「男性社長のパパ活」は処分なしで、「女性社長の不倫・妊娠」は即辞任…バランスを欠いた「過剰コンプラ」の罪
プレジデントオンライン / 2022年12月31日 10時15分
■経営者の個人的な不祥事はどこまで許される?
2022年を振り返ると、「経営者個人の不祥事」が、主なものだけで11件もマスコミをにぎわしており、明らかに増えています。なかでも9月21日、上場企業でアウトドア用品メーカーの「スノーピーク」が出した、山井梨沙社長が「既婚男性との交際及び妊娠を理由として」「辞任」したとのリリースは、週刊誌等にも報じられているわけではない、プライベートの不適切行為を自ら公表したうえでの辞任であり、企業関係者に衝撃を与えました。
経営者の個人的不祥事への企業の対応は、企業コンプライアンスにおける喫緊の課題の一つになっていると思われ、当事務所も、企業のコンプライアンス担当者から問い合わせを受けることが多くなっています。そこで今回、スノーピークの経営者個人の不倫による辞任の問題を、他社事例との比較を通じ、感情論抜きに、企業コンプライアンスの観点から検討し、企業として望ましい対応を考えようと思います。
■そもそも不倫は犯罪ではないが…
スノーピークは、辞任した山井梨沙氏の父・山井太氏が長年経営し、全商品永久保証制度、会員制度によるファンの囲い込みなどにより、“スノーピーカー”と呼ばれるヘビーユーザーを増やし、業績を拡大した会社です。梨沙氏が入社したのは12年でしたが、20年には32歳の若さで社長に就任します。
梨沙氏は、アパレル事業など多角化に挑み、また、不登校の過去やタトゥーも隠さない信念の強い女性で、「世界で一番クリエイティブな会社」を目指し、リーダーシップを発揮していました。父のような経営手腕を買われる、というよりは、そのセンスや信念などから、若手女性経営者として、テレビ出演や本の執筆などを通じ、広告塔としての役割を果たしていたといえます。
大前提として、不倫は犯罪ではありません。不倫をされた配偶者との関係では、「婚姻共同生活の平和の維持」という権利・利益を侵害されたのであれば損害賠償請求の対象となり、その意味では不法行為であり違法です。しかし不倫を禁じる法律はありませんし、不倫をしても、婚姻破綻の程度などにより、必ずしも賠償が認められない場合もあります。
不倫が許されない、というのは、社会との関係においては、法令の問題ではなく、倫理、道徳、常識などとの関係の問題になります。
■政治家や芸能人の不倫は許せない?
(1)問題点
コンプライアンスは「法令」の「遵守」ではなく、「社会的要請」へ積極的に適応することが求められています。企業のコンプライアンスを実現するためには、法令だけでなく、法令の背後にある社会からの要請にも応えていかなければならず、法令だけを守り従っていればよい、という考え方では不十分です。
そして不倫は、社会との関係においては法令の問題ではありませんが、昨今の政治家や芸能人などの不倫への強烈なバッシングと、その後辞職したり、活動休止に追い込まれたりするさまを見ていると、一定分野において、不倫が“好ましくないもの”、“不適切なもの”、というだけでなく、“社会的に許容されないもの”であるという、社会からの強い要請があることは明らかです。
それでは企業の経営者に対しても、“許容すべきでない”(平たく言えば、不倫は“許されざるもの”であり、一発アウト、辞任に値する行為である)という要請があるのでしょうか。それを検討するためには、最近の類似事案への社会的な評価を検証するのが一番ですので、2022年に他の上場企業で起きた2つの事例をみていきましょう。
なお、比較する事案は不倫の内容が異なります。しかし、“妊娠するような真剣交際”と、“遊びのパパ活”は、賠償請求という観点からは、前者のほうが「婚姻共同生活の平和」を破壊する程度が高いため、違法性も高くなりますが、経営者の不倫の社会的な評価として、“遊び”のほうが許される、などということはないと思われるため、同列に扱います。
