入学。当時の羽生は自信に満ち溢れていた。
「周囲から『羽生ならオリンピックに行けるよ』という期待が大きかったんです。僕も箱根駅伝よりオリンピックや世界選手権を目指したい、という気持ちが強かった。自分でも世代トップを意識していたので、学生駅伝の区間賞は当たり前だと思っていたんです。まさか大学であんなふうになるとは思ってもいなかった……」
![走る人と影](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/c/1200wm/img_dccd9ccc256084ccab4c67f1dc8f6732410068.jpg)
羽生のイメージでは1年時から学生駅伝で大活躍して、トラック種目で日本選手権に参戦。上位争いできる選手に成長して、大学を卒業する頃には世界大会に近づいているはずだった。しかし、現実はほど遠かった。入学して半年過ぎた頃には、「これは全然思い描いていたものと違うぞ」という違和感が強くなっていた。
一方、同期の黄金世代は1年時の10月、出雲駅伝でセンセーショナルなデビューを飾る。ルーキーだった鬼塚翔太、館澤亨次、關颯人を1~3区に配置。東海大は3区でトップに立ったのだ。
「(当時は)結果でいえば鬼塚や關と差はついていたんですけど、調子さえ戻れば、正直負けないだろうなと思っていたんです」
■箱根駅伝では給水係や選手にタイム差を知らせる裏方
羽生は翌11月の全日本大学駅伝に7区で出場するも区間14位。その後、表舞台から姿を消すことになる。
「ちょっと投げやりになっちゃったんですよね。今の状況で全力を出すという、前向きな思考になれなくて、自己ベストを狙えないなら試合に出る意味はないという考えでした。当時は感覚をすごく大事にしていたので、状態が良いときしか走っていなかったんです。これが良くないことだと分かってはいたんですけど、時間が解決してくれるだろうなと思っていました」
同学年のルーキー5人が出場した箱根駅伝が終わった後、羽生は「もっとがむしゃらに練習しなきゃダメだ」と感じたという。しかし、身体がついてこなかった。
「疲れていたら休むことを優先していたような選手だったので、故障が多かったんですよ。1回故障すると、別の部位まで痛くなって、負の連鎖が止まらなくなりました。自分でもどうしようもなくなっちゃって、この先は無理だろうなという思いが日に日に強くなっていったんです」
箱根駅伝では給水係や選手にタイム差を知らせる裏方を担った。「正直、恥ずかしかったですね。できれば、その場にいたくない感じでした」と世代最強のプライドはズタズタにされた。
![給水所](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/f/1200wm/img_ff3aad5b5a6e17a0ddd3d9191a94bce3405109.jpg)
入学時からレギュラー候補といえるAチームで練習してきた羽生だが、1年時の箱根メンバーから外れたことでBチームに転落。いつしかCチームや故障からの復帰を目指すDチームが彼の居場所になっていた。
「Bに落ちたときは、もう一回這い上がってやろうと思っていたんです。でも、走っては故障するというのを繰り返して、徐々に意欲がなくなっていきました。CやDにいるのが当たり前みたいな感じになって、そこにいるのが恥ずかしいと感じるプライドさえなくなったんです」
2年時は故障でほとんどレースに出ることができず、3年時は「思い出作り」の意味もあり、何本かレースに出場したという。羽生が大学3年時に東海大は箱根駅伝で悲願の初優勝を飾っているが、勝利の味はまったくしなかった。
「正直、全然うれしくなかった。他大学が優勝してる感覚でしたね」
キラキラに輝いた高校時代を過ごした長距離ランナーは、陸上界から消えかかっていた。
■トヨタ紡織監督の言葉で再び歯車が動き出した
箱根駅伝に続き、全日本大学駅伝も制した東海大に、故障が続いていた元・世代トップがレギュラーに食い込む余地はなかった。そのことを本人も理解していたという。一方で、「もしかしたら環境が変われば、うまくいくことがあるんじゃないか」というプライドのカケラがわずかながら残っていた。
大学3年の冬、羽生は10000mレースに出場した。珍しく練習がある程度積めていた時期だった。ニューイヤー駅伝や箱根駅伝のメンバーたちが出場しないようなレースだったとはいえ、29分18秒76で3着に入った。羽生をスカウトするつもりで現地に足を運んでいたトヨタ紡織・白栁心哉監督に羽生は声をかけられる。
「羽生はまた世代トップで走れるようになる。トヨタ紡織のユニフォームを着て、日本のトップを走っているイメージはできているよ」
まさかの白栁監督の言葉に、苦悩していた羽生はときめきを感じた。実業団のトヨタ紡織から勧誘を受けたことで“新たな競技人生”が動き出した。