■横浜ゴム社長の「パパ活」報道は炎上せず
(2)類似事案の検討
横浜ゴム山石社長の件(事案①)
まず事案①は、大手タイヤ・ゴムメーカーの「横浜ゴム」山石昌孝社長についてです。22年5月10日、文春オンラインが、既婚者でありながら「パパ活」を行っていたことを報じます。
山石氏は生え抜きの優秀な人物であり、社長就任後も業績は好調で、徹底したコスト削減なども功を奏し、21年度は、創業105年目にして営業利益は過去最高益を記録していました。
社長は取材に対し軽率であったことは認めましたが、公の場での謝罪や会見などはなく、会社も特にこの件で処分することはありませんでした。
これに対し、マスコミやSNS等で、大きな話題になったり、炎上したり、といった形跡は見受けられません。最近の週刊文春の記事でも、横浜ゴム社員へのインタビューで「社内にあの件の影響は全くありません」と話している記事が掲載されています。
■システナ会長は文春を訴えるが失敗
システナ逸見会長の件(事案②)
つぎに事案②として、大手IT企業「システナ」の創業者で会長の逸見愛親氏が、既婚者でありながら「パパ活」を行っていたと、22年7月27日に文春オンラインが報道した件についてです。
システナは、企業向けアプリ開発、システム開発、IT環境構築などを行う会社です。逸見会長は、1983年にヘンミエンジニアリング社を設立し、それを一代でここまで成長させた人物です。
会社は取材に対し、「個人のこと」、「当社としてはコンプライアンスに反する事実は認識できておりません」として、対応しませんでした。こうした回答ですから、会長に対する処分等もありません。
一方、会長個人は、記事が「経営能力等には全く関係のない私的領域内での事柄」であるとして、プライバシーなどを理由に記事の削除請求を求め、東京地裁に仮処分命令を申立てましたが、8月19日、「記事の内容は、公共の利害に関わる事項である」などとして却下する決定が出ています。
こうした対応について、こちらも大きな話題になったり、炎上したり、といった形跡は見受けられません。ただ、横浜ゴムと異なり、マスコミに反撃に転じたものの失敗に終わり、その後、文春の追加報道を呼び込んでいます。「システナ」は基本BtoBの企業であり、一般への知名度、ニュースバリューなどの点で、話題性が足りなかっただけとも考えられます。
■経営者の不倫は芸能界ほどバッシングされない
(3)比較検討
以上の事案を検討すると、まず前提として、最近、数多くの報道があることからして、経営者の不倫に社会からの一定の関心があるのだろうと思います。
しかし、事案①、②では当事者はなんらの責任もとっていませんし、それにもかかわらず企業が社会から大きな批判を受けていないのですから、経営者の不倫一般について、“社会的に許容すべきでない”という強い社会的要請があるとまではいえないと考えます。
これに対し、2021年2月3日、上場医療ベンチャー「メドレー」の豊田社長が、緊急事態宣言の最中、愛人と密会を重ねていたと文春オンラインが報道し、即日社長を辞任して、取締役として無報酬で働くという対応を行った例があります。しかしこの事案は、豊田氏が報道番組のメインキャスターと結婚し、第1子が誕生したばかりで起こした不倫騒動であり、社会的な耳目を集める事案であったうえ、豊田氏が医師でもありながら医療現場逼迫(ひっぱく)中に密会を重ねるという、もうひとつ大きな倫理違反行為を犯していたという事案であり、かなり特殊な事情下での事案です。
このような特殊事情がある場合に、通常よりはるかに大きな社会的責任を負う結果、重い処分を行わなければならない場合があり得る、と評価すべきです。
■では、経営者が不倫しても企業に無関係なのか?
では逆に、経営者の不倫はプライベートのことであり、企業コンプライアンスとまったく無関係であると言ってよいのでしょうか。
この点については、事案②で、会長が文春に対し記事の削除請求の仮処分命令を申立てたのに対し、8月19日の東京地裁の決定でこう指摘されています。
これを読むと、単なるプライベートではなく、「社会公共」の話であるということがはっきりしています。
つまり、“社会的に非難される不倫を行った”という事実は、ステークホルダーが経営者の適格性を判断するうえで重要な(マイナスの)考慮要素のひとつとなる、ということかと思われ、少なくとも上場企業において、経営者の不倫は、企業コンプライアンスと無関係ではなく、コンプライアンス上も不適切な行為である、といえます。
■内々に処理しようとしても世間にさらされる時代
(4)企業コンプライアンスからみた経営者の「不倫」
以上のことから、企業コンプライアンスの観点から経営者の不倫を考えると、まず、経営者が事前に持つべき倫理観として、“やってはいけないこと”、という認識を改めて持つべき、ということです。
以前であれば“内々に処理する”ことで対応したプライベートの問題は、SNSの発達や、雇用の流動化などにより、そうした対応は不可能に近いといえます。また、政治家や芸能人などの不倫問題がそうであったように、以前はプライベートの問題に過ぎなかった経営者個人の言動に対しても、社会からの批判が強まる傾向にあります。経営者個人の言動によって、企業のレピュテーションまでもが大きく毀損(きそん)される可能性が高まっているのです。
実際問題、いまや経営者の不倫はニュースとなり、報道されてしまうのです。いまのところ一部週刊誌しか報道しませんが、システナの事案を通じて報道の法的なハードルは下がったことになり、今後、情報提供があれば、他のマスコミも追随する可能性もあります。
また、事案①、②では、会社は報道に対応せず、やり過ごしても対外的影響はなかったように見えますが、少なくとも企業内部で、経営者のイメージや敬慕のレベルが低下し、言動の説得力が低下することは明らかであり、リーダーシップが発揮しづらくなるといった影響は避けがたいものがあります。ほかにも、採用活動などにマイナスの影響が生じる可能性は高いです。
現代においては、経営者はプライベートも律する必要がある、ということが言えます。
■結論、不倫で辞任する必要はない
一方、それでも不倫をしてしまった場合、“社会的に許容されないもの”というまでの社会的要請はなく、責任のとり方として、一般的に言って辞任までは不要です。あくまで不倫の事実は、経営者の適格性に疑義を持たれる事情のひとつに過ぎず、責任のとり方として、「今後は経営により注力し、ステークホルダーに利益を還元する」といった責任のとり方もありうるものと思います。
ただし、政治家や芸能人のように、公的な仕事と深い関係があったり、表に出る仕事を多く行っていたり、また、BtoCでブランドイメージが重要であったり、といった事情がある場合や、ほかにも倫理的に非難される行為を行っていた場合には、社会的な責任は重くなり、辞任が相当ということになる可能性もあり得ます。
■スノーピーク社長の辞任は過剰対応だった
スノーピークはBtoC企業であり、ファンの囲い込みを重要な戦略としていて、ブランドイメージは非常に重要であること、さらには、山井梨沙氏が広告塔の役割を果たしていたことなどからすると、事案①、②同様に対応せずやり過ごすことは許されず、なんらかの処分は必要であったように思います。ですが、スノーピークも山井梨沙氏も、騒動前、清廉潔白であるなど、不倫が極めて大きなマイナスになるようなイメージがあったわけではなく、これまで述べた一般論からは、辞任までは不要と考えられます。
たしかに、本人や父の太氏の強い意向、もしくは相手方の配偶者との関係など、報道からは見えてこない事情により辞任という選択をした可能性もあります。また、本人のメンタルなど、やむを得ない理由があったのかもしれません。
しかし実際、本件を受けた社会の反応としても、辞任はやり過ぎだ、との声は多く、また過去事例や、海外の例からして、男の経営者が不倫を理由に辞任する例が少ないことなどから、山井梨沙氏が女性で、妊娠したから辞任させられるのだ、といったジェンダー問題と結びつけて批判する論調までありました。
残念ながら、辞任を潔いとして評価し、ブランドイメージが逆に高まったという声のほうが多いとはいえず、辞任は過剰な対応であったと思います。