「羽生はもう無理だろう、大学で終わるな、と思われていたはずですけど、僕自身はなんとか実業団で続けたいという思いがありました。正直、大学で結果を残せるような状況ではなかったので、4年時は故障を完治させて、メンタル面も立て直して、できるだけフレッシュな状態で実業団に行けるような準備をしたんです」
結局、箱根駅伝を一度も走ることができなかった羽生は大学卒業後、トヨタ紡織に入社。かつてのプライドを捨てて、ゼロからやり直す決意をした。
![トヨタ紡織 LONG DISTANCE TEAM選手紹介ページより](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/b/1200wm/img_1b159b14cbc1b3f8f79a819f5e73ac2f228333.jpg)
東海大時代、羽生は両角監督から「こだわりが強い選手」と表現されていた。自分のやり方に固執するワガママなところがある、そんなネガティブなニュアンスが含まれていた。
本人も「間違いなくそうですね。今思うと、大学時代の僕は本当にひどかったと思います。でも実業団でめちゃくちゃ変わりましたよ」と話す。絶頂から最底辺にまで落ちぶれたにもかかわらず白栁監督に“拾われた男”は、その恩に報いようとの思いひとつで改心したのだ。
「自分の感覚みたいなものはすべて捨てました。監督、スタッフとともに1週間単位で練習メニューを組み立てて、どんなメンタルでもとにかくメニューをこなすことを大切にしてきたんです。そのため練習の質はかなり下げました。明日から頑張ろうじゃなくて、今日頑張る。与えられたメニューを100%やりきる。それを毎日続けたんです」
感情をコントロールして、日々のトレーニングに真摯(しんし)に取り組む。羽生が最も苦手にしてきた行為だが、その小さな積み重ねが、どんどんと大きな成果になっていく。
■黄金世代のなかでパリ五輪に最も近い選手になった
社会人1年目の9月に5000mで13分40秒26をマーク。高2年以来、6年ぶりに自己ベストを塗り替えた。同年12月の日本選手権では13分35秒88までタイムを短縮して、9位に入った。社会人2年目の昨季は5000mで13分28秒82をマークすると、今季は10000mで大ブレイクを果たした。
![トヨタ紡織 LONG DISTANCE TEAM選手紹介ページより](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/d/1200wm/img_ed15d0b79bd8fc653e92242004618e2a399814.jpg)
今季日本最高まで一気に飛躍した羽生は苦しんだ大学時代をどのように考えているのだろうか。
「正直、当時は無駄な時間を過ごしていたと思っていました。でも、自分は今やっていることを正しかったと言えるようにしたいんです。そのためには、その日その日を全力でやり切り、なおかつその先で結果を残すしかありません。ただ、今やっていることが正しいかどうかは未来にならないと分からない。そう考えると、苦しかった4年間ですけど、自分にとっては必要で大事な4年間だったと思いますね」
ちょっと遠回りしたが、東海大の黄金世代のなかで羽生はパリ五輪に最も近い選手になった。大学時代に、世代最強モンスターとして順調に成長していたら、羽生は天狗になっていたに違いない。しかし、社会人になった羽生はしっかりと地に足を着け現実を見ている。
「自分に期待してくれる人はいますけど、正直、オリンピックや世界選手権のイメージはまだありません。まずは目の前にある目標に向かって頑張っていくだけです。次のレースは元日のニューイヤー駅伝です。チームは入賞が目標なので、そこに一気に近づけるような勢いある走りをしたいなと思っています。その後は日本選手権で3位以内に入るのが現実的な目標ではないでしょうか。目標を一つひとつクリアしていくことで、オリンピックや世界選手権が近づいてきたらうれしいなという感覚です。今していることが正しいと未来の自分が証明してくれるのではと思っています」
誰もが人生で挫折をする。でも、その苦しい経験が人を間違いなく強くする。どん底を味わったからこそ羽生拓矢の逆襲劇が始まったのだ。
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スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)
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(スポーツライター 酒井 政人)
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