■面白おかしく拡散されるリスクもある
では、「既婚男性との交際及び妊娠」という社長辞任理由を積極的に公表したことについてはどうでしょうか。
上場企業が社長辞任の理由について、「不倫」を自ら公表し、処分、対応を公表するのは前例がないことです。じつは、公表と同日、石油元売り最大手のENEOS(エネオス)HDでは、会長の辞任から1カ月以上も経過した後になって、辞任理由が性加害や被害者の骨折であることが明らかになっていて、当日、このエネオスの対応と対照的なスノーピークの赤裸々な公表を好感する声もありました。また、コンプライアンスの一般論からすれば、情報の後出しは“隠蔽(いんぺい)”などと非難される可能性を高めるため、自ら情報発信することは、望ましい対応といえます。
しかし、通常の不祥事の情報と異なり、本件は「不倫」の事実です。経営者の不倫は単なるプライベートではないのですが、一方で、プライベート、プライバシーに密接に関わる事実であることも否定はできません。こうした事実を積極的に公表するということは、その後のハレーション、例えば、面白おかしく、尾ひれがついて拡散され、本人や企業イメージが大きく傷つくこと、など公表により生じる事態も十分検討し、慎重に判断しなければならないのです。
■報道が予告されていればやむを得ないが…
これまでお話したとおり、少なくとも2022年時点において、経営者の不倫は、企業コンプライアンス上は“不適切な行為”ではありますが、“社会的に許容されない”ほど許されない行為でもありません。企業にとって、不倫の事実を情報開示すべき義務はなく、情報開示が起こすハレーションを考慮し、慎重に判断すべきです。
実際、スノーピークでは、積極的な情報開示が裏目に出て、会社へのアンチコメントや、梨沙氏への個人攻撃などがネット上で急増し、結果9月24日には、こうしたコメントに法的措置を示唆する強硬な姿勢を示します。
仮に、不倫について週刊誌の報道が予告されていた、との一部報道通りであれば、やむを得ない開示といえますが、そうした動きがまったくないなかで積極的な情報開示を行ったのだとすれば、スノーピークの対応は、コンプライアンスの一般論からは適切に見えても、実際望ましい対応を考えるうえでは、やり過ぎた対応であったと評価すべきです。
■過剰なコンプライアンス対応は混乱を生む
以上から、スノーピークの件で学べることとしては、まず、単に経営者が不倫をした、というだけで辞任することは、過剰なコンプライアンス対応となりかねない、ということです。
横浜ゴムのように、なんら対応せずやり過ごすという対応は、決してポジティブに評価できるものではありませんし、システナのような反撃は得策とはいえません。しかし不倫という、本来はプライベートに属する事項についての問題であることから、不倫をした事実を踏まえてもなお「経営を委任するかどうかは株主が判断すべき」と考えることも、現実的な対応として、現時点では社会的に許容され得ると思います。
また、コンプライアンス的には、一般的に言って積極的な情報開示は評価されますが、過剰な情報開示はかえってマイナスになる場合もあるというのがスノーピークの事案の教訓だといえます。
なにか事情があったのかもしれませんが、積極的な開示によって、結果としてスノーピークも山井梨沙氏も大きく傷つくことになりました。経営者の不倫は、企業コンプライアンス上は“不適切な行為”ではありますが、“社会的に許容されない”ほどの行為でもありません。経営者の不倫が問題になった状況で、その事実をあえて開示すべきかどうかは、開示が起こすハレーションとも比較検討したうえで、慎重に判断すべきものと思います。
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郷原総合コンプライアンス法律事務所/法務コンプライアンス調査室長
慶応義塾大学法学部政治学科卒業後、民間企業勤務を経て、桐蔭横浜大学法科大学院入学。郷原信郎弁護士の下で企業コンプライアンスを学び、2009年に郷原総合コンプライアンス法律事務所に法務専門調査員として入所、現法務コンプライアンス調査室長。リサーチ、コンサルティング、問題発掘型アンケート調査などに関わる。
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(郷原総合コンプライアンス法律事務所/法務コンプライアンス調査室長 佐藤 督)
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